kiss kiss kiss 2
一週間だけの恋人<3>




【二日目】






朝、いつもどおりの時間に、剣菱の車が聖プレジデント学園校門前に横付けされる。
しかし、降りてきたのは悠理ではなく、清四郎だった。
「おっはよう、清四郎!」
「おはよう、可憐、魅録」
声をかけてきた友人カップルに、清四郎はいつもどおりの笑みを見せる。
「あれ、おまえだけ?悠理は」
清四郎が剣菱の車で登校したからといって、仲間たちは驚かない。
悠理の家に遊びに行って泊まったのだろう、くらいに考えている。
「・・・悠理は、ちょっと体調が優れなくって。午後からでも顔を出すでしょう」
清四郎の言葉に、魅録は目をむく。
あの悠理が体調不良?
言いながら、清四郎も苦笑してしまった。
だけど、体調不良はほんとうだった。その原因は、寝不足だったが。



昨夜一晩中――――ほとんど朝まで、清四郎は悠理を離さなかった。
離せなかった。
最初こそ、強姦同然に抱いてしまったが、柔軟な悠理の肉体は、清四郎の愛撫に応えた。
ねじ込み、揺さぶり、かれるほど声をあげさせた。

中断は一度だけ。
部屋に夕食を持って来させ、裸のままふたりで食べたときだけだ。
清四郎は、食事よりも、悠理をむさぼるのに忙しかったものの。

悠理の両親は留守だったとはいえ、剣菱家での清四郎の信用は絶大だ。
部屋にこもりきりでも、急な勉強合宿かと、不審がられなかったようだ。
清四郎は、知られても良かったのだが。

清四郎が想うように、悠理が清四郎に恋をしているとは、うぬぼれてはいなかった。
さしもの舞い上がっている今でさえ。
清四郎の熱情と、はじめて知った体の快感に、流されているだけだろう。

(だけど、もう悠理は僕のものだ)
世界中に、大声で告げたい気分だった。

恋をしていると、自覚したあの日から、ずっと。
片思いの焦燥が、胸を焼かない日はなかった。
ふいうちの暴力的な行為の結果、すべて失ってしまったと思った。
いまでもまだ、信じられない。
悠理が清四郎を許し、体をあたえてくれたことを。

体から始まる、恋があったっていい。
一番欲しいものも、きっと、手に入れてみせる。
今度こそ、大切にするつもりだった。
ゆっくり時間をかけて、悠理の心を、手に入れる。
もっとも難しいと思っていたそれさえ、今日の清四郎には可能なことのように思えた。



思わず、口元には笑みが浮かんでいた。
「清四郎?」
可憐の声に、我に返った。
可憐と魅録は、不気味なものを見るような目で見ている。
ニヤニヤゆるんでいる、清四郎の顔を。


*****



悠理が登校したのは、二時間目も終わってからだった。
節々が痛み、だるい体。
悠理は舌打ちした。
男に一晩中もてあそばれた体は、まだ自分の思い通りにならない。

(くそぉ、あの野郎・・・)
ベッドに沈没する悠理を尻目に、涼しい顔で登校していった清四郎が憎たらしい。
しかし、登校しろと、清四郎をうながしたのは悠理だった。 休む、と悠理が言ったとたん、じゃあ僕も、と、朝日の中でのしかかられたのだ。
(バケモンめ)
悠理だって、体力には自信があったが、清四郎には一日の長があるらしかった。

口の中でぶつぶつ清四郎を罵りながら、休み時間の教室に入ってゆく。
不機嫌顔の悠理に、クラスメートはこわごわ道を開けた。
「悠理、来たのか」
悠理の姿を見とめ、魅録が席から立ち上がった。

悠理の足が止まった。
思わず、制服の襟元を直す。
プレジデント学園の制服は襟がつまってて、助かった。 清四郎が際限なしにつけた、くちづけの痕を、隠してくれる。

「体調悪いって、どうしたんだよ、おまえ。朝、清四郎だけがおまえん家の車で来たから、驚いたぜ」
魅録が歩み寄って来る。
いつもどおりの魅録の顔を見たとたん、昨日までと決定的に変わってしまった今の自分を、自覚してしまった。
清四郎に愛された体を、思わず制服の上から抱きしめる。

なんどもなんども、貫かれた。
最初は痛いだけだったそれが、次第に悠理の体の一番奥の熱を掘り起こした。
中途半端にじらされたときは、自分から求めてしまうようにさえ、なっていた。

教室の喧燥が遠くなる。
顔が、羞恥のあまりほてり、目が回った。
「悠理?」
動かない悠理に、魅録が眉をひそめた。
「おまえ、ほんとに調子悪そうだな。顔真っ赤だぞ。熱、かなりあんじゃねぇ?」
魅録が悠理の額に手をやる。
「マジ熱いぞ」
「・・・ね、熱なんかないよ」
やっとの思いでしぼりだした悠理の声は、自分でもそうとわかるほど、かすれていた。

もう許して、と泣いて頼んでも、清四郎は悠理の体を離してくれなかった。
苦しかったけれど、それは痛みのためじゃなかった。
声がかれるほどの悲鳴が、快感のためだったことを、悠理自身が一番わかっていた。

「絶対、あるって。ほら」
魅録が身をかがめ、自分の額を悠理の額にあわせた。
たしかに、触れあった魅録の肌は冷たく感じる。

清四郎は、違った。
いつもは体温の低そうな男なのに、抱きしめられたとき、火傷するかと思った。
清四郎の広い胸に包まれ、悠理も熱が移ってしまったのか。
体の奥に侵入してきた清四郎の分身は、もっと熱かった。
悠理の中で絶頂を迎えたときの、愁眉をといた清四郎の表情を思い出す。

力強い腕に、まだ抱きしめられているように感じた。
体がふるえて、立っていられない。

「お、おい、悠理?!保健室行ったほうがいいぞ、おまえ」
倒れそうになった悠理を、抱きとめてくれた魅録の声を耳元で聞きながら。
悠理はささやくような清四郎の声を、思い出していた。

――――おまえは、僕の恋人だ――――

熱いささやきを思い出すだけで、気が遠くなりそうになった。

とまどいながら。
それでも、悠理はこのとき、たしかに幸福感に近い感情を、抱きしめていた。



廊下から教室内の悠理と魅録を見つめる、清四郎の姿には、気づかなかった。
その目に宿る、暗い光にも。



*****



朝から窓の外を、気にばかりしていた。
だから、剣菱の車が校門に着いたことに、清四郎はすぐに気づいた。
悠理はふらふらと頼りない足取りで、校門を入ってきた。
遠目にはわからないものの、しかめっ面が容易に想像できる。
授業が終わり教師が退出するのとほぼ同時に、清四郎は悠理のクラスへ向かった。
廊下で見かけた悠理は、やはり予想通りの不機嫌顔だった。
声をかけようとした清四郎の足が止まる。
悠理の足も、止まっていたから。

そして、見てしまったのだ。
魅録の顔を見たとたん、真っ赤に染まった悠理の顔を。

魅録が悠理の額に手をやって、顔をしかめる。
額と額をあわせて、熱を測っている。
悠理の体がぐらりと傾ぎ、魅録が抱きとめた。

清四郎は一部始終目にしながら、動くことができなかった。
魅録の腕の中の悠理から、目が離せない。
心が金縛りにあったように、なにも考えることができなかった。



悠理の肩を抱いて教室を出てきた魅録が、立ちすくんでいる清四郎に気づく。
「あれ、清四郎」
魅録の胸に頭を預けていた悠理の顔が、清四郎を見て、こわばった。
そうとわかるぐらい、はっきりと。

当然感じるべき嫉妬や怒りが、清四郎の胸のうちに湧き起こったのは、そのときだった。

「やっぱ、こいつ調子悪そうなんで、保健室に連れていくわ」
「…僕が、行きます」
清四郎がそう言うと、魅録は安堵の表情を浮かべた。
本気で悠理の身を案じていたのだろう。清四郎にまかせれば、安心だと思っている。

「悠理」
清四郎が名を呼ぶと、悠理はびくりと身をすくませた。
無意識なのだろう。魅録のシャツの胸元を握りしめているのは。
「悠理、清四郎に薬もらえ」
魅録は清四郎の方に、悠理を押し出した。
「うん…」
悠理の応えは、消え入りそうなほど小さな声。
「行きましょう」
魅録がそうしていたように、肩に手を回す。
悠理は清四郎の手をふり払ったりはしなかった。
しかし、身をこわばらせ、顔をしかめている。
「どうしても気分悪ければ、そんまま帰れよ。担任には言っといてやるから」
声をかけられ、悠理は魅録をふりかえった。
清四郎の肩越しに魅録を見つめる真っ赤に染まったままの顔は、泣きそうにゆがんでいた。



身を寄せあって廊下を歩きながら、清四郎の心は冷えていった。
たしかに高い体温を感じられるほど、体は近くにあるのに。
つかまえたはずの悠理が、遠く感じられた。
舞い上がっていた今朝の自分が愚かしく、嘲笑したくなる。
いつか、悠理の心さえを得られると思っていた、おめでたさが。

「悠理」
「な、なに?」
「魅録に…みんなに、僕達のことを言ってもいいですか」
「え?!」
前方を見つめたままの清四郎にも、悠理の困惑は伝わってきた。
「悠理は僕とつきあうって、昨日言いましたよね」
否とは言わせない、強い口調になった。
「言ったけど・・・」
悠理がうろたえて口ごもる。

つい、さっきまで。
朝、剣菱家を清四郎が出たときまでは、悠理の態度にこんな弱気はなかった。
行ってきますのキスをした清四郎に、ベッドに埋没しつつも、照れた笑みを見せてくれた。
”バカヤロウ”の罵りとともにではあったが。

悠理の様子は、明らかに登校してから変わった。
昨日、あんな乱暴をした清四郎に、おんぶ、と手を伸ばした悠理。
清四郎を救ったあの無邪気さが、消えている。
今日、肩を抱く清四郎の手の下で、悠理は萎縮し身をこわばらせていた。

悠理を変えた原因は、ひとつだけしか考えられなかった。

さきほど見た光景が、清四郎の心臓をわしづかみにして、離れない。
それは、魅録の姿を見た瞬間に、顔色を変えて立ちすくんだ悠理の姿だった。

「言わなきゃ、おかしいでしょう。美童はみんなの前で野梨子に告白したし、 魅録は・・・可憐とつきあってるんだから」
「で、でもな、あたいまだ…」
悠理がなにか言おうとするのを、清四郎はさえぎった。
「それとも、隠す理由があるのか」
清四郎は、立ち止まった。
困惑顔の悠理を見下ろす。

まだ、悠理の顔は赤い。
発熱のせいか、目が潤んでいる。
「隠したいのか」
重ねて言うと、悠理は首をふった。
左右に。

授業開始を告げる、チャイムが鳴った。
廊下からはふたり以外の人影が消える。

悠理の肩をつかむ清四郎の手に力が入った。
「清四郎…?」
華奢な体を胸に引き寄せ、抱きすくめて悠理にくちづけた。
「んっ」
空教室前だとはいえ、見通しのよい廊下の真ん中。
斜め前には、職員室。
たしかに、清四郎は理性を失ってしまったようだ。
唇を味わいながら、悠理の背中に回した手を下げ、スカートの上から腰を撫でた。

「な、な、な、なにすんだよっこのドスケベ!」
唇を解放するなり、案の定悠理に罵倒された。
「静かに。授業中だぞ」
あわてた悠理は、両手で口をふさぐ。
清四郎は身をかがめて悠理の耳元に口を寄せた。
「薬なら部室にもあります。倶楽部の仮眠室に…行きますか?」
「……!」
清四郎の意図を察したのだろう。
悠理は口を押さえたまま、ぶんぶん首を左右にふった。
「保健室がいい!」
手の下で、くぐもった声を出す。
焦りまくる悠理に、清四郎は口の端をあげて笑みを作った。
「そうですか。それは残念」
清四郎のからかい口調に、悠理が赤い顔でにらんでくる。
さきほどまでの、不安そうな泣き出しそうな顔よりは、よほど良い。

かろうじて、クールな顔を清四郎は保っていた。
しかし、心は暴風雨にさらされていた。
胸のうちで荒れ狂うのは、慣れ親しんだ片恋の焦燥感。

そして、恐怖にも似た――――予感。






NEXT→ ← TOP