やや荒い運転で、駐車場に停まった真っ赤なポルシェ。
運転席から降りた女はラフなジーンズ姿だったが、サングラスに隠されながらその美貌は明らかだ。
オープンカフェに集まっている仲間たちの姿に気づき、彼女は手を挙げた。
「あんたが最後よ、悠理」
すでにオーダー済みのアールグレイに口をつけ、可憐は手を振り返した。
「悪い」
店内を大股に横切り、剣菱悠理はテーブルに着いた。
彼女の前には、久しぶりに揃った5人の仲間。
高校を卒業し、10年がすでに経った。
皆それぞれ社会に出て、忙しい日々を送っている。
全員顔を合わせる機会は、ほとんどなかった。今日のように特別に作らなければ。
こうして皆が集まるのは、海外を転々としている美童が来日するスケジュールに合わせている。
「お帰り、美童」
悠理は久しぶりの友人に笑顔を向けた。
肩までの金髪を後ろに流した外交官は、魅惑的なウインク。
美童の隣には、ゴージャスな美貌に磨きのかかった、宝石店経営者の可憐。
その隣には、休日までネクタイ姿の青年実業家、清四郎がコーヒーを啜っている。
清四郎の隣には、髪をアップに結い上げた和服姿の野梨子。茶道家元の野梨子には、着物が普段着だ。
その隣には、皮ジャン姿の魅録。とてもそうは見えないが、インターポール所属の刑事。
その上、ミスマッチなことに茶道家元の妻を持つ。
悠理自身も、いまは実家の仕事を手伝っている。と、言っても経営に関与しているわけではない。
悠々自適生活を満喫する両親の代わりに、公的なつきあいに顔を出す程度だ。
剣菱の身代は、優秀な経営陣グループが支えてくれている。創業者一族は、表看板でいればいい。
そうは言っても、兄の豊作ではその表看板さえ役不足なのだから、悠理は重要な役割をそれなりに担っているのだ。
「今日はさ、報告があるんだ」
ケーキ5つとサンドイッチ3人前をオーダーし、悠理は皆の顔を順に見た。
次にテーブルの上の皆の手を見る。全員の、左手の薬指には指輪がはまっている。
だけど、悠理自身の指には、白い痕が残るのみ。
「あたい、昨日離婚届け出してきた」
悠理のいきなりの発言に、皆は息を飲んだ。
あれから、10年。6人はそれぞれ違う道を歩み、結婚し、家庭を持った。
と、いっても、どの彼女からかはわからないステディリングをはめた美童は独身貴族。
可憐は夫と別居中。
「・・・そう、ついに」
可憐はため息をついた。
可憐の方は、夫の浮気で別居中とはいえ、まだ別れる踏ん切りはついていない。
「あたしは、まだ思い切れないわ・・・」
可憐は自分の結婚指輪に目を落とした。
「そりゃ、可憐は大恋愛の末の結婚だもんな」
悠理はサバサバした顔で、笑った。
「やっぱ、愛のない結婚はするもんじゃないよ」
運ばれてきたケーキを、悠理は大口を開けて放り込んだ。
確かに、悠理は恋愛経験がないまま、年頃になって親の言うままに結婚してしまった。
結果的には。
しかし、それでも仲間たちはいつも元気な悠理しか知らない。
それなりに満足し、幸せな生活を送っているものと、思い込んでいた。
歳を経るごとに、悠理は美しさを増していたから。
「愛のないって・・・悠理。好きな男でもできたの?」
美童は戸惑った顔をする。愛のない生活など、美童には想像もつかない。
「いんや」
悠理はふたつめのケーキにフォークを刺す。
「じゃあ、どうして?浮気でもされた?」
独身の美童には、夫婦間の問題はそれぐらいしか思いつかない。
黙ってコーヒーを啜っていた清四郎は、ソーサーにカップを置いた
「そんなわけないでしょう。剣菱の婿が浮気なんてしようものなら、百合子夫人に射殺されますね」
一同、思いきり納得。
「闇から闇だよなぁ」
刑事にあるまじき呟きは、魅録。
清四郎は悠理の薬指の痕を見ながら冷たく続ける。
「悠理はわがままなんですよ。
愛のないって、政略結婚みたいなもんなんですから、いまさらでしょう。
だいたい”愛のある結婚生活”なんて、たいていの夫婦は送っちゃいません」
その極端な発言に、思わず顔を見あわせる野梨子と魅録の夫婦。困った顔の可憐。
そして、悠理はふくれっつら。
「やっぱり、野梨子と魅録や父ちゃんと母ちゃんみたく、恋愛結婚すれば良かったよっ」
「相手がいればね」
「〜〜〜っ」
「ま、まぁまぁ・・・」
往時のように、にらみ合う悠理と清四郎に、慌てて美童は仲裁に入った。
「なんか原因はわかった気がするから、もういいよ。でも、離婚とは悠理も思い切ったんだね。
悠理んちみたいな家だと、それこそおじさんやおばさんの反対もあったろうし」
焦り顔の美童に、悠理はふくれっつらのまま答えた。
「ウチは格式もない成り金だからな」
「それに、悠理の離婚は二度目ですしね。慣れたもんです」
清四郎の言葉に、美童は目を剥いた。
「ええっ?!」
美童の叫びに、今度は魅録や野梨子、可憐が驚いた顔をする。
「あら、美童、知らなかったんですの?」
「そうか、前の離婚のときは、おまえ外国だったっけ。わざわざそんな報告すんのもなんだしなぁ」
「あんたが独身のうちに、こいつらってば、バツ2よぉ。婚約解消3回に、離婚も2回目!」
清四郎は可憐の言葉に首を振った。
「婚約破棄は高校時代のものも含めれば、4回です」
そうだっけ、と悠理は首を傾げて清四郎を見上げる。
「そんなことも憶えてないのか、この頭は」
清四郎にデコピンされ、悠理は拳を固め、立ち上がった。
にらみ合うふたりは、一触即発。
「あああ、こんなとこで夫婦喧嘩はじめるなっ」
止めに入った魅録に、悠理と清四郎は同時に叫んだ。
「「もう、夫婦じゃない!」」
*****
「性格の不一致は、いまさらでしょう。どうして、また別れますの?」
「大体、剣菱の事業は清四郎なしじゃ回らないだろう」
魅録と野梨子の言葉に、悠理は清四郎を横目で睨みながら答える。
「仕事はそのマンマだよ。前のときもそうだったし。どうせ、こいつは仕事だけが関心事だからな」
「おまえのように、遊んで暮らすわけにいかないだけです」
清四郎は自分の左手の指輪を回しながら答える。
しかし、外す気はないらしく、薬指から手を離した。
「アマゾン探検に三週間も付き合って、事業ができますか?」
「父ちゃんなら、母ちゃんに付き合うぞっ」
「お義父さんは特別です」
「あーっ、やっぱ恋愛結婚すりゃ良かった!」
言い争う元夫婦に、仲間たちは呆れ顔。
「そりゃーさぁ、”ま、いっか”結婚だって知ってるけどさぁ」
ほとんど腐れ縁の末の結婚だ。恋愛に興味はなくとも、剣菱の事業には興味のある清四郎。そして、
財閥令嬢として結婚をせっつかれ、手近な男で手を打った悠理。
おかげで、婚約時代から厭きもせず何度も別れるはめに陥った。
「まぁ、あれだけぶつかるふたりが別れるのはわかりますけど。
どうして何度も元の鞘に収まるのかが、私には理解できませんわ」
野梨子は形の良い眉を寄せる。
その夫は、煙草をふかしながら呆れ顔。
人騒がせな元夫婦は、まだギャーギャー言い争っている。
悠理の離婚宣言に、一瞬本気で胸を痛めた美童は、呆れを通り越して憤懣顔。
「離婚原因の”性格の不一致”というやつは、実際には性生活の不満がほとんどなんだってさ。そっちの
相性はいいから離れられないんじゃないの?あ、それとも、そっちの方の不一致が離婚理由?」
美童の言葉に、言い争っていた元夫婦の顔色が変わった。
真っ赤に。
「そ、そこ!勝手なこと言うなっ」
悠理がビシッと、指を突きつける。
清四郎も、頬を染めて美童を睨む。
「下世話な詮索はやめて欲しいですね」
可憐は自分の暗礁に乗り上げた結婚生活を思い、ため息をついた。
「で、清四郎は今度も同居のままなのね?せめて寝室は分けなさいよ。でないと、またすぐ復縁するはめに
なっちゃうんだから」
自身別居中の可憐の嘆息は重い。
赤らんだ顔のまま、悠理はうっと詰まった。
「別に、構いませんよ」
清四郎は胸元に手を入れ、分厚い封筒を取り出した。
悠理の前に並んだ空になった皿を重ね、テーブルに置く。
「なに、コレ」
きょとんとした悠理に、清四郎は口元をゆがませ微笑んだ。
「面倒だから、たくさん用意しました」
「は?」
皆が覗き込む中、悠理は封のしていない封筒から書類を引っ張り出した。
出てきたのは、2種類の申請書。それも何枚も。
どれも”菊正宗清四郎”と署名捺印済の、婚姻届と離婚届だった。
「・・・・・・・うわー、保証人の欄まで、しっかり剣菱のおじさんたちに書いてもらってんだ」
呆れ憤懣を通り越し、感心しだした美童がつぶやく。
絶句して婚姻届を凝視していた悠理は、席を蹴って立ち上がった。
書類を空中に放り上げる。
「バカにしやがってーっ!あたいは、おまえのそーゆーとこが我慢ならないんだ!今度こそ、出てってやる!
おまえが出ていかないんだったら、あたいが!」
清四郎は空中に舞い散る薄い書類を、平然とすべてつかみ、封筒に戻した。
「勝手にどうぞ」
冷たく言い放つ清四郎に、さすがに野梨子や可憐は眉をひそめた。
悠理じゃなくとも、腐れ縁の夫のこの態度にはキレるだろう。
「清四郎、あんたの態度もね、」
意見してやろうと口を開いた可憐だったが、清四郎がまた指輪に触っているのを見て、口をつぐんだ。
悠理が外している指輪を、外せない清四郎。
なにも意識していないわけではないだろう。それを癖のように回している様子では。
別居中の浮気者の夫が、指輪をどうしているかなんて、可憐は知らない。
少なくとも、楽しかった思い出を忘れられない可憐は、まだ指輪を外せない。
*****
立ち上がり、出てく、と宣言した元妻を、清四郎は見上げた。
「で、迎えはアマゾンですか、南極ですか?三週間後でいいですね」
悠理は、む、と顔を顰める。
「南極で三週間じゃ、死んじゃうだろー」
「ハイハイ、南極なんですね。じゃ、一週間後だな」
清四郎は手帳を取り出し、サラサラペンを走らせた。
スケジュールのびっちり埋まったその手帳を、悠理は上から覗き込む。
「・・・・一週間だと、つきあえるって、おまえ言ってたじゃんか」
拗ねたようなその口調に、清四郎は苦笑した。
「いいですよ。一緒に行きますか?」
ほのかに甘さを乗せたその言葉に、悠理の愁眉が解けた。
「ほんと?一緒に行ってくれるの?」
悠理は目を輝かせて、ストンと席に座り直した。
まだ残っていた皿の上に手を伸ばし、サンドイッチをむんずとつかむ。
バクバクいつもの通りダイナミックな悠理の食べっぷりを、清四郎目を細めて見つめた。
「おたがい独身に戻ったんだし、婚前旅行と洒落こみますか」
清四郎のその言葉に沈没したのは、悠理ではなく残りの四人。
机に頭突きをかましたまま、魅録は片手を上げた。
「・・・頼むから、男山を連れて行ってタロジロごっこはさせないでくれ。あいつももうイイトシなんだ」
口に出せたのは、それだけだったが。
テーブルに頭を伏せたまま、四人の脳裏には、同じ思いが渦巻いていた。
――――”愛のない結婚”なんて、くそっくらえだ(わ)!
2004.10.24
百恵の「プレイバックpart2」がカッコよくって好きなので、悠理でしてみたかっただけです。だから、ポルシェ。
実は私の最萌え夫婦は、「じゃりん子チエ」のテツとヨシエです。結婚してからも切ない恋愛中。
よく、テツ=悠理で妄想しちゃったり。”リレーで勝負し、負けた悠理は果たし状を清四郎に渡し、
鉢巻き締めて待ち合わせ場所へ。しかし、デートと勘違いした清四郎は花束持って登場”
ってなテツ&ヨシエ学生時代ネタとか。結婚しても、顔を見れば落ち着かないから、
いつも背中向けてご飯食べてたり。恋愛不器用者の夫婦、萌えるんで、また書いちゃうかも。
しかし可憐ちゃん、不幸にしちゃってゴメン。だって、原作でも男運悪すぎだもん。
ら・ら・らTOP
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