雨にキッスの花束を



 

 

「愛してるよ、可憐」

突然の言葉に、可憐は傘を取り落とした。
せっかくセットした髪が風と雨になぶられる。





*****



可憐は友人と待ち合わせした銀座の交差点でタクシーを止めようと奮闘していた。
街は大雨注意報。
急ぎ足の人々が傘を握り締め、険しい顔で往来している。
こんな日に外出したくはないのは万人一致のところ。
しかし、ことは冠婚葬祭だった。

 

「もう、あいつらもいいかげんにして欲しいわ。また復縁するのはもう勝手にしてチョーダイってカンジだけど、なんでこんな日に披露宴なんかするわけ〜?だいたい普通、三回目の結婚で盛大な披露宴なんかする?」
「ま、剣菱家だから。僕は二度目は出席できなかったから、嬉しいけどな」
「ってゆーか、あんた清四郎と悠理が離婚したのも知らなかったんでしょ?ま、知らなくても全然オッケーだったけど。どうせまた元の鞘なんだし」
久しぶりに日本駐在となった美童は、可憐の言葉に苦笑した。
肩で切り揃えた髪が往時とは違うが、会えばいつでも学生時代にもどることのできる友人の一人。
「僕は可憐が離婚したのも、知らなかったけどな」

その言葉に、可憐はもう薄くなった左手の薬指の痕に目を落とした。
「・・・あまり大っぴらに宣伝するようなことじゃないもの」
大恋愛の末の結婚。望んだ通りの玉の輿。しかし、結婚生活は数年ももたなかった。
離婚の傷はまだ胸に疼いている。愛しあった記憶と、憎みあった記憶。
それでも、可憐は体が軽くなった自分を感じていた。
軌道に乗り始めた仕事はおもしろい。
罵倒しながらも、あいかわらずの友人達の姿にもなぐさめられる。

 

「どこかのバカップルの離婚と一緒にしないでよ。あいつら、政略結婚だとか愛のない結婚だとかふざけたことほざいてるけど、嫌になるくらいラブラブなんだから」
あいかわらずのプレイボーイぶりで独身貴族生活を謳歌している美童にも。
「これで、倶楽部で独身はあたしとあんただけになっちゃったわね」
可憐は微笑んで友人を見返った。
いまの自分を幸せだと、感じられた。

 

「あんたも、いつまでフラフラしている気?」
美童は肩を竦めた。
そんな仕草も、大人になった彼には似合う。
「僕も機会があれば落ち着きたいと思ってはいるんだよ」
「嘘ばっか」
可憐は破顔した。
「”世界の恋人”でしょ。モテることが生きがいのくせに」
「その認識、愛することが生きがい、と変更して欲しいな」
美童も笑った。
初めて顔を合わした15の頃のような無邪気な笑顔だった。
「あんたのは、ちゃんとした恋愛じゃないわよ。ゲームね、ゲーム」
「言ってくれるね」
可憐の毒舌にも、美童の笑みは曇らない。

 

「僕はこれまで付き合った女性みんなを愛してるけど・・・ほんとうに心を晒せる女性は、多くはないよ」
「そりゃ、そうでしょうよ」
可憐はクスクス笑う。

 

ナルシストで、根性なしで。
だけど、優しくてするどい美童。

 

傷ついた心を、彼は見逃さない。今このとき、この友人と共に居られることを、可憐は内心感謝していた。
いつまでたっても初々しい魅録と野梨子や、再再婚のバカップルにあてられるよりも。

「それで、可憐」
「ん?」
「僕と恋愛しない?」
「・・・・はぁ?」

可憐は突然の美童の言葉に目を見開いた。
「可憐とだったら、ちゃんと恋愛できると思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
呆れて声も出なかった。

「愛してるよ、可憐」
可憐の手から傘が転がり落ちた。
その傘で目の前の男をぶん殴らなかっただけ、感謝して欲しい。



*****



傘を落とした可憐に、美童が大きな傘を差しかけてくれた。
だけど、可憐は男を睨み上げる。

 

「あんたねー、ふざけるのもたいがいにしてよ!」
「ふざけてなんていないよ。ほんとうだよ」

 

本当に、愛しているよ――――美童の目は真剣だった。

 

「そりゃ、愛してるでしょうよ、あんたはこの世の女全部!」
「そんなことはない。言っただろ。本当に心を捧げられる女性は多くないって」
可憐は一瞬、息を吸い込んだ。
「あたしも野梨子も悠理も、たしかにあんたを知ってるわよ!そういうことでしょ、あんたの愛してるって!」

 

倶楽部の女性達は、美童にとって特別だった。
男女を越えた友情。それは、可憐にとっても。
倶楽部内恋愛でくっついた他の二組が、不思議に感じるほど。

 

恋はビタミン、愛の狩人。そんな可憐と美童は、共に倶楽部内では恋をもとめたことはなかったのだ。

 

「可憐だって、愛してるだろう。清四郎や魅録や・・・僕のことを」
そう、そこに愛は確かにあるのだけど。

可憐は絶句して、赤面した。
「・・・あたしが、フリーだから言ってるのね。”あたしたち”なら誰だっていいんでしょう」
美童は苦笑した。
「そんなことないよ。可憐だから言ってるんだよ。それに、誰だって、と言えるような君らじゃないだろう。超個性的なんだからさ」
「野梨子はともかく、悠理はどうせまたすぐに離婚してフリーになるわよ!あんた、立候補すれば?!」
「なに言ってるんだよ。清四郎に殺されちゃうよ」
「殺されればいいんだわっ」
「ひどいなー」

苦笑する美童に背を向け、可憐は自分の傘を拾った。
「・・・大体、あんたは友人としてはイイヤツだけど、恋人にすれば最悪じゃない。あたしの離婚の原因、知らないの?」
「知らない」
「浮気よ、浮気されたの!」
可憐はキッと美童に振りかえった。
雨が顔を打つ。
横殴りの雨に、美童の金色の髪も濡れている。
青い目に映る可憐自身の姿が揺らいでいた。
「・・・僕は、絶対に可憐を悲しませたりしない。可憐を苦しませるどんなことも許せないから」

愛しているのも、真実。
そして、その言葉も真実。
なぜなら、可憐自身も同じだったから。
野梨子に悠理に清四郎に魅録に、そして、美童に対して。

「・・・あたしが欲しいのは、そんな愛じゃないわ」
友情のような。肉親のような。
「ほんとうに?」

美童は覗き込むように、可憐を見つめた。
心の奥まで届きそうな視線から、可憐は目を伏せた。

恋に恋する時期は過ぎてしまった。
いつまでも夢見る乙女ではいられない。
身を焼くような恋でなくていい。そう、たしかに、穏やかな愛が欲しかった。
不変の愛など信じてはいなかったけれど。

交差点のど真ん中。クラクションさえ、もう聞えなかった。
ずぶ濡れのまま、可憐は動けない。

「可憐となら、ちゃんと恋愛できると思う」
雑踏のざわめきは聞えないのに、美童の言葉は聞えた。
「育てることが、できると思う」
この、たしかにずっと胸の中にある愛を。

美童の白い繊細な指が、可憐の濡れた髪をかき上げた。
「キスしてもいい?」
「・・・・・。」
可憐は何も答えなかった。
美童も、それ以上はなにも言わなかった。
世界中が息をひそめているように、時間が止まった。



*****



美童のキスは可憐の瞼に落とされた。
打ち付ける雨の滴よりももっとやさしく。

不変の愛なんか、信じちゃいない。
自分だけの運命のひとに巡り合えた、他の二組が羨ましかっただけかもしれない。
一生ものの友情が、これをきっかけに崩れてしまうかもしれない。

 

 

だけど、もしかしたら。

一生ものの恋愛がはじまるかもしれない。
友情のような、姉弟のような、兄妹のような。


それは、まだ誰にもわからない――――。






2005.1.20


今井美樹の「雨にキッスの花束を」で、お初の美×可でした。しかし、なんだこりゃ。お歌の通りに書くつもりだったのに、なんか妙な具合に。みんなを愛してるって、あんた。これでオチる女はいませんって。(笑)
私の中で、可憐と美童は倶楽部の誰に恋をさせてもOKなんですよね。おかげで博愛なふたりに。
でも、倶楽部内恋愛で友達夫婦になりそうなのって、このカプかも。あとの二組は怒涛の運命の恋人ですから。たとえ、「ら・ら・ら」シリーズであっても!
(小声)・・・でも私、美童はほんとは野梨子相手の方がツボ・・・魅×可もかなり好き・・・。
美×可って、やっぱ可憐が苦労しそうで。(笑)甘え上手の男と、尽くすタイプの女だもんね。

 


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