きみとぼくは、こんなにもちがう。
だから、ぼくはきみが好きなのかな。
*****
試験最終日。
足取りも軽く校舎を出たのは有閑倶楽部六人組。
余裕でできた数名、低空飛行の者、ひょっとしてかなりやばいかもな若干一名も、皆解放感で
表情は明るい。
試験期間中は土砂降りだった空模様も、彼らの心と同じく快晴に変わった。
打ち上げに繰り出そうと珍しくも揃って校門を出たところで、待ち伏せしていたらしい他校生に呼び止められた。
「あの・・・菊正宗くん、少しいいですか」
「はい、僕ですか?」
清四郎を呼び止めたのは、南高の制服を着た男子学生。
仲間たちに先に行くように促し、清四郎は立ち止まった。
ゆっくり歩きながら、仲間たちは背後の二人を窺う。
「南高生がなんで?」
「あいつ、見たことあるなぁ。文化交流会かなにかで見なかったか?」
「思い出しましたわ。南高の生徒会長じゃありませんこと」
「男前だけど、公立ってことは、どこかのご子息じゃなさそうねぇ」
「まぁ、可憐!」
「およ、清四郎になんか手紙みたいなの渡してるじょ」
そのシーンを見て、五人はひとしく肩を竦めた。
「「「・・・なーんだ、ラブレターか」」」
清四郎に白い封筒を渡した南高生は、会釈して駆け去って行った。
封筒を手にしたまま、仲間たちの元へ清四郎は小走りで追いつく。
「清四郎、本当にモテるなー、男には」
「変なところを強調しないで下さいよ、美童。読んで下さい、と渡されただけです。そういうのじゃないかも知れませんよ」
「そーゆーのに決まってるでしょ。頬染めてたじゃないの、彼。あああ、ちょっとハンサムだと思ったら、そっちの人種か〜」
「で、でも以前も待ち伏せされて手紙を渡されたんですけど、あのときは果たし状だったんですわね?清四郎」
野梨子のフォローともつかない言葉に、清四郎は苦笑する。
「どっちも、あまりありがたくないですが」
果たし状、の言葉に悠理の目が輝いた。退屈しのぎにはなりそうだ。
「読んでみろよ!」
「はいはい」
清四郎は封筒を開けて、中の紙片を取り出す。ざっと一読して、ふたたび封筒にもどした。
いつもの鉄面皮。
清四郎の表情は読み取れないが、背後から覗き込んでいた美童と魅録の表情は雄弁だ。
苦虫を噛んでしまったように目を白黒させている魅録。
吹き出しそうな口元を押さえている美童。愉快そうに目は笑っているが、一抹の怯えがその青い瞳に映っている。
「やっぱ、ラブレターかよ」
悠理は残念そうにため息をついた。
清四郎は無言で内ポケットに封筒をしまい込む。
歩きながら、可憐がポツリと問いかけた。
「ねぇ、清四郎。素朴な疑問なんだけど」
「なんですか」
「あんた、そーゆー手紙って、どう処分してるわけ?」
「・・・可憐こそ、山のようにもらってるでしょう。どうしてるんですか?」
「あたしはーーーーって、普通のラブレターばっかりだもの。お返事くださいってのは少ないし」
彼ら六人はいずれも学園内外の人気者。降るように舞い込むプレゼントやラブレターに、返事を期待するようなツワモノは少ない。
「野梨子みたいに、読みもせず焼却炉に放り込むようなことはしてないわよ」
野梨子は眉を寄せたが、あとのメンバーは含み笑い。
「いつか、恨まれるぜ〜〜祟られるぜ〜〜呪われるぜ〜〜」
「よして下さいな、悠理。私はいつも迷惑だって表明しておりますもの。それでも渡されるんですから、どう処分しようと私の勝手ですわ。悠理だって、差し入れと共に渡されるメッセージカードの類いを読んでいるところなんて見たことないのですけど!」
「へ?メッセージなんて付いてる?」
「「「「「付いてることも知らないんだから」」」」」
悠理以外の全員の声が重なった。
笑いながら、美童は悠理の頭をぽふぽふ叩く。彼女が本気を出せば、こと女子のハートをゲットすることにかけては、
彼のライバルになりうるのだが。
「僕はいつもちゃんと対応してるよ〜♪」
「あんたは訊かなくてもわかるわよ、美童。マメだもん。清四郎はわかんないわぁ。野梨子と同タイプに見えるけど」
「ちゃんと読みますよ、一応は」
「果たし状かもしんないからな♪」
「いつも男からばかりもらっているような言い草ですな。女性からの手紙でそれはないでしょう。
ああ、そういえば、悠理からは果たし状をもらいましたね、以前。誤字脱字だらけの」
それは、婚約騒動のとき。
ぷぅ、と頬をふくらませた悠理に、一同は笑った。
しかし、続く清四郎の言葉に、皆の笑顔は強張る。
「どんな人からであれ、誠心誠意を尽くして書いてくれた手紙を粗雑にはあつかいませんよ。
僕だって、ラブレターを書いたことがありますからね」
*****
「「「「「清四郎が、ラブレターーー?!」」」」」
往来でわめいた友人たちの重なった声に、清四郎は眉を上げる。
コホン、と照れたように小さくひとつ咳きついた。
「・・・と、言っても小学部の頃ですが」
「な、なんだぁ。びっくりさせるなよ」
「小学部の頃でも、驚きですわ」
「そういえばそうよね。清四郎って、人を好きになったことないって思ってたわ」
「いーや、案外ちゃっかり経験してると見たね。小学生の時ってのは、あんまり早すぎると思うけど」
「おいおい、美童、なんの経験だよ」
「清四郎は人の経験してることで知らないことは許せないってタイプじゃないか。ムッツリだし」
美童のこの言葉には、さすがの清四郎も眉を寄せた。
「黙って聞いてれば、ムッツリってなんですか、ムッツリって」
「ズバリ、清四郎は年上のお姉さんとかで経験してるね!」
「・・・ご想像にお任せします」
清四郎はニヤリと笑みを浮かべる。
バチリと、一瞬、美童と清四郎の間に火花が散った。(ように、見えた。)
なにやら、男の闘い。
根性なしの美童も、ことこの分野では負けん気を発揮し、清四郎にだって立ち向かうのだ。
処女三人組と純情な一名は頬を染めた。
「え、ええと・・・でも、清四郎って早熟そうだから、初恋が年上ってのは、いかにもだわねぇ。野梨子、あんた
知らないの?」
経験=初恋、と無理やり解釈して、可憐は話を続ける。
「そ、そうですわね。私もいつも一緒ってわけではありませんでしたから」
「年上ってぇと、和子姉ちゃんの友達とか?」
「清四郎は病院にもよく顔を出していましたから、入院患者さんとか」
「ナースとか?うわぉv」
「・・・美童、あんた、ねー・・・」
「家庭教師のオネーサンとか!」
「・・・・。」
少女たちは、完全に沈黙。
赤らんだ顔の魅録はすでにそっぽを向いている。
ついに、清四郎が白旗を揚げるかのように肩を竦めた。
「美童、想像するのは勝手ですが、小三やそこらの頃ですよ?」
「小三?うーん、さすがに九歳じゃ無理か・・・いや、僕は13ですでに・・・」
ブツブツ呟いている美童をよそに、少女達はほっと息をついた。
「ラブレターで告白なんて、あんたも九歳じゃ可愛かったのね」
「告白、というほどの文じゃなかったんですけどね」
「まぁ、憶えてますの?」
「ええ、はっきりと一言一句」
清四郎は、そう言って遠くの空に目をやった。雨上がりの空は澄んで高い。
遠い面影を追うような柔和な横顔を、仲間達は見つめた。
深い黒い瞳。
この友人の、こんな顔を見るのは初めてだった。
*****
こんにちは、って、ほんとはずっと言いたかった。
ぼくから話しかければ、きみは答えてくれますか?
*****
常は感情を表さない清四郎の横顔に何を見たのか。
ハッと、可憐が顔色を変えた。
隣の野梨子と悠理を突つく。回想にふけっているような清四郎をジャマしないよう、彼女たちは小声で
語り合った。
「清四郎んとこって、総合病院だけど・・・心臓病の権威なのよね?」
「そうですわね。おじ様は天才外科医だとか」
「じゃ、年上の入院患者に初恋って、悲しい思い出なんじゃない?」
「「「!!!」」」
悠理と野梨子は息を飲んだ。
「真澄ちゃんみたく・・・?」
かつて、美童に恋した心臓病の少女の面影がよぎる。大人になれないと、自らの想いで成長を早めた。
そして、美童を死の世界へ共に連れて行こうとした夢見がちな少女だった。
女達の輪の後ろで聞いていたらしい美童が顔を歪めた。
「や、やめてくれよぉ。ヤなこと思い出させないでよ」
彼女は手術を受け、いまでは元気に過ごしている。年相応の、美童の弟杏樹に乗り換えて。
美童にとってヤなこととは、あやうく生霊に憑り殺されかけたことよりも、
弟に彼女を取られたことのようだ。
「ヤなこと・・・つらい思い出なのか?」
ポツリと悠理がつぶやく。
それは、美童に対しての言葉ではなく、遠くを見つめる清四郎への言葉だった。
可憐はすでに、うるっと目を潤ませている。
野梨子はきゅっと赤い唇を引き結んだ。
傍らの幼なじみを、真っ直ぐ見つめて話し掛ける。
「儚く・・・なられましたの?その方・・・」
清四郎は初めて女達に顔を向けた。
「は?」
本当に小声での会話を聞いていなかったらしい。清四郎は、首を傾げた。
「亡くなられましたの?清四郎が手紙を送った方」
野梨子は直接話法だ。
一瞬、野梨子の揺れる大きな瞳を見つめていた清四郎は、小さく笑った。
「なんだって、そんな話になるんです?ピンピンしてますよ。もともと、カエル振り回す元気者ですからねぇ」
「「「「「カエル〜?!」」」」」
また、全員の声が重なった。
*****
きみがこないだ、だいじそうに手のひらに持っていたカエル。
女の子たちは泣いていやがって、きみをせめたけれど。
「こんなにかわいいのに」って、ふくれてたきみは、
きっと見せたかっただけなんだね。
小さな緑色のカエル。
ほんとうは、ぼくもちょっとにがてだった。
でもあれから、あの小さなカエルが、少しだけ平気になった。
*****
「おかげで、僕もカエルに触れるようになりましたよ」
「そういえば小学部のとき、清四郎は理科クラブに入ってましたわね。よくカエルの解剖とかしていたような・・・」
「理科クラブの先輩?」
「知的なお姉さん?でも、所詮小学生だろー?」
なにやらまだ勘違いしている美童をよそに、魅録は咥え煙草の先を揺らした。
「なんだかそいつって、悠理みたいな女だよなー」
悠理は腕を組んで、首を傾げていた。
「カエル・・・カエル・・・手紙?」
ぶつぶつ呟いていた悠理の表情が、徐々に険悪なものに変わってゆく。
悠理の眉はしかめられ、唇の端が思い切り下がった。
それは、怒りの表情。
「清四郎!」
悠理はキッと清四郎をにらみ上げた。
「おまえ、あのときのカエル、解剖したのか〜〜っ?!」
清四郎は意外なものを見るように、目を見開いて悠理を見つめた。
「・・・これは驚いた。悠理、憶えてるんですか?」
その言葉で、魅録、可憐、野梨子、美童の四人は絶句。
「その記憶力、勉強に生かせないんですかねぇ。今日の試験の結果が楽しみです」
「う・・・それよか、カエル!」
「そんな、おまえが逃がしたカエルをわざわざ捕まえたりはしませんけどね。そりゃあその後、解剖は
何度か」
「カエルを触れないまんまでいりゃー良かったのに!」
言い争っているふたりを、唖然と見つめていた仲間達だったが、やっと我に返った。
「ちょ、ちょっと待って!!入院患者でも家庭教師でも看護婦でもセンパイでもなく、清四郎が
ラブレター渡したのって、ほんとに悠理だったの?!」
可憐の声に、清四郎は振り返った。
少し眉が下がる。
「ラブレターなんて、人聞きが悪い。そんなんじゃありませんよ。友達になろう、って友好条約締結しようと
しただけです。あの頃、悠理は僕や野梨子を目の敵にしてましたからね」
「目の敵にしてたのは、野梨子の方だろー!」
「あ、あら、そんな昔のこと・・・」
「そうですよ、所詮昔のことです」
清四郎はそう言って、プイと背中を向けた。
やはり、鉄面皮。表情にほとんど感情は出ていない。
立ち止まっていた一同を促すように、清四郎は大股で歩き始めた。
悠理が遅れまいと慌てて追う。
「ところで悠理。憶えてたのは意外でしたが、僕が勇気を出して渡した手紙をものの見事にシカト
してくれましたよねぇ」
「む、昔のことって、言ったのは誰だよ!・・・だいいち、なんかカエルがどーとか書いてあったけど、漢字が多くて
意味不明だったんだよっ」
「漢字って、低学年で習う字しか使わなかったはずだったんですがねぇ。あの頃からおまえの学力程度は判ってたんで」
「うっさいやい!やっぱ、おまえってヤナ奴ーーー!」
悠理の靴が、水溜りを跳ね上げる。
清四郎の広い背中が揺れているのは、笑っているから。
ふたりをいまだ呆然と見送っていた友人達は、顔を見合わせた。
「・・・”ラブレター”って最初に言ったのは清四郎よね」
「悠理が憶えてたんで、ごまかしたけどな」
「誠心誠意書いたんだよね、きっと」
「一語一句憶えてるって言ってましたわ」
友人達は、もう一度悠理と清四郎の背に目をやった。
悠理が振り返る。
「おまえら、何してんだー?行くぞーー!!」
わずかにこちらに顔を向けた清四郎の頬が染まっているように見えたのは錯覚か。
「ま、友達になりたい、という清四郎少年の望みは叶えられたわけだ」
友人達の顔が綻んだ。
隙を見せない友人の、意外な一面を知ったことで。
ひょっとして。もしかして。あの鉄面皮が、赤らんでいるかも知れないから。
「今、行きますわ。待って下さいな、悠理、清四郎!」
野梨子の言葉を合図に、友人達はふたりに向かって駆け出した。
正反対なのに、どこか似合いのふたりに。
*****
きみが、ぼくを見るとそっぽを向くのが、かなしいです。
ぼくときみは、好きなものも得意なものもちがうから?
ずっとぼくはきみと友達になりたかった。
ぼくは、きみが好きです。
とても、好きです。
2005.2.15
昨日の朝、NHK教育「あかあさんといっしょ」で「ぼくときみ」というかわゆい歌を聴いてしまいまして。
いきなり妄想が爆発してしまいました。
一回聴いただけでさだかではないものの、歌詞の内容はピンクで表示している清四郎ちゃんのお手紙部分のような感じです。
”きみとぼくはちがうから、好きなのかな?”に、ズッキューン。カエル振り回す女の子も悠理みたいだし。
私的には立派に清×悠ソングです!たとえ、幼稚園児向けの童謡であっても!
ごめん、娘よ・・・あなたを膝に抱き、母はこんな↑妄想に浸っておりました・・・。
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