2.魅録&美童編 「なぁなぁ魅録ぅ」 悠理がぴったりと魅録の背中に懐いた。 「んー?」 魅録は気のない返事を返す。 意識は机上で行っている手元の作業に向いている。 野梨子から頼まれた、痴漢撃退用催涙スプレー。簡単にできたのだが、中に液体をつめる段階で 魅録は考え込んでしまった。 野梨子はあの美少女ぶりが本人には災いして、たしかにストーカー的な男につきまとわれることが少なくない。 これまではドーベルマンのような幼なじみが共にいるせいで大過なくこれたが、彼女もそろそろ一人立ちを意識し始めたようだ。 当然野梨子がこのスプレーを使用するのは清四郎がそばにいないとき。 彼女の依頼は、一撃必殺の強力な護身具だった。どうもスタンガンのようなものを希望しているようなのだが、 それは魅録が却下した。(なにしろスタンガンは死亡事故多発している。アメリカでも警察が使用禁止にしはじめたくらいだ。) そこで、催涙スプレーにしたのだが。 魅録の脳裏を嫌な予想が駆け巡る。 ひょっとして、催涙スプレーの餌食に真っ先になるのは、仲間内の自分達ではあるまいか。 過剰な男嫌いの彼女のこと。魅録や美童がうっかり声をかけただけで、攻撃にさらされる可能性あり。 でもだからといって、本物の変質者に襲われたときに役に立たないと話にならない。 「うう〜ん・・・」 考え込んだ魅録に、悠理が抱きついたまま肩越しに顔を覗かせる。 「なぁ、魅録、あたいの話聞いてる?」 「いや・・・そういや、おまえも危ないよなぁ」 魅録は悠理の顔をちらりと見た。 なにが危ないといえば、もちろん男に間違われて野梨子の攻撃にさらされる危険のことだ。 悠理はスキンシップのつもりでこうして抱きついたりするが、野梨子がそれを悠理だと気づかずに―――― 「ん?なんか言ったか?」 さきほどから、悠理は背中に張り付いてなにやら話し続けている。やっと魅録は悠理に意識を向けた。 「ごめん、聞いてなかった」 「ったくよぉ。だから、あたいとセックスしようって、言ってんの!」 「−−−−−−。」 ガッタン。 魅録が座っていた椅子から転がり落ちたのも無理はなかった。 魅録の腰を砕けさせた悠理の言動を想像し。 清四郎は首を捻った。 「――――悠理、ひとつ確認させてもらっていいですか?」 「うん、なに?」 「未遂って、どの程度未遂だったんです?」 「どの程度って?」 「どのくらいの行為まで・・・いえ、何パーセントくらい悠理の望みは達成したんです?たとえば、50%くらいは そういう状況になった、とか、実は80%ぐらいまではいったけど、最後までは至らなかった、とか。未遂でもいろいろ 段階があるじゃないですか。一線を越えるまでの」 「?なんかよくわかんないけど・・・あえて言うなら15%ぐらいかなぁ」 「15%?それは微妙ですな」 「な、な、な、な・・・」 魅録は腰を抜かしたまま、後ずさった。 「そんな、逃げなくたっていいじゃん」 唇を尖らせた悠理も、ズズイとその分魅録に近づく。 悠理は魅録の手をとって、自分の胸元に誘導した。 「あたいだって、女なんだよ?」 「ひっ」 あわててふり払う。 手のひらに感じたのは柔らかでかすかなふくらみ。 抱きつかれようが一緒に寝こけようが、魅録が悠理を女だと意識した事はなかった。 なにしろ、無邪気で暴れん坊な友人の言動はあまりにも少年じみていて。 そして、この季節なら無論のこと夏の薄着で背中に張り付かれても、彼女のふくらみを感知することは不可能だったから。 だけど、悠理の瞳に浮かんだ艶と、手のひらに感じた感触は、彼女が少年などではないことを 言葉以上に主張していた。 「お、お、お、女だってことはわかった!わかったけど、なんでいったい・・・」 動揺する魅録に。 悠理は小さく吐息をついた。 至近距離から魅録を見つめる切なげな瞳。染まった頬。 もとより、悠理は美しい。それを、意識したことがなかっただけで。 ごくんと、魅録の喉が鳴った。 「数値ではいまひとつ状況が見えませんな・・・未遂とはいえ、おまえの望みが15%も 達成できたということは・・・?」 清四郎は腕を組んで、顔をしかめた。 目の前の悠理は、あさっての方に顔を向け、なにやら赤面している。 伏せた睫毛の下の熱を帯びた瞳。 もの憂げな吐息。 魅録との一件を思い出しているのかのような悠理に。 清四郎の眉が寄った。 「それで、ちょっとは”気持ちいい”段階までは到達できたんですか?」 清四郎の声は、ひどく冷えていた。 悠理は目を見開いて、赤かった顔をますます染める。 「と、とんでもねーよっ!気持ちいいどころか、魅録ってばひどいんだぜー!痛いの痛くないのって・・・」 「い、痛い?!」 清四郎の声が裏返った。 動揺してぐらりと体が傾ぐ。 「清四郎?!」 あわてて悠理が清四郎の体を支えた。 悠理の小さな手が触れた胸が、ドクンと疼く。 色の薄い悠理の瞳が光った。 肉食獣のように。 そこに映る、好奇心、期待、そして欲望。 ピンク色の舌が紅い唇を濡らす。 男の視線を吸い寄せ逸らすことを許さない磁力。 「女だって、思えない?」 悠理の白い手が、男の胸に触れた。 細い指先から衣服越しに感じる熱。 熱を持った指先に胸が焼ける錯覚。感じる痛み。 思わず、悠理の手をつかんでいた。 それは、恐怖に似た感情のために。 その手は、予想に反して冷たかった。その冷たさに、驚愕する。 痛みさえ伴う熱は、彼女の指先ではなく、身のうちから生じたものであることに気づいて。 悠理の唇が震えた。 潤んだ瞳が切なく揺れる。 「おまえに、抱いて欲しい・・・」 悠理がそう囁いたとき――――男はもう、逃れられないことを知った。 「魅録のヤロー、いくら驚いたからって、あたいにスプレーぶっかけやがったんだ!それも、痴漢撃退用の!」 「・・・痛いって」 「目だよ、目!涙はぼろぼろ出てくるし、ひどい目にあったじょ」 「・・・それは気の毒に」 「って、なんでおまえ、笑ってんだよ」 いえ、と言いながらまだ清四郎はクスクス笑っている。 実に悠理と魅録らしくって。 「魅録には、無理ですよ」 「魅録もそう言ってた。あたいって、そんなにミリョクねー?」 うつむいた悠理に拗ねた口調で問われ、清四郎の笑みが固まる。 「そりゃ、女らしくないのは認めっけどさ」 清四郎はまだ悠理の手を握ったままであることに、やっと気づいた。 彼の逡巡に、なにを感じたのか。 離そうとした清四郎の手を、悠理は両手でつかんだ。 きゅ、と握られ、清四郎は戸惑う。 「魅録はおまえが大切だから、抱けなかったんですよ。そういうことは、時が来て、 ちゃんと恋愛して・・・」 自分の胸元で清四郎の手を包み込むように握り締めていた悠理は、顔を上げた。 「うん・・・おまえも?」 悠理は哀願するように清四郎を見つめる。 ええ、と肯定しようとする返答は、喉に詰まった。 桜色の頬。潤んだ瞳。 「恋をしたら、抱いてくれる?」 言っていることは最低なのに――――小首を傾げた悠理は、目が眩むほど綺麗だった。 「魅録は・・・」 魅録はこの彼女の誘惑を振り切ったのだ。親友の忍耐力に、清四郎は驚嘆する。 「うん。魅録は苦手なんだって、そういうの。なんか天国どころか地獄行き、とか、 ごちゃごちゃ言ってた」 「ああ、なるほど」 清四郎は納得して頷いた。ひょっとして、と思わないではなかったが、それで耐久力の説明もつく。 ――――まだまだ、魅録もカワイイもんですね。 経験の浅い者同士で興味本位でやるなど、確かに悲惨だろう。 無意識で安堵の吐息が洩れる。清四郎の顔に余裕の笑みが戻った。 しかし、続く悠理の言葉で、その笑みはふたたび固まる。 「そんで、そういう分野なら美童に相談しろって」 世界の恋人、恋愛のエキスパート、愛の狩人。 美童が、魅録のようにカワイイ男でないことは、周知の事実だった。 友人の自宅を訪ねた悠理が用件を口にした途端。 美童は思いきり腰を抜かした。 オーバーアクションで顔面を崩し、ザザザと後ろ手に床を張って逃げる。 「ひでーリアクションだなぁ」 「だだだだ、だって!」 「あたいは、色々教えて欲しいだけなんだ。色気って、どやったら出るのかなぁ? あたいって、ずっとこのままかなぁ?」 小首を傾げて困り顔の悠理に、美童は虚を衝かれた。 「そうだよね・・・悠理だって、(とてもそうは見えないけど)女の子なんだよね」 男としての矜持とともに、美童の腰は復活した。すっくと立ちあがる。 長身の彼が見下ろすのは、芽生えはじめた愛と性への興味に戸惑う幼い顔。 初めて、美童は悠理の姿を女性として見た。 ここにいるのは、たぐいまれな美少女。 これまで彼が出会ったことがないほど、無垢な。 美童の目が優しく細められ、口元に笑みが浮かぶ。 「教えてあげようか・・・恋のイロハを」 彼は悠理に囁いた。とびっきりの甘い声音で。 「魅録が15%なら・・・美童とは何パーセントなんですか?」 硬い表情で問う清四郎に、悠理はニヤリと笑った。 「数値じゃ状況がわかんないって、言わなかったか?」 悠理は両手で包み込んでいた清四郎の手を、ふいに横に引く。 「?!」 そのまま体をひねり、蹴り上げるように清四郎の足を払った。 「隙あり!」 ドサリと清四郎の上体をベッドの上に突き倒す。 同時に、自分もベッドに飛び上がり、男の胴に馬乗りになった。 「へへへ、観念しろぃ!」 悠理の目がきらりと輝く。 ベッドの上で下着姿の女に押し倒されたにもかかわらず。 清四郎は冷静に悠理を見上げた。 「・・・美童にも、こうしたんですか?」 「まぁな」 あっけなく悠理の意のままになったのは、清四郎に抵抗する気がなかったから。 清四郎の手が悠理の剥き出しの太股に触れる。 「それで、美童は?」 大きな手で悠理の足をゆっくり撫でる。 「う、うん・・・なんかロマンがどーとか、ムードがどーとか、イロイロ教えてくれたんだけど」 清四郎の手はそろそろと悠理の下着にまで遡る。 一度手を離し、あらためて両手で細いウエストをつかんだ。 「・・・ほぉ、教えてもらったんですか?”イロイロと”」 女の素肌に触れた大きな熱い手と反対に、清四郎の声は冷たい。 その冷たさに怯えるように、悠理は身をすくめた。 「んでも、なんかごちゃごちゃわかんなかったから、押し倒しちゃった」 「こんなふうに?」 コクンと頷いた悠理の腰の細さを確かめ、清四郎の手はまた動きはじめる。 タンクトップの内側で両手は素肌をゆっくりと撫で上がってゆく。 「ん・・・で、でも、美童は”それじゃ強姦だ”って、わめきだしちゃって」 悠理の腹から脇腹を撫でていた清四郎の手が止まった。 「なるほど。おまえが腕力にものを言わせれば、美童には抵抗できないでしょうね」 「あたい、いくらなんでも、それはヤだし。だから、おまえなら大丈夫かと思ったんだ」 悠理は頬を染め、はにかんだ笑みを見せた。 男の胴体を素足で挟み込んだまま。 「おまえだったら、あたいが無理強いできるわけないもん」 滑らかな素肌を男の手に預けたまま、悠理は清四郎の胸元に手を伸ばす。 プチン、と清四郎のシャツのボタンが白い指に外された。 触れた指は、緊張のためかやはり冷たい。わずかに震えているのは、怯えではないだろうけど。 「・・・そんなこともないんですが」 清四郎は薄く笑う。熱くなりはじめている自分の体に、気が付いていた。 悠理に押し倒され、彼女に意志に逆らえずに。 「悠理、いいんですか?」 清四郎の手が、ふたたび動きはじめた。そろそろと脇から、前に。 かすかな、だけどやわらかいふくらみを、両手で包み込む。 清四郎の手にすっぽりと収まる小さな乳房を、ゆっくりと揉みはじめた。 「んん・・・」 清四郎のシャツのボタンを外していた悠理が、身を震わせる。 真っ赤な顔で、それでも歯を食いしばり悠理は逃げなかった。 「途中で、嫌だと言っても、やめないですよ?」 「言う、もんか!」 緊張にひきつったような表情の中で、瞳だけが強い意志を宿し潤んでいた。 その顔は、なぜか泣き出す寸前の幼子のようにも見えた。 |
うちのサイトにはご訪問してくれないであろうけど、一応謝っとこう。
魅×悠と美×悠のお好きなかた、ごめんなさい。期待させちゃったとしたら。(笑)
ほんとは、清四郎くんの妄想の中で魅×悠も美×悠も彼の数値化するところの90%くらい突っ走った
内容で、表現しようと思ってたのですが。私には無理でございました。彼らにイロイロされて
しまう悠理たんを妄想する清四郎氏を書きたかったのになぁ。(←殴)
と、いうわけで次回はあっさり清四郎編<後>です。(笑)