1.清四郎編<前> 「・・・・は?」 清四郎の教科書を取り出す手が止まった。 「なんの勉強ですって?」 勉強を教えてくれとめずらしく悠理の方から言われ、剣菱邸の悠理の部屋にて鞄を置いたばかり。 「だから、性教育!何度も言わせんなよ」 悠理は制服のリボンを手でもてあそびながら、うつむいた。 「おまえ、あたいの勉強は責任もってみてくれるって、約束したろ」 「−−−−−−。」 たしかに、清四郎は悠理とかつてそんな約束はした。留年とコンピュータと引換えに。 「性教育・・・って、まさかいまさらオシベとメシベ?それとも、生殖器の断面図解?」 医学的生物学的解説は得意とするところだったが、悠理のレベルがどのあたりなのか今ひとつ不明。 この劣等生の友人のことだから、下手をすれば小学校の指導要領内から始めなくてはならないかも。 清四郎の懸念ももっともだった。悠理は聖プレジデント学園の充実した保健プログラムを、進級に関係のない 教科として自主休講時間に決めこんでいたのだ。 「そーゆーのじゃなくって、実地で。実践的なやつ」 「・・・・はぁ?」 悠理の理解不能な返答に、清四郎は間抜けた声をだした。 「つまりさぁ・・」 自分のベッドに腰掛けていた悠理は、指に絡めていたリボンをするりと引き抜く。 組んだ足をもじもじさせながら、制服のボタンに手をかけ、顔を上げた。 「セックスを教えてくれって、言ってんだよ!」 プチンと、制服のボタンが外れる。 同時に、清四郎の手から教科書がバサリと床に落ちた。 ここのところ、悠理が挙動不審だとは思っていたのだ。 先日なども。 清四郎が部室に入って行くと、テーブルの上に裸足で上がりダンスらしきものを踊っている悠理を目撃してしまった。 あっけにとられた清四郎に気づき、悠理は慌ててテーブルからは降りたものの。 照れ隠しか、暑い暑いとスカートをバサバサやっていた。 しかし、確かに暦の上では春だが、雪雲が外を覆う真冬日のこと。 いくら悠理が暑がりでも、タイツも脱いだ素足でスカートに風を送るほど暑いなんて、尋常ではない。 そういえば、その前も。 昼休み、皆で弁当をつついていたら、いつものように清四郎の弁当箱を狙う視線に気がついた。 隙をうかがうように悠理の長い塗りの箸がうろうろ彷徨っている。 彼女は清四郎の母の卵焼き(絶品)が好物だ。もちろん清四郎も好物なので、取られてなるかと いつものように気にしていないふりをしつつ秘かに警戒していたが、悠理はなかなか攻撃して来ない。 おかしいと思い、しらんぷりをやめて悠理を見ると、なんとあろうことか、彼女の手元にはまだ自分の弁当が 残っていた。そしてそれを結局残してしまったのだ。差し入れも含め三つ目とはいえ、尋常ではない。 それでも、好物の卵焼きを狙っていたのが、彼女らしいといえば、そうなのだが。 まだ、寒風は吹きすさぶとはいえ、そろそろ春の足音が聴こえて来る。 万年脳内季節が8.9月の台風シーズンだと思っていた悠理だったが、このところの様子をかんがみると、ひょっとして、 彼女にも春が来たのかもしれない。 春一番よりも、激しい勢いで。 その名を、発情期という。 |
口を引き結んだ悠理の目は、真っ直ぐ清四郎を睨みつけている。 赤面こそしているものの、どう見ても喧嘩を売っているかのような怒り顔。 しかし、悠理の手は自分の制服のボタンを次々に外し、ついに上衣を脱ぎ捨ててしまった。 下着はグレイのタンクトップ。 一瞬、悠理はぶるりと震える。寒さゆえというよりも、武者震いのようだった。 「うしっ」 鼻息も荒く両手を握り、気合を入れる。 覚悟を決めたように勢いよくスカートのホックに悠理が手をやったところで、ようやく清四郎は止めに入った。 「ま、待て待て待て待てーーーー!気でも狂ったんですかっ!」 「失礼なやつだな、狂っちゃいないぜ」 「狂ったとしか思えませんよ!」 悠理は唇を尖らせ、ホックから手を放した。ベッドにドサリと腰掛け、今度はタイツを脱ぎ始める。 清四郎はあわてて背中を向けた。 「一体全体、どうしたんですか!悪いものでも拾い食いしたのか!」 「食ってねーよ」 「じゃあ、どうして・・・」 ベッドからポイと黒いタイツが脱ぎ捨てられた。続いて制服のスカートも清四郎の足元に飛んでくる。 「悠理!」 「ぶーっ」 清四郎の怒声に、悠理はブーイング。 「そんなに怒らなくってもいいじゃんか。魅録や美童は怒らなかったぞ。腰は抜かしたけど」 「??!!」 清四郎が思わず振り返ると、悠理はベッドに腹ばいになって片肘をついていた。 下着姿だったが、グレイのタンクトップとショーツのセットはスポーツウェアのようで、目を覆うような格好ではない。 「だってさ、あたいって究極の箱入り娘じゃん。このままだったら、恋愛もしないまま年頃になったらどっかのボンボンと結婚 させられかねねーだろ」 父ちゃんはともかく母ちゃんにさぁ、という悠理には、清四郎も頷けた。 「あり得ますな。箱入りうんぬんはともかく、おまえも財閥令嬢ですからね」 そういう清四郎も、剣菱目当てに悠理と婚約したことがある。双方忘れたい過去だとはいえ。 彼らがあの騒動のあとも変らぬ友人関係でいられるのは、恋愛がからんでいないためだ。 清く正しく美しく―――かはともかく、婚約していたときも清四郎は悠理に指一本触れていない。 この破天荒な友人を、女あつかいしたことがない彼なのだ。 「恋愛がしたいんですか?」 それなら思いっきりお門違いですよ、と顔面に貼り付けて問う清四郎に、悠理は苦虫を噛み潰したような顔をする。 「やめてくれ、気持ち悪ぃな」 悠理は身震いするかのように、ぶんぶん首を振った。 「恋愛したいんだったら、おまえに頼むかよ」 「−−−−ほぅ、ずいぶんですね。じゃあ、なにがしたいんですか」 「だから、エッチ」 「・・・・・・。」 やはり、発情期。 おまえは動物かーっ!と、怒鳴りつけたいのをすんでのところで堪える。 清四郎は額に浮いた血管を押さえた。冷静になろうと、大きく息を吸う。 サカッた動物を興奮させては逆効果だ。それよりも、悠理も持ち合わせているだろう欠片ほどの人間としての 理性に問いかけてみることにした。 なにしろ、いくらケダモノじみているとはいえ、悠理がこれまでこんなことを言い出したことはない。 純情、とはナニカチガウにしろ、ことこういう分野に興味すら示したことがなかったように思う。 それが、急にどうしたというのか。 まさか、いきなりの第二次性徴期? 「・・・・なぜ?」 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに悠理の目が輝いた。ベッドの上にぴょこんと座り直し、笑顔を見せる。 「あのな、噂には聞いてたんだよ。すんんん〜ごく、気持ちいいそうじゃないか、セックスって! 恋愛はどーでもいいけど、セックスはしてみたいなーって、前から思ってたんだよ」 はぁぁぁ、と清四郎は息を吐いた。 「女性は初めは気持ちいいどころか、すごく痛くてつらいらしいですよ」 「じゃあなんで、世の女どもは夢中になんだよ」 「それは、好きな男とするからでしょう。だから、悠理。おまえには無理だ」 「そんなことねーよ。あたい、痛いのとか結構平気だし」 「そういう問題じゃない。おまえ、僕のことを好きなのか?」 「・・・・。」 悠理は言い負かされ、ぐっと詰まった。 悔しげに顔を歪めた悠理に、清四郎は畳み掛ける。 「今はおまえはそんなだけど、もしかしたら何かの間違いで、将来だれかと恋に落ちるかもしれない。いくらありそうにないことでも、 この世には予測不可能な天変地異はいくらでもあるんだ。だから、それまで大事にとっておきなさい」 「処女を?」 清四郎は厳かに頷いた。 悠理はベッドの上で足をバタつかせる。 「やだやだ!そんなの、いつになるかわかんないじゃないか!じゃあさ、おまえもいつかの将来のために、後生大事にとっておいてんのかよ!」 「ぐっ」 当然、清四郎はとうの昔に童貞は捨てている。もちろん、興味本位で。 「男と女は違います」 「わーっ、それ差別だ差別だっ!」 清四郎は悠理の肩に両手をかけ、諭した。 「なにかあったときに、リスクを負うのは女の方なんですよ。これは現実的な話です」 悠理はきょとんと清四郎の真面目な顔を見上げていたが、ニヤリと笑った。 「だから、おまえに頼んでんじゃん。おまえソツないしさ。あたいのことよく理解してっから、後くされないし〜♪」 清四郎は悠理の肩に手を置いたまま、ガックリ肩を落とした。 「おまえのことだから、しっかり研究研鑽重ねてそうだし。上手い男相手なら天国行けるくらいイイらしいからさぁ。あたいも体験してみたい!」 「・・・興味本位で覚醒剤に手を出しかねんタイプですな、おまえは」 「あ、それ魅録も言ってた」 清四郎は伏せていた顔を上げた。 「さっきもそんなことを言ってましたね?まさか、魅録と美童のところにはすでに・・・」 「うん、行った」 悠理は少し頬を染めて頷いた。 長い睫毛を桃色の肌に伏せた悠理の表情と照れた仕草が、思いのほか女らしく。 清四郎は思わず、悠理の肩から手を離す。 まじまじ顔を覗きこんだ。 「・・・やだなー、何もしてないよ、まだ。あいつらとは、未遂、未遂」 あはは、と赤面して笑う悠理をよそに、清四郎の脳裏を妄想が過ぎった。 ――――魅録編に続く。 |
わーっ、引いて行かないでぇぇぇっっ!(泣きすがりっ)・・・ええ、わかってますよぉ、
清×悠至上主義者にあるまじきモノを書いてしまったということは。エロはなくても、別室送り決定。(いや、今後
エロはあると思いますが)タイトルのサザンのお歌のようなお話を書きたかっただけなんです〜。黒い悪魔がやって来てハードコアな
気持ちにさせる♪かどうかは、今後の展開しだい。
次回は魅録編&美童編ですが、悠理ちゃんも言ってるように「未遂、未遂w」ですので、
ご安心くださ・・・・できませんね、やっぱ。(泣)私にもどうなるやら不安ですが、この話は清×悠です!そのはずです!!