7:00am (Tokyo, Japan) = 6:00pm (NewYork, U.S.A, summer time) pipipipipipipipipipipi・・・・ 布団から手をにょきっと伸ばす。 ぬくもりから離れたくなくてそのスイッチを止めた後、ふたたびぬくぬくと身を縮こませる。 起きなくちゃいけないとわかってる。 学生時代とは違って朝は自力で起きることができるようになっていた。 たまの休日も昼まで眠りたいのに誰からも起こされることなく午前中に目が覚めたりすると、 「あたしも歳くったのかなあ?」と思う。 わかってる。目は覚めてる。 だけど・・・あとちょっとだけ。 起きたところでどうせあいつの顔が見えるわけじゃないし。 ちゃーちゃっちゃーん♪ 突如大音量で鳴り出した電子音に、心地よく眠りの尻尾にしがみついていた剣菱グループの女王陛下は飛び起きた。 その姿はいつもの威厳などどこへやら。まるきり10代の頃から変わらないので、今はここにいないあの男などは見るたびに 糟糠を崩している。 剣菱悠理は、電子音のもとである自分の携帯電話を充電器からひっつかんでむしりとった。 このブルース・リーの着信音はあの男からだ。液晶表示を見るまでもない。 飛びつくように通話ボタンを押した。 「起きましたか?お姫様。」 受話器の向こうから優しい優しい男の声。 「なんだあ?キスの代わりに電話で眠り姫を叩き起こす王子なんか聞いたことないぞ。」 甘さの欠片もない声で話してみるが、多分そんな声と裏腹に彼女の目が優しく細められていることを彼は知っているに 違いない。 「あと10日です。10日経ったらお望みどおり毎朝キスで起こしてやるから。」 「ば、バカ。朝っぱらから何寝ぼけたこと言ってるんだ。」 悠理は顔を赤くする。 「こっちは夕方ですよ。今からディナーで接待されることになってます。」 彼がいるのはニューヨーク。相変わらず仕事で世界中を飛びまわっている。 表だって頂点に立つ悠理とはまた違い、グループ傘下の実行部署を統括する清四郎は彼女とは別のスケジュールで 世界を飛び回っていた。 「ディナーかあ。腹いっぱい食えよー。」 電話の向こうの男がこれから食べる皿を想像してよだれもたらさんばかりの彼女である。 腹が鳴くのに気づいた。そうだよ。今からあたしは朝ごはん。 すると電話の向こうで溜息が聞こえた。 「こっちのディナーを想像してよだれをたらすのは結構ですけどね、たまには『浮気すんなよ』 とかの可愛いことを言ってくれないもんですかねえ?」 と心底がっかりしたように言う。 今更なにを言ってるんだか。と悠理は口を尖らせた。 「お前が?浮気?」 「何ですか。その疑問符は?」 ちょっと清四郎の声がうろたえている。 「お前があたしをさしおいて浮気なんかできるの?」 ふふん、と鼻を鳴らす。 長かった片恋が叶ったのはつい先日のこと。 ともに手を携えて新しい未来を見つけていこうと、新しい夢を築こうと、誓い合った。 予定外の形ではあったが世界中の人を証人に誓い合った形になった。 高層ビルの天辺で。空に一番近い場所で。確かに周囲の惨状はいささかもロマンチックではなかったけれど。 「・・・すごい自信ですね。」 少しく絶句してから清四郎が言う。 口を尖らせて、目元をうっすら赤く染めて、憮然とした表情をしているのが目に浮かぶ。 悠理はくすくすと笑った。 そして、一息つくと、甘えるように言った。 「だってお前を信じてるもん。」 「7日で仕事終わらせます。」 男の声がマジモードにギアチェンジしたのがはっきりわかった。 あ、ちょっとこれは帰国した日がやばいかな? 「でも最終日が仕上げのレセプションじゃなかった?」 ギアがここに入ってる状態で伸ばすとまたこれは逆効果だとわかってはいるが、予定は予定なので悠理は訊ねてみる。 「僕一人いなくても大丈夫ですよ。要所は部下に任せてますから。」 こうなってはこの男を止める方法はないな。こうして表舞台に立つのをさぼってばかりいるから、 こいつが剣菱の影の実力者みたいに思われていることに気づいていないらしい。 悠理はほうっと諦めて素直に言った。 「うん。わかった。待ってる。」 清四郎は想像する。受話器の向こうで、はにかんだように微笑む恋人の姿を。 「一秒でも早く、お前に会いたい。」 「あたしもだよ。」 二人して受話器越しにふふ、と笑いあう。 そしてモーニングコールというにはあまりに長すぎる語らいだったことに気づいた。 「すいません、結局寝坊と変わりませんね。」 「大丈夫だよ、今日は10時の会見に準備が間に合えばいいんだから。清四郎こそ、ディナーに遅れるんじゃないか?」 「10分以内に出かければ間に合いますよ。」 「ね。清四郎。」 急にまた悠理の声にあまやかさが戻ってきたので、清四郎はじっと耳を傾ける。 「何ですか?」 「目を覚ましたときに、お前の顔が最初に目に入ってくるのって、 すごく幸せなことだなって・・・さっき思った。声だけでもこんなに嬉しいもん。」 目を開けて最初に互いの顔を見る。 そんな朝をまだ二人は数えるほどしか過ごしていなかった。 二人の関係が変わっても、仕事が忙しいのは変わりないからだ。 だからそんな貴重な時間が、とてもいとおしい。 「僕もですよ。目を閉じる間際に悠理の顔を見て、目を開けたら最初に悠理の顔がある。それが僕の最高の幸福だと思います。」 深い眠りに落ちる前も。 戦いに出かけて行く前も。 互いの姿を見るだけで、互いの存在を感じるだけで、強くあれる。 だから。 約束どおり7日後に帰国した清四郎はまっすぐ、渡米前に注文しておいた品を受け取りに友人の宝石店へと赴いた。 「3日も早く納品なんていい度胸してるじゃない。」 古馴染みの友人にじろりと睨まれながら、清四郎は苦笑してそれを大事に懐に入れた。 あのダイヤのネックレスとお揃いの、そのビロードのケースの中身は、その夜には悠理の左手の薬指を飾ることになる。
秘かに期待していたもっぷ様作の後日談が、連載終了の翌日にはゲット!!感謝感激感涙です〜!まるで打ち合わせしていたかのようなタイミングと内容に、口からも涙が。(←それはヨダレだ) |