その1「乗ってけよ、可憐」 「あら、いいの?実はちょっと乗ってみたかったのよ」 真っ赤なポルシェの助手席に、可憐は乗り込んだ。 運転席には慣れた仕草でキイを回す親友。 その中性的な美貌は、なまじな男より魅力的だ。 もっとも、少年と間違われること日常茶飯事だった高校時代と違い、いまの剣菱悠理は すでにバツ2の元人妻。 久しぶりに勢揃いした有閑倶楽部の仲間たちとカフェでお茶したあと、街へ繰り出そうという話になった。 美童は松竹梅夫妻の車にすでに乗りこんでいる。 残る悠理の元ダンナは、所用で一旦仕事に戻るという。後で新宿で落ち合う予定だ。 「休日だってのに、あいつはいつも仕事ばっかりなんだ」 悠理は口を尖らせた。 「まぁね、剣菱継ぐってのは大変なのよ。清四郎にしても」 離婚したとはいっても、清四郎はあいかわらず剣菱の経営に携わっている。どころか、家も同居。 当人達は”政略結婚”だの”愛のない結婚生活”だのほざいているが、なんのかんので出会ってもう 四半世紀、初めて婚約したときから10年のつきあい。 そうそう切れる関係でもない。 同じ相手と飽きもせず離婚再婚を繰り返しているのだから、傍迷惑な話だ。 可憐は悠理の指に残る白い指輪の痕に目をやり、ため息をついた。 彼らの結婚指輪はジュエリーAKIの特注品。可憐のデザインだった。 悠理には過去二つ用立てた。清四郎は、一度目の離婚のときも、指輪を外さなかったから。 彼のことだから、面倒なだけかもしれないが。 反対に、意外にも悠理はそこのところのけじめはしっかりつけていた。 離婚のたびに、清四郎に投げつけてでもいるのか。それとも、どこかに放り捨てているのか。 「また、次を作んなきゃねー・・・」 可憐は小さくつぶやいた。 ”愛のない結婚”など、笑止千万。 腐れ縁であることもまた事実ではあるだろうけど。 クラクションが鳴った。 カフェの駐車場を出る寸前、ポルシェの隣にピタリと国産車が横付けされる。 悠理はサングラス越しに目を細めた。 左ハンドルと右ハンドル。至近距離に、悠理と揃いのサングラスを着けた清四郎。 運転席から手を伸ばしコンコンと窓ガラスをノックする。 「悠理」 悠理は面倒そうにウインドウを開けた。 「なんだよ」 「ひとつ確認するのを忘れてたんですが」 「?」 悠理も助手席の可憐も、首を傾げる。 清四郎はニュッと手を伸ばした。 悠理の胸元に。 「ふぎゃっ」 問答無用の不意打ちに、さしもの悠理も避ける暇がない。 清四郎の手は無遠慮に、悠理の服の袷から侵入した。 あるかなきかの控えめな盛り上がりとはいえ、女性の胸に差し込まれた男の手。 「ひっ」 可憐もひきつった悲鳴を上げる。 パニックに赤面する女性陣に対し、清四郎はいつもの鉄面皮だ。 「・・・やっぱり」 清四郎は悠理の胸元から金鎖のネックレスを引きずり出して摘み上げた。 「おまえがアクセサリーなんてめずらしいものをしているから、おかしいと思ったんだ」 清四郎の表情はサングラスで隠され、よく見えない。 同じサングラスをしながら、しかし悠理の表情は明白だった。 真っ赤に赤面し、苦虫を噛み潰したように口を歪めている。 「あら」 可憐は清四郎の手に摘み上げられたネックレストップに目をやり、手を口に当てた。 細い金鎖の先には、まったく同じ指輪が二つ。 「なんだ、あんた身につけてたのね」 指輪の裏には、ジュエリーAKIの刻印と、『SEISHIROU』の文字が入っていることを、 可憐は熟知している。 「〜〜〜〜!」 悠理は無言で清四郎の手から鎖をむしりとった。 清四郎は口元に薄く笑みを浮かべる。 「てっきり捨てたのだと思ってましたよ」 「す、捨てようとは思ったんだけど、なんか呪われそうだろ、こーゆーのって」 「やだ、ウチの商品に呪いなんかかかってないわよ」 悠理の言い訳はなんとも苦しい。 極度の怖がりである悠理が、呪いのかかっていそうな物を首からぶらさげるはずはない。 とうとう清四郎は、クックッと、声を出して笑い出した。 サングラスに隠れていても、あの見慣れた意地悪い笑みが想像できる。 「こうして二つ並べてみると、まるで戦利品のようだな。まさかとは思いますが、コレクションしてるんですか?」 「んなわけねーだろっ」 悠理は頬をふくらませてあさっての方を向いた。 「可憐」 顔を背けた悠理越しに呼びかけられ、可憐は清四郎に体を向けた。 「なに?」 「と、いうわけで、次は新しい指輪を用意する必要はなさそうです。すみませんね」 清四郎は可憐に片手を挙げる。 「いいえぇ。毎度、ご愛顧賜りまして!」 可憐もにっこり営業スマイル。 じゃあ、また後で、と軽い挨拶を交わし、清四郎は車を発進させた。 「おい!なにが、”と、いうわけ”なんだ!”次は”って、なんだよ!」 悠理が走り去る車にわめく。 ほとんど、負け犬の遠吠え状態。 「あの余裕顔がムカツク!あたいのことオモチャかなんかだと勘違いしてやがんだ」 歯ぎしりしながら、悠理は胸元に指輪をふたたび突っ込んだ。 「ふう〜んオモチャね…あんたたち、ホントに呆れるほどあいかわらずなのね」 悠理を構うのがなにより楽しそうな清四郎。 からかわれて激怒しつつも、清四郎に甘える悠理。 可憐は肩をすくめた。 大恋愛の末に愛が冷え、浮気の果てに現在別居中の、可憐の現状からすれば、片腹痛い。 いい加減悠理も素直に認めればいいのに、とも思う。 たしかに結婚前の恋愛期間はなきに等しかったのかもしれないが、どこらへんが『愛のない結婚生活』なんだか 問いただしたい。 しかし、高校時代と変わらず、孫悟空とお釈迦様状態のこのカップルに、よけいな口出しするのは 蜂の巣ををつつくようなもの。 賢明な可憐は口をつぐんだ。 悠理は乱暴にポルシェのアクセルを踏みつけた。 急激なG。可憐はシートベルトにしがみつく。 「ちょっと!心中ならあんたとじゃなく、愛する人としたいわよっ」 「うるせぃ、あたいは清四郎よか、運転上手いんだじょ」 悠理の頬はまだ染まっている。 自分で”愛する人”と言いながら、可憐の脳裏には誰の面影も浮かばなかった。 それが、少しショック。 離婚ほやほやのドライバーは、あの男の面影を思い浮かべたに違いないのに。 こんなところで死んでたまるか。 可憐は新に決意を胸に抱いた。 人生はまだまだこれから。やりなおしだってきく。 戻らない過去を振り捨て、新たな恋を探すのだ。 少女の頃のように玉の輿の夢を追う気はないけれど、おもしろくなりだした仕事も、イイ女道に磨きをかけるに違いない。 それに、意地を張った悠理が指輪のコレクションを本気ではじめるかもしれない。 そうすると、新たな受注発生の可能性大。 経営者の顔で、可憐はわずかに笑みを浮かべた。 清四郎の用意した婚姻届と離婚届の用紙の数から考えれば、まだまだ彼らはお役所に面倒をかけそうだから。
タイトルのお歌は大黒摩季です。まさかの馬鹿夫婦シリーズ化。 |