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「謹賀新年」
「明けましておめでとうございまーす」
「本年もどうぞよろしくご贔屓に」
新しい年が明け。
新年恒例、有閑倶楽部の面々は剣菱邸で顔を合わせ、皆で初詣に繰り出した。
懐にはあったかく分厚い、剣菱万作氏からのお年玉。なにしろ、彼らもまだ 未成年ではあるのだ。いかに、その行動がワールドワイドかつ、大人顔負けであろうとも。
今日ばかりは華やかな振り袖姿の三人娘と、和装も決まった男性陣。
道行く者が振りかえること間違いなしの六人組だったが、今、道行く者が振りかえるのは、 彼らの美形ぶりではなく、乗車した万作自慢のおコタ内蔵特別仕様車のためだった。
そう。例によって、剣菱邸より渋滞知らずの地下道を通り、目指す神社への道を霊柩車もかくやな 車は疾走中。
内部では、高校生六人が炬燵を囲んで歓談中。
いつかと違い、万作氏と夫人はきっちりホワイトハウスの新年会に出席中。
銀行強盗も賽銭ドロも現れそうになく、今年は穏やかな新春の一日となりそうだった。
「すげーなぁ」
魅録は運転手の横から特別車両の特殊装置を覗いている。
この車はふざけた外観に反して、煙幕や外部から操縦可能な機能を各種備えている。
「ええ、今度はバスジャックされても大丈夫ですよ」
運転手の自信の言葉に、美童は首をすくめ、炬燵にもぐりこむ。
「やめてよ、思い出したくもない。うー、しかし寒いなぁ」
「良い天気なのにね」
可憐がにこやかにミカンを剥く。
清四郎は肯いた。
「放射冷却ですね」
「どうりで寒いはずですわ」
清四郎の前の茶碗に野梨子は茶を注ぎ。
「んがんんん」
ヤキモチならぬ焼き餅を頬張っていた悠理は、その茶に手を伸ばした。
熟練の名輪の運転は、茶に波も立てない。
「悠理、あなたにも煎れてさしあげますわよ!」
しかし、野梨子が茶を煎れる前に、アクシデントは起きた。
「んぐぐぐぐっ」
「悠理?」
「んぐ・・・ぐぐぐ・・・」
お節と振舞い酒でほんのり頬を染めていたはずの悠理は、いまやどす黒く顔色を変えている。
清四郎が悠理に飛びついた。
「まずいっ!餅を喉に詰めたんだ!」
血相を変えて、清四郎は悠理の背を叩く。
「餅ぃ?だいたい食い過ぎなんだよ、やだなぁ」
「あはは、悠理ってば、ほんとにお約束なんだから」
呆れ笑う仲間たちののんびり風情に、清四郎は語気を荒げた。
「笑い事じゃない、餅を喉に詰めて毎年何人も死亡してるんですよ!」
「ま、まぁ・・・」
さすがに、野梨子と可憐と美童は顔色をなくした。
「ただし、お年寄りと幼児がほとんどですけどね!」
苦しそうにのたうつ悠理の体を押さえつけ、清四郎は無理矢理口に手を突っ込んだ。
清四郎の容赦のない手に、悠理は涙をぽろぽろ流す。
荒療治が功を奏した。
悠理は咳き込み、口から餅の固まりが転げ落ちる。
清四郎はホッと肩の力を抜いた。
「ったく」
あぶないところで、『剣菱財閥のご令嬢、窒息死』と新年早々新聞に報じられるおそれは去った。
野梨子の差し出した布巾で手を拭いている清四郎の横で、悠理はまだ突っ伏して咳き込んでいる。
「悠理、大丈夫ですの?」
野梨子が悠理の着物の背をさすろうと近寄ったとき、悠理はむくりと起き上がった。
しかし、まだ顔面は蒼白だ。
「ゆ、悠理?」
「・・・吐きそー・・・」
一同の顔からも血の気が引いた。
朝から悠理の胃袋に消えたお節料理の数々、そしてその尋常ではない量が脳裏を過ぎる。
「車を止めてください!」
清四郎の鋭い声が飛んだ。
そして、ふたたび悠理の体をひっつかんだ清四郎は、大きな手で彼女の口をふさいだ。
「四次元胃袋の中身を800万の振り袖にぶちまけるなよ!」
車は側道に緊急停車する。
清四郎は悠理を抱えたまま、車から駆け下りた。
下駄を引っかけた清四郎のカラコロという慌てた足音が遠ざかるのを、仲間たちは呆然と見送る。
そして、躊躇せず目前の建物の中に消えるふたりの姿を。
「・・・あたし、清四郎のあーいうとこ、どうかと思うわぁ」
「まぁ、車の中で吐かれるのは、たまんないけど。悠理抱えて走るなんて、僕や女の子たちじゃ無理だから」
前席から魅録が呆れた声を上げる。
「けど、俺だったら、あそこは入れねーなぁ」
可憐と美童はうんうん肯く。
「お手洗いを借りに入っただけだと、思いますわ」
野梨子の言葉に、可憐と美童は顔を見あわせる。
「そりゃそうだろうけど」
「でも、羞恥より合理主義を尊重するところがねぇ」
四人+名輪が見上げた建物は、いわゆるラブホテル。ファッションホテル。
白亜の建物は一見普通のビジネスホテルにも見えるシンプルさだったが、
『迎春・サービスタイム実施中』
の横断幕が、目に痛かった。
手間取っているのか、数分待ってもふたりは出てこない。
いつまでもホテル横に車を止めて待つわけにもいかず、まさか駐車場に入るわけもいかず。
神社バージョンの発展系、天守閣を車上にそびえさせた剣菱家特別仕様車はゆっくりと発進した。
仲間二名を残したまま。
******
悠理を小脇に抱え、口をふさいだままホテルに駆け込んだ時点では、実のところ清四郎もそこが そういうホテルだとは気づいてはいなかった。
しかし、狭いフロントに「お手洗いは?!」と息せききって質問するなり、静かに部屋のキイを渡された段階で、清四郎は そこがそうだと思っていたビジネスホテルなどではないということに気がついた。
しかし、一刻を争う事態。
悠理の口をふさいでいた手を離して鍵をつかみとり、すぐに部屋に駆け込んだ。
清四郎が手を離しても悠理自身が自分の両手で口を押さえたため、いくら抱え上げていたとはいえ 嫌がる女を拉致したわけではないと、ホテル側もわかっただろう。
連れこみ宿のフロントがそんなことを頓着したとも思えないが。
「・・・どうなってんだ、この帯!」
とりあえず部屋に飛び込んだ清四郎は、悪態をつきながら悠理の帯をゆるめた。
――――振り袖姿の娘の帯を解く。
時代劇のようにくるくる回したいと思わなかったといえば、嘘になる。
しかし、帯はすぐにドサリと床に落ちた。
自由になった悠理は清四郎を振りかえりもせずトイレに駆け込む。
悠理の移動とともに、床に転々と残されたのは帯と振り袖。あわせて800万円也。
そして、トイレからは苦しげな嘔吐音。
清四郎は盛大にため息をついた。
豪奢な帯と脱ぎ捨てられた着物を拾い上げ、皺にならないようベッドの上に広げて乗せる。
そうして、清四郎はやっと室内を見回した。
外観と同じく、普通のホテルと見まごうノーマルな部屋だった。
真昼にもかかわらず分厚いカーテンで窓が遮断されている以外、大きめのダブルベッドが目に付く程度。
アールヌーボーを模した室内装飾は、悪くない。
ガレ風のスタンドを点けると、ベッド上の振り袖が眩しく煌いた。
赤地に金銀を惜しげもなく散らした鶏柄。
その普通でない柄は、その持ち主が悠理であることをあらためて思い出させた。
「・・・ま、悠理ですしね・・・」
清四郎が着物を脱がせた女とラブホテルでふたりきり――――といっても相手はあの悠理だ。
淫靡な想像ができるはずもない。
清四郎は苦笑する。
さぞ、仲間たちも困惑していることだろう。
「うへー、参った参った」
しばらくして、悠理はタオルで顔をゴシゴシ拭きながらトイレから帰還した。
清四郎は仲間と連絡を取ろうと、袂から携帯を取り出したところだった。
しかし、悠理に顔を向けたところで、思わず手が止まる。
悠理は薄桃色の肌襦袢姿で、濡らした頭からポタポタ滴を垂らしていた。
室内の薄暗い照明は、薄衣を透かして悠理のほっそりとした姿態を際立たせる。
絹の胸元は濡れて張りつき、肌を露出させていた。
しかも悠理は肌襦袢の他に下着を着けていないらしい。少なくとも、上は。
「どったの?清四郎」
思わず全身をじっくり見つめそうになって、清四郎は目を逸らした。
(僕としたことが、よりにもよって悠理相手に・・・!)
清四郎は赤面しそうになるところを、意志の力で押し止めた。
自律神経さえも操る男、と自画自賛していると、悠理の冷たい手がひやりと手に触れた。
「電話したのか?」
「あ、ああいや、これからだ。とにかく慌てて飛び込んでしまいましたからね。あいつらに 連絡しなければ」
悠理はぐるりと頭を回し、室内を見ている。
「なんかよくわかんなかったけど・・・ここホテル?」
「えー・・・まぁ、そんなところです」
「みんなは?」
「この辺りは駐車していられないでしょうから、付近を流してるんじゃないですか」
「悪かったな、早く戻んなきゃ」
「もちろんです。でも、僕は着付けなんぞできませんからね」
清四郎はちらりとベッドの上に視線を流した。
もちろん、悠理が自分で振り袖を着られるなどとは端から思ってはいない。
「ああ、そうだ。やべー。こんな格好じゃ出らんないよな」
悠理は自分の襦袢を見下ろした。
「当たり前です!」
思わず力いっぱい答えて、清四郎は携帯電話で野梨子を呼び出した。
「あ、野梨子、悪いけど悠理の着付けをお願いできませんか」
野梨子は苦笑しつつも快諾するだろうと、清四郎は返事を待った。
しかし、電話からはしばしの間。
『・・・嫌ですわ』
幼なじみの困惑声。清四郎は訊き返す。
「え?」
『私に、一人でそのホテルに入って行けとおっしゃるの?』
「あ、ああ、そういうわけですか。じゃ、可憐と二人ででも」
『お断りです。清四郎、あなたが着付けて差し上げたら?』
「そう言わないで下さいよ。じゃ、美童と一緒でも・・・」
ブチッと乱暴に通信は切られた。
清四郎は顔を歪める。
マルチに完璧を誇る清四郎だが、どうも幼なじみの目には、情緒障害者かデリカシー欠損者のように 映るらしい。
当たらずも遠からじ。しかし、今日のところは情緒は凍結されてはいないようだ。
抑えたはずの動揺に、顔が火照るのを清四郎は感じていた。
「僕が着付け・・・ですか」
ちらりと隣を見れば、薄衣一枚の悠理。
女あつかいしたことのない、友人のはず。
しかし、きょとんと首を傾げる悠理の顔をまともに見ることができない。
清四郎は困惑し、視線のやり場に困って天井を見上げた。
NEXT
明けましておめでとうございます!新年早々、またもや妄想爆発、年賀状チェックをしながら2時間で
書き飛ばしてしまいました・・・といってもまだ前編です。
しかし、年の始めからラブホネタ。何度目かしら、清×悠ラブホ妄想。しかし、私自身はろくに
入ったことないんですよねー。(爆)
単に悠理ちゃんのお振り袖姿を書きたかっただけです。すぐに脱がしてしまいましたが。
鶏年らしく、着物の柄はアケミ&サユリですが、帯はどんなのかしら。私は和装の知識は皆無。
どなたか、悠理に似合うかわゆくゴージャスな結び方を教えて下さいまし。
振り袖を着れなくなって@年。着付けがどんなだったか忘れちゃったなー。さて、後編はどうなることやら。(まだ未定)
しかし、清四郎ちゃんも着付けはできないだろう、さすがに。