夏祭り

   BY にゃんこビール様

 

 

今日は夏祭り。
今年は清四郎と野梨子の家のそばの神社に行くことになった。
みんな浴衣を着るので野梨子の家に集合。
ただ清四郎だけはおじさんの手伝いとかで後から来るらしい。


まだ日差しが熱い午後。
遠くから祭囃子が聞こえてくる。
野梨子の家の庭は打ち水がしてあって暑さが和らいでいる。
そんな庭をあたいはぼんやりと眺めていた。
ときどき吹く風に風鈴の音が涼しく感じる。
野梨子の家はクーラーよりも自然の風がとても似合う。

すっと襖が開き、すでに浴衣に着替えた野梨子が顔を出した。
「そろそろ着替えません?」
野梨子はクリーム色に百合の花の柄の清楚な浴衣を着ていた。
水色の半幅帯がとても涼しそうに見える。
「魅録と美童は母さまが着付けして下さいますわ」
それじゃ、と別々の部屋に移動する。

可憐の浴衣は黒地にピンクのぼかし薔薇と紫の蝶々の柄で
とてもお洒落な浴衣。
華やかな可憐にとても似合っている。
慣れた手つきで長い髪をふんわりとまとめて玉かんざしを挿した。
「さ、次は悠理ですわ」
そう言うと野梨子はたとう紙を広げた。
「あら、悠理にはめずらしい柄じゃない?」
青い濃淡の露芝にまんじゅう菊を散らした古風な柄。
可憐が驚くのも無理もない。
この浴衣は清四郎が選んだ。
本当はもっと派手でかわいい柄がよかったのに、清四郎が「これがいい」と言い張った。
「だって菊が柄になってるでしょう」なんて子供っぽいこと言って。
あたいは黙って袖を通す。
こんなに地味なの似合わないと思ったのに、
鏡の中のあたいにしっくりと馴染んでいた。
「すごい似合ってるわよ、悠理」
鏡の中で可憐がウィンクした。
「早くお見立てしてくれた方に見せたいですわね」
野梨子がそっと耳元で囁く。
びっくりして振り返るとふたりが微笑んでる。
清四郎が選んだって、ふたりともわかったのかもしれない。
確かにあたしでも、父ちゃんや母ちゃんの趣味じゃない。
「えへへ…」
あたいは笑って誤魔化す。
「ちょっと髪の毛、なでつけた方がいいわね」
そういうと可憐がブラシで髪を梳かしてくれた。
「あいつが驚く顔、見てみたいわ」
可憐が呟いた。
「そんなにヘン?」
ちょっと不安になって鏡越しに可憐に問う。
「その反対よぉ。こんなに悠理がお淑やかになってびっくりするわよ」
「本当ですわ。悠理にとても合ってますもの」
可憐と野梨子の笑顔は勇気をくれる。
きっと清四郎も気に入ってくれるだろう、と自信が湧く。

野梨子の部屋に戻るとすでに着替え終わった美童がいた。
「お嬢様たち、着替え終わった?」
美童は青と紺がグラデーションになったモダンな浴衣を着ていた。
外人なのにこんなに浴衣が似合うなんて不思議だ。
「やっぱり日本女性は着物がいいよね〜」
にこにこと笑う美童は相変わらず調子のいいことを言ってる。
「やっぱ浴衣の方が涼しいなー」
すっと襖が開いて魅録も戻ってきた。
パタパタ団扇を扇いでる魅録はベージュの揚柳の縞柄。
「女の子は暑いわよぅ」
魅禄が扇いでいた団扇を取り上げて可憐が文句を言う。
そんな可憐を見た魅禄の顔がポッと赤くなった。
さっきは涼しいって言ってたのにへんな魅録。
「あ、そうだ!清四郎から電話があって遅れるって。神社で合流するってよ」
慌てながら魅禄がパタパタと手で扇いだ。
そんな魅禄の言葉にあたいはちょっと気分が沈む。
せっかく清四郎が選んだ浴衣を着たのに。
清四郎に見て欲しかったのに。
清四郎といっしょに歩きたかったのに。
風に乗ってくる祭囃子の音も寂しく聞こえる。
「どうした?大人しいな」
心配そうに魅禄があたいの顔を見る。
「悠理だって子供じゃないんだから。今年は浴衣の柄に合わせてお淑やかにしてるのよ、ね」
可憐がにっこり笑いかけてくれた。
「華やかなのも似合うけど、クラシカルな柄も似合うよね」
美童もウィンクを投げた。
みんなに言われるとなんだか恥ずかしい。
「ねーねー、もう屋台出てるよね?もう神社行こうよ」
巾着を振り回して照れ隠しする。
「それじゃまいりましょ」
「よーし、行くか!」
「行こう、行こう」
清四郎を待たずに5人で神社に向かう。

 

夕方になって幾分涼しくなった。
あちらこちらからお祭りに向かう人たちが歩いている。
神社に向かう道を可憐と野梨子が並んで歩く。
その後ろを魅録が続く。
少し離れてあたいが歩く。
カラン、コロン、下駄の音が寂しい。
「悠理、どうかした?」
女の子に声を掛けていた美童があたいに追いついた。
「ううん、何でもないよ」
あたいは美童に笑ってみせる。
美童はそう?とだけ言うとしばらく黙って並んで歩いた。
「悠理は、今恋してるでしょう?」
突然、美童に言われて弾けるように顔を上げた。
「あたり、だね」
美童はそんなあたいにウィンクした。
どうして美童にわかったんだろう?
相手が誰なのかもわかってるんだろうか?
何て返事をしたらいいかわからないまま、ただ黙って俯く。
「なんか相談事があったらいつでも言ってよ。恋愛のことなら力になるからさ」
気づいてるけど、深く詮索しない美童の優しい言葉があたいを素直にさせる。
「…うん」
あたいは小さく頷く。
「ま、そんな心配ないかな。悠理、すごく幸せそうな顔してるから」
美童はにっこり微笑んだ。
「……」
顔を真っ赤にして呆然としてるあたいを置いて美童は「待ってよ〜」と魅禄に
駆け寄って行った。
魅禄が振り返り、その前の可憐と野梨子も振り返った。
「悠理〜 早く〜」
可憐が手を振った。
「ちょっと待ってよー」
あたいはカランカランと元気よく下駄をならしてみんなに走り寄った。

たこ焼き、焼きそば、じゃがバター、ソースせんべい、あんず飴、綿あめ…
あらかたの屋台を食べ尽くした。
魅録と競った金魚すくいも、射的も、ヨーヨー釣りもやった。
戦利品はすべてそばで見ていた小学生にあげた。
それなのに清四郎はまだこない。
「あいつ、おせーな」
「見つけられない、てことはないわね」
可憐は前を歩く美童と隣の魅録を見上げて呟いた。
頭ひとつ出た金髪とピンク頭がいればどこからでも見つけられるだろう。
魅禄と可憐が自然に並んで歩いている。
美童も野梨子をエスコートしている。
あたいはひとり。
清四郎はまだこない。
お祭りが終わっちゃう。
終わったらこの浴衣を脱がなきゃ。
清四郎が選んだ浴衣を脱がなくっちゃ。
じんわり瞳が熱くなる。
こんなことで泣くもんか。
あたいはごしごしと瞳をこする。
みんなに気が付かれないように後ろを向く。
ふと、人混みの中に見慣れた顔を見つけた。
「せいしろう…」
まだあたいに気が付かない清四郎はキョロキョロと周りを見てる。
美童の金髪頭を探せばすぐ見つかるのに、清四郎は浴衣を着ている女の子を探している。
あたいを… あたいを探してる?
またじわじわと瞳が熱くなる。
泣かない、絶対に。
ぐっとくちびるを噛みしめる。
清四郎がやっとあたいを見つけた。
ほっとしてにっこりと笑みを浮かべて人をかき分けてこっちにくる。
濃グレーの細かな格子に丸く紋様が浮かび上がっている浴衣を着ている。
清四郎らしくない浴衣はあたいが選んだもの。
「遅いよ、清四郎!」
「早くしないと祭りおわっちゃうぜ」
長身の美童と魅禄も清四郎に気が付く。
「すみません。何だかバタバタしちゃって」
追いついた清四郎はみんなに謝る。
「そろそろ盆踊りが始まりますわよ」
野梨子の声にみんなはまた歩き始めた。
だけど天の邪鬼なあたいはその場から動かない。
頬を膨らませて怒ってるんだっていう態度。
そんなあたいに気が付いた清四郎は申し訳なさそうに眉を下げてる。
清四郎に根負けしそうだけど、プイッと横を向いた。
「悠理、行きましょう」
清四郎の声にちらっと薄目を開けた。
人の波に逆らって立つ清四郎がまっすぐ手をあたいに伸ばしている。
「ほら、悠理」
優しい声であたいの名前を呼ぶ。
あたいは吸い寄せられるように清四郎の手に合わせる。
大好きな手に。
ずっと繋いでいたい手に。
「やっぱりその浴衣、似合いますね」
清四郎は嬉しそうににっこりと笑った。
「…サンキュ」
あまりにも清四郎が嬉しそうだから自然と笑みがこぼれる。
「悠理が迷子の子供みたいに泣いてなるんじゃないかって急いで来たんですよ」
ぎゅ、と繋いだ手を握る。
「泣くわけないだろ!」
ブンッ、と繋いだ手を大きく振る。
くすくす、と笑う清四郎。
「ならいいんですけど」
袂から手ぬぐいを出すとあたいの目尻に貯まった涙を拭う。
「泣いてないよ…」
「遅れてすみませんでした」
立ち止まったあたいと清四郎をよけて流れる人の波。
あまりにも優しい清四郎の声と、
繋いだ手の温かさと、
頬に当たる手ぬぐいの感触に、
なんでだろう、すごく嬉しいのに、
涙がどんどん溢れる。
「せいしろう…」
「なんです?」
ありがとうって言いたいけど、恥ずかしくって言えない。
「…なんでもない」
「そうですか」
清四郎はにっこり微笑んだ。
えへへ、とあたいも泣き笑い。
「清四郎、悠理!早くこいよ」
魅録が手を振ってる。
美童がウィンクしてる。
野梨子と可憐が振り返って微笑んでいる。
「今、いきますよ」
清四郎は繋いでない方の手を振って応えた。
そして手を繋いだままあたいを引っ張って歩き出した。

盆踊りが始まった。
子供たちや大人が環になって楽しそうに踊ってる。
魅録と可憐が楽しそうにおしゃべりし、
美童が人混みから野梨子を守っている。
あたしは、清四郎が選んでくれた浴衣を着て、
清四郎と手を繋いでる。
きっと今の清四郎とあたいは、美童が言っていた「幸せそうな顔」をしてるのかもしれない。
そう考えるだけで顔が緩んじゃう。
「悠理、楽しいですか?」
そんなあたいを見て清四郎が聞く。
「うん、すごく楽しい!」
清四郎も笑って頷いて繋いだ手を引き寄せて腕を絡ませた。
ずっとこうして清四郎と手を繋いでいたい。
すっとこうして清四郎とふたりで。
「清四郎」
「ん?なんです?」
耳を寄せた清四郎にそっと囁く。
楽しそうな祭囃子にかき消されないように。
「清四郎、大好き」
ふあっと優しい顔になった清四郎は少し屈んで顔を近づけてきた。
「僕だって…悠理のこと大好きですよ」

夏祭りは終わるけど、
お祭りが終わったら浴衣を脱がなきゃいけないけど、
清四郎とあたしの夏は始まったばかり。

 

 

END

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