ドキドキして、ふわふわして。
恋ってそんなものだと、可憐が教えてくれた。
「悠理、あんたにはわかんないでしょーね」
可憐はそう言って笑う。
胸が痛くって。目が離せなくって。
そのひとといると、時間なんて止まってしまうのだと。
それが、恋なら。
「あたしだって、そんなの知ってるよ」
「うそ!」
つくづく、失礼なやつ。
でも、あたしだって、あれが恋だったのだとわかったのは、こうして大人になってから。
ずっと、気づかなかった。
気づきたくなかった。
記憶の奥底に沈みこめなければならなかった、みじかい恋。
「なによ、あんたって初恋もまだだって、てっきり思ってたわぁ」
「あたしだって、もう20も半ば過ぎてんだぜ。初恋の一回や二回経験あるさ」
「フツー初恋は一回だけどね。いつよ、だれによ、あたしの知ってる相手?!」
矢継ぎ早に質問してくる可憐に、苦笑した。
「中坊んとき・・・大昔だもん。もう忘れたよ」
「思い出してよ!いいじゃない、たまには昔話もさ」
あたしのベッドに寝転がって頬杖をつく可憐の目が、好奇心に輝いている。
久しぶりに会った友人は、宝石店経営者として精力的に働いているビジネスウーマンなのに、 少女のころのような顔であたしに話をうながした。
今夜は二人だけのパジャマパーティだ。
思えば、可憐とも長いつきあいなのに、こうして二人で女の子の夜を過ごすのは、初めてかもしれない。
いつも、六人一緒だったから。
あの、中三の春以降、ずっと。
「あれが、恋なんてあのころは気づかなかった。ただ、気になって、目が離せなくって。 あんまりあたしと正反対の奴だったから、ただ気に食わないだけだって思ってた」
「同じ学校のひと?あたし知ってるかしら」
「おまえらとおんなじクラスになる前の、大昔の話だってば。 親しい奴じゃなかったよ。ほとんど、口をきいたこともなかった。 あたしより弱っちい、ヘナチョコで真面目な中学生だった」
「あはは、あんたより強い中学生の男子なんて、いなかったじゃない。それこそ、清四郎ぐらいしか」
可憐の言葉に出た名前に、ずきんと胸をつかれた。
嘘は、言ってない。
あのころ、ほんとうに口もろくにきいたことはなかった。
親しくなるなんて、思いもしていなかった。
そして、ほんとうに、生っ白い惰弱な優等生だと思っていた。
だけど、あのころでさえ、あいつがただの腰抜けじゃないことは、知っていた。
あんな奴、嫌いなのだと思っていた。
胸が痛くて、苦しくて。
だけど、視界にあいつの姿をいれずにいられなかった。
そんな自分も、嫌いだった。
ほんの子供だったころ。
たぶん、あれが初恋。
********************
菊正宗が、こっちを見ていた。
やばい、とあたいは舌打ちする。
学校の裏手で、喧嘩相手の東中のやつらと、やつらの助っ人である東高の不良学生、 計六人と、あたいは向き合っていた。
六人ぐらい、たとえ高校生が混じっていても、片付ける自信はある。
現に、少々時間がかかったものの、あたいが優勢だった。
角棒で殴られた肩が痛む。だけど、負ける気はしない。
見ないふりをして通り過ぎてゆく同級生たちのなかで、菊正宗は立ち止まってこちらを見ていた。
そしてやはり、あいつは険しい顔をしてこちらに歩み寄ってきた。
だから、やばいって。
あの優等生に告げ口されて停学になるくらいなら、まだいい。
それよりも、へたに正義感を発揮されたほうがずっと厄介だ。
一人なら戦えるが、あのヘナチョコのお荷物を抱えて戦う余裕は、さすがのあたいにもない。
「剣菱さん」
菊正宗があたいの名を呼ぶ。
「きみ、怪我してるんじゃないか」
うっさい、あたいにかまうな、あっち行け!
あたいと同じような表情で、東のやつらも菊正宗をふりかえった。
「・・・わっ」
高校生が、なぜかのけぞった。
「お、おい潮時だ、逃げるぞ」
角棒を持ったまま、東高のやつらはあとずさった。
「?」
そのまま、東中のやつらをうながし、駆け出す。
たしかにあたいが優勢だったが、負け犬の定番の捨て台詞もなかった。
やつらにしては、めずらしい。
菊正宗の登場で邪魔が入り、潮時だと判断したのはわかるものの。
「なんだ、あいつら・・・」
あっけにとられ、あたいは後ろも見ずに走り去る不良どもを見送った。
やつらが退散したため、あたいと菊正宗がその場に残された。
菊正宗は、放り出してあったあたいの鞄を拾って、砂を払っている。
「剣菱さん、見せて」
「あ?」
菊正宗は真面目な顔で、あたいの腕をとった。
「なにすんだ!」
肩に走った痛みのせいだけでなく、あたいは菊正宗の手をふり払っていた。
「脱臼してるか、鎖骨が折れているかもしれない。僕のうちは病院だ。一緒に行こう」
「い、いやだ、なんであたいがおまえんちに行かなきゃなんないんだよ! もうすぐ迎えを呼んで家に帰るから、ほっといてくれ」
菊正宗は眉をひそめた。
「じゃ、せめて学校の保健室に行こう。そこで迎えを待てばいい」
「なんでだよ」
「僕が、心配なんです。安心させてください」
菊正宗の真剣な表情に押され、あたいは言葉が出なかった。
頬が染まるのを自覚する。
あたいの沈黙を承諾ととったのか、菊正宗はあたいの鞄を持ったまま、校門に向かった。
しかたがないので、あたいも少し遅れて、ついていった。
前を歩く菊正宗の背は、思いのほか高かった。
あたいより二回りは大きい背中に、少し驚く。
いつも一緒にいるのがチビ女なので、わからなかったけど。
「失礼」
保健室で、パイプ椅子に座ったあたいに、菊正宗が手をのばした。
ぐ、と肩をつかまれる。
「痛っ」
「脱臼はしてませんね。あれはもっと痛む」
ひとごとだと、思って。
涙目のあたいに、菊正宗は顔を近づけた。
「でも、角棒で殴られたんだろ?鎖骨にひびくらい入ってるかも。病院に、行ってください」
「こ、こんくらい、舐めときゃ治るって」
「鎖骨をどうやって舐めるんだ」
わかった、わかったから、顔を近づけるなって。
「行くよ!行けばいいんだろ!」
上体をのけぞらせたあたいに、菊正宗はため息をついた。
「せめて、いまは擦り傷の手当てしましょうか」
菊正宗はなれた手つきで、保健室の薬品棚の鍵をあけた。
優等生の生徒会長は、なんでもフリーパスなんだろう。
自分もパイプ椅子を引き寄せ、あたいの前に座る。
「女の子の顔に・・・」
消毒薬を手にした菊正宗のつぶやきに、ムッとする。
あたいより弱い男に、女子扱いされたくない。
「いいって。それこそ、舐めときゃ治る」
「だめです。どうしてもって言うなら、僕が舐めますよ」
「げっ」
なんて、コワイ脅し方をする男だ。
こういう奴だってことは、なんとなくわかってたけど。
思えば、十年も同じ学校で、こんなに近く二人きりで居るのは、はじめてかもしれない。
言葉を交わしたのも、数えるほど。
「剣菱さんと、二人で話すのは、はじめてだね」
消毒液をあたいの顔にぬりつけながら、心中を読み取ったように、菊正宗が言った。
「そ、そうだっけ?」
おたがい、学内でも目立つ存在だったから、意識はしてたってとこか。
記憶力のよくないあたいだって、菊正宗とこのまえ話した言葉を憶えている。
二ヶ月まえの、”おはよう”だ。もっとも、あたいは無視したから、話したうちには入らないか。
菊正宗は、あたいが痛くないように丁寧に、真剣な眼差しで治療してくれている。
向かい合った膝が、あたいのスカートに触れた。
長い足をもてあます菊正宗から、わずかに身をひく。
「・・・ごめん」
菊正宗は小さく謝った。
夕焼けに染まった頬。黒い瞳に、夕焼けだといいわけできないほど、 真っ赤な顔のあたいが映っていた。
そのときは、どうしてか、なんてわからなかった。
ろくに、話もしたことのないあいつを、ずっと気に食わなかった理由。
それなのに、あいつが、気になってしかたなかった理由。
「あいつがジャマしなかったら、東中のやつらに思い知らせてやれたのにさ」
高校生相手の武勇伝とその顛末を語るあたいに、そのころ友人になったばかりの魅録は言った。
「例の、ムカツク優等生クンだろ。けっこういい奴じゃん。 乱闘の真っ最中に割って入るなんて、並みの度胸じゃできねぇぜ」
「う・・・まぁな」
あたいだって、わかっているんだ。
菊正宗が、意外に骨のあるやつだってこと。
そんなこと、学園の人間ならみんな知ってる。
先公どもがやめさせようとした学園祭の模擬店を強行したのも、あの生徒会長だ。 セクハラ教師をボイコットして辞めさせたのも。
そしてそんなとき、あいつの横では、いつもはしとやかなあの女が、凛と顔をあげて立っている。
そんなことは、あたいにだって、わかってたんだ。
それからまもなく。
中三の春、あたいと菊正宗は、はじめて同じクラスになった。
あいつとはいつもセットの、あの女も一緒に。
「よーし、やってやろうじゃないか!」
売り言葉に買い言葉で、あたいは菊正宗とクラス委員をやることになってしまった。
それまでの十年分あわせたよりも多く、菊正宗と同じ時間を過ごすことになった。
「明日の議題のことだけど」
その日の放課後も、教室に居残って、クラスのみんなから集めたアンケートを二人でまとめていた。
「ああ、クラス遠足だよな。班決めたり、冊子作んなきゃいけなかったっけ」
クラス委員なんて、雑用係だ。
ちょっとうんざりしたあたいの意を察したのか、菊正宗は片目をつぶった。
「冊子作りは特別委員を決めて、やらせてしまおう」
「そりゃいーや」
「行き先はある程度候補を僕らで決めちゃおうか。アンケートの結果ってことで」
「悪党ぉ」
「このくらい、特典ですよ」
顔を見あわせて、笑った。
「どこに行きたい?」
「あたい、山がいいな」
「山か・・・憶えてますか。小等部五年のときの」
「ああ、あの高原!」
林間学校で行った高原。背の高い草と、きれいな小川。緑の森の上に広がる、おっきな空を思い出す。
「あの川、落ちずに飛び越えられたの、あたいとおまえだけだったよな」
「きみが、あんまり軽々飛ぶもんだから、あとに続いたやつみんな落ちちゃって」
「先公のカバゴジラまで落ちたのは、笑っちゃったよな」
二人で、声を立てて笑った。
あのとき、ヘナチョコだと思っていたこいつだけが、軽々と川を飛び越した。正直、驚いた。
そのあと、どうだ、と言わんばかりに、あたいに笑みを見せたのは、小憎たらしかったけど。
いまも、菊正宗は目の前で、笑っている。
こんな時間が、ずっと続くといいと、思った。
どうして、こいつのこと嫌いだったのか、もう思い出せない。
「そういえば、あのとき野梨子も」
まだ笑いながら、菊正宗は続けた。
「飛び越す気なんてぜんぜんなかったのに、土手を滑り落ちてあの浅い川でおぼれそうになったんだった」
あたいの笑顔がこわばった。
憶えている。泣きじゃくるあの女を、背負って帰ったこいつのことを。
「あ、野梨子って白鹿さんのことだけど」
言われなくても、知っているに決まってるだろ。
”野梨子ちゃん、野梨子――――清四郎ちゃん、清四郎”
あんまりおまえらがそう呼び合うもんだから、フルネームくらい嫌でも憶える。
「オジョーサマは、お下品なことなさいませんので」
思わず口調が尖った。
楽しかった時間が、すっかり色褪せてしまった。
あたいは椅子を傾けて、足をぶらぶら振り回す。
菊正宗は苦笑した。
「この学校で一番のお嬢様は、きみだと思うけど」
「ケッ」
「まぁ・・・野梨子も悪い奴じゃないんだ。クラスで浮いてるみたいだし、友達になってやって欲しいな」
「なんで、あたいがっ」
「きみたち二人は意外に気が合うと思うよ」
「どーこーがー」
「正義感が強いところと、気の強いところが、よく似てる」
机に肘をついて、菊正宗はじっとあたいを見つめてる。
思わず、うつむいて目をそらした。
「ねぇ、剣菱さん・・・・・・悠理」
『ゆうり』と、名を呼ばれ、あたいはびっくりして顔をあげた。
傾いた陽が、いつかのように白い面に色を乗せている。
すいこまれそうなほど、深い真っ黒な瞳。
「きみは僕を嫌ってたけど、僕はきみを嫌いだと思ったことはないんだ」
あたいは、無言で首をふった。
嫌いだったんじゃない。
気になってしかたがなかっただけ。
「僕たち、もっと・・・」
『清四郎』が、つぶやくように続けた。
「友達に、なろう」
どうしてか、泣きたくなった。
鼻の奥がつんと熱くなるのを、懸命に堪える。
だから、あたいにできたのは、ぶっきらぼうにうなずくことだけだった。
ドキドキして、ふわふわして。
胸が、苦しかった。
その気持ちに名前がついているなんてことを、知らなかった。
子供すぎて、わからなかった。
********************
「ねぇ、ねぇ、それでその気になってた男の子には、まさか告白とかしたの?」
可憐の言葉に、あたしは肩をすくめた。
「自分の気持ちもよくわかってなかったんだから、告白もなんもあるわけねーだろ。だいいち・・・」
********************
「ごめんなさい、この子、生徒会長の菊正宗君とつきあってるのよ」
校庭で聞いてしまった言葉に、あたいは動けなくなった。
あの女、白鹿野梨子が、うちの学校じゃめずらしくガラの悪い札付きに、絡まれているのを見かけた直後だった。
気は進まないが、助けようと思った矢先。あたいの足は、その場に釘付けになった。
「恥ずかしがって言わないんだから。悪いけど、そういうことだからあきらめてね〜」
軽やかな明るい声。
同じクラスの黄桜可憐だ。
あたいは無理矢理、きびすを返した。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
そうだよな。
だれが見ても、二人はお似合いだった。
”野梨子と友達になってくれ”と言った男の顔を思い浮かべる。
つまり、そういうことなんだ。
「・・・あっは!」
あたいは、バカ笑いしそうになって、足を止めてうつむいた。
『そういうこと』は、あたいの中の真実。
やっと、自分の気持ちが、見えてしまった。
どうして、白鹿野梨子を嫌いだったのか。
いろんな理由をつけて野梨子を嫌っていた、自分の心が、見えてしまった。
堅苦しいあのお嬢様が、正義感が強く優しい人間だって、とうに知っていた。
すまし屋だけど、ほんとうはあたいとだって、互角に喧嘩できる人間だって。
それでも、嫌っていたのは、いつもあいつの隣にいたからだ。
あたいは、それが妬ましかったのだ。
自己嫌悪。
生まれてはじめて、あたいは敗北感を感じた。
自分の中にある真っ黒な醜い感情に、吐き気がする。
素直になりたい、と思った。
――――”もっと、友達に、なろう”
そう言ってくれた、あいつを裏切るようなことは、したくなかった。
ほんとうは、ずっと、友達になりたかったから。
あいつが、ずっと、好きだったから。
********************
「えええっ中坊のくせに、そいつカノジョ持ちだったの?」
「うーん・・・まぁね」
あんまり話せばボロが出そうなので、あたしは言葉を濁した。
”カノジョ”は誤解だったのだけど。
その誤解をさせた当人は、そうとも知らず、目を見開いて感じ入っている。
「びっくりだわー、なんかすっごく、フツーの初恋じゃない!思春期じゃない!」
「なんだよ、そりゃ」
可憐の物言いに、あたしは苦笑する。
「だって、あんたあのころ、とてもフツーの少女には見えなかったわよぉ。 そーか、じゃ、あたしたちと仲間になったころには、あんたってもう初恋経験者だったのねぇ。 それが一番、信じられないわ!」
「おい、ボロクソだな」
拳をふりあげると、可憐はキャーキャー騒いだ。
「で、それからどうしたのよ。その彼とは、それっきり?」
笑いながら問う可憐に、あたしも吹き出した。
それから先は、可憐もよく知っているはずなのだから。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「はーい」
可憐が答えると、ひかえめにドアが開き、清四郎が顔をのぞかせた。
「廊下まで声が響いてましたよ。どこの女学生がいるのかと思った」
「あら、清四郎、久しぶりー!」
留学を終えて帰国した清四郎が、うちの事業にかかわりだして、もう一年以上になる。
従業員というわけではないし、同居しているわけでもなかったが、この家には清四郎の部屋があった。
今日はうちの両親と取引先のパーティに顔を出していたはずだ。
清四郎はまだ礼服のままだった。
「今日、こっち泊りの予定じゃなかったよな?」
「久々に可憐が来ていると聞いたので、パーティを抜けてきました」
「あら、いいの、そんなことして」
「おじさんとおばさんの決断です。一緒に帰ってきましたので、下で飲もうと待ちかまえてますよ」
「ま!じゃ、このパジャマ着替えなきゃ」
「別にいいんじゃねーの、そのままで」
「とんでもない!おばさま、パーティ帰りでドレスアップなさってるんでしょ。 やだ、あたしったらノーメイクだわ!」
バタバタあわてだした可憐にあきれ、あたしは清四郎と顔を見あわせた。
”あいかわらずですな”と、目が笑っている。
清四郎の留学していた数年間にくらべ、あたしたちは顔を合わせることが多くなった。
いきなり剣菱の中枢に入った清四郎と、次期会長として実地勉強中のあたし。
思えば、あのころ切望していた清四郎の隣に、いまあたしはいるのかもしれない。
そう望んだ、友達として。
淡い恋のかわりに手に入れたのは、最高の親友たちと、たくさんの青春の思い出。
ほんとうに、楽しかった。毎日が、輝いていた。
仲間たちと、ともに笑い泣き駆けた日々は、あたしの最高の宝物となった。
ずっと、そんな日々が続くと、あのころは思っていた。
学生時代が過ぎ、それぞれ違う道を選び歩きだしても、その輝きは褪せない。
あたしたちは大人になり、野梨子も人の妻となった。
だけど、あたしと清四郎は、15の頃からの関係にしがみついている。
悪友としての。戦友としての。
そうすることでしか、そばに居れないから。
あたしがほとんど使うことのないドレッサーで、可憐はあわただしく粉を撒き散らしている。
「清四郎、さっきさ、なんと悠理のコイバナを聞いちゃったのよ!」
「はぁ?なんですって」
清四郎の目が、点になった。
「悠理の、恋のお話よ!」
清四郎はポカンと口を開けた。
こいつにしては、かなりめずらしい、度肝をぬかれた表情だ。
「びっくりでしょ、悠理に恋!」
「可憐、うるさいぞ!」
あたしはあわてて、可憐に枕を投げつける。
上気した頬が、熱かった。
清四郎があたしの顔を、呆然と見つめている。
あのころと同じ、黒い瞳。
そこに映ったあたしは、やっぱり赤い顔をしていた。
清四郎への気持ちは、もう幼い恋じゃない。
ふわふわしてドキドキして、目が離せなくって――――そんな感情では、なくなってしまった。
いまはただ、失いたくないだけ。
あたたかい手を。向けられた笑顔を。前を歩く、広い背中を。
それは、あたしだけのものじゃないと、知っているけど。
もしも――――。
あたしの初恋は、おまえだったと告げたなら、清四郎はどんな顔をするだろう。
いまよりも、驚いた顔を、するだろうか。
望んだのは、友達になること。
だから、恋は、記憶の奥底に埋め込んでしまった。
望んでいるのは、友達でいること。
だから、あたしは恋を、埋葬する。
みじかい、幼い恋だった。
ときおりその残照が、胸を灼く。
だから、まだ言えない。
いつか笑って言える日が来るのだろうか。
おまえが、好きだった――――と。
遠い日の、思い出として。
2004.8.20 END
ふたたびのシリアス悠理くんサイド。おそれ多くも原作ベースの妄想です。好きなのよ、中坊話(原作Part7)。あの話で、野梨子と可憐が好きになりました。
「ハンデもらった!」つって、悠理を助ける前髪サラリの青少年に恋をしました。
だれが、って、私が。あ、例の怪物番長もか。(笑)
ディスコのシーンで、悠理の帽子をなにげに清四郎がかぶってるのに気づいたとこから、じつはこの話を思い付いたんです。ほんとはそのシーンまで書いてたんですが、話が友情バンザイにそれてしまったので、割愛しました。
だって、あたし清×悠至上主義者なんだもーん。
「Hello,my friend」は清四郎くんがふられる歌詞なので、多分、続きます。
でも清四郎ちゃんの一人称はうっとうしいから、どうしようかな。
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