ジェットコースターロマンス

                 by フロ

 

 

照りつける太陽。
南国の夏休み。
エメラルドグリーンの海には、悠理のオレンジ色のビキニが映える。

「こ、これ、ビキニじゃなくって、セパレーツなんだからな!」
お気に入りの水着だったのに、露出した肌が急に恥ずかしくなった。
密着する肌と肌の感触が。
「悠理に、よく似合っていますね。」
清四郎は嬉しそうな笑顔。
さっきから、清四郎は気持ち悪いほどニコニコ顔だ。
悠理は赤らんだ顔をあさっての方に向けた。
青く澄んだ海と、真っ白な砂浜が目に眩しい。
「・・みんなは?」
仲間たちの姿が見えないことに、ようやく悠理は気が付いた。
「皆はきっと、気を利かせてくれているんでしょうな。」

野梨子と清四郎が寄り添っている姿を誤解し、悠理が泣きじゃくって駆け出した時から。その悠理を清四郎が追って走り出した時から。
いまだ口にしていないふたりの想いを、仲間たちには気づかれてしまったようだ。
そう、まだお互い、何も口に出して告げてはいない。
清四郎の強引な口付けに、言葉を封じられてしまったせいもあるのだけど。


「・・・あのさ、そろそろ離してくんない?」
あさっての方を向いたまま、悠理は清四郎に言った。
なにしろ、清四郎の腕に悠理は囚われたままなのだ。

逃げ出した悠理に清四郎がタックルをかまし、砂浜でゴロゴロ転がったために、ふたりは砂まみれになった。

海に入って砂は流したけれど、それからずっと、清四郎は悠理の腰に腕を回しゆるく抱きしめ、離してくれない。
「おまえ、服のままで気持ち悪くない?」
「上は脱いでしまいましたからね。」
清四郎のシャツと悠理のシャツは、砂まみれのまま砂浜に放置されている。下に水着を着ていた悠理はともかく、清四郎はぐっしょり濡れた長ズボン姿だ。
至近距離のむき出しの上半身から、悠理は慌てて目を逸らした。
水着姿と変わらないはずなのに、恥ずかしくてたまらない。

急に近づいた清四郎との距離と、自分の乱高下する感情に、悠理は振り回されっぱなしだ。
清四郎とは昨日まで、ただの友達だった。いや、今朝まで。いや、ついさっきまで。
今だって、言葉でなにか告げられたわけじゃない。
それでも、もう悠理の目に映る光景は一変してしまった。
昨日と同じはずの南国の青い海も、彼の笑顔も。

 

激しすぎる感情の振幅に、悠理は戸惑う。

こんなの、剣菱悠理らしくない。

ドキドキする胸。

紅潮する顔。

そして、か弱い女の子のように、怯えてすくんでいる自分。

怖いのは、彼ではなく。

これまでの関係が変わってしまうことが、怖かった。

 

「皆のところに戻りたいんですか?」


――――
元の関係に戻りたいんですか?

 

そう問われたわけではないけれど、悠理は思わずコクコク頷いた。
「う、うん・・・・・・喉が渇いたなーって。」
羞恥心に血が上る顔面に比例して、喉が干上がる。
悠理はもぞもぞ清四郎の腕の中で体を動かした。
身を預けている清四郎のたくましい胸。
日に焼けた男らしい腕は、そんなに力が込められていないけれど、呪縛されたように悠理は抜け出せないでいる。


清四郎は苦笑して、悠理の腹の上で組んでいた手を解いた。
「向こうの海の家に、冷たいものでも飲みに行きますか?」
少しほっとしながら、悠理は頷いた。
「うん。口の中まで塩っ辛いや。」

悠理は清四郎の胸を押し、わずかに身を離す。


「どれ。」
だけど、油断禁物。
身を離したはずの清四郎は、素早く悠理に顔を寄せた。
「!?」

ふたたび奪われた唇に、悠理は目を白黒。

 

「む・・んぐ!」
探るように悠理の口内にまで清四郎は侵入する。
深まる口づけに、悠理はもう何も考えられなくなってしまった。

 

感じるのは、爆発しそうなほど早鐘を打つ心臓の鼓動。
力の抜けた体を支えてくれる、清四郎の手の熱さ。



 *****

 

 


「・・・・悠理、大丈夫ですか?」
「・・・・・。」
ペタンと座り込んだ悠理は、ぼんやり清四郎の顔を見上げた。
脳は溶け、視線は定まらず。
ふう、とため息をつき、悠理はふたたび顔を伏せた。清四郎の肩に埋めるように。
悠理が座っているのは、清四郎の膝の上。横抱きに抱えられるように座り、たくましい胸に頭をもたせかけ。肩越しに水平線を見つめるけれど、意識はいまだ朦朧状態。
フニャフニャクタクタの居眠り猫になった気分だ。
猫だから、こうして清四郎に懐いていても許されるだろう――――なんて、思ったわけではなく、頭が真っ白になり、何も考えられない。
清四郎は苦笑。
「キスだけでこんなに虚脱されると、先を進めづらいですねぇ。」
「先って・・・?」
「わかりませんか?」
清四郎は悠理のむき出しの肌を撫でる。あの熱い手で。
「・・・腹、触んな!」
悠理はやっと身を起こした。
頬を膨らませて清四郎を睨んでみたが、やっぱり彼はニコニコしていた。
少し照れたような笑顔。見慣れぬ全開の笑みが面映くて、またもや悠理はあさっての方に顔を向けた。
 
なんだか、清四郎の思うまま掌の上で転がされている気がして悔しい。
悠理の感情も思考も体さえも。
――――
まぁ、今に始まったことではないとはいえ。

 

 

清四郎に引き寄せられ絡め取られる感情に抵抗し、悠理は目をぐりぐり彷徨わせた。

ホテルのプライベートビーチから少し離れた海岸には、彼らを邪魔する者はいない。リゾート客らしき散策する人影がちらほら見えるが、随分と距離がある。


「・・・あ?!」
しかし、清四郎の肩越しに見えた光景に、悠理の意識がやっと彼から逸れた。
「あいつら、何をしてるんだ?」
悠理が指差す方に、清四郎も顔を向けた。
声も届かぬ遠くの浜。中高生と思しき数人の若者たちが見えた。ぴょんぴょん動く様で、騒いでいるのだと知れる。
「子どもらがはしゃいでいるんでしょう?」
自分も同年輩にもかかわらず、目を細めた清四郎が爺むさいことを言う。
「そっか?棒を持ってるから、スイカ割り・・・あ、違う!」
悠理の両目3.0の視力が捕らえたのは、そんな微笑ましい光景ではなかった。
若者たちは一人の少年を取り囲んで、棒を振りかざしているのだ。
「あいつらっ!」」
悠理は勢い良く立ち上がり、砂を蹴って駆け出した。
「・・・やれやれ。」
背後で清四郎が億劫そうにため息をついたが、悠理は放たれた弾丸のように彼の元を離れた。

これは、よく知っている感覚。

いつもの悠理を、取り戻すのだ。

 

 

 

 

「コラーッ!」

悠理は怒鳴ると同時に、手近な一人に飛び蹴りを食らわせた。

茶髪をレゲエに巻いた少年が、砂に顔を突っ込む。

悠理は円陣を組んでいた少年達のど真ん中に着地した。

「な、なんだ、このアマッ!」

突然の乱入者に色めきたった少年達は、悠理よりは年下のようだが、体格や不敵な面構えは十二分にチンピラじみて、あどけなさはカケラもなかった。

「何があったか知んねーけど、一人を四人がかりでボコることはないだろうが、卑怯モン!」

殴る蹴るの暴行を受けうずくまっていた被害少年を、悠理は引き起こし、背後に庇う。

「ぼ、僕は何もしてません・・・いきなり金を出せって、この人たちが・・・」

ベソ顔の少年は、丸刈りの中学生。

「ネェちゃん、あんたがこいつの代わりに金を出してくれてもいいんだぜ〜。金でなくてもいいんだけどよ。」

下卑た嗤いを浮かべるチンピラ共。

あまりにも善悪のはっきりした構図。悠理好みの展開だ。

「わかったよ、この子の替わりに、あたいが相手になってやらぁ!」

 

 

*****

 

 

「おやおや、張り切ってますねぇ。」

おっとり刀で清四郎が悠理を追って来た時、すでに現場は乱闘真っ盛りとなっていた。

「あ・・・あわわ・・・・」

水着姿の美女の暴れっぷりに、被害少年が少し離れた岩場で腰を抜かしていた。

「君、災難でしたね。怪我などしていませんか?」

隣に立ち声をかけた清四郎に、少年は蒼白な顔を向けた。

「あ、あの、お兄さんはあのお姉さんの・・・!」

「はい、彼女は僕の連れです。・・・もとい、恋人です。

それは、初めて口に出された事実だった。

そう。

もう悠理と清四郎は、恋人同士となったのだ。

とうとう。ついに。やっぱり。

 

感慨に耽り、清四郎は砂埃を上げて暴れている悠理を見つめた。

腕を組んで目を細めている清四郎を、少年はあっけに取られた表情で見上げている。

「なんですか?」

「・・・・いえ、あの・・・助けに行かなくていいんですか?」

「ああ、あれは彼女の趣味でね。邪魔するのも野暮でしょう。」

清四郎は少年に苦笑を向け、肩をすくめた。

「僕といる時よりも、生き生きしているようだ。」

 

悠理の行動パターンは承知の上とはいえ。

清四郎は己の正気を疑わずにはおれなかった。

悠理を意識してしまう自分に、もしやゲイの気があるのでは、とさえ思い煩悶したのはほんの昨夜のことだ。

女と言うより、良くて野生児、悪くて猿。

なにしろ、長い付き合いとはいえ、あまりに悠理は常識外の存在だ。

 

清四郎は腕を組み、ため息をついた。

 

 

 *****

 

 

アドレナリンを噴出させ、調子良く暴れていた悠理は、視界の隅で清四郎の姿を捉えた。

一瞬、動きが止まる。

ため息をついた彼が、悠理に背を向けたから。

「・・・清四郎?」

清四郎はそのまま、スタスタと砂浜を歩いて去って行く。

「う、うそだろ〜?」

悠理は呆然と立ちすくんだ。

 

圧倒的優勢だった悠理が棒立ちとなったことで、ほとんど死に態だったチンピラ共が息を吹き返した。

「こ、この野郎!」

悠理の後頭部めがけて棒が振り下ろされる。

悠理は本能的に身を逸らせた。

「わっ・・・あたいは野郎じゃねぇ!」

言うと同時に、回し蹴りを繰り出す。

体は目の前の相手に反応していても、悠理の心は遠ざかる背中を追っていた。

高揚していた頭が一気に冷える。

 

呆れたようなため息。

振り返りもしない背中。

先ほどまで、あれほど近くに清四郎を感じていたのに。

 

きゅう、と胸が苦しくなった。

清四郎に呆れられるのも叱られるのも、いつものことだ。こんなことで落ち込んでいたら、剣菱悠理なんてやってられない。

それなのに、どうしてだか。てっぺんから坂を転げ落ちたように、息がつまり目の前が暗くなる。

 

「・・・あっ」

本当に呼吸困難。悠理の首が引っ張られた。

チンピラが振り回した棒の先が、ホルターネックの紐に引っかかったのだ。

ブチッ

勢いよく紐が千切れる。

「ふぎゃっ!」

悠理は咄嗟に両手で胸を押えた。

 

 ”どうやったら悠理が女に見えるんですか

かつての清四郎の言葉を思い出した。

 

自分で触れても存在の感知できない胸の膨らみ。乱暴者な上、こんな少年のような体では、女に見えなくても当然だ。 

悠理だって、恋よりも三度の飯。そして三度の飯と同じくらい喧嘩沙汰に目がない自分を自覚している。

ふたりの関係は、どこか変わってしまったけれど。

悠理自身の性格行動は、変わらない。変わりたくはない。

 

先ほどまでふたりが囚われた感情は、とんでもない勘違いだったのかもしれない。夏の海が見せた幻影。

きっと、東京に戻れば、夢から醒めたように元の関係に戻るのだ。

いや、清四郎はもう、我にかえってしまったのかもしれない。悠理ひとりを取り残して。

 

 

「・・・くそっ」

ツンと鼻の奥が苦く沁みた。

悠理は頭を振って、胸を締め付ける痛みを振り払おうとした。

無理やりに思考停止。

胸をふさぐ感情から目をそむけ、アドレナリンに身を任せる。すなわち、目の前のチンピラ共に。

片手で胸を押さえた状態でも、こんな奴らを片付けるのは苦でもない。

悠理は八つ当たり気味に、容赦なく少年たちを叩きのめした。

 

 

 *****

 

 

「・・・おかげで助かりました。ありがとうございます。」

逃げ去るチンピラ共を仁王立ちで見送る悠理に声を掛けたのは、丸刈りの少年だった。

「ん?」

八つ当たりに夢中で、何が原因で暴れていたのか悠理はすっかり忘れていた。

「このご恩は、忘れません・・・!」

少年は涙を浮かべたキラキラした瞳で悠理を見上げてくる。その存在さえ忘れていた悠理は、思わず赤面した。

「い、いや、ご恩ってほどじゃ・・・」

正義感で割り込んだのは事実でも、明らかな善悪の構図に、相手を思いっきり殴れると内心ラッキー♪”と感じていた悠理だ。しかも、後半はほとんど八つ当たり。

ただただ、自分の感情と向き合いたくなくて。思考を麻痺させたくて。

久しぶりに思い切り拳を振るった。

それなのに、やはり気分はちっとも晴れない。

 

 

「悠理、弱い者イジメは感心しませんな。」

背後から聞こえた声に、悠理は飛び上がらんばかりに驚いた。

おそるおそる振り返る。

「イジメ・・・?」

はたして、去ったはずの清四郎が、平然とした笑顔を悠理に向けて立っていた。

「相手は途中から戦意喪失して半ベソだったじゃないですか。」

悠理は呆然と胸を押えたまま、清四郎の涼しい顔を見つめる。

半ベソは悠理も同じ。自然、顔が強張った。

「〜〜〜〜っ」

「いやいや、そんな顔しても駄目です。4対1でも実力差は明らかだったでしょう。ヤクザやマフィアを飛び蹴りで倒すおまえが、田舎の中学生相手に本気になってどうするんですか。」

 

悠理はワナワナ唇を振るわせた。

チッチッチッ、と指を振って諌める清四郎の顔面にこそ、蹴りを入れたい。

感情が昂ぶって、爆発しそうだ。

 

「お、おまっ、どこ、どこ行ってたんだよっ!」

悠理は怒気を発することで、かろうじて涙を堪える。

胸をふさぐ感情は、怒りとは別物だけど。

戻って来た清四郎のいつも通りの表情に感じる感情が、嬉しさなのか悔しさなのか、わからない。

「どこ、って・・・」

清四郎は悠理の非難に、笑顔のまま首を傾げた。そして、右手に持ったラージサイズのコップを、悠理の目の前に差し出す。

「飲み物を買ってきたんですよ。暴れたので、余計に喉が渇いたでしょう。」

清四郎はコップに挿したストローを悠理の口元に向けた。

「ほら、どうぞ。」

「〜〜〜〜・・・・・」

ストローの先で唇をつんつん突かれ、悠理は反射的に口を開いた。

吸い上げると、氷の冷たさと微炭酸が心地良く喉を潤した。

だんだん、悠理の愁眉も解けてゆく。

 

悠理が両手で胸を押えているために、清四郎がコップを持ってくれている。彼の手からスポーツ飲料を飲ませてもらいながら、悠理は上目遣いに清四郎をうかがった。

 

――――そーいや、いつもあたいに戦わせて、こいつは手伝いもしないもんな。

なんて、思い出しながら。

 

清四郎はいつものように、悠理へ笑顔を向けている。

それはおなじみのふたりの関係、劣等生でトラブルメーカーの友人を見つめる、意地悪な優等生のようでもあり。

ふたりの新たに始まった関係を匂わす、甘さを感じさせる優しい眼差しのようにも見える。

 

変わったようで、ふたりの関係は、さほど変わっていないのかもしれない。

 

悠理だって、わかっているのだ。本当にピンチの時は、清四郎が助けてくれることを。これまでも、これからも、必ず。

 

なにも、恐れなくて、いいのかもしれない。

失うものなんて、何もないから。

 

「すっきりしましたか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」

 

なんだか、清四郎の思うまま掌の上で転がされている気がして悔しい。
――――
それも、今に始まったことではないのだけど。

 

 

 *****

 

 

「あの・・・・ぜひ、お礼をさせてください。」

「へ?」

またもやその存在を忘れていた少年に、悠理は顔を向けた。

「その先に家族が待っているんです。僕と一緒に来てくださいませんか。」

悠理にすれば、そんなに感謝されるのも面映いのだが、少年は真面目な顔でなおも言い募った。

「あー・・・・え?」

うるうるキラキラ輝く少年の純な瞳に、悠理は気圧される。

しかし、清四郎はにこやかな笑みで一蹴した。

「いえ、すみませんね。僕達も連れが待っているんですよ。そろそろ戻らねば。」

清四郎はグイと悠理の肩を引いて抱き寄せる。

「ふえっ」

悠理は清四郎の肩に頬がぶつかり、目を白黒。

少年は頬を染めた。清四郎から放射される、僕の彼女に近づくなオーラに、気圧されたようだ。

悠理のブラの紐を引きちぎった不良共を警戒せずに、見るからに善良そうな少年を威圧するとは、清四郎も変な奴だ。

いや、霊感はなくても、清四郎は鈍い人間ではない。本能的に何かを感じたのだ。この、純朴なイガクリ頭の少年に。

 

「そうですか・・・残念です。」

ありがとうございました、とペコリとお辞儀し、少年はふたりに背を向けた。

家族が待っている、と言った少年が向った先は、白い波頭が泡立つ海。

真っ直ぐ海の中に足を踏み入れながらも、名残惜しそうに何度も振り返る。

そしていきなり、少年の姿は波間に消えた。

 

「・・・げっ」

清四郎に肩を抱かれたまま、悠理が詰まったうめき声を上げた。

清四郎も凝固している。

目にした光景が信じられない。

 

少年の消えたあたりは、遠浅で澄んでいる。そこに見えたのは、人ではないなにかが、ゆっくりと泳ぐ様だった。

 

白昼の幻。

 

「お、お、お、オバケ・・・?!」

悠理は清四郎にすがりついて、いまさらのようにガタガタ震えだした。

「い、いや・・・・幽霊ならば、おまえはもっと早く悪寒なり不調に襲われていたでしょう?あれは、どう見ても・・・・」

 

遠い波間に、ぴょこんと丸い頭が覗く。名残り惜しげに。

 

「海亀・・・・・ですよね?」

 

 

*****

 

 

マングローブの木陰。

毒気を抜かれ、ふたりはしばし無言で腰を下ろし、水平線を見つめていた。

今はもう青い海には不可思議なものなど何も見えない。

 

「・・・・もし、あたいがあの子について行ったら、どうなってたのかな・・・溺れ死に?」

「感謝されていたので、それはないでしょう。海の底の宮殿で、酒池肉林の大宴会でもてなしてもらえたかもね。」

「えっ!?」

そう聞くと惜しくなった悠理の感情を察したのか、清四郎は吹き出した。

「そして、あんまり楽しくて時が経つのも忘れてしまい、浜に帰された時は何百年も経っているんですよ。」

清四郎の言葉に、悠理は頬を膨らませる。

「浦島太郎かよ!」

「だって、そういうシチュだったでしょう?」

たしかに清四郎が止めなければ、悠理は助けた亀に連れられて、今頃竜宮城に向っていたのかもしれない。

 

土の上に足を組んで座ったまま、清四郎は悠理をじっと見つめた。

「本当に、悠理といると、あり得ない体験ばかりしますね。ジェットコースターに乗っている気分ですよ。」

 

「ど、どっちがっ!!」

 

思わず悠理は叫んでいた。

舞い上がったり、落っこちたり。乱高下する感情。

清四郎といると、悠理もジェットコースターに乗せられてしまう。

 

「トラブルメーカーは、悠理の方でしょう。」

なのに、清四郎は笑いながら、悠理の鼻の頭を指先で弾いた。

少し紅くなった鼻。肌が熱を持つのは、日焼けのせいだけじゃない。

「おまえといると、退屈する暇もないな。」

清四郎は悠理の髪をかきあげ、そっとうなじに触れた。

「?!」

びくんと悠理は身じろぐ。

「・・・・悠理にしては、不覚をとったものですね。」

うなじから首筋へ。指は鎖骨を辿り、胸を押える悠理の手に触れた。

「肩紐を結んであげましょう。」

「い、いいよ!」

「そうしてずっと胸を押えているんですか?このまま帰ったら、皆に僕があらぬ疑いをかけられるな。」

言いながら、清四郎の指はつつつと悠理の肩から脇に移動する。

「・・・!」

脇腹から撫であがり、胸の周囲を清四郎の手が辿る。

悠理の手ごと下から掬い上げられても、ふくらみはかすかではあるけれど。

「あ、やん・・・やだ・・・」

なんて声を出すんですか。」

クスクス笑う清四郎の声が、背後から耳元をくすぐる。

いつの間にか、悠理はふたたび清四郎の腕の中。

 

腰を下ろした清四郎の腕に背後から抱きしめられ。

悠理の日に焼けた背中と、清四郎の厚い胸がピタリと重なる。

それが、こんなに自然なことに思えるのはどうしてだろう?

 

昨日まで、ただの友達だった。いや、今朝まで。

ついさっきまで、清四郎は男で悠理は女だという、あたりまえの事実さえ、意識していなかったのに。

 

ビキニの紐が長い指に絡め取られる。

「・・・・”あらぬ誤解”でなくなってしまいそうですけどね。」

小麦色の肩に、清四郎の唇が触れた。

早すぎる鼓動。

甘美な眩暈。

どこに連れて行かれてしまうかわからないけれど、それでもかまわない。

照りつける太陽が眩しくて、悠理は目を閉じた。


 

ふたりの恋は、ジェットコースター。

まだ、夏は終わらない。

 

 

 

(2007.9.8)

 


いや、夏は終わっちゃいましたけどね。(←台風真っ只中)

昨年の夏企画に書いた沖縄シリーズの、一年ぶりの続きだったりします。続きは来年か?(爆)

 

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