おまけの後日談 「太陽が黄色く見えるっていうのは、比喩ではなく本当だったんですねぇ」 「そーか?今日もいい天気だじょ」 清四郎は運転手に片手を上げ、車のドアを開けた。 悠理は彼の後からぴょんと弾むように降り立つ。 「・・・悠理、おまえは元気ですね」 「んなことないぞ、腰に力が入らないもん。おまえ朝飯ちゃんと食わないから元気でないんだ」 「頂きましたよ、ちゃんと一人前は」 登校ラッシュを避けて早めの時間に車を回してもらったが、校門にはすでに見知った顔があった。 校門の前で立ち話しているのは、遠目にもわかるピンク頭と小柄なおかっぱ。 「おはよ!魅録、野梨子」 「早いですね、野梨子」 たったった、と悠理は友人二人のもとに駆け寄った。 「あら、悠理、清四郎」 にっこり振りかえった野梨子の手元には小さなスプレー缶。 「ひえええええっ」 悠理は奇声を上げて急ブレーキ。飛んで戻り、清四郎の背中に隠れた。 魅録は額を押さえうつむく。 「なるほど、それが例のスプレーですか」 清四郎がクックと笑う。 魅録が顔を上げた。清四郎の顔を不思議そうに見る。 「・・・悠理が話したのか?」 魅録が催涙攻撃をかましたのは、かなりきわどい状況においてだ。 悠理が自らそれを話すとは思わなかったのだろう。それも、清四郎に。 清四郎は口の端を上げる。 背後に張り付いている悠理の頭を、後ろ手にポンポン叩いた。 「もう、妙なことはさせませんよ」 悠理は文句も言わず、清四郎の袖にすり、と頬をこすり付ける。 「ん?」 「・・・あら」 いつもと同じようで、どこか違うふたりの様子。 魅録は首を傾げ、野梨子の顔は輝いた。 幼なじみの表情の変化に、清四郎は片眉を上げた。 野梨子は明らかに、気づいたようだから。 色恋沙汰に疎いこと彼と同様のはずの彼女が、清四郎と悠理を 交互に見て口元を緩める。 「野梨子?」 そのとき、背後から明るい声がかかった。 「おはよー!」 華やかな笑顔とともに現れたのは美童だ。 「お!」 清四郎の背に張り付いている悠理に気づき、美童の声が躍った。 美童の後ろからは、可憐の姿も見える。 「おはよー、みんな。どうしたの?」 校門前に溜まっている仲間達に可憐は首を傾げた。 朝の光に金髪を輝かせながら、美童は悠理にウインク。 野梨子でさえ、一目で気づいたのだ。彼がわからないはずはない。 にもかかわらず、美童は悠理に問いかけた。 「悠理、首尾は?」 清四郎の背中に張り付いていた悠理は、鮮やかな桃色に頬を染めた。 そして、はにかんだような笑みを見せる。 ほのかな色気さえ感じさせる悠理の笑みに、清四郎が一瞬見惚れたその隙に。 悠理はくるんと振りかえって、美童にVサイン。 「いぇい!体当たり!」 恋人のこの答えに、清四郎は思わずっこけそうになった。 しかし、美童は青い目を愉快気に輝かせた。 「やるぅ、二回も?」 仁王立ちで腰に手を当て指を差し出していた悠理は自分の二本の指を見つめた。 「え、いや。ええと、清四郎が持ってた二個に美童にもらった半ダースが一個余ったから・・・」 「馬鹿!」 もう片方の手を指を開いて差し出そうとする悠理の口を、清四郎がふさいだ。 清四郎は悠理に負けず劣らず、赤面している。 男のプライドに抵触したのか、笑顔が凍りついた美童。 ポカンとする魅録。 スプレー缶を握りしめて硬直している野梨子。 「・・・清四郎あんた。そうだとは思ってたけど・・・思ってたけど」 ひとり話が見えないはずの可憐が、呆れたようにつぶやいた。 「・・・絶倫?」 可憐のその言葉で校門に頭突きをかましたのは、魅録。 野梨子がスプレーを噴射しなかったのは、彼にとって不幸中の幸いだった。 ”絶倫”の意味がいまひとつ彼女には不明だったためだが。 腰が砕けそうになりながらも、清四郎はなんとか持ちこたえた。 これ以上、仲間達にオモチャにされるのは彼の主義に反する。 他人で遊ぶのは大好きだが、遊ばれるのはカンベンしたい。 「もがふが」 もがいた悠理を問答無用、とばかり片手で抱え上げた。もう一方の手でしっかり口をふさいだまま。 とにかく、悠理をもう少し躾けなくては、話にならない。 「じゃ、みなさん、また後ほど!」 そう言いつつも、当分倶楽部の部室には近寄らないことを、清四郎は決意する。 そうして、悠理を小脇に抱えたまま、清四郎は敵前逃亡を断行した。 すたこらさっさと走り去る一人+拉致された一匹。 周囲の生徒たちは、ふたりのそんな姿に格別違和感を感じていないようだ。 騒動を起こす悠理を生徒会長が簀巻き状態にしているなんて、よくある光景なのだ。 しかし、仲間たちには違った。 「・・・結局、お似合いなのよね。(体力のある者同士)」 「そうですわね。(ふたりとも鈍感で可愛いですわ)」 微妙な温度差はあるものの、にっこり笑みを交し合う可憐と野梨子。 「でも僕のアドバイスがなけりゃ、どうなってたか。清四郎、鈍すぎだもん」 「あら、美童が?なんてアドバイスしたんですの」 「”清四郎はスケベだから”」 「それのどこがアドバイス〜?」 「でも、上手くいったみたいで良かったじゃないか。(7回ってのは、あんまりヤリ過ぎだと思うけど)」 きゃいきゃいはしゃいでいる女性陣+美童に、魅録は呆然。 「あ、あいつら・・・そうなのか?そーなったってことか?」 とっとと校舎に駆け込んだ、今はもう見えない友人ふたりの背中を魅録は探す。 「なに言ってんのよ、いまさら。悠理ってば、すっごいあからさまだったじゃない」 「そーだよ。あんな可愛かったのに、気づかなかったの?目はハート型だし、お尻フリフリ」 「フ・・・フリフリ・・・」 「気づかなかったのって、あんただけよ。一番身近にいるくせにさ」 「それと、清四郎本人もですわ」 野梨子はクスクス思い出し笑い。 「あんなに、悠理が可愛くてしかたがない様子で構ってましたのにね」 魅録は頭をガシガシ掻いて、野梨子を見つめた。 「そ・・その。わかった。わかったけど、おまえさんはいいのか、野梨子。その・・・清四郎が」 言いよどむ魅録に、野梨子は眉を寄せる。大きな瞳に鈍感な男に対する苛立ちとそれ以外の感情を浮かべ。 「よしてくださいな。私、なんのために、コレをお願いしたと思ってますの?」 幼なじみと離れる日が来る事を予感して。それは、小さな意識の変化とともに。 「わぁっ、スプレーをこっちに向けるな!」 魅録は野梨子の目前から飛んで逃れた。 まだ、彼には春は遠そうである。 さて、逃亡したふたりは。 「もがふが、がぶ」 「痛っ!指に咬みつくな!」 「ふが・・・」 「今度は、舐めるな!」 講堂への昇降口。教室へ向かう生徒達からは死角。 ふたりきりになってやっと、清四郎の手が悠理の口から離れた。 「ひどいよ、清四郎〜!あたいは犬でも猫でもないじょ!」 「犬みたいなもんですよ。噛み癖はあるし大食らいだし」 「むぅぅぅっ」 ふたりはしばし睨み合う。 「・・・やっぱり」 口を引き結んだ悠理の顔は蒼ざめている。 「あたいは”なんちゃってカノジョ”なんだ!どうせ、みんなには内緒なんだ!」 「”なんちゃって”って」 清四郎は、ぷ、と吹きだす。 真剣この上ない悠理の頬を、清四郎はピタピタ叩いた。 「内緒もなにも、もうあいつらにはバレてしまったと思いますよ」 悠理は清四郎の手をハッシと掴む。その手に、片頬を預けた。 悠理の頬を大きな手で包んだまま、清四郎は問いかけた。 「ちゃんと、言わなきゃダメですか?」 「・・・言いたくないなら、言わなくていい・・・」 悠理は清四郎の手に、すり、と頬擦り。 悠理はまだ信じられない。 この手が、悠理のものだということを。 清四郎が恋人だと言ってくれたことを。 「あいつらにじゃありません。おまえに、です」 「え?」 悠理は清四郎の手をぎゅ、と掴む。 清四郎は悠理に握られたままの手の指で、彼女の唇をなぞった。 「・・・なんの気の迷いかと、自分でも思うんですが。どうも、その・・・」 自分から言い出したくせに、清四郎は言いよどんだ。 「その・・・」 唇に乗せられた清四郎の指を悠理はパクリと口に含んだ。 甘く噛み、舌先で指をなぞる。 「ゆ、悠理・・・舐めるなって」 「れろ」 「やめ・・・」 清四郎は眉を寄せたが、無理に指を引きぬこうとはしない。 頬を染め、苦しげに息を吐いた。 彼女の口に含まれた指があまりに心地よすぎて。 「おまえに、舌使いを教えるんじゃなかったですよ・・・」 「ふが」 指を離そうとしない悠理に焦れたように、清四郎は荒く身じろぐ。 そのまま、悠理を壁に押し付けるように、きつく抱きしめた。 「あふ・・・」 清四郎の腕の中で、悠理の腰が砕ける。彼の息を耳元に感じただけで、力が抜ける。 胸と胸を合わせ、足を絡め。 悠理の腰を引き寄せ、抱き上げながら。 清四郎は悠理のおとがいに手をやり、上を向かせた。 悠理は目元を赤く染めた清四郎の黒い瞳を見上げた。 彼の潤んだ熱い目。この目が、悠理をとろけさせる。 体が震える。 陶酔と快楽の記憶。 唇をもとめ、ふたりの吐息が絡んだ。 体の奥から、ずくんと痺れが走った。 近づいただけで、触れずに唇は離れる。 「・・・参ったな。おまえに、嵌まってしまった」 清四郎は悠理の唇にもう一度指を乗せた。 言葉を封じるように。キスを封じるように。 「でも、学校でキスはしません」 清四郎の言葉に、悠理はイヤイヤと首を振る。 焦らされ、目尻に涙が滲んだ。 「せいしろ・・・ひどい・・・」 清四郎は唇のかわりに、悠理の瞼に口付けた。 浮かんだ涙を吸いとる。 「キスはだめです・・・僕の抑えがきかなくなる」 もう、限界に近い。 恋人のキスを知ってしまった身には。 清四郎にとっても、悠理との口付けは、あまりに甘美過ぎた。 人気のない場所とはいえ、学園の喧騒は近い。 こんなふうに抱き合っているだけでも、人目に触れればスキャンダル。停学ものだ。 ホームルーム開始を告げる予鈴が鳴る。 半ベソの悠理から無理矢理引きはがすように、清四郎は体を離した。 「さぁ、教室に行きましょう」 「うぇ・・・ひっく」 とうとう泣き顔になった悠理に、清四郎は困り顔。 「悠理・・・」 清四郎は身をかがめ、悠理の耳元に口を寄せた。 小さく、小さく囁く。 だけど、彼女にもわかるように、はっきりと。 「・・・・!」 紅く顔を染めた清四郎はそっぽを向く。 彼にしても、初めてなのだ。愛の言葉は。 そして、悠理がずるずるとその場に崩折れてしまったことは言うまでもない。 腰を抜かして。 結局、清四郎に背負われて教室に現れた悠理に、魅録があらぬ妄想をたくましく したとか、しなかったとか。 聖プレジデント学園には、一足早く、春来襲。 |
メロメロ悠理たん。ビジュアルでは雲海和尚の初恋の君憑依事件の際のお目目ハートマークでご想像お願いします。
(あからさますぎだっつーの)
ケダモノなカプ、書くのものすごく楽しかったので、まだまだ書いちゃいます。別室を一歩も出られませんが。(爆)