エロティカ・セブン




2.魅録&美童編



「なぁなぁ魅録ぅ」
悠理がぴったりと魅録の背中に懐いた。
「んー?」
魅録は気のない返事を返す。
意識は机上で行っている手元の作業に向いている。
野梨子から頼まれた、痴漢撃退用催涙スプレー。簡単にできたのだが、中に液体をつめる段階で 魅録は考え込んでしまった。
野梨子はあの美少女ぶりが本人には災いして、たしかにストーカー的な男につきまとわれることが少なくない。
これまではドーベルマンのような幼なじみが共にいるせいで大過なくこれたが、彼女もそろそろ一人立ちを意識し始めたようだ。
当然野梨子がこのスプレーを使用するのは清四郎がそばにいないとき。
彼女の依頼は、一撃必殺の強力な護身具だった。どうもスタンガンのようなものを希望しているようなのだが、 それは魅録が却下した。(なにしろスタンガンは死亡事故多発している。アメリカでも警察が使用禁止にしはじめたくらいだ。)
そこで、催涙スプレーにしたのだが。
魅録の脳裏を嫌な予想が駆け巡る。
ひょっとして、催涙スプレーの餌食に真っ先になるのは、仲間内の自分達ではあるまいか。
過剰な男嫌いの彼女のこと。魅録や美童がうっかり声をかけただけで、攻撃にさらされる可能性あり。
でもだからといって、本物の変質者に襲われたときに役に立たないと話にならない。

「うう〜ん・・・」
考え込んだ魅録に、悠理が抱きついたまま肩越しに顔を覗かせる。
「なぁ、魅録、あたいの話聞いてる?」
「いや・・・そういや、おまえも危ないよなぁ」
魅録は悠理の顔をちらりと見た。
なにが危ないといえば、もちろん男に間違われて野梨子の攻撃にさらされる危険のことだ。
悠理はスキンシップのつもりでこうして抱きついたりするが、野梨子がそれを悠理だと気づかずに――――
「ん?なんか言ったか?」
さきほどから、悠理は背中に張り付いてなにやら話し続けている。やっと魅録は悠理に意識を向けた。
「ごめん、聞いてなかった」
「ったくよぉ。だから、あたいとセックスしようって、言ってんの!」
「−−−−−−。」

ガッタン。

魅録が座っていた椅子から転がり落ちたのも無理はなかった。



********




魅録の腰を砕けさせた悠理の言動を想像し。
清四郎は首を捻った。

「――――悠理、ひとつ確認させてもらっていいですか?」
「うん、なに?」
「未遂って、どの程度未遂だったんです?」
「どの程度って?」
「どのくらいの行為まで・・・いえ、何パーセントくらい悠理の望みは達成したんです?たとえば、50%くらいは そういう状況になった、とか、実は80%ぐらいまではいったけど、最後までは至らなかった、とか。未遂でもいろいろ 段階があるじゃないですか。一線を越えるまでの」
「?なんかよくわかんないけど・・・あえて言うなら15%ぐらいかなぁ」
「15%?それは微妙ですな」



********




「な、な、な、な・・・」
魅録は腰を抜かしたまま、後ずさった。
「そんな、逃げなくたっていいじゃん」
唇を尖らせた悠理も、ズズイとその分魅録に近づく。
悠理は魅録の手をとって、自分の胸元に誘導した。
「あたいだって、女なんだよ?」
「ひっ」
あわててふり払う。
手のひらに感じたのは柔らかでかすかなふくらみ。
抱きつかれようが一緒に寝こけようが、魅録が悠理を女だと意識した事はなかった。 なにしろ、無邪気で暴れん坊な友人の言動はあまりにも少年じみていて。
そして、この季節なら無論のこと夏の薄着で背中に張り付かれても、彼女のふくらみを感知することは不可能だったから。
だけど、悠理の瞳に浮かんだ艶と、手のひらに感じた感触は、彼女が少年などではないことを 言葉以上に主張していた。
「お、お、お、女だってことはわかった!わかったけど、なんでいったい・・・」
動揺する魅録に。
悠理は小さく吐息をついた。
至近距離から魅録を見つめる切なげな瞳。染まった頬。
もとより、悠理は美しい。それを、意識したことがなかっただけで。
ごくんと、魅録の喉が鳴った。



********




「数値ではいまひとつ状況が見えませんな・・・未遂とはいえ、おまえの望みが15% 達成できたということは・・・?」
清四郎は腕を組んで、顔をしかめた。
目の前の悠理は、あさっての方に顔を向け、なにやら赤面している。
伏せた睫毛の下の熱を帯びた瞳。
もの憂げな吐息。
魅録との一件を思い出しているのかのような悠理に。
清四郎の眉が寄った。

「それで、ちょっとは”気持ちいい”段階までは到達できたんですか?」
清四郎の声は、ひどく冷えていた。
悠理は目を見開いて、赤かった顔をますます染める。
「と、とんでもねーよっ!気持ちいいどころか、魅録ってばひどいんだぜー!痛いの痛くないのって・・・」
「い、痛い?!
清四郎の声が裏返った。
動揺してぐらりと体が傾ぐ。
「清四郎?!」
あわてて悠理が清四郎の体を支えた。
悠理の小さな手が触れた胸が、ドクンと疼く。



********




色の薄い悠理の瞳が光った。
肉食獣のように。
そこに映る、好奇心、期待、そして欲望。
ピンク色の舌が紅い唇を濡らす。
男の視線を吸い寄せ逸らすことを許さない磁力。

「女だって、思えない?」

悠理の白い手が、男の胸に触れた。
細い指先から衣服越しに感じる熱。
熱を持った指先に胸が焼ける錯覚。感じる痛み。
思わず、悠理の手をつかんでいた。
それは、恐怖に似た感情のために。
その手は、予想に反して冷たかった。その冷たさに、驚愕する。
痛みさえ伴う熱は、彼女の指先ではなく、身のうちから生じたものであることに気づいて。
悠理の唇が震えた。
潤んだ瞳が切なく揺れる。

「おまえに、抱いて欲しい・・・」

悠理がそう囁いたとき――――男はもう、逃れられないことを知った。



********




「魅録のヤロー、いくら驚いたからって、あたいにスプレーぶっかけやがったんだ!それも、痴漢撃退用の!」
「・・・痛いって」
「目だよ、目!涙はぼろぼろ出てくるし、ひどい目にあったじょ」
「・・・それは気の毒に」
「って、なんでおまえ、笑ってんだよ」
いえ、と言いながらまだ清四郎はクスクス笑っている。
実に悠理と魅録らしくって。
「魅録には、無理ですよ」
「魅録もそう言ってた。あたいって、そんなにミリョクねー?」
うつむいた悠理に拗ねた口調で問われ、清四郎の笑みが固まる。
「そりゃ、女らしくないのは認めっけどさ」
清四郎はまだ悠理の手を握ったままであることに、やっと気づいた。
彼の逡巡に、なにを感じたのか。
離そうとした清四郎の手を、悠理は両手でつかんだ。
きゅ、と握られ、清四郎は戸惑う。
「魅録はおまえが大切だから、抱けなかったんですよ。そういうことは、時が来て、 ちゃんと恋愛して・・・」
自分の胸元で清四郎の手を包み込むように握り締めていた悠理は、顔を上げた。
「うん・・・おまえも?」
悠理は哀願するように清四郎を見つめる。
ええ、と肯定しようとする返答は、喉に詰まった。

桜色の頬。潤んだ瞳。
「恋をしたら、抱いてくれる?」
言っていることは最低なのに――――小首を傾げた悠理は、目が眩むほど綺麗だった。

「魅録は・・・」
魅録はこの彼女の誘惑を振り切ったのだ。親友の忍耐力に、清四郎は驚嘆する。
「うん。魅録は苦手なんだって、そういうの。なんか天国どころか地獄行き、とか、 ごちゃごちゃ言ってた」
「ああ、なるほど」
清四郎は納得して頷いた。ひょっとして、と思わないではなかったが、それで耐久力の説明もつく。
――――まだまだ、魅録もカワイイもんですね。
経験の浅い者同士で興味本位でやるなど、確かに悲惨だろう。
無意識で安堵の吐息が洩れる。清四郎の顔に余裕の笑みが戻った。
しかし、続く悠理の言葉で、その笑みはふたたび固まる。
「そんで、そういう分野なら美童に相談しろって」

世界の恋人、恋愛のエキスパート、愛の狩人。
美童が、魅録のようにカワイイ男でないことは、周知の事実だった。



********




友人の自宅を訪ねた悠理が用件を口にした途端。
美童は思いきり腰を抜かした。
オーバーアクションで顔面を崩し、ザザザと後ろ手に床を張って逃げる。
「ひでーリアクションだなぁ」
「だだだだ、だって!」
「あたいは、色々教えて欲しいだけなんだ。色気って、どやったら出るのかなぁ? あたいって、ずっとこのままかなぁ?」
小首を傾げて困り顔の悠理に、美童は虚を衝かれた。
「そうだよね・・・悠理だって、(とてもそうは見えないけど)女の子なんだよね」
男としての矜持とともに、美童の腰は復活した。すっくと立ちあがる。
長身の彼が見下ろすのは、芽生えはじめた愛と性への興味に戸惑う幼い顔。
初めて、美童は悠理の姿を女性として見た。
ここにいるのは、たぐいまれな美少女。
これまで彼が出会ったことがないほど、無垢な。

美童の目が優しく細められ、口元に笑みが浮かぶ。
「教えてあげようか・・・恋のイロハを」
彼は悠理に囁いた。とびっきりの甘い声音で。



********




「魅録が15%なら・・・美童とは何パーセントなんですか?」
硬い表情で問う清四郎に、悠理はニヤリと笑った。
「数値じゃ状況がわかんないって、言わなかったか?」
悠理は両手で包み込んでいた清四郎の手を、ふいに横に引く。
「?!」
そのまま体をひねり、蹴り上げるように清四郎の足を払った。
「隙あり!」
ドサリと清四郎の上体をベッドの上に突き倒す。
同時に、自分もベッドに飛び上がり、男の胴に馬乗りになった。
「へへへ、観念しろぃ!」
悠理の目がきらりと輝く。
ベッドの上で下着姿の女に押し倒されたにもかかわらず。
清四郎は冷静に悠理を見上げた。
「・・・美童にも、こうしたんですか?」
「まぁな」
あっけなく悠理の意のままになったのは、清四郎に抵抗する気がなかったから。
清四郎の手が悠理の剥き出しの太股に触れる。
「それで、美童は?」
大きな手で悠理の足をゆっくり撫でる。
「う、うん・・・なんかロマンがどーとか、ムードがどーとか、イロイロ教えてくれたんだけど」
清四郎の手はそろそろと悠理の下着にまで遡る。 一度手を離し、あらためて両手で細いウエストをつかんだ。
「・・・ほぉ、教えてもらったんですか?”イロイロと”」
女の素肌に触れた大きな熱い手と反対に、清四郎の声は冷たい。
その冷たさに怯えるように、悠理は身をすくめた。
「んでも、なんかごちゃごちゃわかんなかったから、押し倒しちゃった」
「こんなふうに?」
コクンと頷いた悠理の腰の細さを確かめ、清四郎の手はまた動きはじめる。
タンクトップの内側で両手は素肌をゆっくりと撫で上がってゆく。
「ん・・・で、でも、美童は”それじゃ強姦だ”って、わめきだしちゃって」
悠理の腹から脇腹を撫でていた清四郎の手が止まった。
「なるほど。おまえが腕力にものを言わせれば、美童には抵抗できないでしょうね」
「あたい、いくらなんでも、それはヤだし。だから、おまえなら大丈夫かと思ったんだ」
悠理は頬を染め、はにかんだ笑みを見せた。
男の胴体を素足で挟み込んだまま。
「おまえだったら、あたいが無理強いできるわけないもん」
滑らかな素肌を男の手に預けたまま、悠理は清四郎の胸元に手を伸ばす。
プチン、と清四郎のシャツのボタンが白い指に外された。
触れた指は、緊張のためかやはり冷たい。わずかに震えているのは、怯えではないだろうけど。
「・・・そんなこともないんですが」
清四郎は薄く笑う。熱くなりはじめている自分の体に、気が付いていた。
悠理に押し倒され、彼女に意志に逆らえずに。

「悠理、いいんですか?」
清四郎の手が、ふたたび動きはじめた。そろそろと脇から、前に。
かすかな、だけどやわらかいふくらみを、両手で包み込む。
清四郎の手にすっぽりと収まる小さな乳房を、ゆっくりと揉みはじめた。
「んん・・・」
清四郎のシャツのボタンを外していた悠理が、身を震わせる。
真っ赤な顔で、それでも歯を食いしばり悠理は逃げなかった。
「途中で、嫌だと言っても、やめないですよ?」
「言う、もんか!」
緊張にひきつったような表情の中で、瞳だけが強い意志を宿し潤んでいた。
その顔は、なぜか泣き出す寸前の幼子のようにも見えた。






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うちのサイトにはご訪問してくれないであろうけど、一応謝っとこう。 魅×悠と美×悠のお好きなかた、ごめんなさい。期待させちゃったとしたら。(笑)
ほんとは、清四郎くんの妄想の中で魅×悠も美×悠も彼の数値化するところの90%くらい突っ走った 内容で、表現しようと思ってたのですが。私には無理でございました。彼らにイロイロされて しまう悠理たんを妄想する清四郎氏を書きたかったのになぁ。(←殴)
と、いうわけで次回はあっさり清四郎編<後>です。(笑)

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