プールサイドの天使 

    By ポアンポアンさま

 

 

 

 

「ちょっ、何すんだよっ!」
「きききききききき♪」
「お前は猿かよっ!」
「何言うか!あたいが猿ならお前も猿だい」

そう言って彼女は僕の上に“ばふん”と跨り、追い剥ぎのようにタオルケットをめくり上げると、いい夢を見ている僕をベッドから引きずり出した。

ったく。
いい年こいて、何なんだ。
遊びたいなら、ダチを呼べってんだ。
あいつがダメでも他にいるだろう。
ピンク頭とか金髪とか。

むすっとしていると、「あなた、お風呂にします?それともお食事?」と聞くような顔をして、「プール?それとも朝ごはん?」と聞いてきた。

黙っていれば美人。
それが彼女に対する大方の評価だ。

僕の友達も、家に来る奴来る奴みんな彼女に会うとびっくりする。

そりゃそうだ。
御年36にして、シミひとつない白い肌。きりっとした美しい眉毛に長い睫毛。頬はバラ色で唇は赤く、人形のようにバランスの良い顎のライン。
綺麗な顔の下へと目をずらせば、誰かに大きくしてもらった魅惑的なバストに、美しくくびれたウエストに、ほっそり長くしなやかな手足。

ちょっとその辺を歩いたくらいじゃお目にかかれない美女だ。

あっけに取られている友人達を前に、そんな女と一緒に暮らしている僕は、ちょっと鼻がタカイ。

だけど。
黙っていれば、と頭につくことを忘れてはいけない。

この女は、とんでもない奴だ。
ヤクザも怖くなければ、素手でテロリストだって倒すような奴。
男の寝込みを襲うことなんて、な〜んとも思っちゃいない。

今朝も、ノックもなしにいきなり部屋に入ってきたかと思えば、ばふん!だもんな。

ぎろり、と睨むと、「そんな怖い顔しないでよ〜」とすりすりしてきた。
勇ましい割りに存外甘えん坊。

「プール?ごはん?」
もう一度可愛い顔して上目遣いで聞かれたら、つい答えてしまった。

「・・・・・プール」

「やっりぃ〜♪先行って待ってるな!」

飛んで出て行った・・・・・・・。


室内に温水プールがあり、年中泳げる我が家とはいえ。
芝生の庭に設えた屋外プールで遊ぶのは、僕の家族にとって大いなる楽しみのひとつだ。

単純な競泳は元より、誰が一番潜っていられるか?、誰が一番飛び込みが綺麗か?
短い夏を毎年皆で楽しんだ。


残暑厳しい八月の終わり。

じりじりと照りつけるような暑さは変わらないが、太陽の位置がほんの少しだけ傾いてくると、ああ、夏も終わりなんだな〜と思って寂しくなり、遊び足りない彼女が毎朝のように僕を呼びにくる。


着替えて、バスタオルと競泳ゴーグルを持った僕はプールサイドへと急いだ。

あれ?

「やあ」
と筋肉質な男がリクライニング・チェアに横になった状態で手を上げた。



             Illustrated by たむらんさま

 


「おはよう。よく眠れましたか?」
「久しぶりだね。いたの?」
「昨日遅くに帰ってきたんですよ」
「ふ〜ん。それで、いきなりここかよ?」
僕が同情するかのように聞くと、
「お前も同じでしょう?」
と笑って返された。

競泳をしても飛び込みをしても潜っても。
中学に入学してから水泳で彼女に負けたことはない。

だけど。

この男にだけは、かなわないんだ。
何をやっても。

「泳ぐの?」
そう聞くと、
「とっくに勝負は終わってますよ。だからお前を呼びに行ったんでしょうが」
と笑った。
「僕は計測係りですよ」とストップウォッチを振りかざす。

あっそ。

昔っからそうなんだよな。

二人で散々楽しんでから僕を呼びにくる。

「ほらほら。あいつが来ましたよ」
奴が目を細める先を見ると。

朝日を浴びて、ますます綺麗な彼女が「朝メシ、3人でここで食おうと思って五代に頼んで来たんだ」と嬉しそうに走ってきた。

ま〜ったく可愛いよな。

頬を緩めているとオヤジがきっぱりと言う。

「僕の物ですよ」

「わかってらいっ!」

大声を上げると、オヤジは「くやしかったら、もっと可愛い彼女を連れてきなさい」と笑った。

 

 

 

 

end

 

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