「あー、暑いったら!」
美童は生徒会室にやってくるなり、叫んだ。
「可憐〜、野梨子でもいいや、髪編んでくれぇ」
まだ衣替え前だというのに、今日は真夏のような日差し。
自慢の長い金髪も、今日ばかりはうっとうしいらしい。
「可憐も、野梨子もいませんよ」
美童に答えたのは、新聞を開いている生徒会長。
さすがに上着は脱いで椅子にかけてあるものの、美童とうってかわって涼しい顔だ。
ほかのメンバーは、といえば、ワイシャツを脱いでタンクトップ姿の魅録。
悠理にいたっては、すでに夏服だ。
「暑くないの、清四郎」
「心頭滅却すれば、です」
「滅却してないもん。する気もないもーん。大事なハートを」
唇を尖らせ、美童はテーブルに顎をのせる。
「ま、僕もさすがに暑いです。実は可憐と野梨子は、なにか冷たいものを買出しに行ってくれてるんですよ」
「やった!」
にっこり笑った美童に、悠理と魅録がVサイン。
「アイスだじょー!」
ごきげんうるわしい悠理は、ひらりと夏服のスカートを広がらせた。
「たしかに暑苦しい髪だよなー、美童。あたいが三つ編みやってやるよ!」
悠理の親切な申し出に、美童はガバリと身を起こした。
「いい!結構!遠慮しとく!」
「なんだよ、失礼なやつ!三つ編みぐらい、あたいだってできらい!」
「おまえに頼むくらいなら、魅録や清四郎に頼むよぉ」
魅録と清四郎は苦笑する。
「おいおい、俺は三つ編みのやり方なんて知らねぇぞ」
「手先の器用な魅録なら、楽勝ですけどね。じゃ、僕がやってあげます。
なんだったら、編み込みにでも挑戦しますか、美童」
「ええ、清四郎がしてくれんの?フツーの三つ編みでいいんだけど」
「了解」
結局、清四郎が美童の後ろに立ってヘアセットすることになった。
「ゴムは?」
「櫛は持ってるけど、ゴムはないなぁ。可憐に借りようと思ってたから」
「輪ゴムならあるじょ」
「そ、それはカンベン!」
「あ、あのリボン使えるじゃん」
崇拝者からのプレゼント(中身のクッキーは消化済み)の包装用リボンを、悠理は何本か持ってきた。
「いろいろありますね。この青いのにしましょうか」
清四郎は手早く美童の髪を編んでいく。
「・・・ん?」
ちっとも痛くはないのだが、美童は首をかしげた。
なにやら、いつもと感じが違うのだ。
やはり男の手。きゅ、とひっぱられ、かなりきつく編まれているようだ。
「悠理、その水とってください」
「・・・水?」
ペットボトルの水を清四郎は櫛につけ、美童の髪を整えだした。
前髪まで、後ろにひっぱられる。
「なに?フツーのでいいんだってば」
「この際、イメチェンしてみましょう」
凝り性の清四郎は、それなりに楽しんでいるらしい。
ぐ、と後ろに引き上げられるように編まれ、思わず美童の背筋が伸びた。
「ハイ、できましたよ」
「あ、ありがと」
にこやかな清四郎に、美童は礼を言う。
鏡がないので出来栄えはわからないが、とりあえずすっきりとまとめてくれたようだ。
悠理が美童のまわりをくるりと回った。
「うっわー、清四郎すごい!」
「なんだよ、悠理?」
目をまるくしている悠理の反応を怪訝に思い、美童は問いかけた。
「美童、おまえ、めちゃめちゃかっこいいぞー!」
悠理の口から出たのは、めずらしい言葉だった。
「え、そう?」
「うん!まるで、ゲームに出てくる中国拳法の達人の美形キャラみたいだ」
なんだかよくわからないが、とにかく褒め言葉なのは確実だ。
いつもはやわらかい印象の美童の髪を、清四郎はサイドをきつく編み込み、
シャープな顔のラインを出すことで印象を変えた。
前髪も片側を残して上にあげ、きっちりかためた三つ編みに青いリボンを編み込み、
男らしい雰囲気にまとめている。
「こまっちゃうなー、どんな髪型でも、元が良いと決まっちゃうんだよねー」
ナルシストの美童は御満悦だ。
悠理はきらきらした目で美童と清四郎を見くらべた。
「ねぇねぇ清四郎、あたいにもしてよ!美童みたく」
「美童みたいにって。悠理の髪で、あれはできませんよ」
「カッコよく強そうなら、なんでもいーから!」
うるうるきらきら。
美童と清四郎に向ける悠理の視線としては、あまりにも珍しいそれ。
まぶしげに、清四郎は目を細めた。
「・・・鋭意、努力してみます」
悠理を座らせ、清四郎は背後からあっちこっちに飛び跳ねた髪にふれた。
ふわふわで、さらさらの髪は、まとめるには、長さが足りない。
髪に手を差し入れ、清四郎はしばし思案の表情。
「どうしましょうかね・・・」
清四郎の大きな手が、器用に髪をすきはじめた。
無骨に見えて繊細な動きの指が心地良く、悠理はのどを鳴らす猫状態。
「悠理は背も高いし男顔だから、オールバックにするだけでも、りりしくなるんじゃない?」
美童のアドバイスに清四郎はうなずく。
「地のままでも、女どもにはモテモテだしな」
魅録が愉快そうに笑った。実際のところ、学園一女子に人気があるのは、美童よりも悠理なのだ。
試しに、清四郎は悠理の前髪を後ろになでつけてみる。
背後から悠理の顎を持ち上げ、上を向かせた。
「あんだよ?」
秀でた額。切れ長の目。涼やかな眉。
「もっとモテるようになっても知らないぞ」
「女の子は差し入れくれるし、好きだじょ」
ニッカリ笑う悠理に、思わず清四郎も微笑みかえす。
「よし、いい覚悟だ」
清四郎はくしゃりと悠理の髪をかきまぜた。
「きゃあ!清四郎なにやってるの!?」
「なにって・・・」
野梨子と帰ってきた可憐は、悠理の髪をとかしている清四郎に開口一番悲鳴じみた声をあげた。
「可憐ー、野梨子ー、アイスー!」
悠理が両手を広げ、口を開ける。
「お待たせ」
野梨子はアイスキャンディを悠理の口に入れてやった。
その間も、可憐は清四郎を、あきれたようににらんでいる。
「なにって、見た通りですけど」
「その水はなによ、その輪ゴムの箱は!」
可憐の指摘に、清四郎は悠理持参の輪ゴムとリボンを見る。
「変ですかね?」
「これだから、男ってやつは〜!悠理、髪だったらあたしがやってあげるわよ」
悠理はキャンディを口につっこんだまま、ふるふる首をふった。
「いやら、清四郎がいい!」
「なんでよ」
「可憐がしたら、ちゃらちゃらになるらろー、清四郎に美童みたくカッコ良くしてもらうんら!」
可憐は初めて、美童の姿を見た。
「あら。清四郎がやったの?ほんと、イメージ違ってていい感じね」
「まあ、美童、いつもより知的に見えましてよ」
可憐の賛辞にゆるんだ美童の表情が、続く野梨子の言葉で、しかめられた。
「・・・なんだかなー」
ぶつくさ言っている美童は置いて、悠理は清四郎の手をがっちり握りしめた。
「清四郎がいいの!」
うるうるきらきら。
悠理ちゃん必殺お願い攻撃に、清四郎はなぜかしら赤面した。
「・・・そのアイス、一口僕にもくれるなら、いいですよ」
ん?
めずらしくも赤面した清四郎と、その手を握りしめる悠理の姿に、首をかしげる一同。
「一口だけだじょ。かじったらダメ、なめるだけ!」
悠理はしばしの躊躇ののち、アイスを差し出した。
食べさしのアイスに、アーンと口を開ける清四郎。
「ちょっと、よしてくださいな!アイスはまだありましてよ!」
なにやら目前で展開されている二人の世界に、いたたまれなくなった野梨子が無理矢理さえぎった。
結局、悠理に清四郎のアイスを持たせ、清四郎は可憐提供のブラシで悠理の髪をときはじめた。
机上からは、水はどかされ、輪ゴムのかわりに髪留めと可憐のムースが置かれている。
「バニラもうまそうだなー」
悠理は自分の両手の、チョコアイスバーとバニラを見くらべた。
「一口だけならいいぞ。かじったらダメ、なめるだけ」
清四郎の言葉に、やった!と、悠理はバニラアイスをぺろりとなめる。
清四郎もその間、アーンとやって悠理の手を要求するのだから、さきほどの野梨子の制止が意味をなしていなかった。
そんな二人を正視できずに、ほかの四人は目を見交わした。
(なんだか・・・いたたまれませんわね)
(悠理と清四郎じゃなかったら、いちゃいちゃしてるカップルよね)
(美童の髪いじってるときも、清四郎は楽しそうだったぜ)
(よしてよ、僕にその気はないよぉ。自覚してないだろうけど、あれはやっぱり・・・)
目で会話する一同に気づかず、清四郎は悠理の髪をひっつめたり編んだり、楽しそうだ。
アイスを食べ終わるのとほぼ同時に、清四郎は櫛を置いた。
「ハイ、完成」
清四郎の声で、一同はそらしていた視線を、悠理にもどした。
(・・・うっ)
(まあ!)
(あらら)
(ひえええ)
「どうどう、カッコいい?」
期待に満ちた悠理の質問に、一同、答える言葉が出なかった。
悠理のふわふわした髪は、トップとサイドをいくつも小さく編まれ、
ピンクや黄色のリボンで飾られている。
可憐の『カールの決まるふわふわロング用』ムースでやわらかく内巻に整えられた髪は、
悠理の小作りな顔のまわりで踊っていた。
「可憐、鏡持ってるだろ、見せてー」
悠理の要求に、可憐は思わず首をふっていた。
「ご、ごめん、持ってない!」
そんなわけはなかったが。
清四郎は、というと悠理を見つめてニコニコ笑っている。
心底、満足しているらしい。
「すごく、強そうになった?」
悠理は椅子にかかっていた清四郎の上着をとって、自分で羽織った。首の詰め襟をきっちり閉じる。
「美童みたく、中国拳法の使い手に見える?」
ハッと気合を入れてポーズをとる悠理に、清四郎は目を細めた。
「うーん、イメチェンは成功したと思いますよ。でも、中身がねぇ」
「中身も強いぞ!」
(ってか、めちゃめちゃ可愛い、だろ!)
ぶかぶかの男の服の袖を折って、短いスカートを跳ね上げ蹴りのマネをしている悠理は、
そのいつもどおりの行動にもかかわらず、おきゃんな美少女以外のなにものでもなかった。
(清四郎って・・・)
(やっぱり・・・)
(あーゆーのが、趣味なわけね)
心の中で清四郎に突っ込みつつ、声には出せない四人だった。
「おまえも、ちょっとはイメチェンすれば?」
ゴキゲン悠理は、清四郎の頭をくしゃくしゃかき混ぜる。
「コラコラ」
言いながら、清四郎も悠理を止めない。
「鏡って、階段のとこにあったっけ。見に行ってこよ」
美童も行くか?と声をかけられ、美童は首をふった。
「い、いい。清四郎と行ってくれば」
「うん。清四郎、行こう!」
悠理にひっぱられ、清四郎は苦笑しつつも自分の乱れた髪を手ぐしでかきあげる。
「こんどは、自分の髪をセットしなければなりませんね」
清四郎は落ちてくる前髪を気にしつつ、生徒会室から出ていった。
悠理としっかり手をつないで。
残された四人は、はああ、と吐息をつく。
「あの二人・・・手までつないでたよな」
「・・・手くらい、魅録や美童とだってつなぎますでしょ」
「廊下でほかの生徒に見られても、アレ、すぐに清四郎と悠理だって、気づかれると思う?」
「メイクなしなのに、別人だよね、悠理」
「あのでっかい女が、めちゃめちゃ可愛く見えるもんね。清四郎も前髪下ろすとサワヤカ系だから、
どう見てもキュートな高校生カップルよぉ」
「間違ってる、なんか間違ってる・・・」
「けど、あれって、どうなわけ?清四郎、確信犯?」
一同、顔を見合わせた。
「自覚ナシ、に百円」
「鏡を見た悠理に、蹴り入れられる方に千円」
「清四郎に悠理の蹴りが入るわけないだろ」
「いや、案外、悠理も赤面して照れちゃうかも」
「顔赤らめて、手をつないでもどって来るほうに、百円」
「いや、悠理はぶすくれているだろう」
「どちらにしろ、清四郎は満面の笑みにちがいありませんわ」
数人の声が重なった。
「それに、一万円!」
END
無自覚らぶらぶ小ネタシリーズです。
単にビジュアル的にかわゆい悠理を書いてみたかっただけ。
ときどき、原作でもうるうるきらきらの少女漫画チックな悠理が見れたけど、たいてい私利私欲に
走ったときね・・・。食べ物、成績がらみで。
これ書いてはっきり自覚したけど、どうも私は清四郎と美童がからむのが好きらしい。
正反対だからかしら。
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