大江戸有閑倶楽部事件帖
銀の虎  〜固めの杯編〜 作:千尋様




夜は更にふけていく。
男達が交わす杯の追悼は、まだ終わらない。

成政の弔いに加わる、と言った清四郎の顔に表情はなかった。
ただ、一箇所、目だけには、強い意思をたたえていた。
そんな表情を緩めて、清四郎が伏目ぎみに微笑する。

「…実はね。成政殿の亡骸を改めに来たのが魅録で良かったと、正直、思ったんですよ。僕は、彼の亡骸だと知っていて、検死に行ったわけじゃなかった。亡骸を診て初めて、成政殿だと気付いたんです。…知ってしまった以上、成政殿の死を、魅録に伝えないというわけにはいかないでしょう?」
「あたりまえだ。お前まさか、遺体改めに行ったのが俺じゃなかったら、成政のこと、俺に言わない気でいたのか?」
魅録が空になった杯を畳の上に置き、清四郎を軽く睨む。
清四郎が、魅録を軽く睨み返してから、表情を緩める。
「…そうじゃありませんよ。魅録が来なかったら、検死を終えてすぐ、魅録を訪ねて行って、彼のことを伝える気でいましたよ。…成政殿の死は僕も辛いんです。…彼を殺したのは誰なのか、僕も知りたいんです。…魅録は、僕以上に、成政殿と親しかった。だから、必ず、弔い合戦をすると言い出すに決まっていると思いました」
清四郎が二つの杯に酒を注ぎつつ、口の端だけで笑った。
「ついでに、自力だけでなんとかしようとするだろうことも、予想はついてましたよ? …だから弔い合戦をすると、魅録が言ってくれた時、やっぱりなと思いながら、どこかで安心したんです。魅録が言い出さなかったら、僕が弔い合戦のことを切り出すつもりでいましたし。…色々手間が省けて、良かったなと。…まあ、これはさておき、本題に入りましょう。…実は、成政殿の形見を一つ、貰ってきたんですが…」
そう言いいながら、清四郎は左袖の袂に右手を差し入れると、両手で隠してしまえるほどの小箱らしきものを取り出した。
「亡くなった成政殿が大事そうに握り締めてたんです。…正確には、この箱が入った煙草入れを握り締めていたんですが。煙草入れは濡れて使えなくなってましたけど、箱の方は少し湿った程度でしたよ。布に覆われていたからでしょうね。一時(いっとき=2時間)ほどで、すっかり乾きまし…」

なおも話を続けようとする清四郎の言葉を遮って、魅録が言った。
「ちょっと、待て。…もしかしてそれ、勝手に貰ってきたのか、清四郎? 手がかり隠しそのものだろ? それは」
「何です? 人聞きの悪い。僕は、遺体は友人なので形見分けに下さいって、ちゃんと断って貰って来たんです。文句を言うなら、大事な証拠品扱いをしなかった役人方のほうに言って下さいよ。僕は、あくまでも、形見分けして頂いただけですから、何も悪くありません」
極上、としか言いようのない笑顔で清四郎が笑う。
魅録が頭を抱えて、俯く。
俺、知らねえ…、と魅録が小声で呟いたのは、一体誰に対してのものだったのか ――

「…まあ、いい。とにかく、その箱見せてくれよ」
頭を抱えて俯いたまま、魅録は清四郎の方へ右手を伸ばした。
掌に乗せられた箱を手元に引き寄せて、魅録は改めてその箱を眺めた。
寄木細工のその箱に蓋はなく、一見、数字のない木製のさいころのように見えた。
「…この箱…。もしかして『からくり箱』ってやつか? 簡単には開かないように作られてるみたいだし。…そうだよな? 清四郎」
「ええ。僕もまだ開いて見てないんで、中身は知りませんけど。二人がかりで考えれば、開くと思いますよ? 見た感じ、からくり箱の基本的な開き方の応用で開けられそうな作りですし」
「大抵は寄木を順番どおりにずらしていけば開くんだよな? ずらすのが十回くらいですめば楽でいいんだけどな…」
「とにかく、これを開けましょう。無駄骨になるかもしれませんが、もしかしたら、何か解るかもしれない」









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