1.眠りから覚めて数秒間。ここがどこか、いまがいつか、自分がだれか、わからなかった。 柔らかいベッドの感触。天蓋付きの天井。 見慣れた光景に、悠理はゆっくりと身を起こした。 光の降り注ぐ窓。太陽はもう高い。 まだ幾分現実感を取り戻していなかったものの、悠理はやっと意識が覚醒するのを感じていた。 昨夜はほとんど気絶するように眠ってしまったのだから、頭がぼんやりするのも無理はない。 広いベッドの隣から、静かな寝息。 羽根布団にくるまって眠っている男の姿は、よく見えない。 同じベッドで眠る彼は、数日前までは悪友の一人にすぎなかった。 だけど、イタズラな神様が、ふたりの運命を変えた。 5年の時を遡って、中学生の彼と出会い、悠理は恋に落ちた。 ――――いや、彼に恋していたことを、気づかされた。 逢瀬は、たった一夜。 結ばれた朝に、悠理は時をふたたび越えた。 そして、意地悪な悪友と再会した。 いつも口うるさい、清四郎。趣味も性格も悠理とは正反対の、嫌味な男。 だけど、彼は5年間、悠理を待ち続けていた。 今は、たったひとりの悠理の恋人。 昨夜の記憶が怒涛のように悠理の脳裏を駆け巡った。 悠理にとっては、14歳の彼との初体験からまだ数日しか経っていない。 だけど清四郎にとっては、5年間堪えてきた想いだった。 ふたりきりになるなり、清四郎は情熱的に悠理を求めた。 慣れない悠理には男の欲望を受け止めきることは、とてもできなかった。 一晩中、煽られ泣かされ。あまりの快感に気を失うまで、甘い責め苦は続いた。 何度も絶頂に追い上げれらた夜の記憶に、体の奥がずくんと疼いた。 今日は起き上がれないかと思うくらい激しく責められたが、心配していた痛みは感じなかった。 ただ、けだるい倦怠感。下半身が熱をもったように疼く。 抱かれた記憶に、欲情する体。 思いもかけないその反応が恥ずかしくて、悠理は手で顔を覆った。 「〜〜〜〜っ」 ベッドの上をゴロゴロ転がった。 誰も見るものはいないのに、羞恥に身悶える。 隣からは、まだ規則正しい寝息が続いていた。 呼吸に合わせ、上下する羽根布団。 指の間から布団のかたまりを見つめていた悠理は、ふと異変に気づいた。 いくら広いベッドの上だからといって、なんだか、かたまりは妙に小さい気がする。 悠理は身を起こした。 「せいしろ・・・?」 小さく呼びかけた途端、首の後ろがざわついた。 憶えのある、異常な感覚。 まさか、また。 超常現象。怪異現象。 悠理には、あまりにもおなじみのその感覚。 恋人を包む布団をひっつかみ、悠理は勢いよく引き剥がした。 「ん・・・」 寝ぼけた顔で、恋人がゆっくり振りかえる。 「!!!」 悠理はあまりの衝撃に、ベッドから後ろ向きに転げ落ちた。 素っ裸で。 そして、あらわになった自分の下半身が目に入る。 次の瞬間、悠理は悲鳴を上げていた。 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」S/O/S広い剣菱邸に響き渡った、絹を裂くような野太い悲鳴。 「嬢ちゃま、どうなされました・・・っ!」 大事なお嬢様の部屋の扉を、執事の五代が血相を変えて開ける。 扉の向こうの光景は、彼をしばし絶句させた。 彼が手塩にかけて育て上げたお嬢様は、白い肌を惜しげもなく晒し、生まれたままの姿でベッドの上に座り込んでいた。 そして、ベッドの横には、真っ裸の青年。 「・・・・失礼しました」 五代はそっと扉を閉めた。 目尻に、涙が光る。 こうなることは、運転手の名輪の報告を聞いてから覚悟していたはずだった。 彼の目を潤ませたのは、一抹の寂しさと、それを上回る喜びの涙だ。 慈しみ育てたお嬢様が、望む限り最高の伴侶を得たのだから。 五代は顔を上げ、振りかえって女中頭に命じた。 「すぐに、若と奥様にご報告を。”トラ・トラ・トラ!”既成事実成立せり!」 忠実で有能な彼は、すぐに爺やから執事の顔にもどる。 これで、剣菱家は将来に渡って安泰を約束された。 安堵とともに、これから忙しくなると、五代は心の中で褌を締め直す。 「・・・しかし清四郎様も、下履きくらい着けてもらいたいもんじゃ・・・」 褌の似合いそうなむき出しの青年の臀部を思い出し、五代は首を振った。 その青年は、ベッド上の恋人の姿に、釘付けだった。 「せ、せいしろー・・・」 『清四郎』は喘ぐように呟いた。 ベッドの上の『悠理』は、男の悲鳴に完全に目覚め、『清四郎』を凝視している。 「悠理・・・か?」 自分の発した少女の声。 清四郎は完全に覚醒し、必死で状況を把握しようと努めていた。 両手を顔の前に持ち上げる。 白い小さな手。マニキュアなど塗らなくてもピンク色の形の良い爪。 見下ろすと、小ぶりな胸。 目の前には、愕然とした表情で立ちすくんでいる素っ裸の男。見慣れた、自分の顔。 そこから導き出される結論は、ひとつだ。 同じように自分の手や体を見下ろしていた『男』は、あまりの事態に表情をなくした。 「う、う〜ん・・・」 『男』は白目を剥いて、仰向けにぶっ倒れた。 『女』は腰にシーツを巻きつけ、ベッドから降りる。 壁に掛った大きな鏡に手をつき、はぁぁ、と嘆息した。 そこに映った、昨夜愛した痕の散る白い体。青ざめた恋人の顔。 「やはり・・・入れ替わったのか」 清四郎はぽつりと呟いた。そうすると、鏡の中の『悠理』の唇が動く。 トラブルメーカーの悠理のおかげで、これまでも様々な騒動に遭遇してきた清四郎だったが、 初めて直接体験する超常現象だった。 まさか、恋人と体が入れ替わってしまうとは。 昏倒している『清四郎』の体を見下ろした。 自分の体に巻きつけていたシーツを外し、意識のない『男』の下半身にそっと掛ける。 こんな時でも、健康で元気な自分の体の若さが恨めしい。 シーツはこんもりテント型に盛り上がった。 『女』は、もう一度大きくため息をつく。 体中の節々が軋み、下肢に力が入らなかった。 それは、怪異とは関係がない。 正しく自業自得の状況に、清四郎は頭を抱え床に座り込んだ。 積年の想いをついに遂げた、幸福なはずの朝。 運命の女神の気まぐれにまたもや翻弄された恋人たちには、ハッピーエンドは遠かった。 ふたりの明日は、まだ見えない。
ハイ、hachi様リクエストによる、「人格交換もの」でっす♪ |