イメチェン2号

 


「あー、暑いったら!」
美童は生徒会室にやってくるなり、叫んだ。
「可憐〜、野梨子でもいいや、髪編んでくれぇ」
まだ衣替え前だというのに、今日は真夏のような日差し。
自慢の長い金髪も、今日ばかりはうっとうしいらしい。
「可憐も、野梨子もいませんよ」
美童に答えたのは、新聞を開いている生徒会長。
さすがに上着は脱いで椅子にかけてあるものの、美童とうってかわって涼しい顔だ。
ほかのメンバーは、といえば、ワイシャツを脱いでタンクトップ姿の魅録。
悠理にいたっては、すでに夏服だ。
「暑くないの、清四郎」
「心頭滅却すれば、です」
「滅却してないもん。する気もないもーん。大事なハートを」
唇を尖らせ、美童はテーブルに顎をのせる。
「ま、僕もさすがに暑いです。実は可憐と野梨子は、なにか冷たいものを買出しに行ってくれてるんですよ」
「やった!」
にっこり笑った美童に、悠理と魅録がVサイン。
「アイスだじょー!」
ごきげんうるわしい悠理は、ひらりと夏服のスカートを広がらせた。
「たしかに暑苦しい髪だよなー、美童。あたいが三つ編みやってやるよ!」
悠理の親切な申し出に、美童はガバリと身を起こした。
「いい!結構!遠慮しとく!」
「なんだよ、失礼なやつ!三つ編みぐらい、あたいだってできらい!」
「おまえに頼むくらいなら、魅録や清四郎に頼むよぉ」
魅録と清四郎は苦笑する。
「おいおい、俺は三つ編みのやり方なんて知らねぇぞ」
「手先の器用な魅録なら、楽勝ですけどね。じゃ、僕がやってあげます。 なんだったら、編み込みにでも挑戦しますか、美童」
「ええ、清四郎がしてくれんの?フツーの三つ編みでいいんだけど」
「了解」
結局、清四郎が美童の後ろに立ってヘアセットすることになった。
「ゴムは?」
「櫛は持ってるけど、ゴムはないなぁ。可憐に借りようと思ってたから」
「輪ゴムならあるじょ」
「そ、それはカンベン!」
「あ、あのリボン使えるじゃん」
崇拝者からのプレゼント(中身のクッキーは消化済み)の包装用リボンを、悠理は何本か持ってきた。
「いろいろありますね。この青いのにしましょうか」
清四郎は手早く美童の髪を編んでいく。
「・・・ん?」
ちっとも痛くはないのだが、美童は首をかしげた。
なにやら、いつもと感じが違うのだ。
やはり男の手。きゅ、とひっぱられ、かなりきつく編まれているようだ。
「悠理、その水とってください」
「・・・水?」
ペットボトルの水を清四郎は櫛につけ、美童の髪を整えだした。
前髪まで、後ろにひっぱられる。
「なに?フツーのでいいんだってば」
「この際、イメチェンしてみましょう」
凝り性の清四郎は、それなりに楽しんでいるらしい。
ぐ、と後ろに引き上げられるように編まれ、思わず美童の背筋が伸びた。
「ハイ、できましたよ」
「あ、ありがと」
にこやかな清四郎に、美童は礼を言う。
鏡がないので出来栄えはわからないが、とりあえずすっきりとまとめてくれたようだ。
悠理が美童のまわりをくるりと回った。
「うっわー、清四郎すごい!」
「なんだよ、悠理?」
目をまるくしている悠理の反応を怪訝に思い、美童は問いかけた。
「美童、おまえ、めちゃめちゃかっこいいぞー!」
悠理の口から出たのは、めずらしい言葉だった。
「え、そう?」
「うん!まるで、ゲームに出てくる中国拳法の達人の美形キャラみたいだ」
なんだかよくわからないが、とにかく褒め言葉なのは確実だ。

いつもはやわらかい印象の美童の髪を、清四郎はサイドをきつく編み込み、 シャープな顔のラインを出すことで印象を変えた。
前髪も片側を残して上にあげ、きっちりかためた三つ編みに青いリボンを編み込み、 男らしい雰囲気にまとめている。
「こまっちゃうなー、どんな髪型でも、元が良いと決まっちゃうんだよねー」
ナルシストの美童は御満悦だ。

悠理はきらきらした目で美童と清四郎を見くらべた。
「ねぇねぇ清四郎、あたいにもしてよ!美童みたく」
「美童みたいにって。悠理の髪で、あれはできませんよ」
「カッコよく強そうなら、なんでもいーから!」
うるうるきらきら。
美童と清四郎に向ける悠理の視線としては、あまりにも珍しいそれ。
まぶしげに、清四郎は目を細めた。
「・・・鋭意、努力してみます」

悠理を座らせ、清四郎は背後からあっちこっちに飛び跳ねた髪にふれた。
ふわふわで、さらさらの髪は、まとめるには、長さが足りない。
髪に手を差し入れ、清四郎はしばし思案の表情。
「どうしましょうかね・・・」
清四郎の大きな手が、器用に髪をすきはじめた。
無骨に見えて繊細な動きの指が心地良く、悠理はのどを鳴らす猫状態。

「悠理は背も高いし男顔だから、オールバックにするだけでも、りりしくなるんじゃない?」
美童のアドバイスに清四郎はうなずく。
「地のままでも、女どもにはモテモテだしな」
魅録が愉快そうに笑った。実際のところ、学園一女子に人気があるのは、美童よりも悠理なのだ。
試しに、清四郎は悠理の前髪を後ろになでつけてみる。
背後から悠理の顎を持ち上げ、上を向かせた。
「あんだよ?」
秀でた額。切れ長の目。涼やかな眉。
「もっとモテるようになっても知らないぞ」
「女の子は差し入れくれるし、好きだじょ」
ニッカリ笑う悠理に、思わず清四郎も微笑みかえす。
「よし、いい覚悟だ」
清四郎はくしゃりと悠理の髪をかきまぜた。



「きゃあ!清四郎なにやってるの!?」
「なにって・・・」
野梨子と帰ってきた可憐は、悠理の髪をとかしている清四郎に開口一番悲鳴じみた声をあげた。
「可憐ー、野梨子ー、アイスー!」
悠理が両手を広げ、口を開ける。
「お待たせ」
野梨子はアイスキャンディを悠理の口に入れてやった。
その間も、可憐は清四郎を、あきれたようににらんでいる。
「なにって、見た通りですけど」
「その水はなによ、その輪ゴムの箱は!」
可憐の指摘に、清四郎は悠理持参の輪ゴムとリボンを見る。
「変ですかね?」
「これだから、男ってやつは〜!悠理、髪だったらあたしがやってあげるわよ」
悠理はキャンディを口につっこんだまま、ふるふる首をふった。
「いやら、清四郎がいい!」
「なんでよ」
「可憐がしたら、ちゃらちゃらになるらろー、清四郎に美童みたくカッコ良くしてもらうんら!」
可憐は初めて、美童の姿を見た。
「あら。清四郎がやったの?ほんと、イメージ違ってていい感じね」
「まあ、美童、いつもより知的に見えましてよ」
可憐の賛辞にゆるんだ美童の表情が、続く野梨子の言葉で、しかめられた。
「・・・なんだかなー」
ぶつくさ言っている美童は置いて、悠理は清四郎の手をがっちり握りしめた。
「清四郎がいいの!」
うるうるきらきら。
悠理ちゃん必殺お願い攻撃に、清四郎はなぜかしら赤面した。
「・・・そのアイス、一口僕にもくれるなら、いいですよ」
ん?
めずらしくも赤面した清四郎と、その手を握りしめる悠理の姿に、首をかしげる一同。
「一口だけだじょ。かじったらダメ、なめるだけ!」
悠理はしばしの躊躇ののち、アイスを差し出した。
食べさしのアイスに、アーンと口を開ける清四郎。
「ちょっと、よしてくださいな!アイスはまだありましてよ!」
なにやら目前で展開されている二人の世界に、いたたまれなくなった野梨子が無理矢理さえぎった。

結局、悠理に清四郎のアイスを持たせ、清四郎は可憐提供のブラシで悠理の髪をときはじめた。
机上からは、水はどかされ、輪ゴムのかわりに髪留めと可憐のムースが置かれている。
「バニラもうまそうだなー」
悠理は自分の両手の、チョコアイスバーとバニラを見くらべた。
「一口だけならいいぞ。かじったらダメ、なめるだけ」
清四郎の言葉に、やった!と、悠理はバニラアイスをぺろりとなめる。
清四郎もその間、アーンとやって悠理の手を要求するのだから、さきほどの野梨子の制止が意味をなしていなかった。
そんな二人を正視できずに、ほかの四人は目を見交わした。
(なんだか・・・いたたまれませんわね)
(悠理と清四郎じゃなかったら、いちゃいちゃしてるカップルよね)
(美童の髪いじってるときも、清四郎は楽しそうだったぜ)
(よしてよ、僕にその気はないよぉ。自覚してないだろうけど、あれはやっぱり・・・)
目で会話する一同に気づかず、清四郎は悠理の髪をひっつめたり編んだり、楽しそうだ。
アイスを食べ終わるのとほぼ同時に、清四郎は櫛を置いた。
「ハイ、完成」
清四郎の声で、一同はそらしていた視線を、悠理にもどした。
(・・・うっ)
(まあ!)
(あらら)
(ひえええ)
「どうどう、カッコいい?」
期待に満ちた悠理の質問に、一同、答える言葉が出なかった。
悠理のふわふわした髪は、トップとサイドをいくつも小さく編まれ、 ピンクや黄色のリボンで飾られている。
可憐の『カールの決まるふわふわロング用』ムースでやわらかく内巻に整えられた髪は、 悠理の小作りな顔のまわりで踊っていた。
「可憐、鏡持ってるだろ、見せてー」
悠理の要求に、可憐は思わず首をふっていた。
「ご、ごめん、持ってない!」
そんなわけはなかったが。
清四郎は、というと悠理を見つめてニコニコ笑っている。
心底、満足しているらしい。
「すごく、強そうになった?」
悠理は椅子にかかっていた清四郎の上着をとって、自分で羽織った。首の詰め襟をきっちり閉じる。
「美童みたく、中国拳法の使い手に見える?」
ハッと気合を入れてポーズをとる悠理に、清四郎は目を細めた。
「うーん、イメチェンは成功したと思いますよ。でも、中身がねぇ」
「中身も強いぞ!」
(ってか、めちゃめちゃ可愛い、だろ!)
ぶかぶかの男の服の袖を折って、短いスカートを跳ね上げ蹴りのマネをしている悠理は、 そのいつもどおりの行動にもかかわらず、おきゃんな美少女以外のなにものでもなかった。
(清四郎って・・・)
(やっぱり・・・)
(あーゆーのが、趣味なわけね)
心の中で清四郎に突っ込みつつ、声には出せない四人だった。
「おまえも、ちょっとはイメチェンすれば?」
ゴキゲン悠理は、清四郎の頭をくしゃくしゃかき混ぜる。
「コラコラ」
言いながら、清四郎も悠理を止めない。
「鏡って、階段のとこにあったっけ。見に行ってこよ」
美童も行くか?と声をかけられ、美童は首をふった。
「い、いい。清四郎と行ってくれば」
「うん。清四郎、行こう!」
悠理にひっぱられ、清四郎は苦笑しつつも自分の乱れた髪を手ぐしでかきあげる。
「こんどは、自分の髪をセットしなければなりませんね」
清四郎は落ちてくる前髪を気にしつつ、生徒会室から出ていった。
悠理としっかり手をつないで。



残された四人は、はああ、と吐息をつく。
「あの二人・・・手までつないでたよな」
「・・・手くらい、魅録や美童とだってつなぎますでしょ」
「廊下でほかの生徒に見られても、アレ、すぐに清四郎と悠理だって、気づかれると思う?」
「メイクなしなのに、別人だよね、悠理」
「あのでっかい女が、めちゃめちゃ可愛く見えるもんね。清四郎も前髪下ろすとサワヤカ系だから、 どう見てもキュートな高校生カップルよぉ」
「間違ってる、なんか間違ってる・・・」
「けど、あれって、どうなわけ?清四郎、確信犯?」
一同、顔を見合わせた。
「自覚ナシ、に百円」
「鏡を見た悠理に、蹴り入れられる方に千円」
「清四郎に悠理の蹴りが入るわけないだろ」
「いや、案外、悠理も赤面して照れちゃうかも」
「顔赤らめて、手をつないでもどって来るほうに、百円」
「いや、悠理はぶすくれているだろう」
「どちらにしろ、清四郎は満面の笑みにちがいありませんわ」
数人の声が重なった。
「それに、一万円!」

 

 

 

 

END


無自覚らぶらぶ小ネタシリーズです。
単にビジュアル的にかわゆい悠理を書いてみたかっただけ。
ときどき、原作でもうるうるきらきらの少女漫画チックな悠理が見れたけど、たいてい私利私欲に
走ったときね・・・。食べ物、成績がらみで。
これ書いてはっきり自覚したけど、どうも私は清四郎と美童がからむのが好きらしい。
正反対だからかしら。

 

 

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背景:カプカプ☆らんど