「あの…委員長、席替えを提案させていただきたいと思います」
ある意味最強の、わがクラス委員長&副委員長コンビがホームルームを終わらせようとしたとき、 一人の女生徒が新議題を提案した。
さっさと終わらせてしまいたかったらしき副委員長が黒板を消しながら、じろりと睨む。
「席替えは、学期毎に二度はしていますが?」
委員長も、怪訝な顔で女生徒に問い返す。
「あ、あのそれはそうですけれど、いつも出席番号順ですので…たまにはクジ引きなどで、やってみたいのですけど」
一瞬の間。
勇気ある彼女の提案は、教室がゆらぐほどの拍手喝采で迎えられた。
そういえば、僕が一学期途中でこの学級に編入してきてから、何度か席替えしたにもかかわらず、 たしかに周囲の顔ぶれに変わりばえはなかった気がする。
なるほど、名前順だったのか。
『グ』ランマニエの僕の前か後ろは、必ずいつも『キ』クマサムネ清四郎。
隣か斜め前後には、『キ』ザクラ可憐と、『ケ』ンビシ悠理。
昇順でも降順でも、この四人はいつも固まっていた。
僕ら四人に、一人離れた席の白鹿野梨子を加えた五人は、学外のもう一人の友人も加え、つるむことが多かった。
「ったくよー、めんどうだから名前順でいいじゃねぇか」
副委員長悠理は、ガリガリ頭を掻く。
「まぁっ!私どもも、一度で良いので悠理様の近くの席になりたいですわ!」
「私も、美童くんの隣に!」
「俺は、黄桜さんが!」
「やっぱり悠理様よぉ」
「ぼ、僕は菊正宗くんが…」
口々にあがった抗議と自己主張で、教室中が騒然となる。
なるほどね。なにかと固まってしまう僕らに、他の生徒達は近寄りがたかったってわけだ。
僕はいつでも、可愛い女の子ならウエルカムなのにさ。
それぞれの主張でガヤガヤしている教室を見まわすと、大方の者の目当てがわかっておもしろい。
一番大きな声をあげているのは、悠理のファンだ。
どうしたわけか、悠理は女子にモテる。
たしかに、ずいぶんな美形だし、気持ちのさっぱりしたやつだが、男でもあいつより乱暴でガサツな人間を僕は知らない。
いいのかレディたち。あいつは、ラーメン十杯かっこめるんだぞ?
箱入り娘ばかりのこの学園の女子達には、かえって新鮮なのか?
僕の名をあげている彼女たちをすばやくチェック。
よし、数では悠理ファンにやや負けるが、質では負けない。
それに、すでに親しくなっているものばかりだ。モレはない。
どうしたことか、清四郎は、男子にも人気があるようだ。
普段大人しい顔ぶれが多いところを見ると、秀才然とした優等生ぶりに憧れているんだろう。
みんな、あいつの外面には騙されている。
あんな顔して、瓦十枚叩き割る男だぞ。
しかし、大半の男子生徒の目当ては、野梨子と可憐だった。
たしかに、このクラスに限らず、学園内にさえ限らず、社交的で華やかな可憐と、 大和撫子野梨子は、突出した美少女だ。
可憐の崇拝者が積極的に声をあげているのとは対照的に、野梨子の周りには静謐な空気が漂っていた。
だが男子生徒のほとんどが、野梨子に熱い視線を送っている。
男子生徒ばかりではない。
悠理や僕や可憐の名前が飛び交う教室のなかで、実のところ、一番皆の関心を集めていたのは、野梨子だった。
気さくな可憐や悠理と違って、たしかに一般生徒が野梨子のお近づきになるには、 席が近くなるくらいしか、チャンスはないかもしれない。
気持ちはわかるけどね。
野梨子は素敵だが、彼女の周囲を漂う、”かまわないでくださいな”オーラは、いかんせん強固すぎる。
僕も知り合って早々は挑戦意欲に燃えたが、本人のオーラのみならず、恐怖の幼なじみの存在で、挫折した。
野梨子の保護者に、瓦の代わりに叩き割られては、かなわない。
「静粛に!」
たん、と清四郎が教卓を叩いた。
僕から見れば、かなり軽~く。
それでも、教室のざわめきは瞬時に収まった。
「わかりました、では公平にクジで席替えしましょう」
清四郎の言葉に、教室でふたたび拍手と歓声があがった。
「僕がクジを作りますので、あとで皆に引いてもらいます。終礼後移動。これで異議はありませんか」
異議があるはずはない。
やや延長していたホームルームが、ようやく終わった。
*****
休み時間、方眼紙を切って四十人分のクジを作る清四郎を、僕らは手伝った。
「まったく、席なんてどうでもいいじゃないですか。教室は授業を受けるところでしょう」
「ほんとですわね」
うんざり顔の優等生二人の言葉に、僕と可憐は顔を見合わせた。
「あら、誰と隣になるかってのは、楽しい学園生活には重要よぉ」
「そうだよね。登校したときの気分が違うし」
「そうだじょ、考えてみれば、いままでずっと清四郎の隣だったから、おちおち居眠りもできなかったんだよな。 席替え賛成!」
面倒がっていた悠理は、今では嬉々としてハサミを使っている。
「む」
清四郎が顔をしかめた。
「これから先生に当てられたときに、助けはないぞ」
「おまえ、いっつも”自分で考えろ”つって、解き方だけで答は教えてくんないじゃん」
「あたりまえだ、バカ。早弁が見つかってもフォローしてやらないからな」
ポカリと清四郎は、悠理の頭を小突いた。
向こう見ずで喧嘩っ早い悠理は、かなり手のかかる友人だ。
実際のところ、成績は並ぶものなき低空飛行、喧嘩に早弁早退遅刻居眠り宿題忘れエトセトラエトセトラ。 その上教師に反抗的な悠理は、かなりの問題児といっていい。
それでも人気者なのは、人徳というほかはない。
どうしてクラス委員なんてものを悠理がするはめになったのか僕の転入前なので知らないが、 相方の清四郎がいなければ、どうなることやら。
普段の生活においても、清四郎がかなりフォローしているのを、いまさらのように気がついた。
まるで、野梨子の保護者というよりも、悠理の保護者だ。
たしかに、からかわれ苛められることもあるとはいえ、悠理が喜ぶのは不義理だろう。
清四郎こそ、ようやっと悠理と離れられると、安堵していいはずだ。
いや、内心喜んでいるようだ。
悠理を小突きながら、「これで、やっと心静かに授業が受けられる」と言ってるじゃないか。
ま、無理ないよ。
*****
「右の最前列の席から1から順番に数字をふりました。 女子は剣菱さん、男子は僕の持っているクジを引いてください。座席番号が書いてあります」
教室内は、浮き足立つ。
こんな空気は嫌いではない。恋のはじまる予感に似ている。
ほんとうに、意外な恋が始まるかもしれないじゃないか?隣の席が、美少女なら。
皆はクジを引いて、鞄と私物を抱え移動を始めた。
しかし、大半の者は、野梨子がじっと見つめている手の中の白い紙を、固唾を呑んで見守っている。
「野梨子、何番だった?」
あまりの緊迫感に吹き出しつつ、僕が聞いてやった。
「14番ですわ」
野梨子はにっこり答える。
「あ、今度の席は近いや。僕は12番」
うおおおっ、きゃああっ、と僕らの周囲で悲喜こもごもの声があがった。
「…まったく馬鹿らしい。理解できませんわ」
野梨子は僕にだけ聞こえるほどの小さな声で、あきれたようにつぶやく。
あいかわらず、顔に似合わぬ辛辣ぶりだ。
そう言わないでやってよ、みんな純情なんだから。
ほとんどの者がクジを引き終わった。
「あり?」
悠理が首を傾げる。
「あたいの分がないぞ」
委員二人は、残り福を狙ったわけではなかろうが、最後に引くことになっていた。
清四郎の手の中には、男子最後の一枚がちゃんと残っている。
「ああ、女子の分、一枚足りなかったか?ちゃんと数えたつもりだったが」
「どうしよう」
「べつにいいじゃないか。どうせ残りなのだし、皆が移動して、最後に余った席が悠理のですよ」
「そっか」
移動していた女子の一部に、緊迫感が走った。
にわかに、女子の黄色い声で教室内は騒然となった。
誰もいない席が悠理の席。
自分の前後に人を座らせないようにする者まで、出る始末。
野梨子の弁ではないけれど、理解に苦しむ。
なんで、悠理の側がいいんだ?
あいつは歩く台風だぞ。
清四郎など清々した顔で、悠理の隣の席から荷物を引き払っている。
僕らは友達だけど、たまには距離をとらなくてはね。
しかし。
全員が着席したとき、空いている席は、最後尾の窓際ただひとつだった。
通常なら、悠理にとってベスト2くらいのグッドポジション。(ベスト1は、最後尾の廊下側)
「な…」
しかし、悠理が絶句しているのは、隣の席の人物のためであることは明らかだった。
「ふむ、腐れ縁ですな」
空席の横で、清四郎がしかめっつらで腕を組んでいた。
「あう…」
悠理は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「しかたないでしょう、公平平等なクジの結果です」
「…わーってるよぉ」
すごすご悠理は荷物の移動を始めた。
あーあ、気の毒に。
いや、悠理よりも、清四郎が。
同情して清四郎を見ると、思いもかけないものを見てしまった。
清四郎は、背を向けた悠理を見て、ニヤニヤ笑っていたのだ。
普段人当たりの良い清四郎が、僕ら仲間内では最近見せるようになった、悪魔の微笑み。
まさか…?
僕の視線に気づいて、清四郎はコホンと咳をして表情をあらためる。
素早く手にしていた白い紙をポケットにしまった。
もしかして。
清四郎がはじめから、自分の番号のクジを決めて持っていたとしたら?
そして、その番号の女子のクジをわざと作らなかったとしたら?
いや、でも、しかし。
悠理はトラブルメーカーだ。 そのことを骨身に染みて知っている清四郎が、わざわざ隣の席に固執するわけがあるか?
問題児を監督下に置きたいという、生徒会長兼クラス委員長の義務感?
まさか。
もしかすると、もしかして。
僕がはじめて、仲間たち皆と会った日のことを思い出す。
敵対する不良グループに可憐と野梨子をさらわれ、悠理が番長と果し合いをすることになった。
あのとき、悠理の危機に飛び出して行ったのは、清四郎じゃなかったか?
いやでもしかし、だから、といって。
あっけにとられ、まだ清四郎の顔を凝視する僕に、清四郎はうっすらと赤面した。
ニヤリと笑みを浮かべ、片目をつぶる。
様になったウインクに、僕はめまいがした。
その破壊力は、瓦十枚。
おしまい 2004.8.27
最近マイブームの中坊時代です。美童視点って書きやすいわー。
私的に書きやすい順は、美童>可憐>・・・豊作・・・・>魅録>清四郎 でしょうか。
悠理は視野が狭くなるので一人称書きづらいし、野梨子もお上品で核心を避けるので書きづらい。
魅録は意外に、大変です。書きやすいんですけど、勝手にどんどんこちらの思惑を外れちゃって意外な展開になってしまうので。
(某所に投稿したやつ。勝手に魅×清になりかけて、私はびびった。深層心理が出たのかしら)
悠理もそうかな。こう、と予定してたストーリー通り動いてくれないので、ハラハラです。
清四郎ちゃんは…ただでさえ私が書くと他サイト比60%はヘタレになっちゃうのに、一人称だともうどうしようもないことに
なるので、イヤ。ファンなのに。(泣)
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