4.悠理編 ボロボロ零れる涙。息を止めても漏れる嗚咽。 暴風雨のあとの土砂崩れ状態の顔。 清四郎だけには、見せたくなかったのに。 「まさか、悠理・・・」 困惑したような清四郎の声。 それで、判ってしまった。彼が気づいたと。 悠理の肩にかかっていた清四郎の手が離れる。 清四郎のぬくもりが遠ざかる。 「悠理、僕を騙しましたね?」 身を起こした清四郎に見下ろされ。 もう、悠理は堪えることができなかった。 「そうだよっ、あたいは、おまえが好きなんだ!おまえだけが欲しかったんだ!」 もう、なにも隠すものはない。悠理は大声を上げて泣き始めた。 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を、清四郎にさらして。 たったひとり、生まれて初めて好きになった男の前で。 おんおん号泣している悠理にティッシュの箱を渡し、清四郎は唖然とつぶやく。 「だったら、なんで・・・言ってくれれば」 悠理はティッシュを引き出しながら、清四郎を睨みつける。 滝のような涙は止まらない。 「言っだぼん!でぼ・・・」 「しゃべるなら、鼻かめ」 「うん」 ぶびーっっと鼻をかんで悠理はしゃくりあげる。 清四郎もティッシュをつかんで悠理の涙と鼻水をぬぐってくれる。 好きだ、と思った。こんな清四郎のカンチガイな優しさが。 冷徹に見えて、清四郎は意外に面倒見がいい。そのあげく、悠理の初体験の面倒まで 見る羽目に陥ったのだ。 「あたい、ちゃんと言ったもん。”好きだ”って。そしたら、おまえ・・・”わかってますよ”って」 「えっ?!」 憶えていないのか、清四郎は心底驚いた顔をする。 悠理は口を引き結んだ。 一世一代の告白。そのあえない顛末。 「”僕も好きなんです、卵焼き。だから、あげません”って!」 わぁぁぁっと、悠理はふたたび枕に突っ伏して号泣した。 思いあまって告白はしたものの。 清四郎が悠理を女として見てないことなんて、よくわかっていた。 もし再度告白しても玉砕は明白だ。 だから、悠理なりに悩んで考え、友人たちに相談もしてみたのだ。 「こういうことは野梨子はだめだろうから、可憐に相談したんだ・・・どうやったら、 あたいが女に見られるようになるかって」 悠理はひとしきり泣いた後、ポツリポツリ話し出した。 いきなり悠理にアドバイスを求められ、可憐は驚いたようだった。 「あんたは元がいいんだから、ちょっと女らしくしただけで、すっごいモテるようになるわよ」 と太鼓判。 「女らしくって?」 「あたしみたいにしてみることね♪」 ウインクした可憐は確かに、明るく健康なお色気に溢れんばかり。 同じ女らしくても、野梨子のような大和撫子には悠理はどうあがいても無理。 だから、健康的なお色気路線を目指す事にした。 「・・・それで?」 清四郎はまだ呆然自失状態の感情のこもらない声。 「それで、イロイロ試してみたんだけど」 「試す?」 清四郎とふたりきりになったとき、悠理はがんばった。がんばりまくった。 胸元を開けてみたり、素足でスカートをちょっとだけよ、とめくってみたり。 「ま、まさかこの前、テーブルの上でズンダカダンスを踊ってたのは・・・!」 「ズンダカダンス?なんだよ、それ。可憐がスケベ親父を落とすときの必殺技、うっふん攻撃の 練習してたんだじょ」 「スケベ親父・・・」 清四郎は額を手で押さえてうつむいた。 頭痛に襲われたようだ。 「でも、美童は絶対おまえはスケベだって」 清四郎は顔を上げた。 心なしか赤らんだ頬の上の双眸は、据わっていた。 「それで、どこまで本当なんです?魅録と美童との話は?」 「魅録んとこ行ったときのことは、全部ほんと」 「魅録と本気でセックスする気だったのかっ?!」 清四郎が強張った顔で悠理の肩をつかむ。 「う、ううん」 清四郎の剣幕に驚き、悠理はぶんぶん首を振った。 「あいつもおまえと一緒でさ、あたいのことゼンゼン女だと思ってないじゃん。だから、 ”どうやったら、あたいのこと女に見える?”って、胸触らせてみただけ」 「やはり、胸は触らせたのか・・・!」 吐き捨てるような清四郎の言葉に、悠理はすくみ上がる。 「ご、ごめん!でも、あいつにスプレーぶっかけられて、懲りたよぉ」 「ああ、いや、おまえに怒ってるんじゃない・・・。美童は?」 悠理は清四郎の硬い声に、顔を赤らめた。 清四郎の視線を避けて、下を向く。 「ええと・・・美童は・・・美童のとこ行ったときの話は・・・全部、嘘」 清四郎の顔色は、悠理と反対に蒼白に変る。 悠理の肩をつかむ指に痛いほど力が入った。 美童は悠理を笑顔で迎え入れた。 「悠理、清四郎が好きなんだろ」 美童は見抜いていたのだ。 当の本人にはまったく通じていなかった悠理の想いを。 「思いきって、ぶつかってみれば?悠理はそのままでも、十分魅力的だよ」 美童の優しい言葉は耳に心地よかったけれど。 「だってあいつってば、ぶつかろうにも”恋愛には興味ないので謹んでお断りします”って、 顔面にも背中にもデカデカ書いて貼り付けてんじゃん!」 「”セールスマンお断り”じゃないんだからさぁ」 美童は苦笑する。しかし、確かに、と頷いた。 「僕にも見えるな、その張り紙」 「だろ?セールスマンどころかさぁ、押し売りなんかした日にゃ、実力で排除されそうだじょ」 「あいつ恋愛に興味ないから。悠理に限らず、条件反射的に拒絶しそうだなぁ。 そこんとこ野梨子と一緒だね。この前も結構可愛い娘があいつに告ってるとこ見たけど、一瞬の逡巡も なく断ってたもんな」 「か、可愛いコ・・・」 「ああ、でも、悠理ほどの美人じゃないよ。自信もって。あいつがあの慇懃無礼な外面以外で接するのは、 なんのかんので悠理だけなんだから」 「そりゃ、外面なんか嫌だけど。でも、あたいだったら”丁重にお断り”どころか、あの悪魔の笑みで ”ほぉ、そーですか。それはどうも。でも、おまえはそんなことにうつつを抜かしている場合じゃない でしょう。”つって、教科書押し付けられそうだじょ」 「さすが、よくわかってるねぇ。でも、僕の見るところ、清四郎も悠理は気に入ってるとは思うけど。 必要以上に構うしさ」 「えっ、ほ、ほんと?!脈アリ?!」 「いや、ペット扱いかも」 「・・・やっぱし・・・」 ちらりんとスカートをめくって見せても、清四郎が悠理のキュートなヒップに見るのは幻の尻尾だけだろう。 悠理はガックリ肩を落とした。 「だからって、諦められるの?」 美童の言葉に、悠理は首を振った。 「じゃあ、やっぱ体を張ってぶつかるしかないね。案外、成功するかも。あーゆー頭でっかちの奴ほど、 予想外の行動されるとフリーズするもんさ」 清四郎はため息をついた。 「”発情期”は、美童の入れ知恵だったんですか・・・」 「なんだよ、それ!あたいはドーブツじゃないぞ」 「ああいや、”性教育”だったか。”恋愛には興味ないけど、セックスには興味ある”って、 いかにもなことを言わせたのは美童ですか?」 悠理はふるふる首を振る。 「美童は”あいつはスケベだから”って言っただけ」 清四郎はムッと顔をしかめる。 「恋愛感情だとソッコー返品されそうだからさ、あたいも必死だったんだ」 「魅録と美童のところへ先に行った話をしたのも・・・」 「おまえだけだったら、バレるじゃん、あたいの気持ち。それに、魅録みたく”そういう分野なら 美童に”って、回されてもヤだし」 清四郎はもう一度大きくため息をついた。 「・・・男のプライドを煽って、色仕掛け・・・しかも、天然でやってたんですか。つくづく野放しできない 奴ですな」 「やっぱ、ドーブツあつかいかよ!」 悠理はうるうる瞳を潤ませた。 「ああ、泣くんじゃない。これ以上泣いたら目が溶けますよ」 慰めるように清四郎が悠理の頭を撫でる。いつものように。 想いをぶちまけても、変わらない手の温かさが嬉しくて。 その変わらなさが、哀しくて。 また、悠理は泣きたくなった。 「じゃあ、おまえは、これからどうするつもりだったんですか?これまで通り?」 悠理は、ぐしゅ、と鼻を啜る。 「うん。そんでもって、時々は抱いてくんないかなーって」 悠理の頭に乗せた清四郎の手がずるりと滑った。 「って・・・それじゃ、都合のいい女じゃないですか。おまえらしくもない」 「だって、おまえが他の女抱くの、ヤだし」 「どうして?」 清四郎の問いかけに、悠理は目を丸くする。心底呆れて、男の端正な顔を見上げた。 「・・・おまえ、バカ?」 「む」 他でもない悠理にそう言われ、清四郎は眉を寄せた。 また悠理の目から涙が零れ落ちる。 そんなこともわからない唐変木なのに、恋してしまった。 「おまえのこと、好きだからに決まってるじゃんか!」 その言葉に、清四郎は横っ面を張られたような顔をした。 ふたたびオイオイ泣き出した悠理の隣で、清四郎は口元に手をやり考え込んだ。 「・・・他の奴に触らせるのも嫌か・・・なるほど、そうだな」 ぶつぶつ呟いている清四郎の頬が、ゆっくりと紅く染まった。 「なんてこった・・・僕としたことが」 清四郎は頭を抱えた。 体の相性うんぬんは、言い訳に過ぎない。 人一倍理性には自信のあるはずの彼が、彼女の乱暴な誘惑に簡単に屈したのだから、 その段階で気づいても良かった。 もう悠理を離せないことを自覚しながら、清四郎が自分の気持ちに気づいたのは、この瞬間だったのだ。 「いまさらもう、他の女なんか抱けませんしねぇ」 ひとり言のようなその呟きを、悠理は耳ざとく聞き付けた。 ひっく、と鳴咽を飲み込む。 「ほ、ほんと?!また、抱いてくれんの?!」 清四郎は悠理に顔を向ける。眉が困ったように下がっている。 「・・・だから、そんな顔して、そんなこと言うな」 そんな顔、と言われても、土砂崩れは止められない。 ひどいブス顔であろうことはわかっても。 生来の美貌に、細くしなやかな体。 けれど、彼の胸を打ったのは、ぐしゃぐしゃに崩れ涙鼻水にまみれた悠理の顔。 清四郎は、ベッドの上に裸のままペタリと座り込んでいる悠理を頭のてっぺんから順に見る。 白い素肌に散った鬱血のあと。ツンと持ち上がった小さな胸。 清四郎はシーツを悠理の全身にふわりと掛けた。 まだ顔は赤らんでいた。 「まさか、あれがアプローチなんて誰が思うんです?・・・参ったな。もっと、おまえにイロイロ 教えたくなるじゃないか」 「え?!」 清四郎は頭から被せたシーツをぎゅっと悠理に巻きつける。 困ったように、クスクス笑っている。 「僕もまだ経験したことのない行為があるんですよね。おまえとなら、試してみてもいいかも」 悠理はボンッと赤面する。 ちょっと困ったような、だけど楽しそうな清四郎の声に。 まるでシーツの上から抱きしめられているような体勢に。 「そ、それって、@@@や、@@@@?!あ、あたい@@@@だけはカンベン・・・」 「@@@@?!どこでそんな知識仕入れたんです?!」 悠理の口にした単語に、清四郎が目を剥く。 「それも、美童ですか?!」 「ううん、魅録の部屋」 「み、魅録?!」 「あいつの部屋に転がってる雑誌に載ってた」 「・・・ああ、あいつは裏世界の業界人しか読まないような実話系雑誌もチェックしてますからね」 「この前読んだ潜入ルポがすごいの。さらって来たシロートの人妻をさ、売人が縛ってシャブ漬けに・・・」 悠理の口を清四郎はシーツをつかんだ両手で封じた。 そうして、額がくっつきそうなほど、清四郎は顔を近づける。 口元まで布で覆われ、目だけびっくりしたように見開く悠理に。 「ったく。よけいなことを知らなくていい、このケダモノめ」 「むむむ」 清四郎の暴言に、悠理が布の下でうめく。 清四郎は悠理の口を封じていた手を弛めた。 布の下から現れた悠理の桃色の唇に、ちゅ、と口付ける。 呆然とする悠理に。額をつけたまま、清四郎は囁いた。 「恋人のキス。僕と試してみませんか?」 至近距離から見つめる黒い瞳は、熱をはらみ。 悠理はクラクラと眩んだ。 だから、清四郎の言葉の意味をよく理解しないまま。もう一度、唇を封じられきつく 抱きしめられても、目を見開いたまま、息をすることも忘れていた。 初めての、深い口付け。 ポカンと開いた口から侵入した清四郎に舌を絡められ。 目に星が散る。 悠理は気絶寸前。 目を回している悠理をよそに。 そっと唇を離し、清四郎は苦笑する。 こと、ここに至るまで気づかなかった自分の愚かさ。 馬鹿で、粗雑で、我が侭で、獣のようなこの女を、愛しくてしかたのない自分。 そして、彼女も彼を愛しているという、歓喜。 清四郎は大きな手で悠理の目を閉じさせた。 「・・・僕にも、初体験です。恋人とのキスは」 「恋・・・びと?」 夢うつつの意識。 ぼんやり悠理が問いかけると、目の上に置かれた手が優しく髪を撫でてくれた。 閉じたままの瞼から、また涙が零れ落ちる。 ゆっくりとベッドの上に横たえられる。 ふたたび重なる唇。重なる体。 最初は慎重に優しく、次第に深く。やがて大胆に翻弄し、激しく執拗に。 清四郎のキスは、彼に教えられたばかりのセックスと似ていた。 そして、もたらす陶酔は、それ以上だった。 吐息が絡み唾液を吸い上げられ。 体も心もひとつに溶けあう。 交わる、という意味がわかった気がした。 欲しくて欲しくてたまらなかった彼と、ついに悠理はひとつになった。 名残惜しげに糸を引いて離れる唇。 まだ、重なったままの体。 悠理の心は浮遊し、なかなか戻れない。 「ふにゃ・・・」 巻きつけられていたシーツがもどかしく、無理に手を差しのべ、清四郎の首に回す。 「ふにゃにゃ〜」 頬ずりする悠理を、清四郎はぎゅっと抱きしめる。 「・・・ったく。しかたないですね。こんなに懐かれちゃ、僕のにするしかないでしょうな。 目の離せない危なっかしいドーブツだが」 ほわんと清四郎を見上げる悠理に。 「・・・恋人としても、手間がかかりそうですな」 清四郎はもう一度、悠理に口付けた。 それ以上、憎まれ口をきく余裕は、清四郎にもない。 体を覆っていたシーツは二人の間でいつしかずれ落ちていた。 清四郎の手が、徐々に熱をおびてくる。 彼に開発された体が、すぐに反応する。 触れられただけで、とろける体。 ふわふわ夢心地の心。 恋人のキスに酔いしれ意識を飛ばしている悠理と反対に。 清四郎はやわらかく潤んだ体に指を走らせる。 キスに煽られた熱は引かない。 体の奥底から、心の奥底から、湧き起こる欲望。 何度も味わった女の濡れた唇と体に男は溺れながら。 「・・・ひょっとして、ケダモノは、僕のほうか?」 と、小さくひとり言。 |
我もエロティカセブン〜♪と鼻歌歌いながら、楽しく書いてしまいました。裏部屋にもかかわらず、
この話のふたりは、私が原作読んで妄想した原形かも。原作の清四郎って、悠理たんを女と思ってないもの。
そんでもって、悠理たんは可愛いケダモノ。でも両想い。(←信念)
ちょびっとおまけの後日談もあります。このお話の悠理たんはなにしろケモノなので、照れがありません。
そーいや、本人「@@@@だけはカンベン」とか言ってますが、なんのなんの、なんでもベッド上では
やってくれそうですw
あ、いや、後日談はエロじゃありませんが。(笑)