日曜日はパジャマのままで 2











土曜日。

清四郎の部屋で、悠理は寝転がってアルバムを眺めていた。
「あら」
お茶を持って顔を出した野梨子は、懐かしさに声を上げる。
「勉強してると思ったら、アルバムを見てたんですの。でも、懐かしいですわね。悠理と私たちが 出あった頃の写真ですわね」
悠理は顔を上げて、野梨子がちゃぶ台に置いた和菓子をひょいと素手でつかんだ。
”私たち”
それは、いつも清四郎と野梨子の二人をさす言葉。
息抜きで眺めた写真には、その通り、いつでも二人は一緒にフレームに収まっていた。
ポイと口に放り込んだ和菓子が喉につかえる。
「んぐ」
「まあ、お行儀が悪いから!」
野梨子が適温のお茶を差し出してくれた。
「・・・あんがと」
目の前で微笑んでいるのは、昔は大嫌いだった美少女。
だけど、仲間になってからは、この見かけによらず気の強いお堅いお嬢さんを、悠理は大好きになっていた。
それなのに悠理はこのとき、なぜだか野梨子の顔を見ているのがつらかった。
喉につかえた菓子が、まだ胸に詰まっているようで苦しい。
目をそらした先のアルバムでも、清四郎の隣で野梨子は花のような笑みを浮かべていた。

「そういえば、悠理はほとんど写ってないんですわね」
野梨子は悠理の向かいに座り、床に開いたアルバムを覗き込んだ。
「うーん・・・全体写真にゃ写ってるだろうけど、ほら、あたいら仲悪かったからなー」
「そうですわね」
くすくす野梨子は笑う。
出あったときの、取っ組み合いを思い出しているのだろう。
女二人の横で腰を抜かしていた、在りし日の軟弱少年と。
「そういえば、清四郎はどうしたんですの?こんな時間に外出でも?」
もう夜も更け、外出する時間ではない。
もっとも、そんな時間に野梨子は清四郎の部屋にやってきたのだから、 幼なじみたちの間では互いの部屋への夜の訪問も、しばしばあることなのかもしれない。
そんな考えが胸をよぎったが、悠理は首をふった。否定の意。
「風呂」
簡潔に答える。
野梨子が差し入れ持参で顔を出したのは、悠理が昨日から泊り込んでいることを知っているからなのだろう。

「今度、悠理のアルバムも見てみたいですわ。だって、家のアルバムはここにあるのとほとんど同じなんですもの」
「・・・そりゃ、おまえらいつもくっついてたから」
「ま、そんなことはありませんわ!写真が一緒なのは、あの頃うちの母も父も多忙で、 学校行事はほとんど菊正宗のおばさまが面倒みて下さってたからですわ。 そりゃあ、私は他にあまり友人を作るのが上手ではなかったですけど・・・」
野梨子は苦笑する。
「悠理とこんな風に友人になれるなんて、あの頃は思いもしませんでしたわね」
「・・・そうだな」
悠理も微笑する。

「おや、野梨子。来てたんですか」
頭をタオルで拭きながら、清四郎が戸口に現れた。
「あっ」
悠理は思わず声を上げていた。
清四郎が着ているのは、昨日悠理が買ったパジャマ。
昨日着てくれなかったので、悠理は内心がっかりしていたのだ。
シュールな絵柄も黒灰白の色合いでは、幾何学模様に見える。
モノトーンのパジャマは、清四郎によく似合った。
少し頬が染まっているのは、風呂上りだからだろうが。
清四郎は下ろした前髪の下の目を、片方悠理につぶってみせた。
悠理の胸がほんわかと温かくなった。

悠理自身はお泊り用のジャージ姿だ。
赤いパジャマは、まだ鞄にしまってある。
野梨子には、なんとなく知られたくなかった。
それがなぜかは、わからなかったけれど。

「こんな時間にめずらしいですね」
清四郎の言葉に、野梨子は壁の時計を見上げた。
「あら、いけない。おば様に明日のお茶会の件でお伝えしなければならないことがあったんですの」
「ああ、まだ下でTV観てましたよ。冬ソナにはまっているらしくって。話があるなら、番組が 始まるまえでないと、大変ですよ」
「ま!」
野梨子は急いで立ち上がり、悠理と清四郎に笑顔を向けた。
「おやすみなさい」
「「おやすみ、野梨子」」
悠理と清四郎の声が重なった。
顔を見合わせ、思わず微笑む。
共通点がないと思っていたふたりだったが。
ふたりとも、野梨子の友人で幼なじみには違いなかった。
不思議だった。
悠理と二人は十年もすれ違っていたのだ。
それなのに、今ここにこうして一緒にいる奇跡。
「変だよな。うちのアルバムにも同じ行事が写ってるのに、おまえらはほとんど写ってないんだ。 ずっと同じ場所で過ごしていたのに」
同じ場所、同じ時間を過ごしながら、同じ風景を反対から見るように。
「・・・じゃ、一度つきあわせてみましょうか」
清四郎がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「アルバムを二人分一緒にすれば、僕らの過ごした学園生活のパーフェクトな記録になりそうだ」
”僕ら”
清四郎の口にしたその言葉には、野梨子だけじゃなく、悠理のことも含まれている。
それがわかって、悠理はなぜだか顔が赤らむのを感じていた。
胸にこみあげる、あたたかい何か。
なのに、胸が痛い。

清四郎はアルバムのページをめくった。
「ああ、ここらあたりからようやくおまえも一緒に写ってますね」
それは、中三以降、高等部になってからの写真だった。
学校生活よりも、ぐっと旅行中の写真が増えている。
仲間たちと一緒の写真。
「こんなのまで貼ってるのかぁ〜?」
悠理がアルバムからあわてて手を放した。
もちろん、それは富水邸で過ごした夏の、心霊写真だ。
「ちゃんとお払い済みですよ。あれも大事な思い出ですからね」
「うげげげ・・・」
悠理には思い出したくもない体験だ。
悠理の表情に、清四郎はクスクス笑った。
「けれど、今後はおまえといるかぎり、こんな写真も増えるでしょうな。なにしろ、おまえさんは 霊界の避雷針のようなもんだから」
「な、なんだよ。あたいにも落ちまくってるじゃんか」
「馬鹿だな。避雷針は避けてるんじゃなくて、雷を集めるんですよ」
「カンベンしてくれぇ〜」
頭を抱えた悠理の背を、清四郎はポンと叩く。
「だけど、僕は好きですよ」
「えっ?」
「こんなおもしろい体験、おまえと一緒じゃなきゃできません」
清四郎が言ったのは、霊体験のことだろうけど。
「これから十年二十年、どんなことが起こるか、考えただけでワクワクしますよ。おまえさんのおかげでね」
清四郎の口調は、トラブルメーカーの悠理をからかういつもの調子だったけど。

清四郎はあたりまえのことのように言う。
これから共に過ごす日々を。
すれ違う幼い写真も、一緒に綴じて。
ずっと、ずっと。

悠理は先程の熱が全身に広がるのを感じていた。
嬉しいような泣きたいような、感情。
胸が痛む。
悠理は胸元を握りしめ、体を丸めた。

「どうしたんですか?」
清四郎が悠理の顔を覗きこむ。
「ううん・・・なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないですよ」
清四郎は悠理の髪をかき上げ、額に手をあてた。
大きな手のぬくもり。
思わず、悠理は目を閉じる。
きゅ、と痛んでいた胸が、今度はドキドキ早鐘のように鳴り出した。
「熱はなさそうですが・・・」
目を閉じていると、心配そうな清四郎の声と、石鹸の香りだけを感じられる。
心地良いぬくもりをあたえてくれていた手が、ふいに離れた。
思わず目を開けると、至近距離に黒い瞳。
「・・・!」
息をのんだ次の瞬間、こつんと額に額があてられた。

「うわっ」
声を上げたのは、清四郎だった。
「やっぱり熱がありますよ!かなり熱い!」
「へ・・・」
そう言われると、頭が茹だったタコのように感じる。
さっきまではなんともなかったのに。
「今日は勉強はやめて、すぐに寝たほうがいい。あ、それよりも車を呼んで家に帰りますか?」
悠理はふるふる首をふった。
「ここがいい・・・」
そう口にした途端、ますます全身に熱がまわったような気がした。







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「日曜日はパジャマのままで」の歌詞のなかで一番好きな ”子供のころのフォトグラフ お互い見せあったFriday ふたりの写真一つのアルバムに”
のシーンを書きたかっただけなのに、なんだか切なくなってしまいました。
次回は”ゴメンネ言えないまま 眠り込んでしまうSaturday 日曜日にはパジャマのまま歌ってる” な、展開になるといいな♪
この話は私にとって癒し系。あくまでほのぼの目指します!

 


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