【旅行二日目・朝】






朝食は大広間だった。
揃って朝食にやってきた四人は、テーブルに見知った姿を見つけ、驚いた。
「悠理、清四郎!」
「おはよふ!」
悠理は浴衣姿のまま、ご飯を口いっぱい頬張っている。
「おはよう。お先に、いただいてます」
清四郎は悠理の向かい側で、すでに食べ終わってきちんと箸を揃えお茶を飲んでいた。

いつも通りの、見慣れた二人の顔。
女の子達はともかく、魅録などは、どんな顔をして今朝二人と顔を合わせばいいか思案していただけに、 拍子抜けする。

「ねぇねぇ、あんたたち。それで、どうなったのよ?」
可憐が、興味津々の表情で悠理と清四郎の顔を見比べた。
「ええ。早めに宿を出て、とりあえず六甲牧場に行くつもりです」
シレッと答える清四郎に、そうじゃなくてぇ、と可憐はつぶやく。
「あ、でもあたい、もう一回温泉入りたいな。朝風呂行って来よっと」
悠理が箸を置いて立ち上がった。
「みんな、お先!」
妙に急いだ様子で、清四郎さえ置いて行こうとする悠理に、野梨子が声を掛けた。
「悠理、私もお風呂ご一緒しますわ。昨夜の夕食を食べ過ぎたようで、まだ朝食を食べる気になりませんの」
悠理はぎくりとふりかえった。

顔色が、パパパと朱色に変わる。
引きずりそうな浴衣の胸元を引き合わせ、ぶんぶん首をふった。
「いいいいいい、いいっ!やっぱ、風呂はやめ!あたい、急がなきゃ・・・あ、鍵! 鍵くれ、着替えそっちの部屋だから」
悠理はそう言って、手を差し出し、野梨子から鍵を奪い取るようにして小走りに去って行った。

「どうしたんですの、悠理は・・・」
野梨子は呆気に取られている。
可憐と魅録も、呆然と悠理の後ろ姿を見送った。
「なんで、野梨子とお風呂行くの嫌がるのかしら?」
「悠理・・・あの浴衣、清四郎のだよな」
二人は、きっちり洋服を着込んでいる清四郎を振り返った。
「おまえは、急がなくていいの、清四郎」
美童は、ニヤニヤ笑っている。
可憐と魅録の怪訝な顔も、美童のわけ知り顔も、どこ吹く風。 清四郎は涼しい顔で、お茶のお代わりを飲んでいた。
「それにしても、悠理はテニスするつもりなんだ?元気だなぁ」
「悠理も、慣れてますからね。体力は僕よりもあるくらいです」
さすがに、清四郎のその答えには、美童も吹きだしそうになった。

それでも、仲間たちは晴れやかな二人の様子に、安堵したのだ。
この時点では。



*****




【旅行二日目・夜】





「し、信じらんない!」
可憐が真っ赤な顔で叫んだ。
「いい加減に、して欲しいですわ!」
野梨子も憤慨する。
美童と魅録は顔を見合わせた。
悠理はわけがわからない。
「どうしたんだぁ?」

日中別行動の後、中華街で落ち合って晩御飯を食べた。そして、夜の神戸の街を楽しみ、 ホテルに戻ってきたところだ。
清四郎がホテルのフロントにチェックインしに去った途端、女達が怒り出したのだ。

「どうしたって、あんたも、よく平気よねぇ。あんなに清四郎にベタベタされて! あたしたち、視線のやり場に困っちゃったわよ」
「そうですわ。ずっとイチャイチャイチャイチャ・・・」
可憐と野梨子の言葉に、悠理は目を白黒させる。
「イチャイチャ?あれで?」
悠理の言葉に、魅録は脱力し、美童は苦笑した。
「清四郎、ずっと悠理の肩抱くか、腰に手を回してたもんねぇ。 話しかけるたび、キスしそうなほど顔近づけるし」
「そ、そうだった?」
「さっきのタクシーの中では、ほとんど膝に乗せてたよな・・・」
「あたしは見たわよ、清四郎が膝に乗せたまま、キスしたの!横にいたあたしは必死で目をそらしたわよ」
さすがに、悠理は真っ赤になった。

悠理にすれば、あの一週間に比べれば、全然マシなのだ。
ところかまわずキスされたり、押し倒されたり、あげくにベッドから出してもらえなかったのだから。
「・・・清四郎に、言ってくれよぉ」
悠理は頭を抱えた。
たしかに、このまま学園生活に突入するのは、いくらなんでも、マズイだろう。

「言うわよ、バシッっと!ね、野梨子」
可憐の鼻息は荒い。
「ええ、節度をわきまえてもらわなければ」
野梨子も赤面したまま、表情は険しい。

「お待たせしました」
そのとき、清四郎が戻ってきた。
可憐と野梨子は腰に手をあてて、待ち構える。
清四郎はそんな女達二人に、キイを手渡した。
「部屋が空いていて、良かったですよ」
抗議を口にしようとしていた可憐だったが、清四郎の言葉に、首をひねる。
「え?あたし、ちゃんと予約してたでしょ」
清四郎は、美童と魅録にキイを渡しながら答えた。
「ええ、二部屋は。もう一部屋追加したんです」
清四郎は右手で自分の荷物とキイを持ち、左手で悠理の腰を引き寄せた。
「じゃあ、また明日」
「え、えええ?」
唖然とする四人を残し、清四郎はにこやかな笑みで踵を返した。
しっかり、悠理を抱き寄せたまま。

鮮やかな手並みだった。
あまりに当然のような清四郎の態度に、口を挟む隙はない。
四人は呆然と二人の姿を見送った。
エレベーターの前で、悠理が赤い顔で抗議しているようだったが、清四郎が耳元になにか囁くと、 くったりおとなしくなる。
その様子を見て、美童はため息をついた。
「・・・砂を吐きそうなほど甘いセリフ言ってるんだろうなぁ。今度参考までに教えてもらおう」
魅録は呆れ顔でつぶやく。
「美童、おまえにそう言わせる清四郎って・・・」

可憐と野梨子は肘で突つきあった。
「抗議はしませんの?」
「野梨子こそ」
「・・・清四郎の理性に、期待致しますわ」
「そうよね、あれはあたしたちの前だからよね・・・」

美童はチチチと指を振った。
「甘いなぁ、清四郎の理性には穴が空いてるんだよ。な、魅録」
魅録は困り顔で顎を掻く。
「否定はできねぇな」
「あいつに比べれば、僕の方がよっぽど紳士さ。だから、野梨子。僕たちも、部屋割り考え直さない?」
美童にすれば、軽いジョークのつもりだったが。
パッチンと、平手打ちの音が、ロビーに響いた。
本来なら、清四郎に向けられるはずのそれが、美童の頬に決まった音だった。



あいかわらず傍迷惑な恋人たちが、学園に混乱を巻き起こすかどうかは、東京に戻ってからのお楽しみ。
それは、また別のお話にて。





おしまい♪ (2004.9.20)

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