S/O/S





8.





「や、やだっ、あたい絶対、そんなもん飲まないっ!」
悠理は怪しげな粉薬を、即座に放り投げた。
そのまま、憤慨して立ち上がる。
「待ってください」
清四郎に手を捉まれた。
真剣な目。
「悠理は、元にもどりたくはないんですか」
「そ、そりゃ戻りたいけど・・・」
悠理は眼球をぐるりと動かした。

グロテスクなまでに可愛らしい室内が視界に入る。
乙女チックな装飾をほどこしたベッドの枕元には、『白雪姫の間』にふさわしく、 編んだ籠に入ったイミテーションのリンゴと、ティッシュ、コンドーム。
そう、ここはそういう行為をするための部屋だ。

「ほんとに、そーゆーコトしたら、元に戻れるのか?」
悠理の言葉に、清四郎は首を振った。
「そんなことは、わかりません。だけど、少しでも可能性のあることを試してみなければ」
清四郎はチューハイの缶を開け、その中に粉薬を注ぎいれる。
そして、それを自分の口に持っていった。
「おまえ、まだ飲むの?多すぎない?」
悠理はなにやら煮詰まっている清四郎の様子が、気にかかった。
悠理よりも清四郎の方が、この体で抱き合うことに拒否感を感じているようだったから。

清四郎は、座った目を悠理に向けた。
そのまま、いきなり悠理の手を強く引く。
ふいをつかれバランスを崩した悠理は、清四郎に唇を奪われていた。

唇から口腔に侵入する舌。喉の奥までこじ開けられ、ぬるりと液体が直接注ぎ込まれる。
「〜〜〜っ!」
喉を通りぬける、アルコールの感触。
唇が解放されるなり、悠理は咳き込んだ。

「や、やったな・・・!」
「ええ、もう手段を選ぶつもりはありません」

清四郎は悪びれもせず、トレーナーを脱いだ。制服のリボンをスルリと引き抜く。
「言ったでしょう。もう、我慢はできないって」
それは腹がへってたんじゃないのか、という突っ込みを、悠理は入れることができなかった。
清四郎にもう一度、唇を奪われたから。

今度は薬品もアルコールもなかった。
それなのに、急激な酩酊に目が回る。

歯列を割り、逃げる舌を捕らえられる。
絡み合う吐息。交じり合う唾液。
頭の芯に、霞がかかる。

アルコールも催淫剤も即効性だが、いくらなんでもまだ早すぎる。
だからこれは、恋人のくちづけがもたらす効果。



*****




悠理は、ぼぅ、と天井を見上げた。
イミテーションの落葉樹が目に入る。
気づけば、ベッドに横たわらされていた。
胸元に、ひんやり冷たい感触。
「んぎゃっ!」
あわてて飛び起きる。

案の定、制服のシャツの前がはだけられ、少女の手がそこにもぐりこんでいた。
目元を薄っすら染めた、『悠理』。
すでに制服を脱ぎ、タンクトップと揃いの下着姿だ。
ブラジャーはしていないと言った言葉通り、タンクトップの胸元を尖った先端が押し上げている。
彼女は後ろ手をついた『清四郎』の足を跨ぎ、男のシャツを剥ぎ取ろうとしていた。
片手でシャツをめくり上げ、片手を地肌に沿わせている。
小さな冷たい手が、男の肌を淫靡に辿った。

「ど、どひ〜〜!」
あまりの光景に、悠理の頭は思考を止めた。

思わず少女の手首をガッシリつかむ。
「痛っ」
清四郎は顔をゆがめた。
しばし、ふたりは睨みあう。
「抵抗しないで下さい・・・無理やりにはしたくない」
男に手首をつかまれた華奢な少女が、眼光鋭く忠告する。
悠理は、ただただフルフル首を振った。

思わず泣き言が漏れる。
「や、やっぱあたい、無理!」
おまえが女の子でも、大丈夫かも――――そう言ったのは、悠理だったが。
いざ、女の子に押し倒され、服を脱がされそうになって、頭がショートしてしまった。
なにしろ、しどけない姿で迫ってくるのは、自分自身の顔なのだ。

「観念しろ。おまえは目をつぶって、マグロになっていればいいから」
「そ、そんなわけにいくかっ」

悠理は思わず、清四郎の手首を握る手に力を込めた。
「チッ」
痛みに、清四郎は顔をゆがめた。
しかしコツがあるのか、気合とともに手首を捻って、たやすく男の指を外す。
「じゃあ、仕方ないですね」
感情のこもらない声で清四郎はつぶやいた。

この場はあきらめてくれるのか、と悠理がホッしたのもつかの間。
いきなりズボンのベルトを引き抜かれた。
「うぎゃぁっ」
早業に悠理が目を丸くしているうちに、清四郎は悠理の手首をつかみ、ベルトを絡めた。
器用にひとつにまとめ、堅く縛り上げる。
「な、な、な、」
ベッドの支柱に、ベルトは括り付けられた。

頭の上で手首を拘束された悠理は、体を捩って抵抗した。 足をばたつかせ、少女の腹を蹴り上げようとする。
しかし、その足は軽くかわされ、抱え上げられる。

「抵抗は無駄です。言ったはずだ。格闘では、この体でもいい勝負できるってね。気絶させるくらい、簡単なんですよ」
清四郎の声は、ひどく冷ややかだった。
いつもの、悠理をからかうときの意地悪な声音ではない。
「き、気絶させて、どーするつもりだよっ」

「――――おまえを、犯します」

いったい、女の体で意識のない男をどうやって犯すのか。
しかし、悠理にはそれを訊いてみる勇気はなかった。



*****




しばらくジタバタしていた悠理は、やがて大人しくなった。
ふくれっつらで、プイと顔をそらす。
清四郎は内心冷や汗をかいていた。
悠理にはああ言ったが、本気で暴れられれば、ヤバかった。
清四郎にしても、暴れる悠理を押さえつけていたぶるのは時と場合によっては、 かなりそそられる行為ではあるのだが、 180cmを越える男が相手となると、そうもいかない。 しかも、相手は自分の体なのだ。
アルコールで勢いをつけたとはいえ、冷静になるとかなり萎える。

「・・・せめて、僕の姿が目に入らないようにしてあげますよ」
清四郎はハンカチを取り出し、悠理の目元を覆った。
それは、自分のためでもあった。
正直、ゲイの気もナルシストの気もない清四郎は、男の顔を見たくなかったのだ。

ベッドの上に横たわる、服をはだけられ、縛られて目隠しをされた『菊正宗 清四郎』。
そのゾッとする光景から目をそらし、清四郎はベッドサイドの大きな鏡に目をやった。

『白雪姫の間』には、必ず姿見があると踏んだ。
それが、この部屋を選んだ理由だ。

鏡の中には、下着姿のほっそりした女が映っていた。
目を凝らさなくても、両目2.0以上の視力が、白い肌のそこかしこに、まだ数日前の愛撫の名残をとらえた。
清四郎が愛した体だ。
胸が痛みにひきしぼられるほど、激しい欲望を感じる。
今は男の体ではないのだから、それは体からくる本能的な欲望ではない。
悠理を欲しているのは、清四郎の心だ。

悠理を、もう一度取り戻す。
それは清四郎のゆずれない決意だった。

初めて悠理を抱いたのは14歳のとき。
一晩で消えてしまった恋人と、なにも知らない学友の間で、絶望したこともあった。
何度も、あきらめかけた。
だけど、悠理はあの日の記憶を持ったまま、清四郎の元に戻ってきた。
ずっと耐え続け嘘をつき続けてきた清四郎は、もうこれ以上、我慢などできない。
やっと捕まえることのできた恋を、もう二度と放すことはしない。
そのためには、どんなことでもしてみせる。
どんなにそれが困難に思えることであっても。

枕元で電源を操作し、灯を少し落とす。
毒々しいほど作り物じみた室内の装飾が、灯を抑えた途端、驚くほど雰囲気を変えた。
本当に、深い森の中のような幻想的な空間がやわらかな光の中浮かび上がった。
目隠しをしたため、悠理に見えないのが残念だ。

大人しくなった悠理の服を、ゆっくりと脱がせにかかる。
「・・・この手を、僕自身の手だと、想像するんだ」
悠理はなにも言わなかったが、びくりと身を震わせた。
まだ下肢には触れず、清四郎は男の上半身を露にする。
そして、自分は最後の衣服を脱ぎ捨てた。

鏡の中には、薄闇の森の中、白く浮かび上がる妖精のような少女が映っていた。
神々しいほど美しい。
今は自分の姿なのに、胸が高鳴った。
「悠理・・・すごく綺麗だ」
渇きを感じ、清四郎は唇を舌で湿らす。
そうすると、鏡の中の悠理が、唇を紅く染めた。

そろそろ、薬が効いてくる頃なのかもしれない。

清四郎は鏡に見入ったまま、少女の小ぶりな胸に触れた。
赤い果実はすでに立ち上がっている。
指先でくすぐると、ジンと体に痺れが走った。

「悠理・・・」
愛する女の名を呼びながら、横たわる男にくちづける。
自分も目を閉じ、唇を合わせたまま両手で男の肌をまさぐった。
胸を辿る指。
そろそろと、下へ。
悠理も薬が効いてきたのか、触れた肌は燃えるように熱かった。
ビクビクと震える体の、弱い部分を逃さない。
なにしろ自分の体だ。指先だけで翻弄できる。

ベルトを取ったズボンのファスナーを下ろした。
しばしの躊躇ののち、少女の指が、男の下着にもぐりこんだ。









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ぎゃふ!台風接近中、すでに暴風域に入りましたぁ!
・・・私が一読者で、これが清×悠以外のジャンルなら、迷わずここら辺でスルーしちゃいますな。
ごめんなさい、しかしまだエスカレートします。たぶん。
そろそろ待避準備OKですか?次回、変態趣味爆発!

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