エロティカ・セブン




続おまけ編



ピンク色のオーラが見えるように思うのは、気のせいだろうか。
教室の机の上に頭突きをかましている隣の席の友人を、魅録はおっかなびっくり見つめた。
「ぷぷぷぷ・・・」
耳まで真っ赤に染めた悠理は、なにやら思い出し笑いをしては、時折ジタバタ足を揺らしている。
「うひょひょひょひょ〜ん」
授業中こそ笑い声は抑えられていたが、休み時間になるなり、悠理は奇声を発して身悶えた。
「ゆ、悠理・・・」
たまらず、魅録は声をかけた。

清四郎に背負われて教室にやってきた悠理は、朝からずっとこの調子だ。
なんでも、ふたりは”そーいう関係”になったらしい。
それも、”この”悠理が”あの”清四郎を落としたというのだから、驚きだ。
たしかに、ここのところ悠理は挙動不審だったが、魅録はまったく気づかなかった。
友人がいつのまにか、恋するオンナに変貌していたことに。

「魅録〜ぅ、あたいはシアワセだよよ〜ん♪」
「・・・そのようだな」

桃色に染まった頬。ハート型に潤んだ瞳。
確かに、美童や可憐や野梨子の言うように、あからさまかもしれない。
魅録の脳裏を、可憐が発した”絶倫”の言葉がよぎった。
顔が赤らむのを抑えられない。
それはつまり、悠理と清四郎はそーなったということで。
思わずあらぬ妄想をしてしまいそうになる。

「あいつってば・・・あいつってば・・・」
悠理は自分の体を抱きしめ、イヤイヤ、と身悶えた。
でも表情はまったくイヤの反対。
むふ、と口元をゆるめた悠理は、ちろんと魅録に視線を移した。
「・・・魅録、訊きたい?」
ぎくり、と魅録は蛇に睨まれた蛙の心境。
「ああいや、こんなことヒトに言えないよな〜」
魅録がお断りを入れる前に、悠理自身が「恥ずかしーっ」と首を振った。
ほっ、と息をつくのもつかの間。
「ああでも!やっぱ聞いて欲しー!」
悠理は雄叫んで、魅録の肩をガッシリつかんだ。
それは、完全にふいうちだった。

(き、聞きたくねー!)

魅録の心の声にもかかわらず。
悠理は魅録の耳を引っ張り、口を寄せた。
「あんな、清四郎ってば・・・」



「−−−−−−−へぇ。」



引きつりまくっていた魅録の表情が、緩んだ。
次第に、余裕の笑顔に。
「・・・そーなんだ」
「うん♪」
薔薇色の頬の悠理を、魅録は優しい眼差しで見つめる。
嬉しそうで幸せそうで。
ふわふわの髪を撫でてやると、喉をゴロゴロ鳴らさんばかり。
パタパタ振る尻尾が見える気さえする。
「良かったな、悠理」
心から、魅録は友人を祝福した。



清四郎、あたいのことちゃんと好きだって。あたいばっか、大好きだって思ってたのに。



「・・・おまえら、結構まっとうに付き合ってるんだな」
魅録は思わず安堵の吐息をついていた。
「・・・うん。今日からだけど」
そう口にするだけでポッと赤面する悠理は、ひどく初々しい。

だけど。

「だから、また魅録んちで勉強しなきゃ!」
「へ、うち?勉強?」
「うん。@@位フェ@@オは清四郎に教えてもらったんだけどさ。ア@@セックス @@@プレイは、まだしたことないし!たしか、おまえんちにあった雑誌にそこんとこ詳しく 書いてあったもん。予習だ、予習!」

白昼の教室で発せられた、とんでもない単語の数々。
聞くものが少なかったのは僥倖。

握りこぶしの悠理の横で、机に頭突きをかましながら、魅録は完全に理解していた。
朝の校門で。冷静沈着の誉れ高いあの彼が、赤面して悠理の口を抑えて拉致した理由を。

「飼い主なら、ちゃんと躾てくれ・・・清四郎さんよぉ」
今度魅録の脳裏を渦巻いたのは、”あらぬ”妄想でなかったのは、言うまでもない。



********




昼休み。
剣菱家から登校したため弁当を持たない清四郎は食堂に向うことにした。
部室に行けば差し入れ弁当に埋もれる悠理や美童の他にも、手作り新作料理を 皆に振る舞ってくれる可憐やら、食物はどうにでもなるだろうが。
どうしても、部室に顔を出す気にはならなかった。からかわれるのは目に見えている。
彼だとて、驚天動地の昨日の今日だ。
まだ、それに落ち着いて対処できるほど老成してはいない。

しかし、食堂の前には見知った仲間五人がすでに雁首並べて彼を待ち構えていた。
思わず回れ右しそうになったが、ぐ、と堪える。
仲間達の先頭では、清四郎を見つけてあからさまに嬉しそうに尻尾(幻)を振る悠理と、その悠理の 首根っこをがっしりつかんだ可憐と野梨子が”にんまり”以外形容できない笑顔を浮かべて立っていた。
女性陣三人の後ろで、男二人は同情に満ちた苦笑い。
本来なら”共犯”――――もとい、”恋人”である悠理は清四郎と同じ立場のはずなのだが。
「清四郎〜、お昼ご一緒しましょ♪」
「そうですわ。いろいろお聞きしたいお話もこともあることですし♪」
「メシだじょ、メシ♪」
冷や汗脂汗の清四郎の心中も知らず、しごくご機嫌麗しく、悠理は清四郎の腕を取った。
いつも通りの悠理の行動。
それを微笑ましく可愛らしく思うのは、清四郎の心境の変化だろう。
それとも、以前は自覚がなかっただけで同じように感じていたのか。
きゅ、と手を握り返してやる。
えへ、と悠理はピンクの頬で笑った。
手をつないだまま食堂に入るふたりを、仲間たちがクスクス笑っていることには気づいていた。
清四郎は内心、友人達の笑顔にため息をつく。
”お聞きしたいお話”と言われても、食事しながら話せることなんてありましたかねぇ――――と。



ハグハグがっついている悠理の隣で。
「あーあ、カレーが袖につきますよ」
悠理の袖をめくってやろうと手を伸ばした清四郎は、ニヤニヤ笑う仲間たちの視線に手を止めた。
それはいつもとかわらぬ行動。清四郎が世話を焼かなければ、野梨子や可憐がしただろう。 しかし今では、見る側の目も変化してしまっている。
だが、清四郎が手を止めたのは、照れたためではない。
羞恥心も良識も人並み持ちあわせているとは自負しているものの、清四郎のメンタリティに 青少年らしい照れはない。
ただ、ふと思い至ったのだ。
下手に袖をめくれば、悠理の肌に散った痕が見えてしまうかも知れない。
押さえつけた指のあと。夢中でむさぼった口付けのあと。
皆の前に晒すわけにはいかなかった。いくらなんでも、白昼の食堂で。



皆の四倍の量を悠理が食べ終わったのを確認してから。可憐は机に身を乗り出した。
「ねぇねぇ、悠理。どうやって清四郎を落としたの〜?」
悠理は飲んでいたお茶を吹きだしかけた。
清四郎がパンパン背中を叩いてやる。
「ど、どうやってって・・・」
「内緒です!」
押し倒し、体で篭絡。
まぎれもなく真実だったが、そう口に出しかねない悠理を清四郎はすかさず制した。
「ご想像に、お任せしますよ」
少々の冷や汗をかきつつ、ニヤリと笑ってみせた。

ま、と可憐は赤面する。
魅録も同じく赤面して目を落ち着かなく逸らせる。
美童は口元に手をやり、うつむいてクスクス笑う。
清四郎の虚勢も無意味だったようだ。
その表情を見る限り、彼らの”ご想像”とやらはかなり真実に肉薄しているだろうことは明白だった。
もちろん、野梨子をのぞいて、だが。

野梨子は、ほぅ、と吐息をついた。
「さぞ、剣菱家ではお喜びでしょうね」
優しく微笑みかけられ、悠理はきょとん。
「ん?いや、まだバレてねーもん」
「そんなことはないでしょう」
清四郎は悠理に首を振った。
「もうわかっておられると思いますよ」
「どーして?あたい、言ってないよ」
悠理は清四郎を見上げた。
「あたい、やっぱわかりやすい?」
問われ、清四郎も悠理を見つめた。
うるうる上目遣いの悠理の目は、明らかな想いを宿している。
それとも、清四郎自身の感情が鏡のように映っているだけなのか。
恋する瞳。
胸の奥にじわりとぬくもりが広がり、口元が緩みそうになる。
抑えようもない感情が、お互いに向かう。
まるで磁石のように引き寄せられる。

コホン、と誰かが咳払い。

ハッと我にかえり、清四郎は分析する。
視野狭窄、状況判断の一時的喪失。
これが、恋というものなのだ。

「ふむ・・・いえ、そんなことはないですが」
とりあえず、悠理の質問に答える。
「「「「どーこーがー」」」
外野の声が重なったが、清四郎は気にしないことにした。
「じゃ、なんでバレてるって?」
悠理は相変わらず、清四郎しか見ていない。
無邪気な顔で問われ、清四郎は苦笑した。
「実はね、今朝おまえを起こしにメイドが部屋に来たんですよ」



********




清四郎はちょうど、悠理の部屋に隣接するシャワールームから出たところだった。
朝もまた彼に責めぬかれた悠理は、まだベッドで眠っている。
しかたがないので、悠理のものらしいバスローブをはおり清四郎がドアを開けた。
「すみませんね、悠理は僕が責任もって起こしますよ」
水滴のしたたる前髪。短いローブの前を無理にあわせ。
それでも、状況は隠しようもない。
体にまといつく、倦怠感。情交の熱がまだ体の奥で燻っている。
シャワーを浴びても、まだ彼女の匂いは消せない。肌からも髪からも。

あっけにとられていたメイドは、お嬢様のご学友のあられもない姿に、真っ赤に頬を染めた。
パタパタ駆け去る彼女の背に、清四郎はため息をつく。
御注進に向かう先は知れたもの。



********




「・・・そうか、今朝の当番はたしかトモリンだったな・・・」
悠理は清四郎の話を聞いて、顔をゆがめた。
「トモリン?」
「メイドだよ。あたいを起こすの、当番制なんだ。それで起きなきゃ、母ちゃんがトンカチ振りまわして 突入してくるから、あたいも必死で起きるんだけど・・・」
「良かったですよ。さすがに、僕もおばさんといきなり顔をあわすのは気まずいです。正直、朝食の席でも バレてると思うと落ち着きませんでしたからねぇ」
「だから、おまえあんまり食べなかったんだ」
「食べましたよ、悠理ほどではありませんが」
「でも、母ちゃんにはバレてないと思うぞ。バレてたら、あんなもんで済むわけないだろ」
「あんなもんって」
「母ちゃんおまえが居たんでゴキゲンだったけど、いつもの通りだったじゃん。もしバレてたら、 狂喜乱舞して朝から満漢全席でも用意させるぜ、きっと」
それも良かったな、と悠理は少し惜しそうな顔をした。
「でも、メイドは真っ赤になって」
「トモリンは、前からおまえに気があったもん。顔赤くしたのは、おまえの裸見たせいに決まってる!」
「バスローブは着てましたって。それに、気があるなんてまさか」
「オンナの勘だ!間違いない!」
悠理はぷうと頬を膨らませた。
清四郎はその悠理の頬を指先で突っつく。
「女の勘?野生の勘の間違いじゃないですか」
悠理は自分の頬につんつん触れている清四郎の指に向かって、口を開けた。
ガブリ、と噛み付かれる前に、あわてて清四郎は指を引く。
「噛むな!」
「噛まないよ」
「舐めるな!」
「ちぇっ・・・清四郎の指、好きなのに」
細くて長くて、器用だし♪
と、悠理はピンクの舌でペロリンと唇を舐めた。
「−−−−−−。」
ひらめくその舌の動きに清四郎は目を奪われる。

ガタン。

ふたりの周囲で、四人が同時に席を立った。
「・・・私、今日は寄るところがありますので、部室に寄らずに帰らせて いただきます」
「あたし、エステ予約してるのよね」
「オレも用事が」
「僕も、デートなんだよね。きみらはふたりでごゆっくり

ほとんど噴飯顔で赤面した三人とにーっこり笑みを浮かべる美童の言葉には、なにやら含みが感じられたが。
振り向きもせずそそくさと食堂を出て行く仲間をふたりは見送った。
「・・・なんか、怒らせるようなこと、したっけ?」
「・・・いえ、これといって」
ちょっと考えて、清四郎は自分と悠理の言動を振り返ってみる。
それほど突飛なことをした覚えはない。
いくら初めての恋に浮かれていようと、学校内でイチャつくまいと決意していた。
菊正宗清四郎、表の顔はあくまで良識を重んじる生徒会長である。
――――彼自身の、主観としては。










ふたりきりの部室に続く?





ケダモノカプのほのぼの(・・・)後日談です。ほのぼのしてない(笑)続きもあるでしょう。
どっちかが恥というものを知らなきゃダメですねぇ。ひょっとして、これまで書いた中で一番のバカップルかも。あ、恥知らずはこんなの書いてる私?
ちなみに、剣菱家のメイド”トモリン”は、もちろんワ・タ・シ♪清四郎の胸元を垣間見て、鼻血ふいて逃走。御注進は忘れちゃいました。あるときは美童に夢中の人妻、またあるときは清四郎に岡惚れする剣菱家のメイド。「家政婦は見た」を書く日も近いですな。(笑)やっぱ、恥知らずは私か・・・。
別室の本分、エロエロファイヤーは、また高熱時か酔っ払ったときにでも、こっそり書きます。(爆)

続々後日談
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