悠理は、清四郎が侵入してはじめて、つまった悲鳴をあげて抵抗をはじめた。
清四郎は悠理の口を大きな手でふさぐ。
手足をばたつかせる体を、床の上に押さえつけ、服も脱がさないままのしかかった。
清四郎自身も制服の前を開けただけで、割り入った悠理の下肢の間に体を進める。
前戯もなく、愛撫もなく。
それは、まぎれもなく暴力だった。
清四郎の手の下で、大きく見開かれた悠理の目が、清四郎の罪を見据えていた。
あとからあとからあふれ出る涙だけが、清四郎の手を、悠理の髪を、床板を濡らす。
天真爛漫に愛にあふれた悠理の世界を、清四郎は壊した。
信頼していた友人からの暴虐は、悠理の心を壊してしまったかもしれない。
いや、ほんとうに清四郎は、悠理から信頼されていたのか。
そんな友人としての自信も、いまの清四郎にはなかった。
「おまえは、僕のものだ・・・!」
身勝手な、独占欲。
血のぬめりが、清四郎の侵入を助ける。
だけど、絶望的な心が、快感を追うことを許さなかった。
ただ、悠理のなかに自分を埋めたまま、動くこともできす清四郎は泣いていた。
涙さえ、出なかったものの。
男が身を放しても、女はピクリとも動かなかった。
怪我慣れしている悠理が、気絶したはずもなく。
スカートを乱し、足を開いたまま、悠理は床に横たわっていた。
破られたタイツと下着が、無残な行為のなごりを見せている。
「悠理」
清四郎が衣服を整え、声をかけた。
「・・・なんだよ」
無視されるかと思ったが、悠理が答えたので、清四郎は安堵の吐息をついた。
「帰りましょう」
「・・・動けない」
悠理は天井を見つめたまま、静かに答える。
「僕が送っていきます」
横抱きに抱き上げようと、首の下に手を入れたとき、はじめて悠理が清四郎を見た。
薄い色の瞳は、涙に濡れウサギのように紅に染まっていた。
無表情か、嫌悪の表情で見られることを覚悟していた清四郎は、少し驚いた。
悠理は眉をよせ、とまどったように揺れる瞳で清四郎を見つめている。
「放せ」
しかし、抱き寄せようとした手は、やはり悠理に拒否された。
身を起こし、床に座りこんだ悠理は、ぷいと顔をそらせる。
いまさらのように、冷たい固まりが清四郎の胸を詰まらせた。
もう、清四郎が悠理の顔を真正面から見ることはない。
二度と、悠理のそばにいることが許されないようなことを、清四郎はしたのだ。
立ち去らねば、と思っても、清四郎は動けなかった。
凍りついたのは、足ではなく心だ。
悠理を傷つけ、自分の恋まで、清四郎は壊してしまった。
これまで清四郎は、自分は冷静で理性的な人間だと、ずっと思っていた。
しかし、挫折らしい挫折も、悩みらしい悩みも、この年まで経験していなかった だけだったのかもしれない。
こうと信じていた自分が崩れる経験を清四郎にあたえるのは、いつも悠理だ。
悠理だけが、いつだって、清四郎の思う通りにならない。
悠理のまえでは、いつだって、そうありたい自分では、いられない。
まさか、自分がこんなことのできる人間だとは思っていなかった。
”つきあうって、どうすんだよ”
悠理はそう言っただけだ。軽く聞こえるよう、告白した清四郎に応えて。
清四郎の気持ちが、まったく通じていない鈍感な悠理が憎かった。
思い知らせてやりたかった。どれほど、清四郎が悠理を欲しているか。
逆効果に、違いないのに。
悠理が負うべき責めはなにひとつない。
一番、傷つけたくなかったはずの、心の中の聖域を、清四郎は自らの手で壊した。
信頼、友情、自負、そして恋。
なくしたものは、両手にあまる。
一番のつぐないは、悠理のまえから消えてしまうことだと、清四郎にもわかっていた。
だけど、足は動いてくれない。
大きすぎる喪失感に、清四郎は立ちすくんでいた。
立ち去らない清四郎に、焦れたのか。
ぶん、と音がするほど、勢いよく悠理はふりかえった。
痛々しい涙のあとの残る頬。
清四郎をにらみつける、きつい眼差し。
噛み締めていた唇は血の色のように紅い。
しかし、軽蔑と憎しみの言葉のかわりに、唇から飛び出したのは、意外な言葉だった。
「抱っこは嫌だ。おんぶ!」
悠理は清四郎に両手を差し出した。
真っ赤に染まったふくれっつらで。
「・・・・・・。」
唖然とした清四郎の目と視線がぶつかると、悠理は困惑したように、すぐにそらした。
あまりに、いつもどおりの悠理の態度だった。
清四郎の全身から、力が抜けた。
悠理の横にしゃがみこみ、自分の額を両手で押さえる。
「悠理・・・怒ってないんですか」
「なに言ってんだ、怒ってるに決まってるだろ!」
悠理は憤慨して声を荒げた。
「おまえ、めちゃめちゃ馬鹿力で押さえつけやがって、痛いのなんの・・・ムカツク!」
悠理の罵る声を聞きながら。
凍っていた清四郎の心が、溶けてゆく。
「おい、おんぶ!」
悠理は再度、清四郎をうながした。
「なんだよ、あたいら、つきあってんだろ」
悠理の言葉に、清四郎は伏せていた顔をあげた。
とまどったような、不安そうな悠理の瞳があった。
当然そうあるべき、憎悪の視線のかわりに。
いつだって、悠理だけが清四郎の思い通りにならない。
悠理に対してだけ、自分がなにをするのか、予想できない。
このときも、同じだった。
気がつくと、清四郎は柔らかい髪ごと悠理の頭を抱きかかえていた。
「ぐぇっ」
うめく悠理の顔を、胸に押しつける。
清四郎がなくしてしまったのは、理性と判断力だ。
悠理がなにをどう感じたのか、まったくわからない。
抱きしめた柔らかい体に、ただ想いのたけをぶつけた。
「そうです・・・今日から、おまえは僕の恋人だ」
抱きしめた腕をゆるめないまま、清四郎は悠理の髪にくちづけた。
*****
車を降りるとき、ひょいと横抱きにかかえられた。
驚いて、悠理は抵抗する。
「おんぶがいいって言ってるだろ!」
剣菱邸の使用人たちに会釈しながら、清四郎はかまわず悠理を抱いて歩く。
「いま下着ナシだってわかってるのか。背負うと見えてしまいますよ」
「お、おまえが破いちまったんだろーが!」
暴れる悠理を、清四郎は肩にかつぎあげた。
「嬢ちゃま、どうなさったんで?お怪我でも?」
執事の五代が、悠理を案じる。
清四郎の肩の上で、悠理は赤面した。
「なんでもないっ」
その言葉に、清四郎の肩から少し力がぬけた。
悠理をひどく傷つけたと、気に病んでいたらしい。
「もういいよ、下ろしてくれよ。歩けるから」
「嫌です」
「は、放せって、スケベ!」
清四郎は悠理の腰をスカートの上から抱きしめる。
「わっ、ケツに触んな!」
ボカボカ背中を叩いても、清四郎はびくともしない。
階段で落とされてはたまらないので、本気で叩いたわけではなかったものの。
悠理の部屋に着くまで、なんと言おうと清四郎は放してくれなかった。
悠理だって、怒ってはいたのだ。
いきなりの、清四郎の無茶には。
なにかとんでもないことをされたのは、たしかだ。
(アレはやっぱり、アレだよな、ウワサの)
話にきいていたような、ロマンチックなものじゃないな、と思っただけだ。
まだ体の痛みは残るものの、しかしこのときの悠理にはリアルなものではなかった。
清四郎の拘束から悠理が逃れられたのは、自分の天蓋つきベッドの上だった。
だが、スプリングの上に降ろされてすぐ、清四郎が上におおいかぶさってくる。
「お、おい・・・」
口を開こうとすると、唇を奪われた。
浅く開いた口を割られ、舌がからめとられる。
はじめて経験する激しいくちづけに、悠理の意識は眩んだ。
それは、かつて望んで得られなかった、清四郎のキス。
可憐でさえ腰がくだけたくちづけは、初心者悠理には荷が重い。
「悠理、息は鼻でするんだ」
酸欠で、目の前には星が飛んでいた。
「ふぁ・・・」
解放された唇と鼻で、大きく息を吸いこむ。
そのとき、清四郎が悠理の制服を脱がしにかかっていることに気がついた。
「ちょ、ちょい待て!」
「制服、しわになりますよ」
清四郎は真顔でそう言うと、悠理の胸元のリボンをぬきとった。
自分もいつのまにかワイシャツ姿になっている。
「制服の替えはいっぱい持ってる!」
清四郎の行動を止めようと言った言葉は、逆効果だった。
「じゃあ、遠慮はいりませんね」
清四郎は悠理の体の上に乗り上げ、スカートの下に手を這わせた。
「!!」
もう一方の手では器用にボタンを外し、男の手は悠理の胸元に侵入する。
ブラジャーを押し上げられ、ささやかなふくらみが、外気にさらされた。
「うわぁっ、なにすんだ!」
パニクる悠理に、清四郎はわずかに眉を下げた。
「さっきは・・・酷い目にあわせてしまいました」
「だ、だから、やめろって!」
下着をつけていない太股を、清四郎の無骨な手がたどる。
「まだ、なんかはさまってるみたいで、痛いんだよっ」
「・・・こんどは、痛くしません」
どうやって、と問おうとした唇を、ふたたびふさがれた。
教えられたとおり必死で鼻で息をする。
だから、意識が眩むのは、酸欠のせいじゃない。
清四郎の熱い目が、悠理を見つめていた。
欲望を宿した、強い瞳。
唇を放しても、清四郎の色の薄い唇は、まじりあった唾液で濡れていた。
「悠理・・・」
かすれた低い声で名を呼ばれ、体にふるえが走った。
清四郎はシャツをぬぎ、たくましい裸体をさらす。
燃えるような熱い体。
大きな手のひらで乳房をもみしだかれる。
小さな胸の先に唇を寄せた清四郎は、先端をひっぱるようにくわえた。
「あ・・・」
思わず、声をあげていた。
胸をもまれ、しつこく舌で転がされる。
カリ、と甘くかじられ、電流が体をつらぬいた。
「な、なに・・・?」
びっくりして清四郎に問う。
「感じて、るんですよ」
はにかむように、清四郎ははじめて笑みを見せた。
胸の内側が、ふるえた。
ずいぶん長い間、清四郎の笑顔を見ていなかった気がする。
皮肉な笑みや、よそいきの笑顔ではなく。
それは、悠理のかたくなな心の壁を溶かす笑みだった。
内股をやさしくなでさすっていた手が、敏感な部分にふれる。
痛みの記憶に、わずかに体がこわばった。
ゆるゆると、清四郎の手が悠理の体中を這いまわる。
いつのまにか、悠理は衣服をすべて脱がされていた。
「や、やだ・・・」
恥ずかしさに悠理が首をふると、清四郎にきつく抱きしめられた。
裸の胸が、ふれあう。
重くて、熱くて、大きな清四郎の体。
はじめて重ねられる肌と肌の感触は、眩むほど心地よかった。
首筋を唇がたどり、胸の先をくじられる。
「んあ・・・」
まだ傷つけられた痛みに痺れる個所に、清四郎の指が分け入った。
湿った音がたつ。
自然にゆるんでいた足を無理に閉じようとしたら、清四郎に止められた。
「だめです・・・もっとだ」
少しかすれた声。寄せられた眉。
翻弄されているのは悠理のほうなのに、清四郎のほうが苦しげに見えた。
そして、火傷しそうなほど、熱をもった目。
「あああああ・・・」
触れた肌よりも、意地悪な指よりも、清四郎の瞳の熱に、悠理は焼かれた。
体の中心が溶けて、熱いマグマが流れる。
ふたたび清四郎が灼熱の自分自身を悠理の中に押し入れてたとき、 悠理があげたのは、もう痛みの悲鳴ではなかった。
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