ら・ら・ら




その2





「ですからね、お義父さん・・・いえ、剣菱のおじさん。僕名義の本社株は悠理に譲渡しようと思うんですよ」
「これまで通り”おとうさん”と呼んで欲しいだよ、清四郎くん」
剣菱家の茶の間。豪邸の中で、ここだけコタツにTVという庶民的な空間がわざとらしく演出されてある。
コタツの上に書類を広げ、清四郎と万作は真剣な話を交わしていた。
めずらしく在宅の百合子は万作の隣でみかんを剥き、夫の口に入れてやっている。
「ありがと、母ちゃん♪」
相変わらず、ラブラブ夫婦だ。
清四郎は苦笑する。

ちらりと、コタツの向こう側に座っている自分の元妻に視線を向ける。
悠理はさっきから座椅子に反対向きに座り、清四郎に背中を向けていた。
せっかくのコタツにも入っていない。
「悠理、おまえ熱があるんだから、部屋で寝てきたらどうですか」
「・・・やーだよ。寝るの、もう飽きた。コタツにみかんでTVを楽しむんだい」
悠理は背中を向けたまま返事をする。 ギシギシ座椅子を揺らす。
「父ちゃん、なんでここにリクライニングシート入れないんだよぉ。リクライニングでコタツTVしたいよぉ」
「悠理、そっからでも十分TVは見えるだよ。なんで後ろ向いてるだがや」
「そっち向くと、やーな奴の顔も見えるから!」
悠理はぷい、と熱で赤らんだ頬を膨らませる。
「また、喧嘩してますの、あなたたち。南極旅行は楽しんだんでしょう」
百合子が呆れ声で、清四郎を見る。
「いえ・・・南極で”復活の日”ごっこ(*注)をしたせいか、風邪をひかせてしまいました。 僕のせいでしょうね、やはり」
清四郎は肩をすくめる。熱のためか常より三割り増し幼児化したような悠理のかたくなな背に、ため息をついた。

「ところで、お義父さん、さっきの話ですが」
清四郎は仕事モードに切り替え、万作に書類を見せた。
「ああ、株の話だったか。けど本社株を清四郎くんが持ってないと、役員会や株主総会でやりにくく なるだがや。もし、オラたちになにかあったとき、他の大株主に実権を握られてしまうだ」
「それですよ、僕の危惧しているのも。僕にもしもなにかあったとき、いまのように離婚している状態だと、 悠理に相続権が発生しません。僕名義の財産はすべて菊正宗家の方にいってしまいます」
「まぁ、そうだな」
「親父は病院経営にしか興味がないのでいいんですが、親族連中はそうはいきません。 姉貴もあれでなかなかの野心家ですし。一族経営の剣菱財閥の本丸に、 新たな大株主を発生させることになる」
「まぁまぁ、清四郎ちゃん、あなたに限って、もしも、なんて」
百合子が眉をひそめた。
「万が一の話ですよ」
清四郎は元義母に笑顔を向ける。



ひとり話の内容が見えていない悠理は、関係がないとばかり、また座椅子を揺らした。
「リクライニング〜!」
「うるさいですよ、悠理」
清四郎が叱責する。
悠理はむっとした顔を元夫に向けた。
「じゃ、おまえ、場所替われよ」
「なんでですか。僕の顔を見たくないなんて理由で、席を替わってやるほどお人好しじゃありません」
今度は清四郎が、ぷいと悠理から顔をそむける。
むくれ顔の娘夫婦(元)の反目に、万作と百合子はあきらめ顔で顔を見合わせた。
はっきりいって、きわめて低レベルながら、天下の剣菱家で日常茶飯事の風景だ。

もう一度座椅子の背を抱きしめた悠理は、ごほごほと咳き込んだ。
コタツ布団は背を覆うのみ。
それでも意地になって、清四郎の方を見ようとしない。
後ろ向きに手を伸ばし、机の上のみかんを探っている。
「・・・悠理」
清四郎は額を押さえ、ため息をついた。
「わかりました。妥協案です。僕がリクライニングシート代わりになってあげますから、 こっち来なさい」
「あ?」
悠理が首を傾げた。
清四郎は座椅子に座ったまま、両手を広げた。
「ほら。ここなら、僕の顔も見えません。TVも正面です」
「あ、なるほど」
悠理はうなずいて、立ち上がった。
トコトコ机を回り、清四郎の前にくる。
体をずらし場所を空けた清四郎の膝に、すとんと腰を下ろした。
清四郎の胸に背を預け、コタツ布団を胸まで引き上げる。
「うん、あったかい」
「でしょ」
清四郎は悠理を膝に抱き、満足そうにうなずいた。



あぜんとしている万作と百合子に向き直り、清四郎は平然と話を続ける。
「関連会社の権利はともかく、本社は剣菱一族で占めなければ。いまは、僕は法的には他人なんですから」
言いながら、腕の中の悠理の額に手をやり、熱を測る。
「ふむ。さっき飲ませた薬が効いてきたようだな」
「あれって、にがかったじょ」
「ほら、みかん冷たくて、うまいでしょう」
清四郎はみかんを剥いてやり、悠理の口元にもっていく。
雛鳥のように、あーんと口を開ける愛娘に、万作は頬を染めた。

「どこが、他人だがや・・・」
しかし、はっきりいって、その光景さえ剣菱家では日常の風景だった。

百合子はみかんを剥く手を止め考え込んでいたが、パンと手を打った。
「そうだわ、そうよ。あなたたちが子供を作れば、問題は解決するんじゃなくて?」
「「はぁっ?」」
百合子の提案に、清四郎と悠理の声がハモった。
「なにをおっしゃるんですか。僕たちは離婚してるんですよ」
「そーだじょ、母ちゃん!正気かよ」

「さすが母ちゃんだがや!名案だ。清四郎くんが死んでも、それで相続は心配ねーだ」
万作は明るい顔でうなずいた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
さすがの清四郎も、子供、と言われ頬を染める。
だが、腕の中の悠理が身を強張らせたのに気がついた。
「悠理?」
悠理は熱のため上気した頬をひきつらせ、ブルッと身を震わせた。
赤かった顔から血の気がひき、みるみる青ざめてゆく。
「悠理、寒いのか?やはり寝ていた方が・・・」
清四郎は悠理を抱きしめる腕に力を込めた。
悠理はまだ震えている。
「せーしろー・・・おまえ、死ぬの?」
悠理は泣き出しそうな顔を、背後の清四郎に向けた。
目元にはすでに涙が滲んでいる。

「・・・ああ、悠理、違いますよ」
清四郎は悠理の頬に手を寄せた。悠理はその大きな手に頭を預ける。
熱をもった重いその感触に、清四郎は微笑んだ。
「万が一の話をしているだけです」
「死なない?」
「ええ、そう簡単にはね」
清四郎は悠理を抱え直し、横向けに頭を胸に預けさせた。

悠理の髪を撫でながら、清四郎はポツリとつぶやいた。
「だけど、僕はおまえより先に死にたいですよ」
「な、なんでっ」
悠理はまだ涙を浮かべたまま、清四郎を見上げる。
清四郎は優しい目で、腕の中の悠理を見つめた。
「どうせなら、看取られる方がいいです。先立たれる側は遠慮したいですな。おまえに死なれるなんて、 とても耐えられそうにない」
清四郎の言葉に、悠理の顔がくしゃりと歪んだ。
「やっぱり、おまえは意地悪だ!あたいだって、そんなの嫌に決まってるだろ!」
とうとう、頬に涙がひとつぶ転がり落ちる。
「じゃあ、おまえはあたいをひとり残して死んじゃって平気なのか?」
悠理は清四郎の胸元に顔をうずめ、しゃくりあげた。
「平気なわけないでしょう。だから、万が一の話です。甘えん坊のおまえを置いて 死んだりしません」
悠理のふわふわの頭のてっぺんに、清四郎はそっとくちづけた。



「ええと・・・母ちゃん、行くだか」
「え、ええ。万作さん」
万作と百合子はそろって立ち上がった。
「どうしたんです?」
清四郎が顔を上げる。
「いや、あのそのー、オラたち、出かける用事があるだよ。いま思い出しただ」
「そうそう、あなたたちは水入らずでゆっくりしなさいな」
百合子はにっこり微笑む。
しかし、その顔は火照ったように赤らんでいた。万作も同様。

そそくさと部屋を出た元義父母に、清四郎は首を傾げた。
「水入らずって。僕らは今は他人なんだから、水は入りまくりなんですがねぇ」
「父ちゃんも母ちゃんも、あたいらが離婚したって全然実感してないみたいだよな」
悠理は清四郎のシャツをつかんだまま、不服そうにつぶやいた。
清四郎は悠理の髪を撫でながら、口元に笑みを浮かべた。
「僕はちゃんと実感してますよ」
「そーか?あんまり態度かわんねーよな、おまえも」
清四郎はニヤリと笑った。
「新婚時代も楽しかったですが、婚前交渉もなかなかでした」
悠理の頬が火の点いたように赤く染まった。
「だから、風邪なんかひいたんだろ!」



こうして、何度目かのふたりの婚約期間(たぶん)は、いつものごとく過ぎてゆくのだった。
死が、ふたりを分かつまで。









2004.11.14


写真:Tubaki様

 

 


*注:「復活の日」ごっこ***小松左京原作の角川映画を下敷き。 人類絶滅した地球に残された南極基地の人々は、生き延びるために子孫を残そうとする。 草刈正雄とオリビア・ハッセーの美男美女(当時)のベッドシーンが、小学生だった私には衝撃でした。
ええ、だからそういう遊びをしてたのね、清×悠は、南極で(笑)。
Tubaki様から、「復活の日ごっこ」の写真を頂いちゃいましたので貼り付け〜♪うーん、あったかそうvv

エンドレスでいちゃいちゃしてそうなふたりは、しかしたぶん無自覚。 両想いのラブラブカップル成立への道険し。先に子供ができちゃいそうだな・・・。

その3に続きます。

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