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放課後の有閑倶楽部、今日もいつもの６人が、各々のんびりおくつろぎ。
本日のおやつは可憐のお手製マドレーヌ。
料理上手の可憐お菓子は毎回みんなに大絶賛。
甘い物の苦手な魅録にも食べやすい甘さなところも泣かせてます。
当然のごとくあっという間に自分の分を食べてしまった悠理がテーブル席の椅子に腰かけ、目線だけで隣の席の男をチラリとうかがっている。割り当てのマドレーヌの残り１つがまだコーヒーカップの隣に残っているのが見えた。
きらーん！（lock
on！）
ちらりと黒目だけ動かして周囲の様子をはかる。
（魅録…は部屋の隅でバイクのパーツいじってる。野梨子は…可憐と何かの雑誌に向かってる。美童…は相変わらず楽しそうに女と電話してるな…そしてこいつは…）
じっと見ていることに気づかれぬよう、顔を動かさないで目線だけをジリジリとあげて清四郎をみると、ノートパソコンに向かって何かを読み続けている。
（標的まで30センチ！一気にゲットして魅録の所までダッシュだ！よし！）
（３…２…１…それっ！）
とばかりにマドレーヌをゲットしようとした瞬間、素早い動きで標的が手の届かない高さまで移動してしまった。
清四郎がタッチの差で取り上げて、立ち上がったのである。悠理も反射的に立ち上がって手を伸ばす。
「なんだよー！！清四郎のけち！！！」
「…ケチ！じゃありませんよ。…まったくいつものことながら、油断も隙もありませんね。このマドレーヌはダメです。可憐の作るお菓子は本当に美味しいし、今日はすごくお腹がすいているので、悠理にはあげられません。あしからず」
いいながら、にっこり笑うと悠理の手に届かない高い位置で包装紙を開きにかかった。
「あら、そこまで褒めてもらえると嬉しいわね」
二人のやりとりを見て可憐が笑いながら言う。
スカートの裾も気にせず、ぴょんぴょんジャンプしてなんとか清四郎が頭上に高々とかざしているマドレーヌを取ろうと頑張っている悠里に呆れて可憐と野梨子が笑う。
「はしたないですわよ悠理。でもいつも本当に美味しいお菓子ですわ可憐。今度私にも作り方を教えてくださいな」
「ありがと。いいわよ。野梨子の空いてる時に声かけてちょうだい」
にっこり微笑み合うと週末の遊びで使う予定の美味しい店情報の話しに戻った。
次の瞬間、ビビビ！ブチブチ！と派手な音がした。
「うわ！悠理！」
「ぎゃあぁ！」
「「「「なに？！」」」」
室内にいた全員が音のした方へ顔を向けた。
叶わぬまでも最後の一押し！とばかりにハイジャンプをした悠理は勢い余って前傾姿勢のまま清四郎の胸元へ激突してしまった。突発的な頭突きを胸元へくらった清四郎は一瞬息が止まった。
派手な音の正体は、清四郎の詰め襟ファスナー上部に悠理の制服のボタン糸が見事にひっかかり、ファスナーへ生地を巻き込んだためだった。
落下する悠理の制服のボタンは上からすべてちぎれて飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁ！！／／／／」
「ぎゃあぁぁぁぁ！…ぁあ？？」
（なんで清四郎の方が叫ぶんだよ！！恥ずかしいのはあたしだじょ？！）
悠理は必死で開いてしまった制服の胸元をかき合わせようとするが、身長差のある清四郎の詰め襟上部のファスナーに自分の胸元の布地が食い込んでしまっているため、清四郎の顔を自分の胸元へ思いっきり引き寄せる結果になってしまった。
いきなり悠理のブラ姿をアップで見ることになり、真っ赤になった清四郎の頭はバカバカと殴ぐられた。
「うわわわわわ！！！／／／／見るな！目ぇ閉じろ！このムッツリスケベ！／／／」
「―！！見たくて見てるんじゃありませんよ！…野梨子！可憐！どっちでもいいので、何とかしてください！！」
悠理に袋だたきに合いながら目を閉じ、清四郎の顔が急激に耳まで真っ赤になっていく。それを見て、悠理もさらに赤くなる。
他の４人から見える光景では悠理の背中越しに清四郎が悠理の胸元にひっついてもがきながら殴られている様子しかうかがえないので、二人が何をそんなにあわてているのかわからなかった。
が、なにやってんだと言いながら、覗きに来ようとした魅録のすねに悠理のローキックが決まる。
「ばか！魅録と美童は来るな！」
「いてぇ！悠理何すんだよ！」
すねをさすりながら魅録が大声を上げる。悠理が魅録をけっ飛ばした瞬間、反動でちらっと悠理の制服の前が完全に開いてしまっているのがうかがえた。野梨子と可憐があわてて近づいた。
かしこい美童は身の危険を感じてその場でストップし、魅録はわずかに赤くなって元の場所へ飛んで逃げた。
「悠理！動かないでくださいな！（…これは見事に食い込んで）取れなくなってしまいますわよ！…可憐、これどうやったら取れますでしょうか…」
「う・わー…何をどうやったらここまで見事に（ファスナーに）布が食い込めるのかわかんないけど、…少しづつほぐすしかないかしらねぇ…まさかどっちかの制服をはさみで切るわけにもいかないし…あんたたち、馬鹿なことやってるからこんな目に遭うのよ。ちょっと時間かかるわよほどくの…って最悪無理かも知れないわよ…」
「………私、ボタンを探しますわね」
女二人に呆れられつつ、悠理と清四郎はおとなしくなる。
中腰の姿勢が辛くなってきた清四郎が椅子を求めてチラッと目を開けかけたのに気づいて悠理がまた清四郎の頭をバカバカと殴る。
「わぁ！メェ閉じてろ！清四郎！…だいたい清四郎がケチだからいけないんだぞ！」
…殴る手にも今度は若干の手加減が入っているが、かなり痛いのには間違いない。
「何言ってるんですか！悠理は自分の分、食べたでしょ？！…ってそんなことはいいから、早く何とかしてください〜！！腰をやられそうですよ！」
悠理に引っ張られているため、不自由な中腰のまま目を閉じて清四郎が珍しく叫ぶ。
しかし言いながら、更に首まで赤く染まっていく清四郎を不信に思って野梨子と可憐が悠理の胸元をのぞき込むと悠理の下着は綺麗なライトグリーンの総レースのオーダーメイドブラのみだった。しかもいつも着ているタンクトップかキャミソールがない。
「あら…これって、あたし達があんたの誕生日にプレゼントしたやつよね。やっぱ形が綺麗ねこの下着…色も悠理に似合ってるじゃない」
「あらほんと、悠理の好みじゃないかもと思ったんですけれど、使っていただいて嬉しいですわ。とっても似合ってますわよ。…でもどうしてタンクトップもつけてないんですの？いくら何でも制服の下がこれだけっていうのは…少々過激ではないですの？」
清四郎が赤くなっている理由がわかって思わず野梨子も赤面してしまう。
「うん…これサンキューな。実は今日初めて使ったんだ。…体育の後、更衣室でオレンジジュース飲んでて、思いっきり体操服の上からジュースこぼしちゃってさ。
んで、しまってあったこれを使わせてもらったんだ。こういうのあんま使ってないからちょっと照れくさかったけど、付け心地はかなりいいじょ」
「そりゃそうよ。オーダーメイドだもん」
目をつぶったままの清四郎の目の前で女３人がきゃいきゃいとブラの話しで盛り上がっている。
「…素敵な下着談義の最中に申し訳ないんですが…早く解放してください…お嬢さん方」
真っ赤な顔のまま抗議する清四郎をチラッとみると、可憐はにんまり笑った。
「やだ清四郎ったら！悠理のブラ見てそんな真っ赤になってるわけ？…可愛いとこあるのねえ」
観念した様子の清四郎は言われるがままである。
「…からかわないでくださいよ可憐。お願いですからとりあえず座らせてもらえませんか。悠理の身長にあわせてかがんでたら腰を痛めそうです」
目を閉じたまま眉をしかめる清四郎に野梨子が慌てて椅子をあてがう。
「良かったわねえ〜悠理♪ちゃんと女の子扱いを受けてるわよ、あんた」
可憐はいつも見られない清四郎の狼狽ぶりが楽しくて仕方ない様子でからかい続ける。
「…あたいはもともと女だじょ！（怒）」
ぶすっとしてそういってみたが、目をつぶったままの清四郎に
「たいていの女性は…お菓子ほしさにこんな目にあいませんけどね」
そういわれ、悠理は再度真っ赤になり、清四郎の頭にゴチンともう一発お見舞いした。
「悠理！！何発もらったか数えときますからね！」
「フン！このムッツリスケベ！！人のブラ見て真っ赤になってるクセに！！そんなやつ怖くないし、説得力のかけらもないぞ！！」
悠理の言葉にいったん落ち着いていた頬と耳に再度赤みがもどり、不自然な姿勢で目を閉じさせられ、ふるふると拳を握るというめったに見れない清四郎の姿に他のメンバーは大笑いした。
（清四郎があそこまで真っ赤になる悠理のブラってどんななんだろう？？気になる〜あとで可憐に聞こうっと♪）
口にすると魅録と同じ目に遭うのが分かり切っている美童はおとなしく心の中でつぶやいた。
清四郎が至近距離で目にした光景は…普段海やプールで見慣れている悠理の胸元と下着（水着やホールターネック姿だって日常茶飯事なのに）だった。…ただし、悠理相手には想像したこともないような綺麗な色の総レースのブラジャーで…。
おまけに、バストアップ効果があるのか、小降りながら胸の谷間が強調される作りになっていて普段は想像すらできなかった悠理の真っ白な肌のふくらみが目に焼き付いてしまった。目の前10�僂竜�離であった。
目を閉じていても、鮮明に瞼の裏に浮かび上がって消えない。
至近距離のため今まで感じたことのなかった悠理の甘い肌の匂いまで体感してしまって、清四郎は焦ってしまった。
（おまけにブラの他になんにも着てないもんだから、下着よりも“胸”を強調されてしまって……頼むからジュースなんかこぼすな！！！っというか、その前に食い物ほしさに大ジャンプするなーーーー！！！この野生児！…同じするにしてもやりようってもんがあるでしょうが！！）
反撃してあの悠理から『〜説得力なし！！』とのたまわられ、（一応半裸の女性相手に）反撃できない清四郎は目をつぶったままさめざめとへこんでいる。
（ささやかな胸の悠理の下着姿になんでこんなにドキドキしなきゃいけないんだーーーーーー！）←口に出したら殴られるので言えない。
数十分後、布を傷めないようにと必死で制服をほどいた野梨子と可憐の手によってフラフラになった清四郎は解放された。
悠理には『あたいの胸を見た罰！』と叫ばれ、マドレーヌと着ていた詰め襟をぶんどられてしまった。（実際には野梨子が飛んでしまったボタンを付け治している間だけの話しなのだが）
席に戻った清四郎がちらっとみると悠理の顔色はすっかり元に戻っているが、自分の方はかなり神経を集中させていないと朱に染まってしまいそうな気がして落ち着かない。
（まったく…普段からあんなに薄着でお日様の下でがんがん運動しているくせにどうしてあんなに色が白いんですかね。おまけにとんでもないパワーの持ち主のクセに身体の線が細くって…胸も思っていたよりはあるんですねえ（下着のせいかもしれないけど）…悠理もやっぱり女性なんですねえ…）
自分の詰め襟を着て、魅録のすねを蹴飛ばしたことで魅録から怒られている悠理をみながら清四郎は放心していた。
（…まいりましたね）
周りに聞こえない音量でぼそっと清四郎はため息をついた。
各々落ち着いたので、コーヒーを入れ直している可憐にスススと近寄った美童が小声でたずねる。
「…ねえ、可憐？」
「なあに？」
「清四郎、あれからほうけちゃってるけど…悠理にプレゼントした下着ってそんなにセクシーだったわけ？？あの清四郎が惚けるくらい？？」
「え？？セクシー？…と言われるとセクシーだけど…どちらかというと、綺麗なレース使いが特徴なだけの普通のブラよ？少しバストアップ効果があって、ラインが強調されるようにはなってるけど。悠理の場合、元が元だから若干…くらいなもんね」
「そうなんだ…でもさ、それにしては清四郎の様子、変すぎない？？？」
美童に言われて清四郎の方を見た可憐は思わず笑ってしまった。
惚けたようにじっと悠理の方を見てから目をつぶり額に手をあて、再度真っ赤になっている清四郎がいたからだ。
（清四郎って思ったよりもうぶなのかしらねぇ？悠理のブラみて真っ赤になってるなんて。可愛いとこあるじゃない。………それとももしかして…）
ぷぷっと小さく吹き出す可憐を見て美童も声を殺して笑う。
（まあ、とりあえず、冷血漢にもちゃーんと男の血が流れてるのねぇ）
（今後が楽しみだね）
「今日は清四郎の記念日だね」
「あら、なんの？」
美童は可憐を見つめてクスッと笑う。
『悠理が女の子に見えた記念日』
悪戯っぽくそう言う美童の横顔を見てから可憐がもう一度清四郎に目をやると確かに清四郎の視線は悠理を追いかけ続けている。
「しばらく目が離せなくなりそうだね可憐」
可憐は声を殺して可笑しそうに笑う。
口にはださねど可憐の考えていることは美童には伝わったようでいいネタができたと二人の小悪魔は微笑した。
清四郎が放課後の倶楽部に顔を出さなくなって１週間経つ。
「悠理のブラジャー事件」をきっかけ？に昼食を取りには来るが、放課後はぱったりと顔を見せなくなった。
今の時期は生徒会行事の雑務もなく、清四郎がいなくてもなんら問題はないのだが、野梨子は『悪いんですが、しばらくの間、帰りは魅録か悠理に送ってもらってください。僕からも頼んでおきますから』
と言ったきり詳しい理由を話そうとしない清四郎にとまどっていた。
（可憐の言うとおり、悠理の下着姿を見てしまって顔をあわせずらいって事なのかしら…？でもそれならお昼休みだって来づらいはずですわよね…放課後どこかへ通っているような感じもあるんですけれど、聞いても答えないに決まっていますし。当分は仕方ないですわね）
考えながら読んでいた本から目を離し、窓際で魅録がバイクのパーツをいじっているのを見ている悠理に視線を走らせる。
「魅録ちゃん、それ美味しそうね」
「お前さっきでっかい煎餅、一人で食ってただろ？腹壊すぞ」
「大丈夫だい！」
どんと自分のお腹をたたいてにかっと笑う悠理に苦笑し、食べかけていたポテトチップの袋を差し出す魅録。
「やった♪魅録ちゃん愛してる♪」
「…お前なー…よくそんだけ食って太らないよなー。いったいどこに入るんだよ」
「胃だじょ」
悠理はもういちどたいらなお腹をどんとたたいて笑う。
やれやれといった風に肩をすくめると黙ってドライバーを動かす魅録と側で窓際の椅子に腰掛け足をブラブラさせながらそれを見ている悠理。
（…あの二人って本当に一緒にいるのが自然というか、お似合いに見えますわね）
（…悠理って魅録が好きなのかしら？…魅録は？）
自分が色恋に興味を持っている事にふっとおかしくなって頭を振り、読書に戻ろうとした野梨子だったが、ふいに窓の外を見て惚けている悠理をみてふと思った。
（…清四郎は？）
（あれ以来…ですものね。放課後顔を出さなくなったのは。悠理に対して恥ずかしくて顔を合わせずらいのなら、お昼だって避けますわよね…。…仲の良い魅録と悠理を見るのが辛くて…なんてことありますかしら？―――清四郎が悠理を好き？？…でもそれならお昼休みだって似たようなものですし…違いますかしら…）
野梨子は清四郎と悠理が寄り添っている姿を想像してみたが、上手にイメージできなかった。
（私にはまだよくわからない感情みたいですわ。こういうことは周りが色々考えたってどうしようもないことですし、…きっとなるようになりますわね）
自分の考えに苦笑してもう一度かぶりを振ると野梨子は読書の続きに戻った。
「野梨子、送ってくじょ。車来たから乗ってけよ」
「ありがとう悠理。毎日ごめんなさいね」
「ん？別にいいじょ。野梨子一人じゃ危ないし、どうせ車だからな」
剣菱家御用達の大きなベンツ内で悠理はお気に入りのＣＤを野梨子に聞かせようと準備している。
「これな、魅録にダビングしてもらったんだ。なかなかいい音してんだ。このバンド」
悠理と魅録の好む音楽はよくわからなかったけど、楽しそうにリズムに乗る悠理はとても可愛いと野梨子は思った。
「ねぇ悠理？」
「ん？」
「清四郎、ここのところ倶楽部に顔を出しませんわよね？何か理由をー…」
知りませんかしら？ と聞きかけて野梨子は悠理の手で口をふさがれた。悠理の表情が硬くなる。
「清四郎の話は…その、やめようぜ」
「…どうしてですの？…もしかして悠理、清四郎とケンカでもしたんですの？」
一瞬お互いの目を見つめ合ったまま、沈黙が流れる。
「………ケンカ…はしてないけど、その…」
思ったことはなんでも口にする悠理が口ごもっている。
「悠理…なにかありましたの？」
「うー…ちょっとな」
重ねて問いただそうとしてやめたのは、俯いて沈黙した悠理がとても綺麗に見えたから。…聞かなくてもわかるような気がして思わずこちらまで赤くなってしまった。
（ケンカではなくて今までよりも仲良く…なったってことですかしら？でもそれなら清四郎が顔を見せなくなる理由はないですわね…。もしかして、清四郎は悠理に失恋した？）
幼なじみの傷心かどうか確かめたい気持ちが再度持ち上がったが、野梨子の目には目の前の悠理の表情は苦い思いを抱えているようには見えなかった。
ふっとほほえんで野梨子は悠理に声をかけた。
「悠理のペースでいいですわ。…話してくれる日を私、のんびり待っていますわ。」
「野梨子…」
悠理の頬がうっすら赤いように見えたのは気のせいではないはず。野梨子は自宅の門をくぐりながら走り去った車を振り返った。
悠理は悩んでいた。
５日前の事だ。
例のブラジャー事件で散々みんなにからかわれ、剣菱邸のプールでストレスを発散させるかのようにものすごい勢いで泳いでいたとき、清四郎が現れた。
メイドに案内され、プールサイドから悠理が泳ぐのを見ている。
悠理が清四郎に気づいて泳ぐのをやめる。プールの真ん中に立って清四郎を見た。でもこちらに近づいてこない。清四郎は声を張り上げる。
「相変わらずきれいなフォームですね。真面目にスポーツに取り組んだら何をやってもかなりいいところまでいくんでしょうけどねぇ！」
「…なにか用かよ」
悠理の機嫌は悪い。
清四郎一人が悪いわけではないのだが
（普段から自分の薄着や水着姿だって見慣れているはずの清四郎があんなに…傍目にもわかるほど真っ赤になるからみんなにからかわれるんじゃないか！なんなんだよ！あたいがレースのブラつけてたらそんなにおかしいのか？！）
ぶすっとしたままそれ以上話そうとしない悠理に手招きするがそれにも応じる様子がない。清四郎はちょっとむっとする。
「悠理、話しがあるんです。こっちに来てもらえませんか？」
極めて冷静な声で言ってみるが、悠理の反応は冷たい。
「離れてたって話しはできるだろ？」
「…悠理が来ないならこっちから行きますよ」
少しイラついた表情を見せて清四郎が腕時計を外し、靴を脱ぎ始める。まさか服のまま泳ぐつもりだろうか。
「…お前水着もってんのかよ」
「悠理が来なければこのまま飛び込みます」
（………脅しになんかのるか！）
悠理はぶすっとしたまま清四郎の動きが止まるのを待っていたが、次々と靴や靴下を脱ぎ、着ていたシャツを脱ぎ捨てようとしている清四郎を見てあわてて近づき始めた。
近づいたといってもプールの中とプールサイドである。
悠理は水からあがろうとしない。
「悠理、座って話しをしませんか？」
清四郎がプールサイドのチェアを目で指し示すが、悠理は黙って首を振った。
「…やだ」
「どうしてですか？」
ぶすっとした表情のまま、悠理が口を開く。
「…あたいは水着なんだよ！」
一瞬の沈黙の後、清四郎はつとめて平静な声でたずねる。
「それがどうしました？」
今度は悠理が数秒の間沈黙した。
「お前こないだあたいのブラ見て真っ赤になったじゃねぇか！いっつも……あたいの水着姿なんか見慣れてるはずなのになんだってあんな真っ赤になるんだよ！お陰でこの３日、あいつらにからかわれつづけじゃねえか！今だって…着てるのは来年の夏に剣菱から発売される…いっとくけどな！あたいだって、少しはとーちゃんやかーちゃんの手伝いになることはやってんだぞ！（…ってスポーツ用品のモニターだけだけど…）とにかく、剣菱から発売される予定の…新しいデザインの（…あたいが普段は着ないような…）競泳用ビキニなの！だからいやだ！！！」
一気にそういって赤くなると悠理は少しすっきりした。
が、清四郎は耳を疑うような台詞を口にした。
「…その水着、見せてください悠理」
「…？！ばっ…お前」
真顔でそういわれ、さらに赤面する。清四郎の方はいたって真剣な表情で続ける。
「今日はそのことで謝りにきたんです。悠理がとても嫌な思いをしているのがわかったので、僕にしても…なんといっていいのかはわからないんですが…とにかく謝りに来たんです」
一見無表情に見えるがその瞳には真剣ななにかがうかがえるような気がして悠理は少し息をのんだ。
「……謝りに来たのになんであたいの水着を見せてになるんだよ？お前言ってることがよくわかんないぞ」
清四郎も自分で言ってはみたものの、どことなく落ち着かない様子である。
「…僕もこの３日、あいつらにからかわれつづけながら考えてましたよ。でも結局、よくわからないんです。」
清四郎らしからぬはっきりしない物言いに悠理は少し言い過ぎたのかなという気持ちになった。口調をもう少しやわらげる。
「…なにがわかんないんだよ」
悠理の口調が和らいだのにほっとした表情の清四郎が困ったような声で続ける。
「悠理の…下着姿を見た後から、あなたの事が頭から離れません。悠理の言うとおり、悠理の水着姿やホールターネックみたいな露出の高い服だって…見慣れているはずなのに、です。僕だってなにがなんだかわからないんですよ。だからー」
「―だから？？」
「―だから…もう一度悠理の下着姿か水着姿でもみれば理由がわかるかなと思って」
（…そうくるのかよ…）
「ダメですか？…ってやっぱダメですよね？僕だってわかってるんです。言ってることは女性に対してお願いしていいような事じゃないって。でも、ここ３日、本当にまいってしまって…」
悠理は自分をじっとみつめる真剣な表情の清四郎に恥ずかしくなってしまった。
ついでにいうと、泳ぐのをやめてから水につかっているのが肌寒くもなってきた。
「…下着はいやだから…水着でいいよな？」
「え？」
「…泳ぐのやめたら寒いんだよ！…シャワー浴びて着替えたいからあがる。お前濡れるからそこどけよ！」
言いながらプールサイドに両手をかけてザッとしぶきをあげ、悠理が水からあがってきた。深みのあるゴールドのビキニ。布の面積が少なく、ショーツの片サイドは（実際はデザインだけでほどけることは絶対にない作りになっているが）細いリボンになっている。悠理は黙って清四郎の前に立つ。
色味的にも光沢のあるゴールドは一瞬何も着ていないような錯覚を起こさせる。
普段の悠理が着ている水着とはまったくイメージの異なるセクシーな水着だった。
剣菱メーカーの試作品だというそれは悠理の引き締まった体にきれいに張り付き、緊張で寡黙な悠理は本当にきれいだった。
清四郎は自分の頬がかっと赤くなるのを意識した。
至近距離から清四郎の視線を全身に受け、さらに赤くなっていく清四郎を認めて悠理も恥ずかしくなる。
「……気が済んだか？」
そういうのがやっとだった。
「悠理…その…」
「…あたい寒いから着替えてくる。まだ話しがあるなら五代に言って部屋に行ってろよ。時間あるならお前の…謝罪は飲みながらにしようぜ」
言い残すと傍らの椅子からスポーツタオルをひったくると、シャワールームへと悠理は走っていった。
悠理の部屋に通された清四郎は入り口近くのソファーに座って頭を抱えていた。
（まいりました…悠理綺麗でしたね。どうやら僕は悠理を女性として意識してしまったようですね。…下着姿や水着姿を見て…というのもなんだか（自分がエロおやじみたいで）納得いかないんですが、でもまあ…あれ以来、制服きてようが家に帰ってからだろうが悠理が気になって仕方ないのは事実なんですよね…こういう気持ちを恋…というんでしょうかね？）
自己分析しながらこの気持ちを悠理に伝えていいものかどうか迷う。
友人としては一人で突然訊ねてきても部屋までフリーパスで通してもらえる付き合いをしているし、試験前はお互いの家に泊まり込みになる。剣菱万作・百合子夫妻とも（あの婚約騒動以来も変わらず）うまく付き合っていると思っている。
ただ、あの騒動の際は悠理にとことん嫌われて決闘の果ての婚約破棄だったのだ。
（悠理は僕の事を恋愛対象にみてくれるでしょうか？………みてくれるのなら決闘にはなりませんよねぇ…やっぱり）
恋をする男性の気持ちで清四郎は想像してみるが、悠理に恋愛…というのもいまいち結びつかなかった。
自分で想像してみて軽く首を振る。
（下着姿や水着姿を見てお前が好きだと告白したら悠理じゃなくても蹴飛ばされますかね？）
そこへ悠理に指示されたのだろうワインとチーズ他、つまみを盛り合わせたトレーを持ってメイドが現れた。
にっこりと挨拶をすると手際よくテーブルへそれらを配置して下がっていく。
「―待たせたな」
ボーダーのタンクトップにベージュのハーフパンツというラフな部屋着に着替えた悠理がタマとフクを連れて部屋に入ってきた。
「今９時前だけど、明日学校休みだし、時間在るんなら飲もうぜ。母ちゃんのフランス土産でいいワインがあるんだ」
「…悠理」
「わー！！！」
清四郎が何かをいいかけるのを悠理が意味不明の大声で遮ってワインボトルを差し出す。開けろというポーズだ。
清四郎は耳がキンキンさせながらかろうじてボトルを受け取った。
「なんかよくわかんないけど」
どさっと向かいのソファーへ腰を下ろしながら清四郎と視線が合う。
「こういうことだろ？…こないだは清四郎は普段見慣れないあたいの下着姿を見て驚いた。―だろ？」
「…驚いた…といえば驚きましたけど…」
ちょっと違うんだがなと思いながら清四郎はワインの栓を抜こうとオープナーを手に取る。
「で、驚いて…お前にとってはペットかおもちゃなはずのあたい相手に不覚にも真っ赤になっちまったから、清四郎としては納得いかなくて、そんなはずはない！ってな感じか？？…で、もう一度確認しに来た。―お前負けず嫌いだもんな、当たりだろ？」
ズルっ。
椅子からおちそうになってしまった。
普段の自分の言動は悠理に対しては誉められたものではない。それは確かに…しかし、そうとられていたのかと反省しつつ、黙って耳を傾ける。
清四郎が黙っているのでそれが正解だろうと確信した悠理の勢いは続く。
「でも残念だったな！あたいは立派に女だじょ！下着じゃなくったって、お前顔赤かったもんな！あたいの魅力にまいったか！！！はっはっは〜！っていうか、たまには認めろよな！いっつもいっつも人のことペットかおもちゃ扱いして！！たまには自分を反省しろーーーーー！」
最後の方は大声で指さしポーズまでついた。うなだれている清四郎に向かって勝利のガッツポーズを見せるとにっこり笑って悠理はグラスを取った。
目顔で清四郎につげ！と合図する。
（…僕はなんだってこんな女に…）
ため息をつき、少し悲しい気持ちになりながら清四郎は２つのグラスにワインを注いでから口を開いた。
「…悠理らしい解釈ですが…ちょっと違いますね」
「へ？違うって？」
珍しく清四郎をへこませてやったとご機嫌な悠理は一人がけ椅子に体育座りで座り直し、首を傾げる。
ちょっときょとんとしている。
（なんだよ？違うのか？まさかあんときキャミ着てなかったことや、……ジュースこぼしたことから説教しに来た訳じゃないだろな！？でもな！いっとくけど、見られたのはあたいの方で、恥ずかしかったのもあたいなんだからな！）
「…つまり…きっかけはたしかに悠理がいうとおり、驚いたせい…かも知れませんが、僕は…その…さっきの水着姿をみてもあの時と同じ事を…思いました。」
だんだん真剣な表情になってくる清四郎に思わずビビリながら悠理はひざを抱え込む。
「―――なんだよ」
「悠理は……綺麗ですねって」
「へ？？？」
「…僕だってこんな気持ちは初めてで、どう伝えていいのかわからないんですが、あの日もさっきも、悠理はとても綺麗だと…そう思いました」
「な…／／／／！」
色々言いたいとはあるのだが、口をパクパクさせるだけで言葉がまったくでてこない。
清四郎の言葉に真っ赤になってしまったことがわかって悠理は思わず立ち上がって顔を背け、窓際へ移動する。
真正面から清四郎の視線を受けているのが恥ずかしくてたまらなくなったのだ。
清四郎はグラスをおいて悠理の後をゆっくりと追う。
ほてった頬を冷やそうと開いた窓辺の椅子にすとんと悠理は座った。さあっと夜風が頬にここちいい。
（清四郎の奴、一体なんだって急に？…まさか…新手の嫌がらせじゃないだろうな）
音を立てずに近づいてきた清四郎は悠理のむきだしの肩に温かい両手をそっと乗せた。悠理はその体温の熱さに思わず飛び上がりそうになる。
「悠理、僕はあれからあなたのことが気になって…本当に…まいってるんです」
（……？！）
真っ赤になった頬にほんの少しだけ清四郎の手が触れ、斜め後ろから清四郎が軽く抱きしめてきた。
「！！」
あわてた悠理は必死で身をよじり清四郎の側から離れる。
「清四郎！お前いきなり…なにを」
さらに文句を言おうと思うのだが、驚きすぎて言葉が出てこない。口をパクパクさせている悠理に清四郎は言った。
「僕は…悠理が好きです。悠理は僕のことが嫌いですか？」
清四郎は自分を警戒して一定の距離を保とうとしている悠理にゆっくり近づいていく。
悠理はジリジリと後ろへ下がりながらやっと答える。
視線を清四郎から外すことができない。緊張感が二人の間に走る。
「…嫌い…なわけはないじゃないか」
（嫌いじゃない…か）
「それは…友人として嫌いじゃないということですか？それとも…僕と同じ気持ちで好きだと思ってもらえますか？」
「…！！／／／」
「返事を…聞かせてもらえませんか…僕は真剣なんです。…悠理？」
真っ赤な顔の悠理を壁際へ追いつめた清四郎は悠理の両側に自分の手を置いて閉じこめてしまった。
今までこんな清四郎は見たことがない。これが新手の嫌がらせかどうかはさすがの悠理も区別することができた。
自分を熱っぽい目で見つめて、好きだとささやかれただけで悠理はショート寸前だった。
「…急にそんなこといわれても…その…」
これ以上赤くなりようがないくらい赤くなり、泣きそうな表情の悠理を見て清四郎は焦っている自分にはっとした。
「すみません」
さっと悠理を解放して背を向ける。
（今までただの友人として過ごしてきたのに急にこんな風に迫られたら困るのは分かり切っているのに…自分はなにをやっているんだ。それに悠理が自分には興味がない場合でも仲間の事を考えたら…友達思いの悠理はーーー断れないだろうに）
「―すみません悠理。驚かせて」
もう一度そういうと清四郎はドアに向かって歩き出した。
「返事は急ぎません。…でも、お願いですから今までの友情に免じて、なかったことにだけはしないで下さい。…今日は帰ります」
パタンと静かにしまったドアを見て、悠理はずりずりと壁にそって床へ座り込んだ。
（清四郎があたいを…好き？マジか？？）
剣菱邸を出て空を見上げるとたくさんの星の真ん中にぽっかりと満月が浮かんでいる。
「綺麗な月ですね」
清四郎はためいきを一つ落とすとゆっくりと帰途についた。
放課後の倶楽部へ顔を出さなくなってから１週間が過ぎた。
悠理からの返事はまだない。
返事どころか、昼休み、昼食を取っている最中にも悠理からの視線が流れてくることは全くなくなってしまった。
（僕は間違った選択をしましたかねぇ）
表情には出さないものの、清四郎の胸中はぐるんぐるんに渦を巻いていた。
ここ数日、夜も深い眠りを取れていない。
眠れないので、食欲も落ちてしまっている。悪循環だ。
（自分がこんな感情を持てること自体が驚きなんですが…）
芝生広場で昼食を取った後、軽いめまいがする程ひどい睡魔に襲われた。
隣にいた野梨子に「ここのところ寝不足で…少し仮眠を取ってきます」と断って部室のソファーへ逃げ込むことにした。
（夜寝れないのに、こんな時間に眠ってしまったら今夜は余計に眠れないだろうな…）
遠のいていく意識の端でそんなことを考えつつ清四郎は眠りについた。
予鈴がなり、各々荷物を持って教室へ引き上げて行こうとしたとき、大きな楠木の下で悠理を軽く引き留めて野梨子が声をかけた。
「ねぇ悠理…言わないでって言われたんですけれど…実は清四郎が……ひどい風邪で。ついさっき、仮眠を取りに部室へ行きましたの。申し訳ないんですけれど、この薬を持っていって清四郎に飲ませていただけません？薬を飲むように言ったんですけど、忘れていってしまったようで…私、次の授業が移動教室で、急がないと遅れてしまいそうなんですの」
やや早口ではあるが、野梨子の心配そうな表情をみて、悠理は眉をよせた。
「風邪？あいつ…熱でもあんのか？」
そういえば、清四郎の奴、あんまり食べてなかったような気がする。
そういえば、顔色もあんまりよくなかったような気がする。
そういえば、具合が悪そうだったような気がする…。
悠理の表情が心配そうなものに代わっていくことに野梨子はこっそり安堵した。
「熱は…まだはかってないって言ってましたわ。」
野梨子は重ねていく小さな嘘が表情にでませんようにと祈りつつ、悠理の手のひらに小さな白い包みを乗せる。
「頼みましたわよ！必ず飲ませてくださいね」
そういうと、まだ何かいいたそうな悠理に背を向けて、野梨子は小走りに可憐の後を追った。
「…はいるぞ…（超小声）」
具合が悪くて眠っているかも知れないと思ったし、まだなんて声をかけていいのか分からない。悠理はそうっと部室に入ると、音がしないように後ろ手にドアを閉めた。
（清四郎…）
清四郎は窓際のソファーから長い足をはみ出させ、眠っていた。
呼吸は規則正しく、苦しそうな息づかいではない。悠理はホッとした。
（薬を飲ませてくれって言ってたよな）
すっかり寝入ってしまっている清四郎にどうやって薬を飲ませろというのか。
起こすのも可哀想な気がするし…
（…起きるのまってたらーーーあたいはさぼりか？野梨子？いつもさぼるとうるさいくせに、お前は移動教室で、あたいはさぼりでいいのか？？野梨子よ？）
思わず教室の方向に顔を向け、一人で無言のノリつっこみをする。
悠理はばかばかしいとブンブン頭を振った。猫っ毛が頭に合わせて揺れる。
その時授業開始を告げるチャイムが鳴った。
清四郎は身じろぎひとつせず眠り込んでいる。悠理は鼻からふーっと息をふいた。
「…いーよ。次の授業はどうせ家庭科だしな。切ったりぬったり…あたい苦手だじょ」
悠理はそうっと清四郎が寝ているソファーの隣の椅子へ腰を下ろした。
（…綺麗な顔してるよな…こいつ）
あの日、自分のことを綺麗だと言った男をまじまじと観察する。
ちびの頃は弱虫だった…中学まではいけすかない奴だと思った。高校に入る頃までに仲良くなって…少し前は婚約者だった。
（…あん時も、こいつにとってあたいは…少しは女だったのかな？）
「…んなわけねーか！！」
思わずでた声が大きかったので慌てて口をふさいだが、その瞬間ぱっちりと目を開けた清四郎と目があった。
「悠理…？？」
「わ・わ・わ・悪い、起こしちまったな／／／」
悠理はあせって立ち上がり、清四郎に背を向けドアの方へ走って逃げかかった。が、何をしに来たのか思い出して、立ち止まり、すごすご戻ってきた。
「これ…」
「なんですか？」
「お前、風邪ひいてんだろ？大丈夫なのか？野梨子が薬のませてくれって。」
「野梨子が？」
手渡されたとんぷくを受け取ってみるとそれは今朝野梨子に渡したビタミン剤だった。
（…野梨子には僕の睡眠不足の訳もばればれってわけですか…）
とんぷくをじっと見つめながら清四郎は苦笑する。
（せっかくの野梨子の心遣いを無駄にしてはいけませんね）
目の前でそわそわと落ち着かない様子の悠理が逃げ出してしまわないようになるべく落ち着いた様子で声をかける。
「…実は昨日からちょっと体調が悪くて。悠理、申し訳ありませんが、薬を飲むので水をもらえませんか？」
言いながら、額を押さえて目を閉じる清四郎に慌てた悠理はミニキッチンへ急いだ。
「ちょっと待ってろよ！」
ミネラルウォーターのボトルとコップを持って悠理は清四郎の隣の椅子へ腰掛ける。
水をついでやってから手渡す。
「ありがとう悠理」
野梨子の好意を受け取って、風邪薬の振りをしてビタミン剤を飲んだ。
（僕も可愛いもんですね。…悠理相手に、どうしていいかわかりませんよ。ただ…分かっているのは、僕が悠理を好きな気持ちは本物だと言うこと…それから、どんな形でも悠理に嫌われてしまうのは不本意だということ…。恋人になれなくても側にいられるなら友人でも構わない……今のところはですけど）
「飲んだら、寝てろよな」
「…そうですね、すみません」
清四郎は力無く笑う。
こんな清四郎を見るのは初めての気がする。
（本当はとんでもなく具合が悪いんじゃないのか？熱だってあるんじゃないのか？こんなとこで寝てないでおっちゃんとこ（病院）行った方がいいんじゃないのか？）
そのままソファーに横になろうとする清四郎の手を思わず悠理は引っ張って起こす。
「悠理？！」
「…お前、ソファーじゃなくて、せめて仮眠室で寝ろ。清四郎は無駄に背が高いから足があまるだろ？」
小さく悪態をつきながら、手を引いて仮眠室へ誘導する。
小さな子どもにするように手を引っ張って前を歩く悠理のフワフワの髪の毛を見ながら清四郎は思わずほほえんだ。
（こういうところが可愛いんですよねぇ）
「無駄に背が高い…というよりも、“足が長い”といってもらいたいですな」
悠理に引っ張られ、入った仮眠室のドアを後ろ手に閉めながら思わず笑ってしまった。
「…なんだよ元気じゃねーか。んな軽口がたたけるなら大丈夫だな。」
悠理は仮眠室のベッドの上の毛布を広げて清四郎にベッドへ寝るようにうながした。
悠理にうながされるままおとなしくベッドに横になって毛布を掛けてもらった清四郎は嬉しかった。この１週間、悠理から視界の外に出されていたことがここまで堪えていたとは正直思わなかった。
焦って恋人になれなくてもいい。今は悠理の中に自分の存在がなくても…自分の気持ちは変わらないのだから。
「すみませんね悠理。心配をかけて…。遅れてしまったけど、授業に行ってください」
横になり目を閉じながら清四郎はそう言った。
「…ん。でも…もう残り時間少ないし、いいよ。５限はさぼっても」
「あんまり感心はしませんが…って僕も同じですけどね…」
清四郎は久しぶりに悠理と会話ができて嬉しかった。思わず笑顔がこぼれる。
悠理は清四郎が笑うのを見て、少し赤くなりドアの方へ顔を背ける。
「？お前は具合悪いんだからさぼりとは違うだろ。…あたいがいると眠りにくいよな。あたいあっちの部屋にいるからお前、少し眠れ。…もし具合悪かったらすぐ呼べよ」
ドアに向かって歩き出した悠理の背中を見つめながら小さく声をかけた。
「ありがとう悠理。…僕はやっぱり悠理が…大好きです」
答えはなくても構わないと思った。
それでも自分から悠理をあきらめることはできないのだから、悠理が突き放してくるまでは気持ちを隠さず側にいようと思った。
ドアノブに手をかけた姿勢で硬直していた悠理が振り向かないまま返事をした。
「………あたいもだよ」
小さな声だが確かに聞こえた。
「え？？ゆ…？」
清四郎の声だって聞こえているはずだが、悠理は仮眠室のドアを慌ただしくパタンと閉しめて隣の部屋へ逃げていってしまった。
（…今、あたいもだよって…いいました…よね？？？）
清四郎は自分の頬が熱を持ってくるのがわかり、恥ずかしくなる。
誰かに見られたら一生分からかわれるんだろうなと思うほど、顔が緩んでいるのがわかる。
（でも悠理よ。…普通こういうシチュエーションの時は、立ち止まったり、振り返ったり…せめて相手にちゃんと聞こえたかどうか確認したり…するものじゃないですかね？）
隣の部屋で同じように真っ赤になっているはずの愛しい女の姿をもとめて、清四郎はベッドから立ち上がった。
END
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