「眠れぬ夜」




今夜は風が気持ちいいので、窓を開けたまま寝ようかと思った。
「清四郎、もういい加減寝かせてよぉ。今夜は寝てもいいって言ってたじゃんかー」
風に乗って、隣の弟の部屋から聞こえてきた声に、思わず微笑む。

そういえば、高校は学期末。悠理ちゃんが弟清四郎の部屋に詰めっきりになる、試験前だ。
「まだまだ。今日は僕と約束したところまで、まだ終わってないでしょう」
悠理ちゃんの寝かせろコールに、清四郎の声が答える。

『僕と約束』って何よ、と思わず吹き出してしまった。
清四郎が悠理ちゃんの勉強を見るのは、ボランティアを装っているものの、完全に趣味だ。
サドの気があるらしき清四郎は、悠理ちゃんをいじめるのがほんとうに楽しいらしい。

「うう・・・ん」
悠理ちゃんのうなり声。
「コラ、寝るなって」
「え?あ、せ、清四郎、何すんだよ」
「眠気ざましです」
「・・・って、アッ」
パジャマに着替えて寝ようとしていた私は、隣室から聞こえてくる声に、少々焦った。
悠理ちゃんの声が、いつもより高音。まるで、女の子みたいだったから。
あ、女の子か、一応。

「ん、ん、清四郎・・・」
「どうだ、気持ちいいだろ」
清四郎は、得意の指圧でもしてやっているのだろう。
「んんん・・・ああ・・・」
悠理ちゃんの声が、鼻にかかった快感の声になった。
あいつの指圧は、絶品だ。父さんも私も、疲れたときは、脅してでもさせる。

でも。

「悠理、もっと力抜け・・・」
「ん・・・でも、ちょっと痛い」
「すぐに、痛くなくなりますよ。おまえはいつまでも、慣れないな」
「だって、こんなこと、清四郎としか・・・アッ」
まぎれもない嬌声に、思わず赤面してしまった。

よく考えれば、悠理ちゃんも女の子だ。
指圧、とはいっても、あれは体を密着させる。
こんな深夜まで、男の部屋で二人きりにさせていていいのだろうか。
これまで、あの二人に関して、考えたこともなかったことが、脳裏に浮かんだ。
まさか、とは思うものの。

「あ、やだ!」
悠理ちゃんの不満そうな声がした。
「もう、目が覚めただろ」
清四郎が、按摩をやめたのだろう。
あれはなかなか後に引くのだ。突然やめられたら、不満がつのる。
私も続きをさせるために、脅しネタがないときは小遣いでつったこともある。
「清四郎・・・」
「なんです?」
クールな声。
ああ、悠理ちゃんのうらめしそうな顔のまえで、ほくそ笑んでいる清四郎が想像できる。
「いじわるっ」
もっと言ってやって、悠理ちゃん!
だいたい、清四郎もいい年をして、いつまでも子供すぎる。
世間の青少年は女の子と青春してる年頃なのに、仲間とつるんで馬鹿騒ぎばかり。
美童くんみたいになられても、姉としては困るけど、もう少し色気づいてもいいはずだ。
身近な女の子は、野梨子ちゃん悠理ちゃん可憐ちゃんと、美少女ばかりなのに、あの朴念仁はそういう方面はとんと関心がないようだ。
悠理ちゃんとの関係など、ドラ○もんと○び太、ときどきジャイ○ン。
一晩中二人きりでいても、取っ組み合いするかも、と心配される関係ってどうよ。
しばらくガタガタもみあうような音がしたが、隣は静かになった。

さて、今度こそ寝ようかと思ったとき、また声が耳に飛び込んできた。
「悠理、悠理」
めずらしく、優しい声。
「・・・ん」
「僕だって我慢してるんですよ」
察するに、悠理ちゃんがまた勉強しながら沈没したらしい。
でも、清四郎の『我慢』は嘘だ。19年も姉をしていれば、お見通し。
本気で悠理ちゃん遊ぶのが、清四郎は楽しくてしかたないのだ。
しまいに、嫌われてしまうわよ。

「ガマン・・・しなくていいよ」
悠理ちゃんの、ちょっと惚けた声。
「そうですか。じゃあ」
ほんとうに、清四郎の声は楽しそうだ。
「え、ええ?!」
「今夜はこれを使ってやりましょうか」
「や、やだっ」
悠理ちゃんの眠気はふっとんだらしい。
「こんな道具、使っちゃ嫌だ!」
「初めてじゃあるまいし、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
「おまえの、いいようにされんのが、嫌なの!」

――――いったい何を、清四郎は使おうとしているのだろう?
悠理ちゃんがそんなに嫌がる道具って?
だいたい、清四郎は薬品に関しては、かなりの品揃えを誇っているが、道具や機械のたぐいは、
ごく常識的な範疇のものしか持っていない。
魅録くんじゃあるまいし。
あ。
そこで、気がついた。たしか、魅録くんの発明品の孫悟空の輪、とかいうものがあった。
清四郎は、あれを使おうとしているのだ。
「あ、あう、やだってばぁ・・・」
悠理ちゃんの抵抗むなしく、装着されたのだろう。
すすり泣くような声がときおり聞こえる。
つくづく、清四郎の鬼畜!

「あっ」
「そんなに強くはしてませんよ。痛かったか?」
「ん・・・痺れてる」

もういい加減寝なければ、明日の仕事にさしさわりがあるのに、だんだん私も目がさえてきた。
あんたたち学生と違って、こちらは社会人なのよ。
気になる声ばっかり、上げるんじゃない!

「・・・よし、いいぞ、悠理。その調子だ」
「も、もう、あたい・・・ダメ」
「もう少しです、ほら、ここは?」
「あ、あう」

「ま、まだ?清四郎ぉ」
「ああ、いいぞ・・・僕もそろそろ・・・」

「ああんああん、もうやだぁ・・・ゆるしてよぉ」
「わかった、悠理・・・このぐらいで今日は寝かせてやる。だけど」
「ひっくひっく」
「この次は、一晩中寝かせないからな」

・・・・眠れなくなってしまった。
隣室は、完全に静まりかえっている。
悠理ちゃんの勉強は終わったのだろう。
この次、赤点取ったら寝かせないと脅され、彼女も次回はがんばるだろう。
きっと、今ごろ、二人は子供のように寝てしまっているに違いない。

しかし。

これまで、想像だにしなかったことに、思いをめぐらせた。
勉強合宿の日、ほかの皆がいるときは、徹夜か客間で雑魚寝。
悠理ちゃんだけのときは、今夜のように清四郎の部屋。
あの二人、どうやって寝ているのだろう。
そつのない清四郎のことだから、布団を運び込んでいるのだろうけど。
なんだか、ものすごく気になってきた。

しょせん、あの二人は、ド○えもんとのび○。
そう思いながらも、気になって眠れない。

だいたい、家の両親は何を考えているのか。年頃の男女二人っきりで、一緒に寝させるなんて。
私も今まで、それが自然なことのように思ってしまっていたが。

これが野梨子ちゃんなら、周囲も配慮しただろう。
悠理ちゃんは、あまりに破天荒で。女の子であることを、つい忘れてしまうのだ。
さきほどのすすり泣きを聞かなければ、私も気にしなかっただろう。
そして、彼女の名を呼ぶ弟の、優しい声音を。





結局、まんじりともせぬまま、夜明けを迎えてしまった。
私は一つの決意を胸に、部屋を出る。
まだ、清四郎の起き出す時間ではない。
廊下で静かな隣の室内をうかがってから、ノックもせずにドアを開けた。
「姉さん?」
そっと開けたつもりだが、清四郎はベッドの上に身を起こした。
武道をやっている清四郎を、出し抜くのは難しい。
「おはよ」
目をこすっている清四郎に声をかけつつ、室内をチェックする。
机の上に積み上げてある教科書と参考書。
床に散らばる、お菓子の残骸。
座布団やクッションが淫靡に広げられてある。
目にした範囲内に『孫悟空の輪』は見あたらない。
そして、肝心の悠理ちゃんの姿も。
私の気づかない間に、階下の客間に寝に行ったのだろうか。

最後のチェックポイント、清四郎に視線を移した。
清四郎は、いつもどおりキチンとパジャマを着ている。
よし。

そんなことはない、と否定しつつも、私は弟の部屋で、とんでもない光景を目の当たりにすることを半ば覚悟していた。
考えれば考えるほど、あやしく思えた。

あの情の薄いクールな清四郎が、悠理ちゃんを構う態度が。
ときおり見せる、真摯な優しさが。

ちょっとは年相応に色気づいて欲しいと思ってはいたが、いざ弟があの悠理ちゃんに
不埒なコトをしているところを見れば、平静ではいられないだろう。
いじめっ子そのままに、彼女をオモチャにしていたら、許せない。

「なんですか、こんな早く」
ほっと安堵した私は、清四郎のベッドに腰をおろした。
「!」
座ったとたん、異様な感触を尻の下に感じ、思わず飛び上がった。
おそるおそる布団を見れば、清四郎の横に、ニュッと足が突き出ている。
「ゆ、悠理ちゃん?!」
勢いよく掛け布団をはぐと、清四郎の足にはりついている悠理ちゃんがあらわれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
チェックポイント。悠理ちゃんも、しっかりパジャマは着ている。
「むにゃ」
いまだ爆睡中の顔は、幸せそうな笑顔。

これでは、清四郎が不埒な行為を強要したとは、とても言えない。
清四郎の足に抱き着いているのは、悠理ちゃんのほうだ。
清四郎の表情を確認すると、驚愕に目を見開き、耳まで真っ赤に染まっていた。
とても、情事を見られた、という様子ではない。
清四郎もこんな体勢で寝ていたことに、気づいていなかったとみえる。

「あんたたち、いつも一緒に寝てるわけ?」
なにやら焦りまくっている清四郎の顔に、姉としての威厳と余裕がもどってきた。
なんのなんの、まだまだ子供だ。清四郎も、悠理ちゃんも。
「しかも、シッ○スナインでさ」
「ね、姉さんっ!!」
裏返った清四郎の声に、安堵とともに眠気が襲ってきた。
「さ、出勤まで、寝てくるか」
思いきりあくびをして、立ち上がる。
「おやすみー」
「なにしに来たんだ・・・」
清四郎が小さくつぶやいた。
戸口のところでふりかえると、清四郎が悠理ちゃんを起こさぬように、そっと抱き上げていた。
チェック。
清四郎のとろけるような表情。

悠理ちゃんをキチンと寝かせて布団をかけてやっている清四郎の姿を確認し、ドアを閉めた。
性格の悪い弟が、あんな顔をするなら、邪魔しないでやってもいい。
まだ、何もなさそうだし。
真相は、わからないけれどね。





らぶらぶ(?)小ネタシリーズ。和子姉さんです。
真相は、わかりません。
無自覚にいちゃいちゃしてるのは好きだけど、できてない二人だと、ただ試験勉強してるだけの一夜だもんな。
それはちょっと、萌えが足りん・・・。

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