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其の壱 作:かめお様 江戸の町は、涼しげな風が吹き、いい季節になってきた。 南町奉行所の役宅から、松竹梅丹後守時宗の嫡男、魅録がそろそろと出てきた。 「若さま、またですか」 門番の伊蔵がしかめ面をして、閂を外す。 「父上には内緒だぞ」 魅録は伊蔵に言い置いて、片目を瞑った。 町に出て、思い切り伸びをすると、魅録は足早に根津に向かった。 根津権現のあるこの辺りには、岡場所も立ち並び、なかなかの賑わいだ。 門前を通り抜け、しばらく行くと、今度は寮が建ち並ぶ瀟洒な一角へ出る。 魅録は、その中でも奥まった、しかし、上品な作りの寮の門をくぐった。 「遅いぞ、魅録」 小袖に袴姿の美麗な若侍が、頬を膨らませて魅録に言った。 「悪い」 寮の居間には、もうすでに仲間が集まっていた。 若侍の名は剣菱悠理。 江戸でも有数の豪商の、こう見えても娘だ。 ただし、この悠理、実は母百合子より恐れ多い方の血を引いていて、それゆえ、女ながらに武士のような格好をしても許されている。 「魅録がいらしたのでお昼の支度をいたしましょう」 「そうね」 黒髪の美しい娘と、色っぽい娘が台所へ立つ。 黒髪の娘は白鹿野梨子。 江戸で今一番の浮世絵師の娘で、彼女を描いた絵も町では評判になっている。 色っぽい娘は、黄桜可憐。 小間物問屋の一人娘で、看板娘でもある。 二人が運んできたのは、池の端の料亭「ささゆき」の料理だ。 剣菱の名で、欲しい物は何でも手に入る。 侍に比べて、町人の方が余裕があるなと魅録はしみじみと思う。 「うわ、美味しそうだねえ」 明るい髪の男は、料理を見て歓声を上げる。 「さすが「ささゆき」ですね」 黒い瞳が理知的な男が、ふむふむと頷いた。 明るい髪の男は、美童グランマニエといい、異人の血がはいった当代人気の役者だ。 美童太夫といえば、高貴な客が競って座敷に呼びたがる。 彼には何人もの豪商の娘がタニマチについており、金には困らない。 黒い瞳が理知的な男は、菊正宗清四郎。 上様御典医である菊正宗修平の子息だ。 魅録と清四郎、悠理は、希代の名人雲海の道場へ通う剣客でもある。 「いただきま〜す」 他の者の倍はある重箱に向かって、悠理が箸を突っ込んだ。 ものすごい勢いで昼餉をしたためる悠理を無視するように、五人はゆるゆると食事を取り始めた。 「…魅録、何か面白いことはありませんか」 清四郎が魅録に笑いかけた。 「…面白くない話なら、あるぞ」 「なんですの、面白くない話って」 魅録は、不満そうな顔で、 「このところ、江戸の町を騒がせていた、例の一件だがな」 「…あの、娘が五人、手込めにされ殺された一件?」 「ああ」 可憐がぶるっと体を震わせ、 「若い娘なら、もう、みんな震え上がっているわよ」 野梨子も眉を顰め、 「本当…恐ろしいですわ」 「その一件がどうしたんですか」 魅録は、溜め息交じりに、 「下手人の目星が付いたんだけどな…親父には手が出せない相手なんだ」 「…侍ですね…それも、身分の高い」 「誰なの、いったい」 魅録は意を決したように、 「若年寄、本多摂津守の次男坊だ…」 「若年寄…それは、また…」 「評定所へ訴えるにしても証拠がないんだ」 「…お奉行も忸怩たる思いでしょうねえ」 「ああ…もう、荒れまくってるぜ」 がつがつと弁当を食っていた悠理が、顔を上げ、 「魅録、ほんとにそいつが下手人なのか」 「ああ…間違いない」 「なら、そいつ、殺ちゃえばいいじゃん」 悠理の言葉に、皆、弁当を吹き出しそうになった。 「悠理、簡単に言いますけど、相手は若年寄ですのよ。南町奉行の力を持ってしても、敵いませんのに…」 「大丈夫だって」 悠理は、懐から懐剣を取り出すと、 「ほらっ」 と、五人の目の前で抜いてみた。 「…?」 美童が、目を凝らすように懐剣を見つめていたが、 「ひえっ!」 と、声を出し、尻餅をついた。 「…こ、これって…」 「え、ええ…あれですわよね」 可憐も、野梨子も、目を白黒させている。 悠理の懐剣の鍔の部分に三葉葵の紋が印されていた。 「…悠理って…何者…?」 美童の言葉に、清四郎が苦笑して、 「悠理というより、母上がご身分の高いお方なんですよ」 「え?だって、母上は剣菱屋の女中だったって聞いたけど…」 「うん。母ちゃんは父ちゃんと夫婦になってから、自分の素性を知ったんだ」 「…素性って…?」 「ご落胤だよ」 「どひゃ〜〜〜」 美童も、可憐も、野梨子も、思わずひれ伏した。 「母ちゃんに連れられて、あたい千代田のお城に行ったんだ。その時、じいちゃんがこれをくれた。なんだっけ、そのとき言われたのは…」 「生涯御勝手ですよ」 「そうそう、その生姜がなんとかって」 「上様から…生涯御勝手…すごい、お墨付きだ…」 美童は目を白黒させている。 「清四郎と魅録は御存知でしたのね」 「ええ…まあ」 野梨子はにっこりと微笑むと、 「ならば、早いうちにやってしまいましょう」 「…って、あんた」 可憐が驚いたように野梨子を見た。 「…だって、女の敵ですのよ。許せませんわ」 「そうだよ。そんな奴、生きてても世のためにはならないぞ」 「ああ、そうだな」 「やりますか」 盛り上がる四人を見つめながら、美童と可憐は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲んだ。 若年寄、本多摂津守の次男、直二郎は病死と届けられた。 それ以降、江戸の娘を震え上がらせた事件は終結した。 根津の寮で、悠理は清四郎の膝枕でうとうとしていた。 いつもの若衆姿ではなく、艶めかしい長襦袢姿である。 「…悠理の御威光を使う間もなかったですね」 「…うん…ああ、あいつ、親からも疎まれてたんだな」 本多摂津守の次男は、可憐が囮となっておびき寄せられ、清四郎の一刀であの世に行った。 お付きの者もなく、一人であった。 本多摂津守も、自身の地位を考えて、安堵しているだろう。 「…なあ、これからも、世のためにこれを使ってもいいかな」 悠理が懐剣を手にする。 「…そうですね。…人さまのためならいいんじゃないんですか」 「…嘘つけ…おまえは退屈なだけだろ」 「わかりますか…」 悠理が起き上がり、清四郎の首筋に白い腕を巻き付けた。 その頃、寮の門の前で美童がたたずんでいた。 「なんだ、美童、入らねえのか」 「お取り込み中なんだよ」 「ははん…」 「おっと、可憐と野梨子がやってくるぜ」 魅録がにやりと笑うと、 「俺の知り合いの船宿から船を出そうぜ。たまには四人で、差しつ差されつもいいだろう」 「咲いた花なら散らねばならぬ、恨むまいぞえ小夜嵐…散らしたいねえ」 「…馬鹿野郎。行くぞ」 四人は根津を後にして、大川に船を浮かべた。 悠理と清四郎には投げ文をしておいたゆえ、取り込みが終わったら追ってくるやも知れぬ。 金も、美貌も、力も持った六人の若者は、お江戸に巣くう悪を討つ組織を作ることになる。 悠理の、生涯御勝手のお墨付きが彼らの結束に拍車をかけた。 先々、どのような事件が巻き起こるかは…まだ、誰も知らない。
飽くなきおねだりが功を奏してかめお様が設定して下さった時代劇!
お馬鹿部屋方式(笑)で、こちらも参加者を公募しちゃいます!!原作「有閑倶楽部」ではおなじみとはいえ、
現代設定では手を出しにくい大事件や殺人、身分違いの恋も、時代劇設定じゃできちゃうぞ♪ |