〜風呂場編〜
半分寝ボケ顔の悠理は、なんの躊躇もなくパッパと衣服を脱ぎ捨てた。
場所は菊正宗家の風呂場。脱衣場なのだから、当然。
自分も服を脱ぎながら、清四郎は苦笑した。
「・・・ったく、色気のない」
結婚して以来、一緒に入ることが習慣化しているため、悠理の行動はいつも通りなのだが。
彼らはいまや夫婦ではない赤の他人の男女なのだから、少しくらい恥じらいがあっても――――などと
考えながら、清四郎は腰にタオルを巻いて、悠理を追って風呂場に入った。
悠理はザブザブ掛け湯を使い、湯船に身を沈めたところだった。
剣菱邸にいくつかある浴場とは比べることはできないが、一般的家庭の風呂場としてはゆったりとした浴槽。
首まで浸かって、ようやく目が覚めたらしい。悠理は手足を伸ばし、気持ちよさそうに鼻歌を歌い出した。
清四郎も知っている、今は亡きアーティスト、ブラック・ルシアンのナンバー。
清四郎も湯を使いながら悠理の鼻歌に合わせて英語のサビを口ずさんだ。
「わぁっ、ヤメロ!」
途端に、悠理からストップがかかる。
「発音はおまえより、断然良いと思うんですが」
「おまえの音感は酷すぎ。こんな風呂場で至近距離で聞かされちゃ、いくらあたいでもダメ。気絶もの」
「ひどい言い草ですな」
「音痴もそこまでくれば、すでに凶器だじょ」
言いながら、悠理は笑顔。
マルチを誇る清四郎のこれだけはどうしようもない弱点を握っていると、得意顔なのだ。
「ふん」
別に歌が下手なくらい痛くも痒くもない清四郎としては、どうということはない。
悠理の隣にざぶりと身を沈めた。
「ほら」
清四郎はいつものように、両手を広げて悠理を促した。
「うん」
悠理も素直に清四郎の腕の中に移動する。
膝の間に座り、背中にもたれ猫のように伸びをする。
大人ふたりが足を伸ばせる大きな浴槽で、ひっついている必要はないのだが。
これも、ふたりの習慣だ。
清四郎は背後から確かめるように、悠理の体に手を触れた。
「やっぱり、脱いだらスゴイですな」
硬く締まった腹部。肩から二の腕にかけての筋肉。
見た目はずいぶんと華奢なのに、触れれば引き締まったスポーツ選手のようだ。
「まだまだ全然じゃん」
悠理は自分の体に回された清四郎の腕と自分の腕を見比べた。
「おまえは、でもあんまりムキムキになんないなー」
「筋肉の質の問題です。僕の師匠は雲海和尚ですよ。あの人は体重も消せるんですからね」
「なに、清四郎。じっちゃんみたいな体になりたいの?あたいはもっとマッチョになりたいな」
「よしてくださいよ、モルダビアになる気ですか」
「おうよ、上等!あの恐いオバチャンと勝負する気はないけど、見るからに強そうでいいよな〜」
もともとマッチョ好きな悠理だ。清四郎はゲンナリと顔色をなくした。
「彼女のウェイトは悠理と倍ほど違いますよ。そのほとんどが筋肉ですね。一度抱いたとき、あまりの重さに驚きました」
「だ、抱いた?!」
悠理がぎょっと振り返る。
「・・・もとい、担いだとき、です。ほらあの首相狙撃事件のときですよ。何考えてんですか、まったく」
清四郎は悠理の鼻先に指で弾いて湯をぶつけた。
「お、やったな!」
悠理も負けじと、両手を固め湯を発射する。
こういうところは、悠理は何年経っても変わらない。
ひとしきり湯を掛け合って、顔を見合わせて笑った。
海やプールで遊んでいるときと、なにも変わらない友人同士。
だけど。
「久しぶりに、頭を洗ってあげますよ」
「じゃ、あたいもしてやるよ」
ふたり同時に湯から上がる。
湯を弾く悠理の弾力のある肌。小ぶりな乳房が揺れる。
「・・・あの頃より、大きくなってますよねぇ。やっぱり、僕との朝晩の成果か・・・」
「んあ?筋肉?」
きょとんとする悠理に、清四郎は意地悪な笑みを浮かべた。
「いえ、脂肪」
美容を気にする可憐あたりが聞いたらわめきだしそうな台詞を口にして、清四郎はシャンプーを手に取った。
やはり、変わったものはあるのだ。
ひとに髪を洗ってもらうのは、心地いい。
「痒いところはないですか?お客さーん」
「お客さん、ってね」
清四郎は吹き出した。
悠理は理髪店を気取っているようだが、素っ裸の女に泡まみれにされている今、気分は
ソープランド。そんなところに足を踏み入れたことはないとはいえ。
悠理のふわふわの髪に触れるのが好きな清四郎は、彼女を洗ってやるのも好きだった。
本当は頭よりも体を隅々まで洗ってやりたいのだけど――――そんなことをすれば、これまでの経験上、
確実にコトに及んでしまう。その確率は100%。
さすがに実家の風呂場ではマズイだろう。剣菱邸のように広い家ではないのだし。
清四郎は頭を振って妄想を払った。
「悠理、髪を伸ばしてみません?」
「やだよ、面倒だ」
「僕がこうやって洗ってやってるじゃないか。梳かしてやりますよ」
「やー」
悠理は泡まみれのまま、顔を上げた。
「おまえ、そんなこと言って、いつもいるわけじゃないじゃないか。いるときはこうして一緒に風呂入ったりして
楽しいけどさ」
プゥとふくれた頬。
泡のついた手で、清四郎は悠理のその頬に触れた。
「僕がずっとそばにいれば・・・離婚なんて言い出さなかった?」
甘えん坊で、淋しがりの悠理。
悠理をどうあつかえばいいのか、清四郎は熟知している。
それでも、馴れと惰性が作った隙をついて、悠理は手の中からたやすく逃れてしまう。
売り言葉に買い言葉で、出してしまった離婚届。
だけど、清四郎は悠理を離すつもりはなかった。
友人としてはもとより、家族として、なによりも彼にとってただひとりの――――。
悠理は一瞬、目を見開いて清四郎を見上げたが、
「痛っ」
シャンプーが目に入ったのか、すぐにきつく目をつぶった。
清四郎は頬に触れていた指先を滑らせる。
首筋から鎖骨をたどり、胸をやわらかく包む。
「わ!」
身じろぐ悠理をもう一方の手で捕らえ、抱き寄せた。
石鹸で滑る体を膝の上に乗せて抱きしめる。
その間も手は胸をまさぐり悠理の体に泡を擦り付ける。
「せ、清四郎ちゃん・・・なんか当たってんですけど!」
目を閉じたまま、悠理はもがいた。
清四郎は胸と腹、そしてきつくあわされた太腿の間に手を滑らせる。
「こんな状況でなんの反応もなければ、それはそれで失礼でしょう?」
「失礼でもいい・・・って!」
悠理はもがいていたが、手を伸ばしシャワーのノズルを回した。
「わっ」
冷水のシャワーがふたりに降りかかる。
「冷たいですよっ」
「うるせー、ちょっとは頭を冷やせ!」
緩んだ清四郎の手から逃れた悠理は、シャンプーを流してようやく目を開けた。
さすがに冷たさに身震いし、ジャポンと湯に浸かる。
たしかに、熱くなっていた体の熱は引いた。
清四郎もすぐに湯に身を入れた。
「悠理・・・」
ふたたび腕の中に納まった悠理に手を伸ばし、清四郎は背後から頬に口を寄せる。
何度も、頬に耳に口付ける。
くすぐったそうに悠理は身を竦めた。
慣れた感触の肌に手を滑らせる。
やわやわと清四郎が育てた胸を湯の中でもてあそび、反対の手で太腿を撫でる。
「ちょ・・・ここですんなって!みんなが入る風呂なんだからな」
「わかってますよ。悠理の甘い匂いも汗も、うちの家族に味あわせる気はありません」
「や、やーらしーなっ、もう!」
清四郎の手にしっくり馴染む手触り。
悠理の濡れた髪に顔を埋めながら、清四郎は心地よい酔いに身を任せていた。
久しぶりの実家で飲んだ酒のせいか。
それとも。
「・・・悠理は僕から離れて行かないでくださいよ」
無意識の内に出た言葉に、悠理の肩がぴくんと揺れた。
「・・・やっぱおまえ、野梨子の結婚がショックなんだ・・・!」
唸るような悠理の声。
「野梨子・・・?」
清四郎は虚を衝かれてつぶやいた。
ぶん、と振りかえった悠理の顔は、湯のせいだけでなく、赤らんでいる。
「言ったでしょ、そりゃショックですよ。悠理だって驚いてたじゃないですか」
清四郎にすれば、正直な気持ちだった。なにを悠理が怒っているのか、わからない。
悠理はザバリと湯から立ち上がった。
スレンダーな体にまといついている湯が流れ落ちる。
濡れた髪がはりつき、形の良い額を露にしている。
清四郎を見下ろす悠理は、息を飲むほど美しかった。
「あたいだって、いつまでも成長しないなんて思うなよ」
いつまでも子供のままではいられない。
あれほど楽しかった六人組も、それぞれ大人になり、別々の道を歩く。
だけど、幾つになっても無邪気さを失わない悠理は、清四郎にとって、
あの頃の自分達の象徴だった。
いつでも、悠理との生活は大騒ぎの毎日。
喧嘩をしても離婚をしても、清四郎は悠理と離れる日が来るなどとは、思った
ことがなかった。
あの頃のまま。
喧嘩して笑いあって、ふざけあって。
もう、ただの友人ではあり得ないのに。
「待って下さい、どういう意味ですか?」
清四郎は風呂場を出て行く悠理の後を追った。
いつでも、追いかけている。
彼を慌てさせる、唯一の女。
結婚も離婚も、紙の上の契約に過ぎない。
そんなもので切れるほど、簡単な腐れ縁じゃなかった。
愛のようには消えない。
恋のようには冷めない。
だけど、彼女を失うことなんてできないことを、彼は知っていた。
この頃、すでにもう。
「プレイバックpart1〜菊正宗家編〜」のそのまた番外編です。
別室入りなのは、無意味なイチャイチャ話だから。いえ、馬鹿夫婦物はたいていみんな
そうなんですが。(断言)
ほんとは高熱に浮かされて書いたチョイエロもあったのですが、
我に返って4分の1削除しました。やっぱだめでしょ、実家のお風呂でしちゃ。(笑)
エロは
寝室編に持ち越しです。
ら・ら・らTOP
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