もう少し君と

BY 金魚 様

 

 

 「あー!もう行っちゃったじゃん!!!」
地下鉄の改札前、電光掲示板を見た悠理が叫ぶ。

「うるさいですよ。お前は!。周りに迷惑だから声をひかえなさい!」
そんな悠理の襟首を後ろからひいておとなしくさせるのはご存じ清四郎。

走り込んできたため、さすがの二人も息が上がっている。

「−−だってどうすんだよ!これじゃ確実に遅れちゃうだろ?着替え、野梨子達に預けてあんだからもらわなくちゃ店には入れないだろ!−−だから車で行こうって言ったのに!」
悠理がふくれっつらで抗議する。
「−−あの混雑する駅前にお前んちのロールスロイスで乗り付けたら周囲が引きます。それに、この時間は渋滞で動けませんよ」
こちらも少々機嫌が悪い。
それにはもちろん理由があった。

今日は美童の知人がOpenする新しいクラブのオープニングパーティーへ遊びに行こうと話がまとまり、PM7:00に店に近い地下鉄の駅に集合予定になっていた。

二人だけ出発が遅れたのは、授業中に居眠りを続ける悠理の素行があまりにも悪いと立ち上がった勇気ある教師の一人が悠理に補講授業を申し出たためだった。呼び出しに驚愕した悠理の補講をなんとか免除にするために奮闘した清四郎がようやく引き出せた”1週間後のレポート提出”が最大の譲歩案だった。

卒業までの”個人勉強指導”を約束させられている清四郎は職員室へと同じく呼び出され、延々1時間、居眠りに対するお説教を聞くはめになったのだった。

「…誰のせいなんでしょうねぇ」

ギリギリ間に合う時間の地下鉄が出てしまったことで、ぶりぶり怒っている悠理に清四郎が白い目を向ける。

「なんだよ!そんな目でみなくたっていいだろ?!」
「地下鉄なんて何本でもあるんですから、携帯で連絡いれとけばいいでしょ?最悪服はどこかで買ったっていいし。とりあえず、電話しますから、悠理、券売機で切符買ってきてください」

清四郎が携帯で券売機を指し示す。

「あ?−−お、おう!!」

これ以上、清四郎の機嫌を損ねてもその後の1週間がきつくなると判断したのか、素直にたたたっと走っていった悠理が、清四郎の電話が終わっても戻ってこない。
もしやと思い、券売機へ近寄ってみると、悠理は券売機の前で路線図を見上げつつ、操作にとまどっていた。

(−−−一人で地下鉄乗る事なんて、悠理にはないでしょうね。−−僕が迂闊でした)

清四郎は悪いことをしたなと反省し、声を和らげる。

「ここにお金を入れるんですよ」
悠理の後ろから、券売機の使い方と、路線図の見方を説明する。
「2人分ボタンを先に押して、−−そう、そこです。それから料金ボタンを押してください」

清四郎の指示に従って、悠理は必死に操作をする。

「−−買えた!!サンキュ!清四郎」

さっきまで言い争いをしていたことなどケロリと忘れた顔で、じーっと券売機から出てきた切符を2枚手に取り嬉しそうに振り向く。清四郎はそんな彼女を見て微笑した。

(こういうとこは可愛いんですよね)
清四郎は券売機を使えたことを素直に喜ぶ悠理に向かいにっこり笑った。

「あいつらには駅前のロッカーに着替えをいれといてもらうように頼んでおきました。キーは行きつけのコーヒーショップに預けてくれるそうですから少々遅れても大丈夫ですよ」

清四郎の機嫌が直っているのを見て、悠理も満面の笑みになる。

「やった!!−−じゃあ、清四郎」
「なんですか?」

「−−−−あそこのマックで少し食ってってもいい??あたい、腹減ってもう死にそうなんだ」


****************


20分ほどマックに寄り道をし、小腹を満たした悠理を連れて、ようやく地下鉄に乗り込んだ清四郎は最大級のため息をついた。

「せいしろ〜…なんとかしてくれよぉ〜」
悠理は情けない顔をして清四郎を見上げている。

「……お前はのび○君ですか??」
「−−じゃあお前はドラえ○んかよ!?」
あきれ顔の清四郎に悠理はぶんむくれる。

−−別に駆け込んだわけではなかった。
−−車内が込んでいるわけでもなかった。

入り口付近を物珍しげに眺めていた悠理が、くるりと車内を見回したとき、車両のドアが閉まった。
悠理の背中のリュックをドアの外にはみ出させた状態で−−−。

「とってよぉ〜」

ドアに背中を張り付かせて一体何をやっているのかと思ったら荷物の詰まったリュック本体はドアの外。
悠理は地下鉄のドアに拘束されてしまっていた。
清四郎は額に手を当ててうなだれる。

「無理です!−−はじめて見ますよこんな人」

「うるせーー!!あたいだって初めてだよ!こんなドジ!!」

「−−そうでしょうねぇ…反射神経の固まりなのに…ほんとに…バカですよねぇ…」
最後の方はしみじみとそう言って笑い出す清四郎に悠理は真っ赤になって怒るが、どうにもこうにも身動きがとれない。
おまけに状況を察し始めた車内の乗客も忍び笑いをはじめている。

「ほら、悠理。せめてこれ以上笑われないようにおとなしくしててください。ドアが開けば取れるんですから、一駅か二駅の辛抱です」
そういうと清四郎は悠理の隣に悠理と同じ方向を向いて立つ。

周囲からは長身の美形カップルである。
注目されることこのうえない。

「なんなら、バカっぷるでも装って正面に立ってあげましょうか?周囲からは見えなくなりますよ?」

ニヤニヤする清四郎が悠理の頭をグリグリしながらからかう。

悠理は一瞬まじまじと清四郎を見返した。
昔はそうかわらなかったはずなのに、気付けば頭ひとつ分背の高い清四郎。
周りで騒ぐ女生徒は絶対に知らないだろうが結構なサディスト。おまけになにやら腹黒いところだってある。

至近距離で清四郎の言う状況を想像した悠理は真っ赤になってそっぽを向いた。

「………あたいにだって相手を”選ぶ権利”ってもんがあるぞ!−−だいたい情緒障害者のクセしてよく言うよ!!」
赤くなったまま向こうを向く悠理に清四郎は片眉をあげる。
「おや、いいますね。−−いいんですよ?僕はあっちのシートに座らせてもらっても。このドア、いつ開くか分かってないんですし」
清四郎の意地悪な物言いに、悠理は悔しそうに唸る。が、降参すると清四郎の袖をしっかり握った。

「……なんでもいいじょ。恥ずいから…側にいてくれ」


****************


一駅か二駅…
清四郎の予想は見事に外れ、無情なドアは二人が到着する予定の駅を5駅を過ぎてやっと開いた。

「…一駅か二駅じゃなかったな」
「…そうですねぇ…」

駅のホームにとりあえず降り、折り返しの電車を待つ間二人は寒さに震えていた。

「さ、さみいな!−−地下鉄ってこんな寒かったっけ??」
「そりゃ、もう冬ですから…当たり前にコートを着る季節に制服だけじゃ…寒いですよ」
清四郎が時刻表を見ながらそう言う。

待ち合わせの時間はたっぷり30分過ぎている。
今頃はオープニングセレモニーが始まって、盛り上がっている頃だろう。
清四郎が時計を見ながらそう考えているとき、少し離れた大きな看板の前で悠理が手招きをしているのが見えた。

「なんなんですか?」
悠理が見て大騒ぎしている物をのぞいてみると、夜間アイススケートリンクのお知らせだった。
場所はここから車で10分程度。

「クリスマスイルミネーションが綺麗なんだって!!スケート、しばらくしてないよなぁ〜いいなぁ〜」
かじかむ指にはーっと息を吹きかけながら悠理が清四郎を見上げる。

あからさまに”行きたい””行きたい”とねだっている目に見えるのが笑える。

色素の薄い茶色い瞳、フワフワの柔らかい髪。
(黙って見てると普通に女の子が甘えてるようにも見えるんですけどねえ…)
清四郎はこっそりそう思った。つぎの言葉が出てくるまでは。

「くっそー!こっちにしとけばよかったな!クラブもいいけど、スケートもいいじょ!」
「−−悠理、一応女性なんですから、クソーはやめなさい。クソーは」
「なんだよ!お前だって連呼してんじゃんか!!」

乗ってこない清四郎から再びぷいっと顔を背け、悠理はこない電車と看板を見比べた。
清四郎は少々思案していたが、ふいににっこり笑った。

「−−今から行ってもどうせ1時間半以上の遅刻ですし…スケート行きますか?幸いこの上はショッピングモールになってますし…コートと手袋だけ買って」

清四郎の言葉に悠理が顔を輝かせたが、すぐ困った顔になる。
「ほんとか!?−−−−でも、あいつら」

悠理が仲間の顔を思い浮かべてそういう。

「−−この状況を話したら多分大笑いすると思いますが…たまにはいいでしょう。別行動したって」
清四郎の決定に悠理は跳ね上がって喜んだ。
「やった〜♪今年初のクリスマスイルミネーション!!」
そういって、清四郎に勢いよく手をさしだしてきた。

魅録や可憐・野梨子相手にはいつもの行動なのかも知れない。
だけど、清四郎相手には普段はしない行動である。

清四郎は悠理が気付かないほんのわずかな瞬間ためらったがにっこり笑ってその手をとった。
照れ隠しもあり、子供のように楽しげに、ブンブンとつないだ手を振り回す。

「じゃあ、行きましょうか。−−とりあえず買い物から」
「うん♪」

周囲からみればただのバカっぷる。
お互いに自覚は皆無だけれど−−こんな時間も悪くないな−−。

手をつないだままご機嫌の悠理を連れ、階段を上がりながら清四郎はこれから訪れる何かの予感に口元をほころばせていた。



 

END

 

 

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