日曜日はパジャマのままで  3












悠理は真っ赤に染まった顔で、清四郎を見上げた。
潤んだ瞳。熱い吐息。
清四郎は本気で心配になってきた。
「こんな急に発熱するなんて、インフルエンザかも。 あいにく今日は親父も姉貴もいませんが、うちの病院に誰か残ってるはずです。 ちょっと診てもらいましょう」
清四郎はクローゼットを開け、パジャマの上からコートを羽織った。
悠理にも着てきたコートを手渡す。
「・・・い、いいよ、そんなん!」
ぼぉっと清四郎を見上げていた悠理が、我に返ってふるふる首を振った。
「だって、喉も痛くないし腹も快調だし、寒気もないじょ!」
「そうですよねぇ。夕食はいつも通り人三倍食べてましたもんね」
清四郎は片手を顎に置き腕を組んで、悠理をまじまじ見つめた。
じっと凝視すると、悠理はふいに目を伏せた。
染まった目元に、長い睫毛が影を作っている。
「どこもなにも痛くないんですか?」
「う・・・なんか、さっきから、胸がちょっと痛い」
「胸って、まさか心臓?」
「心臓かな?なんかすごいドッカンドッカンしてる」
悠理は自分の胸を押さえた。
清四郎は眉をひそめた。
心臓外科医の父親を持つ以上、心臓病の事例は多く見聞きしている。
急激な血圧上昇、しかも発熱?
「ドッカンドッカンって・・・どれ」
清四郎はとっさに悠理の胸元に手を伸ばしていた。

ふにゃ。

手のひらに触れたあまりに頼りない柔らかい感触。
約5秒間。
ふたりとも頭が真っ白になってそのまま凝固していた。
そして。
「うぎゃぁぁぁぁっ」
悠理は叫んで、後ろ向きに尻餅をついた。
まるで、清四郎が突き飛ばしでもしたかのように。
「な、な、な、な、なにしやがるっ!」
悠理は腰が抜けたように座り込んだまま、自分の胸を抱きしめた。
ただでさえ赤かった顔が茹ダコ状態になり、頭からは湯気。
ほとんど無意識でしてしまった自分の行為に、清四郎はやっと気づいた。
もし悠理が心臓に欠陥があるのなら、今ので確実に発作ものだ。

「わ、悪かった!つい」
清四郎の顔にも熱が上ってきた。
少年ではありえない胸の感触。やはり、悠理は女の子なのだ。
謝って自分も膝をつき、悠理に近寄ろうとすると、足が飛んできた。
悠理は両手で自分の胸を抱きしめ、座ったまま清四郎に蹴りを入れようと足をじたばたさせている。
「こ、こっち来んな!おまえなんか嫌いだぁぁっ」
「謝ってるじゃないですか!どうせ、ほとんどなきがごとしの胸なのに・・・」
清四郎は振り回された悠理の足首をつかんだ。
両手を胸で組んだままの悠理はバランスを崩して、仰向けに倒れる。
フローリングの床に、ごちんと後頭部のぶちあたる音がした。
「う・・・」
「ゆ、悠理、大丈夫か?」
さすがに、清四郎もマズイと思い、そろそろ悠理の顔を上から覗く。
悠理は目尻に涙を溜めて、唇を震わせていた。
赤らんだ頬に、ぽろりと涙が伝い落ちる。
「・・・どうせ」
見下ろす清四郎が、悠理の泣き出しそうな目に映っていた。
「どうせ、あたいは女じゃないんだろ、おまえには!」
清四郎はあっけに取られて、悠理の涙を見つめていた。
たしかに、どう言い訳しようとひどい扱いだ。
「ごめん・・・つい。おまえとは、もうなんだか身内のような感覚になってしまってたのかもしれません」
悠理の目から、ぶわっと涙が盛り上がり、吹き出した。
「つ、ついってなんだよ!いくら親しくっても、野梨子には絶対にしないだろ?!」
涙声の抗議。
それは、図星だった。
もしもそんな不用意なことを野梨子に一度でもしていたら、潔癖症の彼女のこと。 その日から口もきいてもらえまい。
男嫌いの野梨子にとって清四郎が特別なのは、思春期以降、異性を感じさせないよう 清四郎が気を遣ってきたせいもあった。
そういう気遣いを、悠理に対しては微塵もしたことがない。
それどころか、女あつかいしたことすら。

清四郎はつかんだままだった悠理の足首から手を放した。
白い足首は、たしかに少女のものだった。その胸の感触と同じに。

――――悠理は、女の子なのだ。

胸がなるほど、ドカンドカンしてくる。
申し訳なさゆえだとは思いつつも、清四郎は自分が赤面していることを自覚していた。
まるで、先程の悠理のように。

以前、皆の目の前で、可憐がすっ転んだことがあった。
真後ろにいた清四郎と魅録はばっちりレースの下着を目撃するはめになった。
可憐以上に真っ赤になった魅録にくらべ、「眼福眼福」と、野梨子には聞こえないよう清四郎はつぶやいた。
人目に触れずしてなんのための下着のファッション。可憐の勝負下着は、一見の価値があった。
ひとよりスケベだとも思わないが、清四郎だって年齢相応、それなりの興味も経験もある。
そんな清四郎を殴りつけたのは、魅録と悠理だった。
今時の高校生、しかも留年生、しかも地元の不良が裸足で逃げ出す二人の、思いがけないほどの初心さに、苦笑させられた清四郎だった。

なのに。
清四郎は自分の反応に戸惑っていた。
色気もへったくれもないはずの悠理のジャージ姿に、ドギマギ焦る。
紺のジャージからのぞいた、思いがけない足首の白さ。
涙を浮かべた目も頬も清四郎の視線を避けるように逸らされているが、耳から首への華奢な線は、紅く染まっている。
体操着のわずかな胸の隆起から目が離せない。
熱にとろけるマシュマロのような胸の感触が手に蘇った。

悠理を女と思ったことがないから、一緒に居ても気にならなかった。
取っ組み合って、共に眠って。
それは清四郎だけでなく、魅録も、あの女好きの美童も同じ。

「悠理、僕が悪かったです。そう拗ねるな」
もう一度謝ったとき、視線を向けた悠理の服のこれまで気づかなかった刺繍が見えた。
悠理が胸元を握りしめているため、上に羽織っているカーディガンが引っ張られ、左胸のマークが見えたのだ。
北中の校章。
それは、魅録の出身校だ。
おそらく小さくなった中学時代の体操着を悠理がもらいうけたのだろう。
警視総監の一人息子にして番を張っていた魅録は、体育などろくに出なかったらしく、その体操着は古着には 見えなかったが。

激しく動悸を打っていた胸が、ひんやり凍った。
ぎゅ、とわけのわからない感情に胸が締め付けられた。
思わず清四郎は自分の胸元をつかむ。悠理の買ったネルのパジャマの。
あのとき一緒に居たのが清四郎でなくても、悠理はお揃いで欲しがっただろう。
美童や、まして魅録なら。

「・・・・。」
真っ赤な顔のまま、床に横たわり顔を背けている悠理。
その悠理を覆いかぶさるように見下ろしている清四郎。
ふたりの間に沈黙が満ちる。
胸苦しさに、息がつまった。
今の悠理は少女にしか見えない。
抱きしめたくなるのは、子供っぽい独占欲からだろうとは清四郎も自覚していた。
まだ、欲望というほど、生々しい感覚ではない。

時計の音だけが静かな部屋に響く。
たがいの早すぎる心音が、聴こえる気がした。
階下でTVを観ているはずの母親の気配すらしない。
閑静な住宅地、菊正宗家は豪邸というほどではないが、十分に広かった。

こうしてふたりきりでいることに息苦しさを感じてしまうのは、悠理を女だと意識してしまったから。
今は欲望でなくても、触れてしまえばわからない。
悠理が女である以上に、清四郎は男なのだ。

悠理はすんと小さく鼻を鳴らし、目元をぬぐった。
ちらりと清四郎に視線を向けるが、思いのほか近すぎる距離に驚いたように、すぐに瞳は逸らされた。
いたずらを見つかった子供のような悠理。
男の欲望に曝すには、あまりにも無垢な仕草。

清四郎は小さくため息をついた。
「・・・悠理、やっぱり今夜は帰ったほうがいい」

もし、先程のように、”ここにいたい”と告げられたら。
そこに甘い色を探してしまいそうになる。
ほんとうに帰したくなくなってしまう。

だけど、悠理は今度はなにも言わなかった。







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「このグズー!」と、思わず清四郎ちゃんに作者自ら悪態つきたくなりましたが、ほのぼのキープのためには、ここでガバリと行くのも まずかろう。(笑)
往年の少女漫画のお約束その2。体操服の胸にタッチ☆で〜す。(どんな漫画じゃ・・・/汗)
間接キスも入れたかったけど、この人たち日常で回し飲みくらいは平気でしてそう。そんでもって、どちらも意識してくれなさそう。 あ、「KissKissKiss」でやったか、間接キス。しかも魅→清→悠(あくまで順番!)で。
次回も、乙女の夢(昔の)を追いかけまっす♪


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背景:カプカプ☆らんど