どきどきどき。 巨大な招き猫の口から、お湯が流れ出る。壁には富士山。 いくつもある剣菱邸の風呂のなかでも、一番広いこの風呂のデザインは、完全に万作の趣味だ。 ロマンチックには程遠い湯船の中で、それでも悠理はまだドギマギする心臓をもてあましていた。 悠理は二日前、恋に落ちた。 19歳にして、初めての恋。相手は、14歳の少年だった。 遅咲きの恋だったが、展開は早かった。 告白され抱きしめられ、その夜のうちに、肌を重ねていた。 そして、悠理の幼い恋人は、朝焼けの中消えてしまった。 夢のような儚い恋。 だけど、あの少年は成長して悠理をふたたび抱きしめた。 彼は、時を越えた悠理が出会った、5年前の清四郎だったから。 今日は試験最終日だった。 悠理にとっては、久しぶりの自宅だ。 昨夜は毎度のことながら、清四郎の家での勉強合宿だった。 いつもと違う点は、ただひとつ。 厳しい家庭教師だった悪友が、情熱的な恋人になったこと。 そしてそれを菊正宗家の人々に知られたために、ふたりきりにはしてもらえなかったこと。 試験が終わり、打ち上げに行こうと言う仲間の誘いを断って、悠理は自宅に帰ってきた。 「確認したいことがあるんです」 そう言って、迎えの車に乗り込んできた清四郎も一緒に。 昨夜も学校でも、あまりにもいつもどおりの清四郎の態度に、悠理はあれは夢だったのかと思い始めていた。 14歳の彼との時空を超えた出会いではない。その後、戻ってきた悠理を抱きしめた19歳の清四郎の方が、だ。 「好きだよ、清四郎。おまえは?」 あのとき、そう告白した悠理に、赤面した顔をそらせた男は答えなかった。 だけど、車に乗り込んできた清四郎は、まだ運転手が発進させる前に、座席に悠理を押し倒した。 抵抗する間もなく、悠理は唇を奪われていた。 熱く激しいくちづけ。 あれが、夢ではなかったと、確認するのには十分すぎるほど。 思い出すだけで、ふたたび心臓が跳ね上がる。 忠実な運転手は、どう思っただろう。 「やっぱり……るんだよなぁ」 悠理は湯船の中で、自分の肩を抱きしめた。 今夜、きっと清四郎は悠理の体を求めてくる。 悠理にとって、初めての逢瀬はたった二日前。 まだ体には、14歳の清四郎の感触が残っている気すらする。 だけど、清四郎にとっては、もう5年も前のことだった。 一途に悠理を愛してくれたあの少年は、ひねくれ者の男に成長していた。 「5年間の修行の成果をおまえの体に教えてやる」 そう言った意地悪な清四郎の顔を、思い出す。 「なんの修行だよ、ったく…」 清四郎の初体験の相手は悠理だ。悠理だってもちろんそうだ。 この5年の間に、清四郎は他のだれかを抱いたのだろうか。だれかを、あんなふうに愛したのだろうか。 思いが通じ合って、5年+一日。 その一日をただの友人として過ごした悠理が、いつもどおりの横顔に不安を感じたのだから、清四郎の5年間は同情の余地がある。 だけど、釈然としない思いで、悠理はぶくぶく湯船の中に沈み込んだ。 冷静になれるようなら、恋なんかしていない。 湯船の真上の天窓から差した月明かりに気づき、悠理は窓を見上げた。 満月には、まだ少し足りない。 洗い場のライトのせいで薄くなった月の影が、湯に揺らめいている。 悠理はその月を抱きしめるように湯を波打たせた。 水に映った月など、捕まえられるはずはない。 叶ったはずの恋が、まだ悠理は信じられなかった。 想いに気づいたとたん、腕の中から消えてしまった、あの14歳の少年を思い出す。 記憶の中で、あの少年はたしかに存在しているけれど。 たった一日だけの恋人。 清四郎との記憶は、友人としての方がはるかに長い。 どんな顔をして、清四郎の前に出ればいいのか、悠理はわからなかった。 また、抱きしめれば消えてしまうようで、怖かった。 そんなことはないと、わかっていても。 「ああ、やっぱり悠理も入ってましたか」 突然、浴室のドアが開けられた。 「せ、清四郎?!」 湯気の向こうに、腰にタオルを巻いた男の姿が見えた。 驚いて思わず立ち上がってしまった悠理は、あわてて湯船の中にもう一度身を沈める。 「な、な、な、な、なんでおまえが入ってくんだっ!」 剣菱邸には他にも数種類浴場がある。さすがに使わない風呂は湯を張ってはいないが、メイドに言えばすぐに準備してくれる。 第一、ゲストルームにはすべて立派なバスルームがついているのだ。 「いえね、僕も風呂をいただきます、って言ったら、こちらに案内されたんですよ」 清四郎はニヤニヤ笑った。 「我が家と違って、悠理のところは協力的ですな」 「メイドが間違っただけだろっ」 悠理は湯に肩までつかり、清四郎に背を向け怒鳴った。 「あたいが先に入ってんだから、上がるまで外、出とけよ!」 「いいじゃないですか。一緒に入っても」 「にゃ、にゃにぃ?」 「それに、間違いじゃないと思いますよ。案内してくれた五代は涙ぐんで”嬢ちゃまをお願いします”って、僕の手を握ってくれましたからね」 「にゃにぃ?!」 悠理はぎょっとして、振り返った。 いつの間にか、清四郎は浴槽の近くまで来ていた。 「!」 悠理はざぶざぶ湯の中を移動して、清四郎から距離をとる。 まさか、執事の五代の一存ではないだろう。 運転手の名輪から報告を受け、父母が指示したに違いない。 よそ様のお嬢さんに間違いがあってはいけない、と気遣った菊正宗家とは反対に、 よそ様の長男をあわよくば後継者としてもらい受け、ついでに嫁ぎ先に困る事がすでに明白なじゃじゃ馬娘の引き取り先も 決めてしまおうと虎視眈々の、剣菱家。 剣菱家の事情としては、清四郎ほど悠理の婿として望ましい男はないのだから。 清四郎に背を向けたまま、悠理はだらだら汗を流した。 湯につかりすぎたせいではない。 小躍りする両親の姿が容易に想像できて、眩暈がした。 清四郎とこうなった今、祝福されるのは嬉しいが――――こうなった、とは言っても、悠理自身にまだ実感はないのだ。 清四郎が湯を使う音がする。 一向に立ち去る気配はない。 「せ、清四郎」 背中を向けたまま、たまらず、悠理は声をかけた。 「あたい、上がる」 「もうですか?」 「せ、せめて、あっち向くか、タオル貸してくれよ」 清四郎は返事をしない。 かわりに、ざぶ、と湯が波打った。 「うひゃっ」 清四郎の近づく気配に、悠理は両腕で胸を隠して振り返った。 目の前に、裸の男。 「ど、どひ〜っ」 水着やなんかで見慣れている姿とは、やはり局部的に違う。悠理は真っ赤になって後ずさった。 「そのリアクション、やめて下さい」 清四郎は見慣れた意地悪な笑みを浮かべていた。 だけどその目には、見慣れぬ欲望の熱が宿っていた。 悠理は頭が真っ白になった。 清四郎に腕をつかまれ、ゆっくりと外される。 小ぶりな胸が、男の目にさらされる。 食い入るように見つめる清四郎の顔色が変わった。 「悠理、それは・・・」 清四郎は眉を寄せ、うなるようにつぶやいた。 悠理の手首をつかむ手に、力がこもる。 「え?」 悠理は自分の胸に目を落とした。 あるかなきかの隆起。湯につかったためか赤く上気した肌。 そこに散った、花びらのような鬱血のあと。 「あっ」 男の唇がつけた、所有印。 「こ、これは、おまえがつけたんだぞ!言っとくけど!」 悠理があわててそう言ったのは、清四郎が険しい顔をしていたからだ。 悠理にとっては二日前でも、清四郎には5年前。 案の定、なにやら誤解していたようで、清四郎は安堵の吐息をついた。 「そうか…そうですよね」 しかし、なぜか清四郎は、悠理の腕をつかんだ手の力をゆるめない。 「でも、そうはわかっていても、なんだか気分が良くないな」 「えええ?」 清四郎は悠理の胸に唇を寄せた。 乳房の隆起についた痕に、くちづける。 中心を避け、ゆるやかに胸を這い、唇は鬱血の痕を追った。 「うひゃ」 悠理はこそばゆさに首をすくめる。 その首筋にも、清四郎はくちづけた。 「むしゃぶりついて、こんなに痕をつけて。下手な男だ」 耳たぶを噛みながらつぶやく清四郎に、悠理は抗議した。 「だから、おまえだって!」 「それでも、許せない」 清四郎は理不尽な言葉を吐くと、悠理の手を頭の上でひとつに束ね、片手を腰に回した。 湯の中で、密着する肌と肌。 湯から出た上半身を、清四郎は思う様むさぼった。 夏の日焼けがまだ残る悠理の首から胸元。腕の裏の白い部分まで、清四郎の唇はたどる。 「ここは、まだ処女みたいだ」 男は皮肉な笑みを浮かべたまま、それまで触れなかった幼い色の胸の先端を、軽く舐め上げた。 「あ、あふ」 思わず漏れた悠理の声が、風呂場に響く。 驚いて、悠理は自分の唇を噛んだ。 桃色の先端が、羞恥に赤らんだように色づく。堅さをもち立ち上がった果実を、清四郎は口に含んだ。 「んんん…」 艶めいた声が風呂場に反響する。悠理は苦しげに首を振った。 清四郎は執拗に悠理の胸を責める。 両腕を解放され、悠理は自分の口を手でふさいだ。 自分の指を噛み、声を抑える。背中にあたる湯船のヘリをもう一方の手でつかんだ。 清四郎は自分は湯船に身を沈めるように、悠理の前に跪いた。 全身に散るくちづけの痕を追い、胸から腹に、臍の周りにまで唇を這わせる。 湯の中で、清四郎の手が悠理の下肢をたどった。 手は足を割り、片足をつかんで水上に引き上げた。 「あ、なに・・・」 右足を抱え上げられ、悠理は焦った。 清四郎は悠理の足首をつかんだまま、足の指先を口に含む。 こんなところが感じるなんて、信じられなかった。 ねっとりと舐め上げられ、悠理の体に電流が走った。 清四郎は指先から、脛を、そして太股を唇で溯る。 太股の内側に、新たな所有印を付けられる。 バシャン、と湯が波打った。 たまらず、悠理が浴槽をつかんでいた手を滑らしたのだ。 体を支えていた手を失っても、清四郎に腰を抱かれ、溺れるのは避けられた。 悠理の右足を肩に抱え上げ、清四郎は悠理の上体を湯に浮かべる。 ぬくもりが全身を包み、髪が湯に広がった。 沈まぬように首の後ろを支えてくれる大きな手が心地良い。 「悠理・・・」 名を呼びながら、清四郎が上体を重ねてくる。折り曲げられた悠理の足が胸に押し付けられ、 そのまま唇をふさがれた。 意地悪な舌が悠理の歯列を割り、舌を追う。 同時に、もう一方の手が、限界まで開かされた足の付け根に侵入した。 チャプ、と湯が揺れる。 清四郎の手が、まだ触れられることに慣れていない個所をさ迷う。 「ん、ん、ん」 清四郎の舌が、悠理を捕らえた。 きつく吸い上げられ、蠢く舌に口内を犯される。 長い指が、蕾の周囲で探るように動く。 撫でられ、挟まれ、いじられ、悠理の体はびくびくと痙攣した。 くちづけの酔いが、現実感を失わせる。 きつく目を閉じ、悠理は清四郎に手を伸ばした。 溺れるもののように、肩にすがりつく。 なだらかな筋肉の隆起。指先に触れた肩甲骨。 触れた肌は、二日前の少年と同じように熱いのに、初めて抱きしめた男の体だ。 不器用だった少年とは違う意地悪な男の指が、悠理を煽った。 あの初めての夜に何度も少年の青い性を注がれた場所は、もう傷ついてはいないけれど、 まだ熟れたように痺れている。 入り口を弄んでいた指先が、わずかにそこに侵入した。 湯の中で、悠理の体が強張る。 なだめるように清四郎の手が背をさすり、まだくちづけたままの唇が、ゆっくりと離れた。 「悠理・・・大丈夫だから、力を抜け」 「あ、あ、あ、」 洩れたのは、吐息のような喘ぎ。 男の指が体の中にずぶずぶと沈んでいく感触を、はっきり感じた。 太くて長い指。節ばった関節。 水の中で、抵抗するように体がそれを締め付ける。 もっと太いものも受け入れていたはずなのに、その指の感触が、耐え切れなかった。 痛みではない、感覚に。 清四郎の指がゆっくり動く。 掻き出そうとするように指を曲げられ、悠理はたまらず悲鳴を上げた。 「やだぁぁっ」 見開いた目の前には、男の熱い瞳。 苦しげにさえ見える、寄せられた眉。濡れた髪。 口元に浮かんだ笑みは、怖いくらいの凄みがあった。 うっとりと悠理を見つめていた、14歳の恋人とは全然違う。 ”こんなに好きなんて、嘘みたいだ” そう言った、かつての清四郎。 ”僕、急いで大人になるから” その言葉通り、清四郎はもう子供ではなくなっていた。 悠理を取り残して。 「悠理・・・」 だけど、名を呼ばれただけで、心が震える。 悠理が好きなのは、この意地悪な男なのだ。 決して”好きだ”とは言ってくれない、ひねくれ者の。 言葉以上に、その目は悠理への屈折した想いを語っていた。 あの少年の、真っ直ぐな目とはどこか違う。 それでも、信じられた。あの少年は、彼の中で生きていると。 「これ以上は、のぼせてしまいそうですね」 力の入らない体を、清四郎は裸の胸に抱き寄せる。 湯の中から、悠理は抱き上げられた。 「僕も、限界です…5年間、待たされたんだ」 熱くささやく清四郎の首に、悠理は腕を回した。 抱きしめても、清四郎は消えない。 頭上には、満ちようとする月が出ていた。 欠けていた最後の一片をもとめるように、悠理は清四郎に身をすりつけた。 これから起こることを思うと、身が震えた。 少しの怖れと、それを凌駕する愛おしさ。 だけど、そのとき悠理は思いもしていなかった。 このあと、ふたりを待ち受ける、とんでもない運命を。 気まぐれな時空の神様がくれた恋は、まだまだ前途多難。 月さえも、まだ知らない。
山下久美子の名曲「バスルームより愛を込めて」とはなーんの関係もない、「年下の男の子」のちょっとだけ続編、
おまけのエロどぇーす♪と、言ってもBまでよん。これ以上は「ベッドルームより愛を込めて」になってしまいますので、
とりあえず割愛。
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