Angel 父と子とMy sweet heart 

    By ポアンポアンさま

 

 

 

 

コンコン、とノックの音が聞こえる。

僕が「はい」と返事をすると、控えめにドアが開いた。
「入っていいですか?」
きちんと断わりを入れてくれるあたりが、この人らしいと僕は思う。
「ああ。もちろん」
にょっこりと顔を覗かせた、精悍な顔立ちの男に僕は笑顔を向けた。

彼はゆっくりと近づき、僕の座っている机の横に立つと、広げてあった教科書を1冊手に取り、ペラペラとめくった。
数学の教科書だから、あちこちに数式が書き込まれている。マーカーもぎっしり。
「今年の期末テストも学年トップだったそうじゃないですか?」
彼は片眉をピクリと上げ、ニヒルな笑い顔をこちらに向けた。普段、仕事に出る時はオールバックにしているのだが、家では前髪をサラリと落としているから、ちょっと上の兄貴に思えなくもない。
「あったぼーよ!」
僕はニヤリと笑って返した。

「誰の子だと思ってんだよ」
ふふん、と鼻を鳴らしてやる。
「彼女と同じ顔をして他の男の子供だなんて言われてたら、僕は自殺したくなりますね」
横に立つ男は優しい顔をして僕の頭をくしゃくしゃ撫で回した。
「髪がくしゃくしゃになるだろう!」
「あーー、わかった、わかった」
オヤジは両手を挙げて大きな声を出して笑った。

ったく、ベタ惚れなんだからよ!
息子の顔を見ながら、悠理の顔を思い浮かべてニヤニヤ。
恥ずかしくないのか、あんたは!

「あのさぁ」
「何です?」
相変わらずニコニコしているオヤジを見てるとため息が出る。
「前々から聞きたかったんだけどさ。・・・・・まぁ、座れば?」
僕はオヤジにベッドサイドの椅子を薦めた。
いつもは、悠理が僕の傍で眠くなるまでしゃべっていく椅子だ。
座った途端、オヤジは肘掛を撫で撫でする。
わかってんだ、と思うと腹が立った。悠理との心地良く甘酸っぱい時間をちょっとだけ邪魔された気分になる。
そんな気持ちを知ってか知らずか、イライラする僕の前でオヤジは上機嫌。

「あのさ」
「ああ、あの話ですか?学年トップではありましたけど、国語の成績はイマイチでしたねぇ。やっぱり、そ・こ・だ・けは強烈に悠理の遺伝子が受け継がれてしまったんですね。いや、僕もさすがに遺伝子のコントロールまではできませんでね。これでも、お前が生まれるまでは食べ物やら受精のタイミングやら色々研究・・・・・・」

この野郎!
殴りかかろうとしたが、やっぱりかなうわけがない。
グーで殴りかかった腕はあっさりと止められ、悠理に指南を受けた足蹴りは、足首を捕らえられ、床にひっ転がされただけで役に立たなかった。

「おや?気に触ることでも?」
人を床に転がしといて、余裕の笑い。

チクショーーー!この余裕がむかつくんだよ!!!

お尻をパンパン叩いていると、オヤジはまた笑う。

「修行が足りませんな。それでは悠理のような女は手に入りませんよ」

――― 明るくて、ちょっとずる賢くて、馬鹿だけど、飛び切りの愛らしい女は、ね。

軽く閉じられた片目に、僕は思わず赤面した。

「うるせぇな!わかってるよ!」

こいつは、何でもお見通しなんだよな。

はぁっとデスクの椅子に戻り、背持たれに腹を預けるようにして反対向きに座ると、僕はオヤジに問いかけた。
「オヤジの周りにはさ。野梨子さんとか、可憐姐さんとか、綺麗で魅力的な女がいっぱいいたじゃんか。なんで、その中でよりによって悠理だったわけ?」

「なんだ、聞きたかったのはそれですか?」
途端にオヤジは、意地の悪いニヒルな男の顔じゃなく、静かな男の顔になる。
こういう話をする時は、僕と悠理をめぐって争う男ではなく、オヤジの顔になるんだよな。
そんな余計なことを僕は思う。

「聞かなくても、お前にはわかるんじゃないですか?」
肘掛に手を置き、指で顎支えながら、オヤジは静かに僕に問いかけた。
優しい目をして。

「ま、ね。彼女は最高さ。あんなに綺麗でパワフルな女はどこにもいないよ」
ちょっと馬鹿だけど、と付け加えるのを僕は忘れなかった。
でも、その御馬鹿だって、彼女の可愛らしい愛嬌の内のひとつだ。
愛されキャラだよな。
弱い男にとっては、彼女と出会うこと自体悲劇だけど。
考えていると、ニヤニヤしてくる。

「離したくなかったんですよ」
「ん?」
オヤジが何かを言いかけたから、僕は我に返って顔を上げた。
オヤジはなんだか、照れたように顔を背けている。
「馬鹿で、トラブルメーカーでどうしようもない奴で。友人をやめようと思ったことなんて、一度や二度じゃない」

じゃ、やめれば良かったじゃん。

な〜んて、言葉は必要なかったな。


「友人を止めたくなることは、何度もありましたけどね。あいつを自分の傍から離そうと思ったことなんて、一度もない」

一度も。

繰り返された言葉は、力強かった。


バン!

派手な音がして、ノックもなしに、悠理が飛び込んできた。

「魅録んちで、皆で鍋パーティーしようって、電話があったんだ。二人とも行くだろ?」




うわぁ、何すんだよ、子供の前で!!!

悠理がもがいている。
ドアが開き、彼女が姿を見せた瞬間とオヤジがガタンと、椅子を蹴るように立ち上がるのはほぼ同時だった。

悠理をぎゅっと抱きしめ、オデコにキスなんかしやがったオヤジは、彼女を部屋の外へ連行しながら僕を振り返った。

「大切なものはね。心が離さないんですよ」

オヤジのウインクと同時に、バタンとドアが閉まった。


自信満々な顔が目に焼きつく。


憎らしい奴・・・・・・。

だけど、オヤジは僕の憧れだ。
なんたって、悠理を手に入れた男だ。


小さな笑いが止まらない僕のところへ、もう一度バタンとドアが開き、背中に羽の生えた天使のような女が飛びついてきた。

「すき焼きと寄せ鍋どっちがいい?」


――― 可愛い。


「すき焼き・・・・・・・・」

恐る恐るドアの外を見ると、オヤジが穏やかな顔で「来い来い」と二人を手招きしていた。

なんだかんだ言って、僕らは二人とも愛されているらしい。



自信満々なあの男に。

 

 

 

 

end

 

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