9.実は、初体験まで存外に奥手だった。 だから、清四郎は自慰の経験がほとんどなかった。 初めての、激しい恋。一夜限りの恋人。 彼女を失ってから、悶々とした日々もあったが。 だけど目の前に、何も知らない汚すことのできないその女が級友として彼の日常に存在するようになり、 そんな想いは心の奥底に封じ込めた。 それから、彼女に対しては抱くことの許されない性欲を、他で処理することを自分に許した。 体だけの、一時だけの関係。その相手に、困ったことはない。 男の性は、そんな結びつきを可能にする。 愛も情も、かけらさえ彼女以外に感じたことのない自分を、薄情だとは思わない。 たとえ、悠理の心が、この不自然な状況に拒否感を感じていたとしても――――男の体は、刺激に反応する。 「ぁ・・・」 清四郎の指の動きに反応し、悠理は小さく声を洩らした。 体をひくつかせながらも、慌てて唇を噛み締める。 それでも荒くなる息を止められない。 「男の僕に抱かれている自分を想像するんだ、悠理・・・」 アルトの声をひそめて、清四郎が耳元で囁く。 目隠しをされているため、姿は見えない。 性の快感を、清四郎からしか与えられたことのない悠理の無垢な心は、言葉通りに反応する。 しかし、女の体で愛されたときのとろけるような酩酊とは、あまりに違う快感に戸惑っていた。 爆発しそうな焦燥感。 縛られた不自由な手が、もどかしい。 リズミカルに煽られる欲望。 無理やり含まされた薬の影響か、燃えるようなマグマが体の奥で蠢く。 どうにかして欲しかった。 頭がおかしくなりそうなほど、狂おしい肉欲。 「せ、清四郎・・・っ」 苦しくて、愛しくて。 思いきり、恋人に抱きしめて欲しかった。 身のうちから焼きつくす欲望の炎。 どうすれば、この炎をおさめることができるのか、悠理は知らなかった。 組しいた男の体が、苦しげに震えた。 清四郎は鏡の中の自分を見つめ、ごくりと息を飲む。 自分の体とはいえ、男の欲望に触れ立ち上がらせ煽ることに、嫌悪感がないといえば嘘になる。 だけど、感じやすい女の体よりもなお、自分の与える刺激に素直に反応する目の前の悠理に、 愛おしさを感じていた。 立ち上がった、男の性の象徴。 もう一度唾を飲み込み、清四郎はゆっくり顔を近づけた。 屈辱的な行為。 まさか、男のモノを口に含むときがくるとは、思いもしなかった。 清四郎が唇に含んだ瞬間、悠理がうめいた。 片手を揺らしながら支え、先端を舌先で刺激する。 全体を咥えようとすると、喉まで達する圧倒的な存在感に、さすがに吐き気がした。 鏡の中の姿を、横目で確認する。 紅い小さな口に、男の欲望を咥えた『悠理』の姿が映っていた。 泣き出しそうに顔を歪めているのは自分自身のはずなのに、酷く倒錯的な嗜虐心を煽られる。 淫靡な疑似絵。 どこまでも自分を惹きつけてやまない、たったひとりの女。 鏡の中で、女の白い体が震えた。 催淫剤の薬効で火照った体に、欲望の火が点く。 清四郎は鏡の中の恋人の体に、愛撫の手を伸ばした。 胸の先端をくじり、ささやかなふくらみを揉みしだく。 腹から臍の周りをたどり、薄い茂みに手を這わせる。 指で、口で、そして清四郎自身で、ほんの数日前、思う様むさぼった女の泉。 何度も貫き犯し尽した場所に、清四郎は指を埋めた。 「あ・・・んん」 快感に慣れた体が反応し、自然に声が洩れていた。 自分のあげたかすれた少女の声に、数日前の悠理の嬌声を重ねあわせる。 清四郎が開発し、悦楽を教え込んだ体だ。 悠理が欲しくて欲しくて、体と心が悲鳴をあげる。 鏡の中の『悠理』は、妖しく獰猛な肉食獣の目で、微笑していた。 横たわった男に馬乗りになり。 天を向いてそそり立つ欲望の上に、女はゆっくりと腰を下ろしていった。 男に犯される嫌悪感よりも、火の点いた肉欲が勝った。 鏡の中では『悠理』が、苦しげに息を詰めながら、男のモノを自らの体に含んでゆく様が 映し出されている。 それは、眩暈のするほど扇情的な姿だった。 体を貫く快感とあいまって、それだけで達してしまいそうになる。 男に犯されることなど想像もしなかった清四郎だが、嫌悪と恐怖の代わりに、男の体では望むべくもない 快感があることを、初めて知った。 組みしいた悠理が、小さく悲鳴をあげる。 やはり、清四郎が、悠理を犯しているのだ。 貫くかわりに、すべてを奪おうと、貪欲に締め付けて。 男をすべてその身に含んだとき、自然に体が反応していた。 ゆらゆら揺れる体。 「ああああっ」 男が何度も首をふった。 不自由な手が、ひきつれている。 「ごめん・・・解放してやる」 清四郎は、悠理の目から布を取った。 きつく目を閉じた悠理の目尻には、涙がたまっている。 手首の戒めをほどくと、はじめて黒い双眸が開かれた。 「ひど・・・酷いよ、清四郎・・・こんな」 わずかな動きに反応して、悠理は喘ぐ。 濡れた瞳は男のもののはずなのに、愛しい女の姿が映るそれに、清四郎は微笑した。 「悠理――――おまえだけを愛しています」 目を閉じなくても、瞳に映った悠理に、告げることができた。 いや、男の瞳の奥に息づいている、悠理の魂に。 「もうおまえだけしか、生涯、抱きません」 それは、一生をかけた誓いの言葉。 「・・・ば、バカッ、あたりまえだろ!」 悠理は頬を染めた。 まだ、繋がったまま。 清四郎の腰に、男の腕が回された。 悠理は上体を起こす。 溺れるものが助けを求めるかのように、きつく清四郎を抱きしめた。 男の腕が軽々と女の体を持ち上げる。 まだ抜ききらないまま、仰向けに体を押し倒した。 「あっ」 浮遊感に、清四郎は目が回った。 咄嗟に鏡を探すが、男の厚い胸板に視界を遮られ、見えない。 かわりに、欲望に目を輝かせた男の顔が上から見下ろしていた。 その獣じみた瞳は、先程の鏡の中の『悠理』の目に似ていた。 「あたいだって、おまえ以外いらない」 熱い吐息とともに、悠理からくちづけられた。 唇を合わせたまま、快感を追って、男の腰が動く。 もっとも深く体が密着する体勢。 男の腰に、女の足が絡みつく。 自然に腰は浮き、ふたり同じリズムを取った。 男の突き入れる欲望が、女の体内の壁にあたる。 まさか、こんなに激しい快感だとは、予想もしていなかった。 かつて何度も、悠理が泣きながら許してと、声をあげていたにもかかわらず。 奥の奥まで貫かれ、清四郎は快感の悲鳴をあげた。 激しく締め付けられ、男も腰を震わせた。 すべて、奪われてしまいそうな恐怖。解放の瞬間。 頭の中が真っ白になるほどの、到達感。 もう、なにも考えられなかった。 清四郎が悠理を犯しているのか。悠理が清四郎を犯しているのか。 もう、どちらでも良かった。 おたがいを欲する心は、同じだったのだから。 意識を失ったわけではないが、しばし頭が働かなかった。 清四郎は無意識に腕の中の悠理を抱きしめる。 以前、名前も知らない女を抱いたときに、事後があまりに淡白で自分勝手だと、 見当違いに責められたことがあった。 行為の最中、そこに悠理の姿を重ねないように、自分を律してきた。 無邪気な友人を、欲望の対象として見ないために。 だから、女を抱いても、清四郎にとっては疑似愛ですらなく、ただの排泄行為だったのだ。 それが、恋人となった悠理に触れた途端、一変した。 何度も求め、朝まで離さなかった。 体からくる欲望は抑えることができても、悠理を求める心はもう抑えられなかった。 悠理の意識のある間は、意地悪に責めて立ててしまうのに。 意識を失った悠理の体は、ただただ優しく抱きしめた。 まるで初恋に震える、少年の頃そのままに。 いまも、清四郎は腕の中の体をそっと抱きしめる。 滑らかな背に手を這わせ、胸に抱き込んだ頭に顔を寄せた。 真正面から素直な想いを伝えることができるほど、清四郎の恋は幸せではなかったのだ。 だけど、そんな清四郎のすべてを、悠理は受け止めてくれた。 そして、5年間の鬱屈を解かしてくれた。 柔らかな髪に顔を埋めたとき。 やっと、清四郎はその事実に気づいた。 「悠理、悠理・・・!」 清四郎は腕の中の白い体を、力任せに揺さ振った。 少女の目を、早く確認したかった。 「・・・な、なに・・・?」 悠理は揺すられて、顔を歪めた。 わずかに双眸を開ける。 「せーしろー・・・?」 まだぼんやりした声。 「うにゃ・・・」 開きかけた目は、もう一度閉じられてしまった。 意識は覚醒していない。 甘えるように擦り寄ってくる猫のような仕草。 すぐに、寝息がふたたび清四郎の胸にあたる。 だけど、清四郎の胸は高鳴り震えた。 愛する女を取り戻した、喜びに。 頬を寄せた心臓の音があまりにうるさくて、悠理は眠りの世界から引き戻された。 ゆっくりと覚醒する意識。 それと同時に、背中を撫でていた大きな手が、背骨にそって滑り降りてくる感覚に身震いした。 背後から、双球を辿り下肢の合わせにまで手は分け入ってくる。 ずくん、と触れられた部分が疼いた。 「あ・・・」 指を埋められ、敏感な部分をこすられて、悠理はやっと目を開けた。 意識は覚醒するのに、体は弛緩し潤んでしまう。 「せ、清四郎・・・!」 焦った自分の声は、思いのほか、高音。 「悠理・・・戻ったんですよ」 清四郎の低い声が耳に心地良い。 悠理は顔を上げた。 男の精悍な顔が、悠理を見つめていた。 「清四郎!」 悠理の驚きと喜びの声に、清四郎はふわりと笑った。 それは、あの写真の中の少年と同じ笑顔。 真っ直ぐ、悠理の心に食い込んでくる、輝くような笑みだった。
いやー、我ながら変態。もっと悪戯させるつもりだったんですが。
清四郎くんに調教と奴隷スタイルを両方実践させてみたかったのじゃ。
すんでのところで、ムチと蝋燭は自粛しました。(笑) |