君に薔薇の花束を

 

一幕


「納得いかない!どう考えても、僕の役じゃないかぁっ!」
美童がドンとテーブルを叩いた。
その衝撃で机の上に開かれていた冊子が落ちる。
床に落ちた冊子を摘み上げたのは魅録。
「『紫の影〜紫式部物語〜』か。これ演劇部長一ノ蔵女史のオリジナル脚本なんだろ。 野梨子が出演するのはわかるけど、なんで清四郎が?」
「・・・まったく困ったものです」
当の清四郎はお茶を啜りながらため息をついた。
「しかも、光源氏役だよ!これまでの経緯からいって、僕の役じゃないかっ」
「僕もそう言ったんですけどね」

プレジデント学園の演劇部には、児童劇団や日舞での舞台経験の豊富な野梨子と、 目立ちたがりの上に王子様役にはこれほど適任はない美童が、これまでも何度か協力してきた。
いろいろ騒動もあったが、演劇部長は卒業前の力の入った今回の公演に、敬愛する有閑倶楽部に ふたたび出演を求めてきた。

「だけど、いくら中身が美童のプレイボーイでも、純和風の平安貴族に金髪碧眼をキャスティングできないでしょ」
可憐が魅録の手の中の脚本を覗き込む。
「主役は一ノ蔵さん自身で、『源氏物語』の作者紫式部役ね。『源氏』のアレンジってわけじゃないんだ」
「下敷きは『紫式部日記』らしいですわよ。源氏執筆の紫式部の心情をドラマとして上手に まとめてらっしゃいますわよ。私と清四郎の役は、彼女が私たちをイメージして書いたそうですの。 あれほど真剣に頼まれれば、とても断れませんわ」
「僕は最初断ったんですよ。演技経験もありませんし」
「演技経験は目一杯あるじゃん、日常生活で。おまえ嘘つきだもん」
いしし、と悠理は歯を見せて笑う。
清四郎はポカリと悠理を小突いた。
「ま、源氏役とはいっても、出番は二場しかないんですけどね。しかも一場は光源氏ではなくそのモデル となった『道長』としての出演ですし」
「へぇ・・・清四郎の『光源氏』はともかく、『藤原道長』はピッタリかもな」
平安時代も文学も興味および知識なしの悠理と違い、可憐と魅録は脚本をパラパラめくりながら唸った。
時の権力者、栄耀栄華を極めた大政治家である。劇中では紫式部の芸術上のパトロンである憧れの男として登場する。
「野梨子の役は『紫の上』?”野梨子をイメージして”かよ?」
魅録は首を傾げる。
「一般生徒ならまだしも、野梨子に平手打ちされた経験のある女史が?」
「まぁ、魅録。なにか不満ですの?私が紫の上だと」
「源氏の恋人の紫の上って、男の不実に耐え続ける女っていうイメージ あるもんねぇ」
可憐も楚々とした美少女の友人に疑わしそうな笑みを向ける。
野梨子のメンタリティに『耐え忍ぶ女』は存在しない。
それを誰より熟知している幼なじみが苦笑しながらフォローした。
「この脚本上では『紫の上』は、紫式部の分身っていいますか、良心であり 理想であり、彼女の人生の審判者として常に意識している存在なんですよ。 一ノ蔵さんが野梨子をイメージして書いたというのも納得です」
以前の事件を思い出し、皆はうなずいた。
悠理でさえ。



*****





そうして、演劇部に客演することになった野梨子と清四郎は、放課後を演劇部に拘束されることになった。
二場しか出番がなく台詞も少ない清四郎はともかく、『紫式部の良心』役の野梨子はほとんど出ずっぱり。
真面目な野梨子と違い、清四郎は多忙を理由に稽古場から逃走することも多々あった。
もっとも、逃亡先の部室では連日、「よっ、源氏の君!」「今日も女を泣かしてるの〜?」
等など口さがない仲間たちに冷やかされていたものの。

「勘弁してくださいよ。まったく、柄でもない役を引き受けたと後悔してるんですから」
清四郎が固辞したにもかかわらず、一ノ蔵彩子は諦めなかった。
彼女は有閑倶楽部にかつての事件の負い目がある。これが逆ならば。清四郎も相手の弱みを握って でも諦めさせただろう。だが、はなから負い目のある人間が、ぜひに、と頭を下げたのだ。
演劇に対しての一ノ蔵女史の真摯な想いを分からない清四郎ではない。脚本のクオリティの高さにも 圧倒された。
「しかしねぇ・・・脚本は素晴らしいんだが、どうも僕の役はねぇ」
「なになに?美童みたいな奴だろ、光源氏って」
おもしろがる悠理に、清四郎は微妙な表情をして何度目かのため息をついた。
「明日は衣装あわせで、本番さながらの舞台稽古があるんだろ?」
魅録の問いに、清四郎はうんざり顔でうなずく。
「おまえのジュウニヒトエ姿、見に行ってやるじょ、花束持って!」
「馬鹿、男が十二単を着るか!」
清四郎は悠理の頭をポカリと殴る。
「おまえなー、ポカポカ気軽に叩くな!これ以上頭悪くなったら、どーすんだよっ」
「大丈夫です、それ以上はなりようがない」
「なんだとーっ」

しかし、憤慨する悠理は、翌日鬱憤を晴らすように大爆笑することになる。
清四郎が悠理を構うのは、彼も気乗りのしない舞台に戸惑い照れたあげくの八つ当たりなのだ、結局。



*****





悠理は翌日ほんとうに大きな花束を用意させた。
それも、めずらしい紫の薔薇。一人では抱えきれないくらい嫌味なほど大量に。
まだ不満顔でぷりぷりしている美童と、にやにや顔の悠理の二人が大きな花束を抱えて学園内を 闊歩する様は衆目を集めた。
間違いなく、学園の女子の熱い視線を光源氏役の生徒会長などより集めまくる二人連れだ。
「いっそ、悠理の方が良かったんじゃない、源氏役」
「まんま宝塚だぜ、それじゃ」
二人の後ろで魅録と可憐はクスクス笑う。
彼らも楽しみにしていたのだ。いつでもすまし顔の清四郎があれほど戸惑っている光源氏を。

はたして、控え室で平安貴族の若公達の扮装を身につけた清四郎は、友人達の姿に嫌そうな顔をした。
和装の似合う男であるから当然、というか。
衣冠束帯烏帽子姿は、清四郎の静謐な佇まいに驚くほど似合っている。

「どわっはっはっは!!!」

しかし、一目見るなり、悠理は大爆笑。
なにしろ清四郎の顔面は白塗り点眉の化粧顔だったのだ。
「シ、シムラのバカ殿〜〜〜!」
指差しひっくり返って笑い転げる悠理に、清四郎は白面をしかめた。
「それはあんまりですな、悠理」
もちろん悠理だけでなく、魅録も可憐も美童も爆笑中。

『通し稽古のため関係者以外立ち入り禁止』
のピリピリした演劇部部室は、しばし明るい笑い声で弛緩した。

「まあ、紫の薔薇なんてめずらしいこと」
現金にもご機嫌麗しくなった美童に花束を渡され、野梨子は目を輝かせた。
「この劇に合わせましたのね」

魅録はクイと親指を立てた。
「それにしても、野梨子はあんまり普段と変わらないんだな。あいつに比べりゃ」
まだ腹を抱えてひーひー笑っている悠理の前で顔をしかめている清四郎を差す。
「そうでもないんですのよ。私は二種類の鬘をつけますし」
いまの野梨子は、なるほど十二単姿だったが、前髪を残したお姫様扮装だ。
「最初の出番は、まだ少女の頃の紫の君ですから。清四郎も、白塗りはその場面だけですわ。 二場での道長としての出番では、通常のもの以外は化粧も落としますのよ」
「ずっとバカ殿じゃねーのぉ?」
まだ言うか、と拳を振り上げた清四郎の攻撃を避けながら、悠理は笑う。
「あのね、舞台上ではこれぐらいの方がインパクトがあるんですよ。どうも僕は カリスマモテ男役には地味すぎるようでね。一場は夜の場面ですし、御簾越しがほとんどなので、 白面の貴公子らしく塗りたくられたんですよ」
辟易とした表情で清四郎は説明した。
「まったく、こんな顔で全校生徒の前に姿を晒すとは。いい恥さらしですよ」
本気で息苦しそうな清四郎の様子に、こちらはメイクも衣装も慣れたものの野梨子は苦笑する。
「清四郎らしくありませんわね。往生際が悪いですわ」
「いい、いいよ!清四郎ちゃんカックイー!あたいこの芝居楽しみになっちったぁ♪」
悠理は苦しげに腹を押さえながら涙目で笑った。

その自分の言葉を、悠理はのちほど忘れ果て――――激怒することになる。






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「ガラスの仮面」42巻発売記念(?)演劇ネタでっすw
私は昔から亜弓お姉さまフリークでした。「エースをねらえ」でもお蝶夫人が好きだったわん。自分と正反対なので 憧れるのよ。もし聖プレジデント学園の生徒だったら、可憐お姉さまのファンしてたに違いない。いや、白鹿さまの追っかけかも。
しかし、我ながらなんで『源氏』。(爆) 清四郎さん、志村の馬鹿殿状態ですが、この話は清×悠です。そのはずです。

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