今日もお騒がせの有閑倶楽部。生徒会長の雄たけびが響き渡った午後のこと。
剣菱悠理くんは、校内を駆け抜けておりました。
校門のところで立つ清四郎の姿を見るなり、悠理はきびすを返して駆け出した。
明らかに待ち伏せされていたのだから、当然だ。
「待て、悠理!なんで逃げるんだ」
清四郎も、悠理のあとを追って、走り出した。
「なんでって、ねぇ」
「だれだって、逃げますわよ」
生徒会室の窓から校門をながめていた可憐と野梨子が顔を見あわせる。
清四郎が、学校内に響き渡る大声で『悠理のバカヤロー!』と叫んだのは、
つい数時間前なのだ。
清四郎と顔をあわせたくはないと悠理が部室に寄らずに先に帰ろうとするところまで
読んだのは当たったが、肝心のところで、頭でっかちの清四郎もボケている。
「でも、どうして清四郎は悠理を追いかけるんですの?
昨日の話はさっき聞きましたけど、あたくしだったら、変な誤解をした
魅録と可憐を締め上げますわ。悠理ではなく」
「ちょ、ちょっと野梨子。あんたやっぱ怖い子ね」
楚々とした美少女の口からでた言葉に、可憐は眉をひそめた。
「でも、まぁそうね。なんで、清四郎は悠理を追いかけてんのかしら。
そりゃ昼休みの時点では、赤面して雄叫んでたけど、もう怒ってるようには見えないし」
清四郎をらしくないほど狼狽させた張本人は、他人事のように首をかしげる。
レイプなんかに負けちゃだめよ、と同情の涙を浮かべた可憐に手を握られた清四郎が
言葉を失ったのも無理はなかった。
「男にキスされてショックなのはわかる。おおいに同情しちゃうよ。
けど、悠理の責任じゃないんだろ」
美童と魅録も女たちに加わり、窓から校庭を見下ろした。
帰宅する生徒の群れをぬうようにして、悠理が走る走る。
そのあとを追いかける清四郎の姿に、皆、何事かと、ふりかえっている。
「あいつら、悪目立ちしてるよな。お、悠理すげえ。あいつ、ない頭で考えてるよ。
花壇飛び越して、窓から校舎に侵入したぞ。あのコースは清四郎にはとりにくいよな。」
昨日の一件がたかがキスと知ってから、魅録も立ち直って傍観者の余裕を見せる。
昼の時点では、清四郎に締め上げられてもほとんど無抵抗の、生ける屍だったが。
「あら、渡り廊下に回るみたい。だいぶ時間のロスよね。
あ、しかも生活指導につかまってるじゃない、清四郎。もう追いつくの無理じゃない?」
「うん・・・」
美童は、教師をやりすごしてふたたび走り出した清四郎の後ろ姿に、首をひねった。
「清四郎・・・あいつさ、なんか朝から変なんだよな」
「そりゃ、いつも通りってわけにはいかないわよ。あの鉄面皮でも」
「いや、おまえらの方がもっと変だったけどさ。可憐や魅録と違って、当事者の清四郎が、
自分が強姦されたと誤解するわけないじゃないか」
「そ、それはそうですわね」
野梨子がポッと頬を染める。
美童は、考え込みながら、つぶやいた。
「じゃあ、あいつ、なんの誤解してたんだ・・・?」
「菊正宗、頼むぞ。剣菱を必ず連れてきてくれ」
「はい」
清四郎はよそいきの笑みを教師に向け、ふたたび走り出した。
悠理が休み明けの小テストでつまづいていてくれて、助かった。
補習に連れてゆく、という大義名分を得た清四郎は、『廊下を走るな』の張り紙を無視できる。
すでに窓から校舎に入っていた悠理は、空き教室を突っ切って、また窓から中庭に抜けようとしている。
「ち、なんだって、あんなコースを・・・」
昨日の追いかけっことは違い、今回は土地勘は公平だ。
かえって悠理のほうが、清四郎が思いもしないところから出入りする分、地の利はあった。
舌打ちしながら清四郎は、中庭を走り抜けてゆく悠理を追った。
予測できるコースに、考えをめぐらせる。
悠理を馬鹿だとあなどってはいけない。動物的勘は人十倍。
逃げ道のなくなる上階や、寺でのときのような先回り可能なコースは避けるだろう。
ひたすら逃げ回る持久戦も、清四郎の体力を知っている悠理はとらないに違いない。
頭の中で、学園の地図を確認する。マークすべきは、いくつかある通用門。
グランドのフェンスをよじのぼっての逃亡も、悠理の場合考えられる。
しかし、いま悠理が向かっているのは、学園の中心部だった。
進行方向には、植え込みと低いフェンスで高等部とは隔てられている、中等部。
植え込みをひらりと飛び越え、悠理は中等部の敷地に入った。
肩越しにふりかえると、清四郎の姿はまだ校舎の中なのか見えない。
だけど、清四郎相手に油断は禁物。
だいたい、なんで清四郎が追いかけてくるのか、いまひとつ悠理にはわからなかった。
自分がなぜ清四郎から逃げているのかは、わかっていたが。
ひさしぶりの中等部校舎の中に、悠理は足を踏み入れた。
「け、剣菱先輩?!」
悠理の姿を見て、数人の女生徒が嬌声をあげた。
「や、どーも」
いつものくせで、女の子にはニッコリ笑顔で応える。
「やだー、ほら剣菱先輩よぉ!」
高等部の悠理ファンの女生徒たちよりも、中等部の少女たちは遠巻きだがかしましい。
留年した悠理と同じ校舎で学んだことのない中学生たちだったが、
それゆえにアイドルとしての悠理人気は高等部よりも凄まじいことを、悠理は気づいていなかった。
街の不良にからまれ悠理に助けられた者もいた。
幻滅シーンを目撃する機会が少ないせいもある。
まだ現実の男性には興味のない恋に恋する少女たちにとっては、悠理は美童などより白馬の騎士なのだ。
放課後の教室にまだ残っているものも多かった。
部活中のはずのものまで『剣菱先輩』をひとめ見ようと顔をだす。
悠理のまわりに、わらわらと少年少女が集まりはじめた。
「はい、ごめんよっ」
遠巻きの彼らをかきわけるように、悠理は目的地に向かってふたたび走り出した。
こんなところで足留めされれば、清四郎に追いつかれてしまう。
中等部に逃げ込んだのは、とっておきの秘密の場所があるからだ。
清四郎や可憐たちと仲間になるまえの、悠理の隠れ場所。
あそこを、清四郎たちに教えたことはない。気づかれないはずだ。
あっけにとられている少年少女をふりきって、悠理が駆け込んだのは、教官室横の生徒指導室。
そしてそこから入れる、準備室。
立地条件の悪さで、大半の生徒達はこの小部屋の存在そのものを知らない。
お坊ちゃん校のプレジデント学園では、そもそも指導室が使用されること自体、少なかった。
教官室と同じ鍵のためかたいてい施錠していない上、人の出入りはない。
その準備室にいたっては、古い制服や資料をつんであるだけのただの物置部屋だった。
呼び出し常連だった悠理だから、知りえた部屋だ。
悠理をなぜか追走していた中学生達のおかげで、少々遠回りさせられたものの、ふりきった。
清四郎の姿も見えない。
周囲に人影がないことに安堵して、悠理は生徒指導室のドアノブを回した。
鍵はやはりかかっていない。
悠理はなつかしい小部屋のドアを開いた。
薄暗く埃くさい物置部屋。
悠理は、ほっと吐息をつく。
清四郎たちと仲間になる中三まで、学園内で浮いた存在だった悠理が落ち着けるのは、
この小部屋の静寂の中だけだった。
生徒指導室の隣でありながら、悠理が煙草を初めて試したのも、この場所だ。
食べ物がまずくなるので、すぐにやめたが。
体育館裏に面した準備室の窓を開ける。
遠く、部活動の喧騒が聞こえた。
悠理が高等部に移ってから、開けたものは誰もいないだろう汚れた窓枠に、
頬杖をつく。
このままここで、ほとばりが覚めるまで隠れていようと思った。
清四郎がどうして追いかけてくるのか、なんて知らない。
昨日だって、悠理の行動が不審だったから、というだけで追いかけっこの末にタックルしてきた男だ。
体育館をぼんやりながめていると、バレー部のボールが窓の下に転がってきた。
下級生が拾いにやってくる。
悠理の姿に気づき、あ、の形で固まった少女の口。
あわてて悠理は、人差し指を口につけた。
「黙ってて。あたいのこと」
中学生はぼんやり悠理を見あげている。
少女の視線が、悠理の頭の上に移動した。
「・・・?」
不審に思い、悠理も上を見上げた。
上ではなかった。背後に、人の気配。
「やっと気づいたか」
「・・・!!」
勢い良くふりかえった悠理の目の前に、詰襟の胸。
ぶつかりそうなその距離で、顔は見えなかったが、間違えるはずもなかった。
「清四郎!なんで?!」
「なんでって、悠理が中等部に向かったから、逃げ込むのはここだと思って」
「い、いつから・・・」
「悠理がここに来たときには、居ましたよ。おまえが気づかなかっただけで」
清四郎は窓辺から身を離し、書類棚の上に腰掛けた。
遠回りをして悠理がたどり着いたときには、清四郎はここにすでに座っていたのだ。
「なんで、ここのこと、知ってんだよ!」
悠理は頬をふくらませた。
どうにもこうにも、おもしろくない。
また、先回りをされてしまった。
「素行不良の剣菱サンが、いつもどこで油を売ってたかなんて、
中等部生徒会長としては、つかんでいなければならない情報でしたからね」
当然のように言う清四郎のクールな顔。
そういえば、こういう奴だった。
悠理が街でやらかした喧嘩騒ぎもリスト化していた、かつての生徒会長だ。
「ふぬぬ・・・」
敗北感に、悠理は唇をかむしかなかった。
――――そうだ。
中学のときから、悠理がどこでなにをしているのか、清四郎は気になっていた。
口もろくにきいたことのない、同級生に過ぎなかったのに。
「ねぇ、悠理。なんで、逃げたんです?」
「な、なんでって・・・」
悠理は、口ごもった。
「おまえが、追いかけてくるからだろ!」
「悠理が逃げるから、追いかけたんです。昨日だってそうだ」
『昨日』の言葉で、悠理は赤面した。
「…その顔に、だまされたんだ」
清四郎はため息をつく。
「あ?あたいの顔がナンだよ」
「いいえ、こっちの事。ひとりごとです」
寝不足のためか痛む頭に、清四郎は手をやった。
まだ赤面したままの悠理は、追いつめられたようなせっぱつまった顔で、
清四郎をにらみつけている。
「だいたい、おまえが悪いんだぞ!あんなとこで、無防備に寝てたから・・・!」
「ああ、ハイハイ」
清四郎にとっては、知らないうちにされたセクハラなど、どうでもよかった。
もちろん気分は良くないが、かなしいかなこの種のことは慣れっこなのだ。
「あたいだって、びっくりして止められなかったんだ」
「そうでしょうねー」
気のない返事をかえす。
それよりも、真っ赤な顔でまくしたてている目の前のサルによってもたらされた
不眠と煩悶のほうが重要事だ。
「そりゃ、あたいだってカワイイって思ったけど・・・」
「ハイ?」
「あたいは、キスなんてしようと思っちゃいなかったからな!勘違いすんなよ!」
「・・・・・?」
「あたいは、おまえと寝たかっただけだ!」
真っ赤な顔のまま、悠理は握りこぶしで断言する。
清四郎はあやうく、腰掛けていた棚からずり落ちかけた。
『カワイイ』と『寝たかった』が頭の中でエコーつきで反響している。
――――落ち着け。
清四郎はこめかみをもみながら、自分に言ってきかせた。
間違いなく、木陰の昼寝のことのはず。
わかっていても、悠理の言動に動揺しまくる自分が、清四郎は情けなかった。
昨日からドギマギ翻弄されっぱなしの、胸が苦しい。
清四郎は、なんだか悔しくなってきた。
「…悠理」
「な、なんだよ」
ずいっと近づくと、悠理は一歩下がって距離をとった。
かまわず、コンパスにものを言わせ、距離をつめる。
「窓の外。人の気配がするけれど、知り合いか?」
「え?」
悠理が背後を見返る。
「だれも、居な・・・」
清四郎は一瞬の隙をついて、ふりかえった悠理に顔をよせた。
触れた唇は、やわらかだった。
「・・・・!!!!」
大騒ぎするかと思った悠理は、予想に反して、腕で唇を隠し、飛びのいただけだった。
「なななななななっ」
驚きのあまり声が出なかっただけであることは、明白だったが。
「なにすんだー!!」
悠理が叫んだときには、すでに清四郎は自分の指の耳栓で鼓膜を守っていた。
「なにって、わかりませんか?・・・まぁ、悪い犬にでもかまれたと思って、忘れてください」
昨日の悠理の言葉を引用してやる。
「こ、この野郎・・・」
悠理は涙目で、制服の袖で唇をぬぐっている。
その所作に、清四郎はけっこう傷ついた。
「そんなに、嫌でしたか・・・?」
「だって、あたい初めてだったんだぞ!それが、それが・・・」
八つ当たりじみた行為だたっとはいえ、清四郎は悠理の反応に、本気で落ち込んでしまった。
「あの、ホモのゴーダツ魔と、間接キッスなんて!!」
悠理は怒り狂っている。
ドドーンと暗黒を背負い、清四郎はよろよろ床に座り込んだ。
こんなに、嫌がられるとは思わなかった。
いや、悠理に嫌がられてこんなに衝撃を受けている自分がショックだった。
清四郎は膝の間に頭を伏せ、ポツリと呟いた。
「・・・でも、僕のファーストキスよりかは、ずっとマシだと思いますけどね・・・」
「え?」
埃だらけの床に座り込んだ清四郎の隣に、悠理が警戒しつつ近づいてきた。
「もしかして、昨日のアレが・・・?」
清四郎は、胸が痛くて顔をあげる元気もない。
「そ、それは気の毒・・・」
悠理は落ち込んでいる清四郎への同情で、怒りを忘れたらしい。
ちょこんと隣に座り、悠理は清四郎の顔をのぞきこんだ。
悠理の同情あふれる顔を見ても、清四郎のヤサグレ気分が晴れるはずもなく。
「嫌だったのは・・・間接キスだけ?」
「うん」
うなずく悠理の無邪気な顔がたまらなくって。
チュッ。
小さな音を立てて、清四郎はもう一度、くちづけてしまった。
悠理は今度もふいをつかれ、あっけにとられている。
悠理は混乱していた。
怒鳴りつけて殴ってやっても良かったのだが、清四郎がなんだか泣きそうな顔をしているので。
嫌がらせ、意地悪のたぐいには思えない。
「なんで?」
呆然として問いかけると、清四郎は赤面した。
「おまえが、可愛かったから」
その言葉につられて、悠理も顔に熱が上がる。
昨日から、ドキドキさせられてばかりだ。
悠理が逃げ出したかったのは、この胸をざわざわさせる不可解な自分の感情からだった。
「ず、ずるいぞ!そんな理由で、キスしていーのかよ!」
「だめですか・・・?」
「あたりまえだ!あたいだって、しなかったろ?」
「は?」
清四郎は意味がわからない、と眉をひそめている。
頭のいい清四郎が、悠理の言った言葉をわからないなんて、普通じゃない。
よほど悲惨なファーストキスで落ち込んでいる証拠だろう。
「あたいだって、おまえをカワイイって思ったけど、しなかったぞ?」
清四郎に言ってきかせる。
「・・・・・・・・」
膝を抱えて座り込んでいた清四郎が、むっくり起き上がった。
先ほどまでの憂いの影は、なぜかすっきりなくなっている。
なんだか、悠理もほっとして立ち上がった。
いつもの、清四郎だ。
「悠理、すみませんでしたね」
落ち込みから立ち直ったらしい清四郎が、微笑んだ。
「いいんだ」
悠理も笑みを返した。
いつもは憎たらしいほど落ち着いている清四郎の、あんな顔を見ることができて、
ちょっと得した気分さえする。
自分しか見てないんだ、と思うと、悠理の胸がまたドキドキしてきた。
ここには、あのキス強奪魔もいないから、清四郎を奪われることもないのに。
「でも、僕の気がすみません」
「いいって。忘れろ。おまえ普通じゃなかったし」
「じゃあ、こういうのは、どうですか?」
清四郎の提案は、こうだった。
「僕が悠理に二回キスしたでしょう。だから、悠理も、
いつでも自分がしたいと思ったときに、僕にキスしていいです」
ニッコリ、清四郎は笑った。
悠理は、清四郎の提案を検討してみる。
――――それって、なんかちがうくないか?
「んんん?」
首をかしげた悠理に、清四郎はたたみかけた。
「なんだったら、もう一回、サービスしますよ。今一回、しとくとお得です」
「お得?」
確かに、清四郎が二回で悠理が三回なら、お得かも。
「悠理にでもわかる、簡単な算数です」
その言い方は気に食わないが、確かに、そのとおりのように思えた。
「キスしていいの?」
清四郎は、その悠理の言葉にコクコクうなずき、身をかがめた。
「ハイどうぞ」
ニッコリ、がニンマリ、になっているようで、イマイチ可愛いとは言い難い清四郎の表情だったが、
悠理は息をすいこんで、清四郎の肩に手をかけた。
――――なんか、騙されてる気もするけど。
「よし、行くぞ!」
もう、キスはしてしまっているわけだから、躊躇する理由もない。
長身をかがめた清四郎の頬に手を寄せる。
悠理の両手にはさまれ、少しくすぐったそうに、清四郎は微笑んだ。
黒い瞳に、悠理のこわばった顔が映っている。
熱い目。
悠理の胸のドキドキが、両手にしだいに移っていった。
清四郎と向き合ったまま、悠理は金縛りにあったように動けなくなった。
そのとき。
はっきりと、人の気配を感じて、悠理はバッとふりかえった。
「・・・いやーん、剣菱先輩っ」
それは、小さな声だったが。
窓辺に駆け寄って、悠理は身を乗り出した。
「だれだ!」
窓の外に、人影はない・・・と、思ったら、窓の下にいくつもの顔を発見して、悠理はのけぞった。
さっき見かけたバレー部の少女をはじめとする、数人の中学生が、窓の下にしゃがみこんでいた。
悠理に見つけられ、きゃあと悲鳴をあげて、バタバタ走り去っていく。
「うそぉ・・・」
「やれやれ」
清四郎も、逃げて行く少女たちの背中に、ため息をつく。
「お、おまえ気づいてたな!」
悠理がキッと清四郎をにらみあげた。
「言ったでしょ。人の気配がするって」
「そ、それでよくあんなことを・・・噂になったら、どーすんだよ!」
「のぞいてたのは、さっきの一瞬だけですよ。だいじょうぶです」
清四郎は、羞恥に顔をゆがめる悠理に平然と告げた。
「それに、僕はかまいません。おまえが可憐や魅録にあたえた誤解より、
ずいぶんと穏便だと思うんですが」
で、続きします?と、ふざけたことを言い放つ清四郎に、悠理は渾身の蹴りを繰り出した。
もちろん、それはかわされた。
そして、胸のドキドキの理由は解明されることなく、いつもの二人にもどってしまった。
そのまま、悠理の単純な頭は忘れ去る。
一時保留となった、キスの約束も、清四郎の熱い瞳も。
その日から、中等部を発信源に聖プレジデント学園を席巻することになった噂は、学園一の人気者、
剣菱悠理くんに関するものでした。
「剣菱先輩が、生徒会長に追いかけられていたのですが、あれは、悠理先輩が菊正宗先輩に無理やり迫り、
押し倒したことが原因ですって!」
「悠理先輩が菊正宗先輩に『おまえと寝たい』と言い寄っておられるのを中等部の子達が聞いたそうですわよ」
「それどころか、キスを迫る現場を見たって聞きましたわよ!」
これらの噂は、有閑倶楽部のメンバー達の爆笑を誘ったが、当の悠理くんは、笑えず
苦虫をかみつぶしたそうでございます。
清四郎くんも、後日、悠理くんを補習に出席させなかったことで、先生からお小言をたまわったとか。
なんとかかんとか、初キッスに至りました。
らぶらぶまではもう十歩、かかりそうですが。
清四郎君は自覚しつつありますので、これから先をこそ、書かねばなるまい!ふむ!
(と、鼻息だけは荒いフロ)
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