【一週間後】
「悠理を抱きました・・・めちゃくちゃに。何度も」
そう言った瞬間、拳が飛んできた。
いつもなら決まるはずのない魅録の拳が、清四郎の頬に入ったのだ。
受け身すらとれず、清四郎は殴り倒される。
「自分がしたことをわかってんのかよ、清四郎!」
口元の血をぬぐい、清四郎は立ち上がった。
「・・・わかってますよ。だから、悠理とはもう会いません」
魅録の怒りに震える声が、問いかける。
「おまえ、なんで・・・」
「魅録に、答えたくありません」
もう一度拳を握りしめる魅録を、背後から美童が止める。
「やめろ、魅録!」
「止めんな、美童!おまえだって、悠理のあの様子を見たじゃねぇか。この下衆野郎をかばうのかよ!」
「魅録のために言ってんだよ!清四郎は次は殴られてくんないよ」
乱れた髪の下で、清四郎の目が細められた。
興奮する魅録と反対に、美童は清四郎を冷然と見つめている。
「それに、殴る価値もないよ」
美童の言葉は、拳よりも重く清四郎を打ちのめした。
「最低男」
清四郎は、その美童の言葉を胸のうちで反駁する。
――――最低だ。
自嘲の笑みをもらすことさえ、できなかった。
【一日目】
「あー、つまんねー!つまんねーったら、つまんねー!」
ふくれっつらの悠理が、頬杖をつく。
机の下でぶらぶら振られた足に蹴られ、清四郎は新聞から顔をあげた。
放課後の生徒会室別名有閑倶楽部に、運動部長と生徒会長が、二人きりなのにはわけがある。
野梨子は母親に頼まれて買物、美童はそれに頼まれもしないのについて行った。
可憐と魅録は、なんとデートだ。
「しかたないでしょ、魅録は可憐とつきあっているんだから」
「ぶー」
有閑倶楽部内で、恋愛騒動がはじまったのは、ほんの一月前からだった。
きっかけは、美童だ。
―――僕は、野梨子とつきあえるなら、女友達すべてと手を切る!
そう宣言し、皆の前で命より大事にしていた携帯のアドレス履歴を全消去してのけたのだ。
―――冗談は、およしになって。
野梨子にはケンもホロロにあしらわれたが、美童は本気だった。
それまで倶楽部内恋愛を自ら禁じていた美童だったが、 宣言後、野梨子に対する真摯な猛アタックを開始した。
悠理のブーイングに、清四郎はため息をついた。
魅録と可憐がつきあいはじめたのは、美童の宣言に遅れること二週間。ほんの半月前だ。
遊び相手の親友が恋愛に走って、悠理はずっと拗ねている。
真のきっかけは、清四郎が作ったのかもしれない。
一月前、清四郎は可憐と、ほんのおふざけのキスをした。
双方、ヤケクソの末の軽い悪ふざけだったのだが、それが結果的に、六人のバランスを崩すことになった。
魅録が可憐を意識しだしたのは、やはりあの出来事がきっかけだったという。
不器用な魅録は、美童のようなてらいのない猛アタックも、清四郎のような酔わせるキスもできなかったが、 可憐の心を射止めることに成功した。
いまだなびく様子を見せない野梨子にとっても、もとより、美童は大事な仲間。
憎かろうはずはない。
時ならぬ恋の季節到来と、思いもかけない真摯な言葉にとまどっているだけだ。
そして、とまどっているのは、野梨子だけではなかった。
清四郎と悠理は、困惑していた。
恋に浮かれる可憐は見慣れている。熱い言葉をささやく美童も。
魅録の照れた顔も。赤面する野梨子さえ。
だけど、いままでとは明らかに様子が違った。
つきあいはじめた、といっても、友達以上、恋人未満。
それぞれ、これまでがたいせつな仲間だったからこそ、おたがいの気持ちを確かめ合いながら、 ゆっくりと距離を縮めていく。
取り残された二人をとまどわせたのは、そんな微妙な空気だった。
友情の延長上のような、だけどどこか違う友人達のからみあう視線。
そして、どうしても二人きりになることの多くなる時間。
*****
悠理は机のうえのロック雑誌をつまんだ。
魅録がいないと、開く気にもならない。
開店休業中も同然のロック同好会とはいえ、たしかに悠理はロックが好きだったはずなのに。
そういえば、清四郎は囲碁部だったか、と新聞を読んでいる清四郎を横目で見やる。
一人じゃ、囲碁もおもしろくはないだろう。
清四郎は新聞をたたんだ。
趣味もあわない。会話も続かない。
二人きりの時間は、気詰まりだった。
「つまらなそうですね」
「・・・べっつにぃ」
悠理はそっぽを向いた。
清四郎の視線を避けるのは、悠理の癖だ。
頭の良すぎるこの男に、心中を見透かされるようで、落ち着かなくなるから。
清四郎は、小さくため息をついた。
「じゃあ、あぶれ者同士、僕らもつきあいますか、悠理」
「はぁ?!」
いきなりの言葉に、思わず悠理は清四郎の顔に視線をもどした。
夕焼けが生徒会室を茜色に染める。
「・・・・・・」
逆光で影になった清四郎の表情は、よく見えない。
「嫌ですか?」
「・・・い、イヤデスカって、おまえ・・・」
「だって、暇でしょ」
みもふたもない清四郎の言葉だったが、軽いはずの声音は、なぜか沈んでいた。
机のうえで手を組み直し、清四郎は悠理を真正面から見つめてきた。
夕日に照らされ、清四郎の輪郭が金色に光る。
姿勢を変えたことで、やっと表情が見えた。
黒い瞳が、悠理を凝視している。
暗い、と言っていいほどの表情のなか、目だけが恐いほど力を放っている。
いつものからかい口調とは違う声音と口元をゆがめた笑みが、清四郎を別人のように見せていた。
「・・・なんで、おまえ怒ってんの?」
「怒ってやいません」
「絶対、怒ってるよ」
悠理は清四郎の視線から逃れるように、顔をそむけた。
そういえば。
いつ頃からか、清四郎はこんな目でときおり悠理を見つめてくるようになった。
ここのところ、仲間たちが浮つきだして悠理自身もおもしろくなかったこともあり、 あまり気にしていなかったものの。
(そういえば、あのキスぐらいからだよな)
清四郎と可憐のくちづけを見てしまった、あの日の衝撃を悠理は思い出していた。
あのとき、悠理が泣いてしまったのは、仲間たちがそれぞれの恋を見つけ、悠理だけを置いていってしまう 日が来るようで怖かったからだ。
そして、その憂慮はほんとうになってしまった。
悠理はため息をついた。
「どうしたんです?そんなに僕とつきあうのは、嫌ですか」
「・・・よせよな。またあたいをからかってんのは、わかってんだから」
「からかってなんかいませんよ。本気で、悠理とつきあいたいと言ってるんです」
そっぽを向いて肘をついた手で顔をささえながら、悠理は顔が赤らんでくるのを、 止めることはできなかった。
「あーもー、やめろって!」
悠理はガタンと椅子を蹴って立ち上がった。
「からかってんじゃなかったら、おまえヤケクソになってんだ」
清四郎は片眉を上げる。
「でなきゃ、あたいとつきあうなんて言うわけないだろ!」
清四郎は、いつも悠理を対等の相手として見ない。子供あつかい、でなければペットあつかいだ。
いつもオモチャにばかりして、悠理に感情があるなんて、知らないんじゃないかとさえ思う。
暇だからあぶれ者同士つきあおう、と言われて喜ぶ女がどこにいるのか。
悠理の動揺をよそに。
清四郎は静かな声で、淡々と続ける。
「可憐が月末の連休に、みんなでUSJに行こうとはりきってますよ。 悠理もあそこは好きでしょう。あいつらがつきあいだしてはじめての旅行です。 僕ら二人だけカップルじゃないのも、おもしろくありませんよね」
世間話のように、軽く話そうとしているが、清四郎の言葉はどこかぎこちなかった。
「んな理由あるかよ!バカにすんな」
馬鹿にしている、というよりも、なげやりな清四郎の態度が悠理は不快だった。
「僕が嫌いですか?僕は・・・悠理が好きだから言ってるんですが」
それでも、背中で聞いた清四郎の言葉に、どくんと胸がうずいた。
いつも、清四郎は悠理を落ち着かなくさせる。
美童のように、気楽に笑いあえない。
魅録のように、甘えられない。
清四郎の言動で、ドギマギする自分が、悠理は悔しかった。
可憐にはくちづけで、悠理には頬にキス。
清四郎の『好き』は、だから、そういうことなのに。
胸が苦しくなってきた。
痛いほど、そむけた横顔に清四郎の視線を感じた。
ふりきって立ち去ってもいいはずなのに、悠理の足は動かない。
清四郎のことが嫌いなわけはない。好き、と言われて嬉しくないわけじゃない。
だけど、胸をうずかせる痛みは、喜びのためなどではなかった。
怒りよりも、哀しみに近い。
前は、こんなではなかった。
清四郎と話していて落ち着かない気分になるのは、それはずっと同じだけど。
趣味も、性格もあわない。だけど、以前はそれがこんなに哀しくなかった。
”清四郎とつきあう”と、なにかが変わるのだろうか。
立ち去ることもできないまま、悠理は立ちすくんでいた。
*****
「・・・つきあうったって、どーすんだよ」
小さくつぶやく悠理は、またふくれっつら。
清四郎はゆっくりと立ち上がった。
一世一代の清四郎の告白を、悠理がどうとったのか、聞かなくてもわかる。
清四郎の組んだままの手が、緊張に汗ばんでいることなど、気づいてないに違いない。
(ヤケクソ、と言われれば、そうかもしれないですけどね・・・)
清四郎は胸のうちで自嘲する。
魅録が可憐とつきあいだしてから、悠理はひどく不機嫌だった。
悠理にとって魅録は一番身近な存在だったのだから、仕方がないと、理性ではわかっている。
それでも、こんなふうに目の前で泣きそうな顔をされると、狂暴な感情が清四郎を襲った。
「こうするんです」
清四郎は悠理の肩に手をかけた。
「え・・・」
ふりかえった悠理の紅い唇を、かみつくように奪った。
あの日、触れることのできなかったそれを、衝動のまま。
「ん、んぐ!」
ふいをつかれて、悠理は目を白黒させている。
たしかに、清四郎はずっと怒っていたのだろう。
だれに対する怒りかわからぬまま。
自分の胸のうちにある、悠理への想いに気づいた日から。
魅録には躊躇なく向けられる笑顔が、清四郎には向けられない。
いつも、清四郎に対してはどこか構えている悠理の態度に気づいたのは、いつのころか。
なにげなく触れた手にさえ、悠理は身を竦ませる。
清四郎の想いに、頭では気づかずとも、本能が怯えているのか。
悠理のかたくなな態度は、通じない想いを、煮詰まらせた。
悠理の魅録への想いは、恋じゃないかもしれない。
だけど、自覚のない、幼い恋かもしれない。
悠理の怯えに、自分の欲望に、気づかないうちなら、 友達としてこのまま過ごすこともできたかもしれない。
だけど、あやうい拮抗は、破れてしまった。
心の堰が、決壊する。
想う人の唇の甘さを味わう余裕など、清四郎にはなかった。
くちづけは、唇をぶつけるだけの、暴力的なキス。
陶酔とはほど遠い、激しい情動に突き動かされる。
悠理の腰を引き寄せ、制服のスカートに手をかけた。
「抵抗、しないんですか?」
唇を解放しても、完全に固まっている悠理は、無言で目を見開いている。
清四郎は悠理の目を見つめたまま、ゆっくりと床に寝かせた。
清四郎がなにをしようとしているのか、悠理は想像もしていないに違いない。
これまで、清四郎が悠理をどんな想いで見つめてきたか、思い知らせてやりたかった。
獣じみた、激しい欲望。
狂暴な、独占欲。
慈しみたい、と思う心の裏側にあった、その醜い感情。
そして、暗い破壊衝動。
それはたしかに、これまでの永い信頼と友情のすべてを破壊する、負の感情だった。
男の内側で、悪魔がささやく。
もどれないなら、壊してしまえ、と。
制服の下の、黒タイツを力任せに引き裂く。
抵抗しない悠理の体を、乱暴にあつかうつもりはなかった。
だが、壊したい、引き裂きたいと吠え狂う、体のなかの獣を、抑えるつもりもなかった。
心も体も、まったく準備のできていない悠理を蹂躪する。
激情のただなかのそのときでさえ、それが禁忌であることを、清四郎は知っていたのに。
NEXT
ぎゃー、やっちまいましたよぉ!強@物!
しかも、ほっぺにチューがせいぜいだった、Kiss〜の続きで・・・。
ほんの一ヶ月前まで、大事すぎてキスひとつできず、手をふるわせ赤面していた清四郎くんの
この壊れかた・・・。いや、あっちもかなりカッコ悪く壊れてたけど。
いいんです、このシリーズの清四郎くんは鬼畜。(純情だったあっちでも、可憐に舌入れてるし)
たんに、この話で書きたかったのは、美童に「最低男」、とののしられる清四郎と、温泉で卓球する
清×悠のふたりだったりします。忘れんうちに、「最低男」は冒頭に持ってきました。
しかし最低にするために話はシリアスに転がりそうなので、卓球はどこらへんで入れられるかなー。無理かなー。