6.「おまえは、あたいの恋人だろ、清四郎!」 仲間たちは、一瞬、真っ白になって固まった。 「ゆ・・・悠理?」 喘ぐように声を出したのは、美童。 「ちょ、ど、どういうことよ?!」 可憐が叫ぶ。 「・・・・・・・・。」 魅録と野梨子は、まだ固まっている。 床に転がっていた『清四郎』(=悠理)は目を白黒させた。 その頭上に仁王立ちしている『悠理』(=清四郎)は、もう一度繰り返す。 「おまえは、あたいに”愛してる”って、言ったじゃないか」 「えっ、そ、そんなこと言ったっけ?!」 (このバカ!) きょとんとしている目の前の男に、清四郎は軽く蹴りを入れた。 「言っただろ!今朝、はっきりと!」 清四郎が、悠理に。ずっと抑え続けていたその想いを。 やっと、悠理も清四郎の言葉の意味がわかったようだ。 身を起こし床に座ったまま、頬を染めた。 「う、うん・・・言った。言いマシタ」 もじもじしながら、赤面する『菊正宗 清四郎』。 「け、今朝って・・・野梨子の次は悠理なのぉ?!やっぱあんた、今日は変だわよ、清四郎!」 可憐が心底呆れた声を出した。 それは仲間たち皆の総意を代弁する言葉だった。 さもありなん、と思いながら、清四郎は焦る。 「あ、いや、次もなにも」 口をはさもうとした清四郎は、続く可憐の言葉に絶句する。 「本当に、別人みたいだわよ。どうしちゃったの?手当たり次第に口説きまくるなんて、 それじゃまるで、美童が乗り移ったみたいよ!」 その言葉に、『清四郎』と美童が同時に抗議の声を上げた。 「にゃにいっ、それはあんまりだ!」 「どーいう意味さ!いくらなんでも失礼だよ、可憐!」 野梨子と魅録はどちらに同意しているのか、うんうんと肯いている。 「いくら僕でも、悠理を口説くわけないだろっ」 美童の発言に頬をふくらませたのは、もちろん『悠理』(=清四郎)ではなく『清四郎』(=悠理)だった。 昼休みの生徒会室は、時ならぬ紛糾を極めた。 「清四郎は、朝からおかしかったんですのよ」 「悠理に迫るくらいですものねー!」 「悠理は清四郎を好きだったのか?」 「初めて男に告られて、その気になっちゃったんじゃないか?」 「いや、いくら単純なやつでも、まさか。まずは鉄拳鉄足が飛ぶだろう」 とうの本人たちを蚊帳の外に、仲間たちは喧々囂々言い合っている。 悠理は唖然。 清四郎はため息。 清四郎が甘かったのだ。両家の場合のように、交際宣言をして、 すんなり受け入れてくれるような仲間たちではなかった。 たしかに、仲間たちの前で、清四郎と悠理がこれまでそんな雰囲気を醸し出したことはなかっただろう。 なにしろ、超常現象が結んだ恋。 5年間、悠理への想いを屈折しながらも隠し続けた清四郎はともかく、悠理にしてもあのタイムスリップが なければ清四郎を意識することすら、なかったかも知れない。 仲間たちが信じないのも無理はなかった。 清四郎は、こほんと咳をついた。 こうなっては、路線変更もやむなし。 「ええと・・・実は、”あたい”も、変だとは思ってたんだ」 床に座り込んでいる悠理が、え?と顔を上げる。 それに、片目をつぶって合図し、清四郎は言葉を続けた。 「あのな、今朝、コイツ自身から聞いたんだけど。 思えば清四郎が変なのは、アレのせいじゃないかなぁ」 仲間たちは、やっと『悠理』(=清四郎)を振り返った。 「え?なに」 興味津々の顔。心配そうな顔。怪訝な顔。 清四郎は、もう一度咳をついて喉を整え、『悠理』らしい言葉を探す。 「あたいも、変だとは思ったんだよ。いきなりのラブラブ攻撃だもん」 「こ、攻撃・・・」 ごくんと可憐が息を飲んだ。 「それで、おまえやっぱ蹴り入れた?」 「まーな」 魅録に軽くうなずいて、清四郎は言葉を続けた。 「”清四郎”は体調悪かったんで薬作って飲んだんだけど、どうもその調合を間違ってしまったんだって。 ヤバイ薬になっちゃったみたい」 「や、ヤバイって」 「なんか、幻覚見るようなたぐいの」 「げっ、麻薬かよ」 全員の視線が『清四郎』に集中した。 悠理は照れ隠しに、ヘラっと歯を見せて笑う。 常の『清四郎』にはあり得ないその顔に、皆の顔に納得の色が浮かんだ。 「どんな麻薬なんだ?中毒の心配は?」 魅録が『清四郎』(=悠理)を心配そうに見つめる。 「その心配はないらしいよ。今ちょっとトリップしてるみたいだから、聞いても無理だよ。 時々、まともになるみたいなんだけど。それでもいつもよりハイテンションみたいなんだよな」 「ハイテンション…それで、”野梨子に近寄るな”?」 がっかりした可憐は嘆息した。 「なんだ、全女子をときめかしたあのシーンが、たんにヤクでラリってたってだけなのぉ?」 「夢を壊して悪かったですね」 どうやら信じたらしい一同に安堵して、清四郎は笑みを浮かべる。 つい、いつもの口調になってしまった。 「それで、どうして悠理は”恋人”なんて?」 美童が腕を組んで、いぶかしげに見つめていることに気がついた。 まだ、気を抜くわけにはいかない。 清四郎は唾を飲み込んだ。 「だって、ホントだもん」 てっきり、また皆が紛糾するかと覚悟した。 しかし、誰もなにも言わない。 「…?ホントなんだよ。清四郎はあたいに”愛してる”って…」 うんうん、と仲間たちは穏やかな笑みを浮かべうなずいた。 「どんな幻覚見てたのかなぁ、清四郎」 「完全に錯乱状態でしたのね」 「清四郎が錯乱すると、美童状態になるのね〜」 「なんだよ、さっきから!僕はそこまで見境いナシじゃないよぉ」 「悠理が女に見えるとは、結構すごいヤクだよなぁ」 魅録は気の毒そうな視線を、『清四郎』に向けた。 「ああ、だから、”体調不良の理由を話すな”って、清四郎は悠理に頼んでたのか。 おまえもおまえなりに、清四郎の頼みをきいて庇ってやってたんだな、悠理」 「いや、あの・・・」 清四郎は天井を見上げた。 お手上げだ。 まぁ、交際宣言は惨めな失敗に終わったとはいえ、『清四郎』の不審な言動については 上手くごまかすことができた。 それで、良しとするしかない。 清四郎のスカートがつんつん引かれる。 「なんか・・・めちゃくちゃ言われてるような気がすんだけど」 まだ床に座り込んでいる悠理が、小声で清四郎に囁いた。 「そうですね。でも、怒り出すなよ。ここはガマンだ」 「うん」 悠理は神妙な顔で、こっくりうなずく。 『清四郎』の顔なのに、結構可愛い。 これまで散々我慢してきた。この上、まだ耐えるなんて、冗談じゃない。 清四郎は拳を握り締めた。 「やっぱ清四郎、まともじゃないから帰らせた方がいいと思う。あたいがウチの車で送ってくよ」 清四郎は仲間たちに声をかけた。 立ち上がらせようと悠理に手を差しのべる。 しかし、その清四郎の手は悠理に届かなかった。 「なに言ってんのよ、悠理!」 『悠理』(=清四郎)の体は可憐にガシリと抱きしめられ、『清四郎』(=悠理)から引き離される。 「え?」 「今の清四郎は危険なのよ?あいつが理性失ったら、どこの誰が止められるのよ!現にあんた、 迫られたんでしょう?」 「いや、あの」 「悠理、この際言っとくけど。男は狼なのよ、気をつけなさい。この人だけは大丈夫だなんて 信用しちゃだめなのよ!」 可憐の剣幕に、清四郎は腰が引けた。 美童も苦笑しながら肯く。 「狼かどうかはともかくさ。清四郎が錯乱して暴れ出したら、怖すぎるよぉ。対抗できるのって、 雲海和尚かあのモルダビアぐらいじゃない?」 可憐と美童ばかりでなく、魅録も清四郎と悠理の間に割って入った。 「俺が清四郎を送って行くよ」 「ちょ、ちょっと待った!」 清四郎は焦った。 魅録とふたりきりになんてなれば、悠理はすぐにボロを出すに決まっている。 魅録は鈍い男ではない。 魅録に腕を取られ、『清四郎』(=悠理)も焦った顔をした。 すがるような目で見られ、清四郎は慌てて魅録に叫んだ。 「あたいよか、魅録の方が絶対あぶないって!」 「はぁ?」 魅録の目が点になる。 「だ、だって清四郎を止められるのは、和尚かモルダビアしかいないんだ。魅録だって 安全じゃない。錯乱してあたいに迫るくらいなんだ。魅録や美童にだって迫るかも!」 かなり苦しい言い訳だった。 だが、真に受けたのか、美童の顔が蒼白に変わる。 「ほら、その点あたいはスピードだけは清四郎より上なんだ。魅録より安全だって!」 清四郎の意図を理解し、悠理も拳を握り締めた。 「そうデスよ!悠理を襲うくらいなら、魅録を襲いマスっ!」 (いや、なにもそこまで言わんでも) 思わず、じっとり恋人を睨みつけた清四郎だったが、悠理も必死だったのだ。 そして、『清四郎』自らのこの発言は、抜群の効果をもたらした。 青ざめた魅録は、清四郎から飛んで離れた。 美童はすでに遁走している。 野梨子は口に手をあて硬直し。 失恋したての可憐は、「だから、男なんてっ」と、めずらしくも男性不信の言葉を吐いた。
すみません、なんかどんどん萌えのない展開に・・・。いつもは鋭い美童くんまで、ニブニブになってしまいました。 |