3.「なんだよっ、ラ、ラブラブってのは!」 戸を閉めた途端、悠理は清四郎に食ってかかった。 「なにを怒ってるんですか。僕としては、うちの家族にも僕らの関係を表明できて良かったと思うんですが。 僕が言ってもどうせ姉貴あたりは信じやしないんだから、 『悠理』の口から言って聞かせた方がいいんです」 何をしてそんなに和子の信用をなくしたのか姉弟のナゾだ。 「僕らの関係って」 悠理は唇をとがらせた。 はっきりいって、現在のふたりの”関係”はそれどころの騒ぎではない。 登校準備を始めた清四郎の背を、悠理は見つめた。 「あのさ」 悠理にはひとつ引っかかることがあった。 「あたい、おまえの口からちゃんと聞いてないんだけど」 「は?」 一瞬、清四郎は意味がわからなかったようだ。 しかし、悠理の目を見返した清四郎は、わずかに頬を染めた。 14歳の清四郎と恋に落ちて。 時を越えて戻ってくるまでの5年間、ふたりは完璧にただの友人同士だった。 清四郎がその真情を漏らしたことは一度もなかった。 悠理があの一夜の記憶を持ち還るまでは。 「…言ったじゃないですか、さっき」 「あれは、”あたい”が、”清四郎”を、ってことだろ!」 「おや、否定しないんですか。じゃあ、本当におまえは僕に”夢中”で”ラブラブ”なんですね?」 清四郎は目を細め、微笑を浮かべた。 「ごまかすなよ」 だけど、悠理が追求すると、清四郎は視線を落とした。 「……。」 耳たぶも項も、ほんのり紅に染まっている。 能弁な清四郎が口ごもり下を向いている様は、めずらしい。 清四郎は、まだ一度も自分の気持ちを悠理に告げてはいない。 そう簡単には、押し殺してきた言葉を口にすることはできないらしい。 大胆なくらい、あんなことやこんなことはしてのけるのに。 悠理は諦めてため息をついた。 「だいたい、なんだよ、”あたいにはもったいないカレ”ってのは」 「言葉のアヤですよ」 まだ赤らんだ顔のまま、清四郎は顔をそむけている。 赤面した少女の顔は、見慣れた自分とはやはりどこか違って見えた。 「それにな、全然あたいらしくなかったぞ。おまえのしゃべり方」 「わかってますよ。僕もいきなりだったんで、対処しかねたんです。学校では上手くやります」 清四郎は顔を上げ、悠理を見あげた。 もう、顔の赤みは引いている。 片眉を少し上げて訝しげにねめつけている様は、悠理の顔なのに、やはり清四郎の表情に見える。 「それより、おまえの方が断然不安だ」 「え、えっと、”僕”つって、スカした嫌味な話し方すりゃーいいんだろ」 確かに、だてに何年も友人はしていない。お互いの行動パターンは熟知しているといっていい。 「話し方だけの問題じゃない。今日は、おまえは得意の仮病を通せ」 清四郎はそう言って、大きめのマスクを差し出した。 「得意って」 「いつも、補習だ追試だ、のたびに、頭痛腹痛風邪に貧血、都合よくなるじゃないか」 「そんでも、いっつもおまえ容赦ナシじゃんか」 「あたりまえでしょう」 フン、と鼻で笑う清四郎に舌打ちしながら、悠理は渡されたマスクを着けてみた。 ほとんど目だけしか外に出ない。 「言葉づかいはなんとかなっても、おまえのそのコロコロ変わる表情を、 僕の顔でされたらたまらないからな」 「悪かったな、顔面土砂崩れでよっ」 悠理はマスクを外し、頬をふくらませる。 清四郎は悠理を椅子に座らせた。 クシを取り出し、悠理の乱れた前髪にあてる。『清四郎』のトレードマークのオールバックに整えるためだ。 「いいか、今日は風邪気味だと言って、極力しゃべるな」 「おまえの誠意ナシの愛想笑いくらい、楽勝だじょ」 「授業で当てられたら、どうする気だ?」 う、と悠理は言葉につまる。 「まぁ、おまえが女らしくなくって助かった。内股でカマっぽい『菊正宗清四郎』なんて 最悪ですからね」 「・・・それはドーモ、お褒め頂いて」 髪を梳かれながら、悠理は本格的に臍を曲げた。 「『菊正宗清四郎』の体面には、せいぜい気をつけるさ。だてに長い付き合いじゃねーよ。 優等生面して慇懃無礼で底意地悪くって嫌味でもったいぶってて・・・」 「・・・そして、剣菱悠理に惚れている」 そう続けたのは、清四郎自身だった。 清四郎の特徴を指折り数えていた悠理の動きが、ピタリと止まった。 顔を上げると、耳まで真っ赤になった少女の顔が悠理を見返す。 思いがけないほど、真摯な瞳。 自分ではない、自分の顔。 清四郎は勉強机の引き出しを開けた。 中から取り出したのは、三枚の写真。 「それ・・・」 差し出された写真には、悠理にとってはほんの数日前、清四郎にとっては5年前のふたりが 映っていた。 それは連続写真だった。 一枚目は、しかめっ面の悠理と並んだ少年の清四郎。二枚目は悠理の頬にふいうちでキス。 そして三枚目は、悠理の頭を抱きしめた笑顔の清四郎が映っていた。 無邪気な、輝くばかりの笑顔の少年。 いつもの内心の読み取れない微笑でもなく、意地悪な悪魔の笑みでもなく。 その笑顔は、悠理にとって見慣れない、あまりに清四郎らしくない笑みだった。 「おまえ、そういやこんな顔もできたんだな」 真っ直ぐ、悠理の心に食いこんできた少年の想い。恋の成就に、輝く笑み。 「ええ・・・そうだな。僕も忘れていた」 清四郎は苦笑する。 「どうも、僕は気持ちを隠すのに慣れすぎていたようだ。偽りの言葉はいくらでも出てくるのに、 本心はなかなか口にできない」 もう、気持ちを抑える必要はないのに。 清四郎は写真に見入っている悠理をじっと見つめた。 そして、目を閉じる。 目を閉じると、目の前の男を、悠理だと実感できる。 「悠理、目を閉じて下さい」 そう言われ、悠理も目を閉じた。 「目を閉じた方が、今は真実が見える」 少しハスキーなアルトの声。耳慣れないけれど、悠理自身の声だ。 もちろん、清四郎の声とは似ても似つかない。 「ずっと、好きだった」 だけど、それは清四郎の言葉だ。 「おまえを愛しています・・・悠理」 それは、初めて打ち明けられた真実の言葉。 ずっと押し殺してきた心情。 悠理は唇にやわらかな感触を感じた。 そして、体に回された腕。 抱きしめてくる腕は、あの14歳の少年よりも細く頼りない。 悠理はわずかに目を開けた。 ぎゅ、と目を閉じた少女の顔が目の前にあった。 悠理も少女の腰に腕を回す。 ふたりはきつく抱き合った。 「・・・おまえを取り戻したら、二度と離すつもりはなかったのに」 悠理の肩に顔を乗せ、清四郎は嘆息した。 「本気で僕はゲイの気はなかったらしい。男相手では、これが限度だな。自分の体とはいえ」 悠理はキスの余韻に、うっとりと華奢な体を抱きしめる。 「あたいは・・・大丈夫かも。おまえが女の子でも」 清四郎はぎょっとして身を離した。 「悠理、カンベンして下さい!それ、シャレですまないぞ」 なにしろもともと、学園内の女子の熱い視線を美童と二分する悠理だ。 その上、いまはれっきとした男性体。 青ざめた清四郎に、悠理はクスリと笑みをもらした。 「おまえ以外とは、ヤダ」 驚いた顔の清四郎に、悠理はもう一度、軽く唇を触れ合わせた。 「もっかい、言って」 にっこり満面の笑みを向ける。 清四郎は困った顔をして、苦笑い。 「嫌です。鼻の下伸ばしてニヤつく男に告る趣味はありません」 そう言いながらも、清四郎は悠理の頭を両手で抱え込んだ。 唇に吐息が触れる。 歯が下唇を噛む。 舌が、歯列を割る。 今度は、深いくちづけ。 恋人の甘い吐息をすべて吸い尽くすような、激しいキスを交わす。 言葉よりも想いを伝える雄弁な行為だった。 清四郎も悠理も、きつく双眸を閉じていたけれど。 まだ、目を開けて想いを伝え合うことすらできない。 だけど、ふたりはこの日より、両家公認の恋人同士になったのだった。
はい、ラブラブっす♪よく考えたら、このシリーズって、私にすれば非常にめずらしく思いの通じ合って
しかもすでにデキテル清×悠なんですよね〜。 |