中間試験前の週末金曜日、悠理・美童の2人は清四郎の部屋で試験勉強の追い込み中。 泣く子も黙る3泊4日の超強制合宿である。 ついでにいうと、試験前の泊まり込みは悠理にとってはいつものことだが、今夜の美童は楽しみにしていたデートをキャンセルしての泣く泣くの宿泊だった。
それというのも古典の教師が予定よりも早い産休で休み、急遽試験を作った代理教師の告げた試験範囲がいきなり大幅に拡張したのである。 「あー!もう!デートの予定もすべてキャンセルだよ!。…赤ちゃんうまれるんだから仕方ないけどさぁ、今回の古典代理教師はあんまりだよねぇ!何でいきなり80ページも範囲広げるんだよ!追いつくわけないじゃないか!」 今となっては唯一の苦手科目になりつつある古典教師の横暴に美童は泣きが入る。
「広げたといっても、前回の試験範囲が含まれただけですから、一応復習範囲なんですけどね」 清四郎にそう言われ、美童はうーと唸る。悠理が美童に背を向けた姿勢のまま声をあげる。
「美童は古典だけじゃねえか!それが終わったら今日だって寝れるんだからいいだろー!あたいなんか絶対徹夜だぞ!!!。明日学校休みだし、清四郎絶対寝かしてくんないもん!」 悠理が首を後ろにかくんと倒して清四郎を見上げ、ぶーぶー抗議する。
美童と悠理の真ん中に立っていた清四郎は片眉をぴくりと上げ、悠理のひたいを真上からはたいた。 「…悠理が居眠りせずさくさくノルマをこなせば睡眠時間は増えてくるんですがねえ。余計なおしゃべりしてないでさっさと解く!お前の場合、ほんとに寝る時間なくなりますよ」 再度後頭部をこづかれて教科書に向かわせられる。 (…ちぇ!彼氏になったからって、こういうところはちっとも変わらないんだよな) 悠理はちょっぴりぶすくれている。
悠理よりも1時間早くノルマを達成した美童は深夜2時、喜び勇んで就寝した。 睡魔と闘い続けていた彼は一目散に清四郎の部屋の隅にひいた布団で枕を抱えて熟睡モード。現在の時刻は深夜3時。 悠理は恨めしげな視線を目の前の清四郎お手製ドリルに向けていた。 どんなに努力しても、睡魔が瞼を引き下ろしてしまう。(…限界だ…)
「悠理、今日はこの辺にしときますか?明日もスケジュールがありますからね」 清四郎が動かなくなった悠理に気付き、小さく声をかけたとき悠理は机に突っ伏してすでに夢の中にいた。気付いた清四郎は苦笑する。 寝かせてやろうと悠理が使っていたスタンドの電気を消した。部屋の中が一気に暗くなる。 「やれやれ。…ほら悠理、布団で寝てください」 「ん…」 美童と反対側の隅にひいた布団へ寝ぼけ眼の悠理を誘導しようと清四郎は悠理の背後から腕を廻し、椅子から立ち上がらせた。が、後ろからはがいじめに抱き起こしているのにもかかわらず、熟睡してしまっている悠理は起きる気配もない。 「…お前は子供ですか…完全に熟睡してますな」 仕方なく、ずるずると足をひきずるようにして布団まで引っ張っていきそっと布団に寝かせた。掛け布団を一枚かけてやった。
が、美童が部屋の出口から一番離れた壁際の布団へ入ったために悠理は出入り口側である。 戸口の隙間から冷たい風が入る気がして、清四郎は自分のベッドに乗せてあった予備の掛け布団を悠理にかけてやろうと立ち上がりかけた。次の瞬間、ぐいっと服の袖を引っ張られた。
「−悠理?」 ささやくような声で返事があった。 「…さみぃよ……ここにこいよ」 寝ぼけながら悠理は清四郎の袖を自分の方へぐいぐい引っ張る。 「へ??」 未だかつてない悠理の積極的なお誘いに清四郎は一瞬緊張する。
清四郎と悠理は一応恋人同士。まだ完全に清い交際ではあるものの、清四郎の方には悠理とあんなことやこんなことをしてみたい気持ちはもちろんある。 この状況であっても悠理を温めてやりたい気持ちはもちろんあるが、同じ部屋の中には美童がいるわけだし……。
…万が一(いや、十中八九そうだろうが)寝ぼけている悠理に手を出して、目が覚めたとき、無傷でいられる保証もない。 (うーん…苦しいとこですな…)
自分の袖口をしっかり握り、なにやら幸せそうな表情で眠る悠理に苦笑しつつも、悠理の寝顔に一瞬見ほれてしまう。 (黙ってるとほんとにきれいなんですよねぇ…って口に出したら殺されそうですけど) でれーんと鼻の下を伸ばしている自分に気付いて思わずぶんぶんと首を振った。
その時、うん…と怪訝そうな表情を見せた悠理が身じろいだ。 「…どうしたんだよ。こいってば」 ぐいっとさらに強く右手の袖口を引っ張られ、前につんのめった清四郎の右手はトレーナーの袖の中へ入り込んでしまった。 悠理は強い力で袖をずるずる引き続け、布団の中へ引っ張り込む。 「…悠理、放してください!袖が伸びる……こら!悠理!!」 熟睡している美童に気を使って声を潜めたまま、清四郎はあわてる。 (本気で誘ってるのか???まさかこの状況で悠理の布団へ入るわけにはいかないでしょうが!!)
結局、右袖を完全に悠理に抱き込まれ、清四郎は電気を消した部屋の中、四つん這い、前傾姿勢の不自然な体制で自分の右腕をトレーナーの中でさする羽目になった。 背後からは規則正しい美童の寝息が聞こえる。妙な姿勢のまま苦笑する。
(……我ながらばかばかしいスタイルだな…) (これは…脱ぐしか脱出方法がないな)
仕方なく、右袖を拘束されたまま、清四郎はトレーナーを脱いだ。 抵抗がなくなったのか、悠理は無意識に清四郎のトレーナーをすべて胸元に引き寄せてくふふと笑う。
「あったかいなぁフク…」 (…フクと…間違えてましたか…) がくーっとすべての気力が抜け、清四郎はその場にへたりこんだ。
カーテン越しの月明かりしか入らない深夜3時、上半身裸には少々肌寒い季節の清四郎はため息をつきつつ自分のベッドと熟睡中の美童をちらりとみた。 (…ほんの少しだけ…)
二人っきりではない今夜は不埒なことをするつもりはまったくないが、せめてタマフクの代わりにすこしだけ温めてもらおうと清四郎は悠理の布団へ潜り込んだ。 (…これくらいは許してもらえますかねえ…) 起こさないように気をつけてそっと悠理を抱きしめ、その髪に顔を埋める。悠理のふわふわの髪からはシャンプーのいい香りがする。 そっと悠理の髪にキスをして温かい身体を抱きしめた。
ほんの少しだけ…温かい恋人の身体に寄り添って…のつもりが完全に寝入ってしまったのは言うまでもない。
目が覚めると日の光は明らかに正午近くを差していた。 「…今何時だ??」 自分の右腕に温かい重みがある…。清四郎は昨夜の記憶を辿ってフリーズした。 (しまった!!!!) いつのまにか、腕枕で清四郎に抱きつくようにしてぐっすり眠っている悠理を認めて慌てて首を巡らし美童の姿を探すと、当然のごとくにやにや顔の美童の視線にぶつかった。 「おはよ。清四郎♪」 「…おはよう…ございます…」 清四郎の裸の胸に頬を寄せて、悠理はぐっすり熟睡中。 この状況で色々言い訳しても通るはずがない。 しかも、世界の恋人美童君の右手には最新型カメラ付携帯。 「送信♪」 美童は悪魔の笑みを見せて、清四郎にほほえんだ。 …連中の大騒ぎが目に見えるようだ。
午後の勉強開始時間を目指して仲間達が冷やかしに駆けつけてくる様子がありありと浮かび、清四郎は軽いめまいを覚えた。
END
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