「エロティカ、な二人の、エロティカな、夜。」〜後編〜 何とか平静を取り戻してトイレから戻ると、ベッドの上で清四郎が意味ありげに微笑みながら、布団を捲って手招きしていた。 布団から覗いた逞しい胸板と、鍛え上げられた腹筋が夜目にも眩しい。 下半身は布団の中に隠れているが、どういう状態になっているかは、情欲の炎を灯した眼を見ただけで容易に想像がつく。 「ちゃんとウォシュレットしてきました?」 「・・・その変態ちっくなコトバ、お前を信頼している先生たちに聞かせてやりたいよ。」 「悠理の前でしか言いませんから、安心してください。」 清四郎がじれったさそうにシーツをぽんぽんと叩いて悠理を急かす。いつもの優等生ヅラした彼からは想像もできない、子供っぽい仕草。それを見ただけで自然と口元が緩んでしまい、先ほどまで感じていた微小の不満など、消し飛んでいく。 そんな彼を見ることが出来るのは、悠理だけに許された特権なのだから、少しばかり変態ちっくな言動くらい、大目に見るべきだろう。 心の隅っこでは、変態ちっくなのは「少し」じゃないな、と感じていたが。 素顔の彼を見ることができる幸せをかみ締めつつも、体裁上、不機嫌を装って、のろのろと足を進めてみる。 きっと、清四郎のことだから、悠理の下手な演技なんて、お見通しだろうけど。 部屋の真ん中まで進んだとき、悠理はふと足を止めて窓から空を見た。 群雲のかかる空に、真ん丸いお月さまが浮かんでいた。 「うわぁ、綺麗ぇ・・・」 思わず窓辺に駆け寄って、月を見上げる。 「どうしたんですか?」 背後から不機嫌そうな声がかかる。悠理は月に魅入ったまま、清四郎に話しかけた。 「お月さまが、すっごい綺麗だよ!」 剣菱家の庭は呆れるほど広く、街の明かりは鬱蒼と茂る庭木に遮られている。だから、余計に月が輝いて見えるのだろう。暗い中にぽっかりと浮かぶ満月は、まるで御伽噺の世界に迷い込んだような錯覚に陥らせる。 しゅ、とシーツが擦れる音がした。ふかふかの絨毯は足音を吸い込んで消してしまうけれど、清四郎が近づく密やかな気配は、しっかりと感じられる。 「恋人よりも、月のほうが大事ですか。」 呆れ気味の溜息が、首筋にかかる。 「月に嫉妬しても仕方ないですね。でも、裸で月見をしていたら風邪を引いてしまいますから、早くベッドに戻りましょう。」 背中に感じる、素肌の感触。その温もりに、極上の幸福を覚える。 「もう少しだけ。ねえ、清四郎も一緒に見ようよ・・・って、何してるのさ!?」 せっかく人がムードに浸っているというのに、清四郎は違うことしか考えていないらしい。 清四郎のくちびるが、項から順に背骨のひとつひとつを辿りながら下ってくる。 「何って、月明かりに浮かんだ悠理の背中がとても綺麗だったので、我慢できなくなったんですよ。」 話しながらも、くちびるの下降は止まない。悠理が慌てている間に、清四郎のくちびるは腰の近くまで下ってきていた。 「駄目だってば!今は、月見!」 振り返って睨むと、清四郎は中腰のまま、裸の肩をやれやれと竦めて溜息を吐いた。 諦めたわけではないだろうけれど、清四郎は軽く両手を上げて降参の意志を示した。 悠理はその腕に抱きついて、上機嫌で夜空を見上げた。 「お月さま!見て見て!こいつがあたいの恋人なんだよ。」 硬い腕に頬を摺り寄せて、思い切り甘えてみせる。力を入れていないくせ、力瘤が硬い。悠理とは明らかに違う、男の腕。この腕に抱かれているだけで、無条件に安心できるから不思議だ。 「何をしているんですか?」 本心から不思議そうに、清四郎が尋ねてくる。 「お月さまに清四郎を見せびらかしているの。イイ男だろ、って。」 悠理がそう言うと、清四郎の眼が優しく緩んだ。 「じゃ、仲が良いところも見せつけますか。」 頬に軽いキスが降り落ちる。悠理は小さな笑い声を立てながら、それをすべて受け止めた。 それからしばらくの間、二人は黙って月を見上げていた。 「・・・こんな時間も、たまには良いですね。」 小さな囁きが聞こえて、悠理は清四郎に視線を移してみて、どきりとした。 銀色の月明かりを浴びて、清四郎の身体に青い陰影が刻まれている。 贅肉を削ぎ落とした身体は、ただでさえ彫像めいているのに。 褪めた光に浮かび上がる清四郎は、本当に作り物のようで。 思わず不安になって、左胸に耳を押し当てて心音を確かめた。 清四郎の心臓は、ゆっくりと、確かに、規則的な音を刻んでいた。 「・・・心臓、動いてるね。」 「当たり前でしょう。動いてなかったら大変です。」 それでも不安は拭い去れず、両手を背中に回してみた。すると、清四郎も同じように、悠理を抱きしめてくれる。 「ちゃんと聞こえてます?心臓が、悠理、悠理、って言っているでしょう?」 すっかり悠理に馴染んだ、清四郎の汗の匂いが、安堵を呼ぶ。 悠理は清四郎の首を抱いて、背伸びをした。 くちびるが重なるのと同じように、二人の胸の突端が擦れ合う。 それが清四郎の我慢を限界に追い込んだのだろう、悠理はそのままベッドに運ばれた。 互いの存在を確かめ合ったあと、悠理は仰向けに横たわる清四郎の胸に顔を乗せていた。 跳ね上がった心音が、耳朶ぜんたいに伝わってくる。 まだ、息も少し荒い。 行為の直後、そんな清四郎を感じられるのも、恋人の特権だ。 悠理はそっと眼を閉じて、清四郎の身体が奏でる生命の音に耳を傾けた。 彼の言う冗談のように、心臓が悠理の名を呼んでいるはずはない。 けれど、そう言ってくれる清四郎の気持ちが素直に嬉しかった。 「・・・なあ、せいしろぉ。いったい、あたいの何処が好き?」 掌で逞しい胸の感触を楽しみながら、囁くように聞いてみる。 「感度抜群なところですかね。」 少しだけ、笑いを含んだ声が、月明かりが満ちる部屋に響く。 その声音から、からかわれているのが分かる。 「・・・そーじゃなくてぇ。」 悠理は少し不機嫌になって、彼の胸に軽く爪を立ててみたが、清四郎には効かなかったようで、意地悪な忍び笑いは続いたままだ。 「身体の相性も、ばっちりですし。」 本当は悠理が望んでいる言葉を知っているくせに。 やはり、意地悪だ。 「だーかーらー、そう言うんじゃなくてさあ。」 頬を膨らませて、胸の上から清四郎の顔を覗き込んでみる。 まるで、悪戯を企んでいる子供みたいな微笑に、恋に囚われたココロが疼く。 清四郎の指が、ゆっくりと動いて、悠理の髪を優しく梳く。 「・・・子供のように真っ直ぐで、何色にも染まっていないところ、です。」 その瞬間、悠理の掌の下で、ほんの少しだけ、清四郎の心音が乱れた。 それが男の正直な気持ちを表しているようで。 今さらながら、彼を手に入れられたことが、嬉しくて堪らなくなる。 悠理は逞しい胸に頬を摺り寄せて、えへへ、と笑った。 「せいしろぉ、だーいすきっ。」 大きな手が、悠理を包む。 「いつ聞いても、気持ちの良い言葉ですね。もう一回、言ってくれます?」 「清四郎も言ってくれたら、言ってあげても良いよ。」 清四郎は、分かっているくせに、と苦笑しながらも、ちゃんと言葉にしてくれた。 「・・・好きですよ。もう、お前しか、愛せない。」 ふわり、と身体が浮遊して、ベッドの上に組み敷かれる。 「ほら。ちゃんと言いましたよ。今度は悠理の番です。」 ぎし、とベッドが軋んで、頭の周辺が沈む。 清四郎が両肘をついて、悠理の頭を抱え込んだからだ。 深い愛情を湛えた瞳を覗くと、泣き出しそうな顔をした自分が映っていた。 幸せすぎて、涙が溢れそうになる。 清四郎に泣き顔を見せたくなくて、彼の首にしがみつく。 すき、と言ったつもりだったけれど、ちゃんと声になっただろうか? 悠理は清四郎に気づかれないよう、目尻を伝う幸福の涙を、自分の肩でそっと拭った。 「・・・ふたりの仲を、もっと見せつけてやりましょうか。」 清四郎が、耳朶にくちづけながら囁いてきた。 「へっ?誰に??」 誰かに覗き見でもされているというのか? 吃驚して周囲を見回してみる。もちろん部屋には二人以外の誰もいない。 すると、悪戯っ子の表情をした清四郎が、悠理の顔を覗きこんで、軽くウインクした。 「もちろん、月に、ですよ。」 悠理は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを零して、清四郎の逞しい体躯に身体を摺り寄せた。絡まる足と足が、情事の名残の汗に滑る。 「さっき、さんざん見せたのに、まだ足りないの?」 「ええ、お月さまは、もっと見たいそうです。」 欲望を滲ませた清四郎の双眸は、頭の芯まで蕩かせてしまいそうなほど、熱かった。 その熱い眼を覗き込みながら、悠理は恋人の真似をして、皮肉っぽく笑ってみた。 「嘘吐き。お月さまが見たいんじゃなく、清四郎が見せたいだけだろ?」 「まあ、そうとも言いますね。」 二人は、少しの間、見つめ合ってから、声を上げて笑った。 笑い声が止んだら、清四郎は急に真顔になった。 「・・・悠理の涙が止まるなら、僕は何だってしますよ。」 真剣な顔で言うから、せっかく止まった涙がまた溢れてくるではないか。 悠理は瞳を潤ませたまま、もう一度、すき、と囁いた。 清四郎が下半身を摺り寄せくる。腰に当たる欲望の硬さに、悠理の身体も熱を持つ。 熱い眼差しに晒されて、身体と一緒に思考も痺れていく。 何も考えられなくなる寸前、清四郎の囁きが聞こえたような気がした。 ―― ずっとずっと、僕だけを好きでいなさい。 当たり前じゃないか。 ココロも、カラダも、清四郎だけを求めている。 他の、誰も、いらない。清四郎が、いてくれるだけで、いい。 そう答えたつもりだったけれど、くちびるから漏れたのは、意味を成さない嬌声だった。 悠理は充足した快感に身を委ねながら、ぼんやりと窓の外を見上げた。 窓の向こうでは、見せつけられた月のほうが恥らって、闇色の雲に顔を半分隠していた。 普通から、ちょっとだけはみ出した恋人たち。 そんな二人の、不純なのに、純粋な恋物語は、まだまだ終わりそうにない。 |
フロです。むふふ、な続編hachiさんからもらっちゃいましたーw でもhachiさんってばこれを「腐れ」と呼び、
なかなかアップ許可をくれませんでした。「変態と思われる」って。イマサラなのに、ねぇ。(笑)
つーか、これがダメだったら、エロティカ全部ダメっすよ。どうして本番シーンは書いてないのに、こんなにエロいんでしょう。
ケダモノな彼らを胸きゅんな恋するふたりに変貌させる手腕に脱帽!
ちなみに、このお話の裏タイトルは、『清四郎の大胸筋と上腕二等筋と腹筋』だそうです。それはタイトルじゃなく、
テーマなんじゃ?(笑)