日曜日はパジャマのままで  4












床に寝そべったまま。
パジャマの上にコートを羽織り外出準備を整えている清四郎を、悠理は睨みつけていた。
清四郎の無神経ぶりに腹を立てたのも事実だったが、泣き出してしまった自分にも腹が立っていた。
清四郎が悠理を女あつかいしないのなんて、今に始まったことじゃないのに。
顔に上った熱は、冷たいフローリングの感触にも冷めない。
「ほら、帰り支度して」
「・・・・・。」
促されても、悠理はぷいと顔を背けただけで動かなかった。
寝転がった背中に、根が張ったようで。

ほんとうは、帰りたくはなかった。
病気じゃないかと思うほど胸が痛いのに。
泣いてしまうほど腹が立ったのに。

口を引き結び動かない悠理に、清四郎はため息をついた。
呆れたようないつもの態度にさえ、目頭が熱くなる。

清四郎の足音が遠ざかり、また近づいた。
顔を背けていても、痛いほど彼の気配を追ってしまう。

と。
いきなり、視界が真っ暗になった。
頭から毛布を被せられたのだと気づいたときには、その毛布が体に巻きついていた。
布に拘束され、手も足も動かない。
簡単に清四郎に動きを封じられ、悠理は焦った。
ぐっと体が持ち上がる感覚。
「な、なにすんだよっ」
もがいて、なんとか頭だけは脱出することに成功した。
「だって、熱があるんですよ。薄着過ぎます」
驚くほど、近くにある顔。
悠理は清四郎に抱き上げられていた。
ミノ虫のように毛布から顔だけ出した悠理は、至近距離の男の顔から目が離せない。
再び頭が沸騰する。
清四郎は悠理を軽々横抱きに抱えたまま、部屋を出て階段を降りはじめた。

悠理が思いきり暴れれば、もちろん清四郎は放してくれただろう。
だけど、悠理は身動きひとつできなくなってしまった。
本当に病気かも、と不安に駆られた。
苦しくて。
胸が痛くて。
清四郎に子供あつかいされるのもペットあつかいされるのも、いつものこと。
いつもの悠理なら、女あつかいされるのこそ真っ平ゴメン。
こうして抱かれるのさえ、拒否するはずだ。
ピンチのときでさえ、清四郎や魅録に負ぶわれ、首っ玉にすがりつくのは、 可憐や運痴の野梨子だ。
こんなの、悠理らしくない。
そう思いながらも――――肌があたる清四郎の真新しいパジャマの感触に、 身動きを封じられた。

悔しさと切なさ。だけど、それだけじゃない。
その何かが、悠理を動けなくした。

悠理はまだ赤らんだ涙の跡の残る頬を、清四郎の胸に押しつけた。
清四郎の鼓動が聴こえた。
階段を降りているためか、それは早く不規則だった。



*****




悠理は目を閉じ、清四郎の胸に頬を擦りつけた。
まるで、子猫のような仕草。
意地っ張りの悠理らしくない観念したような大人しさに、清四郎は戸惑っていた。

やはり熱があるからなのだと、清四郎の理性は友人を案じている。
一方、先程から激しく高鳴る鼓動は、感情を正直に反映していた。

強引に抱き上げたのは、悠理を帰したかったから。
このままでは、とんでもないことをしてしまいそうになる。
強引に抱き上げたのは、悠理に触れたかったから。
このまま、抱きしめてキスをして――――そんな覚悟も勇気も持ち合わせてはいないのに。

年頃の男女とはいえ、双方の家族も友人たちも、ふたりきりの夜を案じてはいない。
誰よりも、悠理自身が、疑ってすらいない。
女あつかいしないと涙を見せたくせに、清四郎が男であることなど、わかっちゃいない。

長い睫毛を閉じた瞼。
熱をもった吐息。
あの紅い唇に口付けたら、どんな味がするだろう?

「・・・悠理」
清四郎が名を呼ぶと、悠理は目を開けた。
明るい玄関先。
熱に赤らんだ目が、清四郎を見上げていた。
「ちょっと待っててください」
清四郎は毛布ごと悠理を下ろした。
悠理はふらつきもせず降り立つ。
「荷物と、車の鍵を取ってきます」
清四郎は悠理を玄関に残し、踵を返した。
もう一度二階に駆け上がり、悠理の上着と鞄を小脇に抱える。
階段を降りても玄関を素通りし、奥の台所へ駆け込んだ。
壁に掛かっている姉の車の鍵を取る。
そして、水道水をくんで、まず一気に飲み干した。
喉がカラカラだった。
熱い喉を、冷たい水が冷やしてくれる。
清四郎は薬箱を探り、新しく水をくみなおした。
居間の母親に声を掛ける。
「悠理を送って行きます。姉貴の車を借りますから!」
ドラマに没頭しているらしい母親は、はーいと、気のない返事だけを寄こした。

悠理は毛布を羽織り直し、靴を履いて待っていた。
「ほら、これを飲んで」
清四郎が差し出した薬と水を、素直に受け取り口に放り入れる。
「・・・なに?」
飲んでしまってから問われ、清四郎は苦笑した。
「熱さましですよ」

玄関を開けると、火照った体に、冷たい12月の冷気が吹き寄せた。
思わず悠理に手を伸ばすと、首を振られた。
「自分で歩けるよ」
だけど清四郎は、悠理の肩を抱き寄せた。
「風が冷たいから」
それが、言い訳になると思った。
抱き上げはしないものの、そのままコートの中に抱き込むように。華奢な悠理の体は、清四郎の腕の中にすっぽりと納まった。
小脇に抱えたままの悠理の上着は、出番がなかった。



*****




清四郎にもらった薬のせいだろうか。
悠理は車が動き出してすぐ、眠ってしまった。
「着きましたよ」
後部座席に横たわっていた悠理が目覚めたのは、もう剣菱家の門をくぐった玄関前。
ドアを開けて心配そうに後部座席を覗いているのは、母親と五代だった。
「悠理、熱があるんですって?」
「嬢ちゃま、主治医には連絡しますから」
「ん・・・へへへ」
悠理はヘラヘラ笑う。
「大丈夫だよ。なんかちょっと寝たらすっきりしたみたい。清四郎に薬もらったし」
「薬効で熱が引いて一時的に元気なだけですよ。発熱にはそれなりの原因があるんだから、調べたほうがいい」
清四郎は五代たちと反対のドアを開け、悠理を抱き下ろそうと身をかがめた。
「い、いい!歩ける!」
あわてて、悠理は清四郎に首を振った。
せっかく引いていた熱が、また顔に上がってくる。

”それなりの原因”

それはもう明白だ。清四郎の顔を見ていると、また胸が苦しくなってきた。
「お、おまえが触ると、またビョーキになる!」
それだけは、悠理にもわかった。
ドキドキして動けなくなって。嬉しくなって、悲しくなって。
まるで、自分じゃない自分。

「どういう意味ですか、人を病原菌みたいに。心外ですね」
清四郎が口を尖らせて眉をひそめた。
「そ、そーゆー意味じゃなくて・・・」
だけど、悠理にはうまく説明できない。
悠理にだってわからないのだ。この突然の異常事態は。

「・・・ま、いいですよ。それじゃ、悠理、お大事に。僕は帰ります」
「ええっ?」
後部座席を覗き込んでいた清四郎が、身を起こした。
遠のく清四郎に、悠理は思わず手を伸ばしていた。
「うわっ」
コートの襟を悠理につかまれ、清四郎はバランスを崩す。
車の屋根に手を掛け体を支えた清四郎に、座席から身を半分ずり落ちさせながら悠理はしがみついた。
「やだっ、帰んないで!」

あっけに取られた清四郎の顔。
百合子と五代、メイド達も呆然と立ちすくんでいる。

清四郎のコートにすがりつきわめいた自分の言葉に、悠理は羞恥で頭が爆発するかと思った。
照れのあまり、顔を上げることもできない。
ぎゅ、と目をつぶる。清四郎の服をつかんだまま。
「・・・お、おまえんちで病気になったんだから、責任取れ!」
「せ、責任って・・・」
清四郎の声は、めずらしく狼狽していた。
「まだ胸が痛むのか?」
心配そうな声。
悠理が病気への不安で清四郎に頼っていると思ったのだろう。
「あっちこっち痛い!頭もくらくらするし、胸はずきずきするし、胃までぎゅうぎゅうするし!」
自分でもめちゃくちゃ言っているとの自覚はあった。
でも、全部ほんとうのこと。
清四郎といると苦しい。
だけど、いなくなると思うだけで、もっともっとつらい。

「奥様、やはり主治医に連絡を・・・」
五代もうろたえている。
しかし、呆然としていた悠理の母は、丈夫この上ない愛娘のめずらしい体調不良を前に、 にんまりと笑みを浮かべた。
「・・・結構ですわ。悠理の病気は、お医者様では治せそうにありません」







NEXT


今回は、お姫様抱っこと清四郎のコートに包まれてみたい(私の)夢を悠理ちゃんに体験していただきました。
でもミノ虫状態にしなければ、悠理ちゃんはぶん殴って飛び降りそう・・・と思った清四郎くん、どうしても彼女を 抱っこしたかったのね。
これから先はIN剣菱家。アンハッピーに終わることよりも、ギャグオチにならないかが私は心配・・・。(笑)


TOP



背景:カプカプ☆らんど