ラブレター2〜君から僕に〜

 

こんにちは。

そう勇気をだして声をかけた。
君はおどろいた顔でふりかえる。
ほんとうは、さようなら、と言うべきだったのだけど。
迎えをひとり待っている背中が、少しさみしそうに見えたから。
こんにちはって、言ってしまった。

ずいぶん前に渡した手紙を、きっと君は忘れてしまったんだろう。
僕からのあいさつに、あいかわらず、そっぽを向くから。

校門の横のイチョウが色づきはじめていた。
まだ銀杏は落ちていないのに、

君が「おいしそう」なんて言うから
僕は、「きれいだね」って言った。
いつもかみあわない、僕たち。

「きれいってのは、あーゆーのを言うんだ」
君が指さす、大きな雲。
雨上がりの空に薄い虹がかかって、夕焼けに溶け。
雲はバラ色に輝いていた。
「うわぁ・・・」思わず、声をあげた。
「へへへ」得意げな君。
まるいほっぺも、バラ色に輝いていた。
あわてて、僕は目をそらせる。雲を見上げる。
一瞬見えた虹は、もう見えない。
だけど、雲は虹色に光る。

色の変わる宝石のように。
「欲しいなぁ・・・」
「だめだい!欲ばりだな、おまえ」
「なに威張ってんだよ。君のじゃないだろ」
憎まれ口を言ってしまう僕に。
「みんなのだからな!」
そう言って、胸をそらせる君。

かみあわない、僕たち。
だけど、そんな小さな思い出も、宝石のように胸で光る。

僕と君はちがうから、君を好きになったのかな。

出さなかった二通目の手紙。
あのときの君の言葉が、欲ばりな僕を動けなくする。




*****





「おはよう」
「おはようございます、悠理」

 

試験明けの朝。快晴。
晴れやかな顔であいさつをする清四郎と野梨子に、あくびしながら悠理は 手を振った。

「・・・おはよ」
大口を開け喉の奥まで丸見せの悠理に、野梨子は眉を寄せる。
「悠理、はしたないですわよ」
「どうしたんですか。寝不足か?」
「んー・・・」
悠理は眠そうに目をこすって生返事。

 

昨日は皆で遊びに繰り出した。野梨子を送って先に帰った清四郎よりも、悠理は可憐たちと遅くまで残っていた。

 

「おっはよー!」
駆けてきた可憐が、悠理に後ろから抱きつき、清四郎と野梨子にウインク。
悠理と同じく夜更し組のはずのこちらは、やけに上機嫌だ。
「ねぇ悠理。それで、首尾はどう?書けたの?」
悠理はこくんと頷く。
「ん、一応」
清四郎と野梨子は顔を見あわせる。
「なんの話ですの?」
悠理はもう一度目をこすった。
「うん、あたい手紙書いてたんだ」
「・・・は?」
野梨子と清四郎は悠理の意外な言葉に、あぜんと疑問符。
悠理は鞄から青い封筒を取り出す。そして、清四郎にそれを突き出した。
照れくさそうに、ぶっきらぼうに。
「昨日さ、清四郎が言ってただろ。手紙シカトすんなって。あんな前のことよく 憶えてないけどさ、なんか寝覚め悪いんで、書いてみた」

「え・・・えええっっ!」
裏返った大声を上げたのは、野梨子だった。
清四郎は自分の胸元に差し出された封筒を呆然と凝視している。
可憐がニヤニヤ笑いながら、固まっている清四郎の顔を窺っていた。

朝の登校時間。
校舎の前で立ち止まっている四人に、行き交う生徒達の視線が突き刺さる。

「おはよー。・・・れ?どうしたの・・・って、ああ、さっそくか」
「オッス。あ、悠理、ちゃんと手紙書いたんだな」
登校してきた美童と魅録が四人に合流した。
二人とも、悠理の行動を予想していたようだ。
清四郎と野梨子の動揺をよそに。

「ああ、昨日清四郎たちが帰ってから、手紙の話になったんだよ。それで、悠理が返事書くって」
「返事・・・・」
清四郎がオウム返しに言葉を発した。
無感情な言葉に、かえって動揺ぶりが表明されてしまっている。
「あたい、べつに返事って言ってないぜ。でも、誰かに手紙なんか書いたことなかった気がする。 すげー時間かかっちゃった」
悠理は少し照れくさそうに、頭を掻いた。

 

「せ、清四郎、どんな手紙ですの!」
野梨子が身を乗り出して清四郎の手に触れた。
清四郎の封筒を持った手がびくりと震える。
常は他人の手紙の内容に興味を示すような無作法はしない野梨子だったが、さすがに彼女も動揺しているようだった。
「あたしたちも内容までは知らないのよね〜。開けてみてよ、清四郎」
「ここで読みなよ!」
仲間達に口々に言われ。
kenbishiのロゴの入ったブルーの封筒を見つめていた清四郎は、やっと悠理に目を移した。
悠理は少し顔を赤らめてはいたが、笑顔だ。

清四郎は小さく息をついた。
「・・・あとで、読ませてもらいます」
悠理の表情と態度で、期待してはいけないと判っていた。
きっと、彼女らしく、他愛のない文章だろう。

手紙はもらったことはないが、携帯メールなら何度か悠理から来たことがある。
>(件名)「すぐに来い!」
>(本文なし)
で、折り返し電話を入れると、皆で香港へ餃子を食べに行くぞ、だったりするのだ。

今回もたいした内容ではないとは思いつつ――――それでも皆の前で読みたくはなかった。
すでに、やっかいなほど心臓は高鳴っている。
無表情を保ち続ける自信が、まったくなかった。
悠理が一生懸命、寝不足になりつつ手紙を書いてくれたと思うだけで。

「べつに、あたいはいーぜ、ここで読んだって。でも、こいつらには見せんなよ」
「なんでよ、悠理!あたしは鉛筆噛んで呻ってるあんたに、アドバイスしてやったじゃないの」
「そうだよ、悠理。出だしの文章添削してやったの僕じゃないか。いまさらだろ」
清四郎の手に握られた封筒に手を伸ばした美童の指を、悠理はペチリと叩いた。
「だって、それじゃ清四郎宛に書いた意味ないじゃん。みんなに宛てて書いたんじゃねーもん。見んなって!」

その言葉だけで。
緩みそうになる惰弱な顔面の筋肉を、清四郎は奥歯を噛んで引き締めた。
「いいですよ、じゃあ、読みますよ?」
清四郎は封をされていない封筒を開け、同じ色の便箋を取り出した。
背後から覗き込もうとする魅録と美童を一睨みして牽制するのを忘れずに。
昨日の南高生(男子)からのラブレターの、たとえ情熱百分の一の内容でも、読まれたくはなかった。



*****





清四郎へ

手紙ありがとう。ほとんど忘れてたけど。
ダチからの手紙をシカトしちゃだめだって美童が言うので、これを書いています。
”友好条約締結”の内容だっていうんだから、しゃーないよね。

(注:ここらへん、美童が漢字を添削したらしい)


野梨子はともかく、なんでおまえのこと嫌いだったのか、忘れちゃった。
優等生が気に食わなかったからかな?
ごめんな。
おまえは頭がいいことを鼻にかけてるヤなやつだけど、いまはおまえが勉強ができるやつで 良かったって、思っています。
試験勉強とか、世話になってるし。
ありがとう。

なんか改めて書くと、恥ずかしいな。

手紙なんて、なに書けばいいかわかんないって言うと、可憐が「面と向かって口で言えないことを 書けば」って、教えてくれました。
だから、書きます。

ほんとは、おまえにナイショにしてたことがあるんだ。
ほら、この前おまえが演劇部の劇で白ぬりシムラになったろ。源氏なんとかってのの。
あの劇をおまえはあたしに見ないでくれってったのに、あたしは絶対見る!って言ったんだけど。
ほんというと、見られませんでした。
「あれはぼくじゃない」って、おまえは言ってたのにな。
美童みたいな女たらしの源氏のセリフだって、知ってるのにな。
なんか、嫌だったんだ。
この前も、泣いちゃってごめん。
なんでかな?
清四郎にはわかりますか?

おまえが、頭がよくって良かったって、ほんとうに思っています。
あたしは、頭わるいから。

面と向かって言いにくいことも、手紙なら書けるね。
だから、正直に書きます。
今回のテスト、かなり、やばい。かも。
こんどこそ、追試かも。
それに落っこちたら、学期中補講かも。
それだけは、ぜったい嫌です。
もう、清四郎だけが頼りです。アテにしてます。
どうかどうか、くれぐれもよろしく。


悠理




*****





読み終わった清四郎は手紙をきれいにたたみ、封筒にしまった。 そして、そっと詰め襟の内ポケットに入れる。
上目遣いの悠理は、少し不安そうな顔をしていた。
清四郎は噛み締めた奥歯の力を抜く。
噛み締めなければ、感情がダダ漏れしてしまいそうだったからだが、その結果 不機嫌そうな顔になっていたのかもしれない。
仲間たちが清四郎の顔をまじまじ見つめていることなど、わかっていた。
それでも、笑みが浮かぶことを抑えられない。
悠理だけを見つめる。
「ありがとう、悠理」
「へ?」
「こんな、ラブレターをもらえるなんて思いませんでした」
「ぅへっ?!」
悠理が奇声を発する。

「「「「ラブレター?!」」」」
仲間たち四人の声も裏返っていた。

清四郎はポカンと口を開けた悠理の手を取った。
「ここで、返事していいですか」
「な、なんの・・・」
清四郎に両手を握られたまま、悠理はパクパク口を開ける。
「おまえの気持ちはよくわかった。僕を、あてにしてくれていい」
「んあ?」
「おまえの面倒は、しっかり見ます。僕にまかせろ!」
「う、うん」
悠理はコクコク頷いた。
「た、頼む。頼むけど・・・」

悠理がそう答えたとき、予鈴が鳴った。
「ホームルームに遅れてしまいますね、急ぎましょう」
清四郎は悠理の手を放し、仲間たちに笑顔を向けた。
地面に置いていた(悠理の手紙に驚いて落としていた)鞄を拾い上げ、 きびすを返した。
悠理はもとより、他の四人も唖然と清四郎を見送り、足を止めたまま。

清四郎はかまわず、歩きはじめた。
うっかりすると、スキップをしてしまいそうだ。

「ちょ、ちょっと、悠理!どういうことなのよぉ!」
「”面倒を見る”とか”まかせろ”とか、どういう意味ですの?!」
「ナニって・・・追試」

緊張に固まっていた仲間たちが脱力した。
「「「「・・・・追試・・・・」」」」

「だけど、それでなんであんなにあいつは舞い上がってるんだ?」
「そうよ、そうよ!あんた、何書いたの?!」
「ナニって・・・だから、追試ヨロシクってのと」
悠理は少し口篭もり、頬を染めた。
「白塗りシムラを観のがしたって話・・・」
「「「「はぁ?」」」」
「あ、そいから”清四郎は頭がいい”って。”勉強教えてくれて・・・ありがとう”って」
照れたように”ありがとう”は小声で。
その悠理の言葉に、可憐、野梨子、魅録は顔を見合わせた。
「それかな?」
「それかしら」
「でも、それで?」

「「「なんでラブレター???」」」

首を傾げる友人たちの中で、美童だけはクスクス笑っていた。
悠理の頭をぽふぽふ撫でる。
「ま、あいつにはあれで十分なんだよ。言っただろ?悠理が手紙書いたら、絶対 喜ぶって」
「美童?」
「ま、面倒見てもらうんだね・・・ずっと」

ずっと。



*****





清四郎は校舎の窓から友人たちを振りかえった。
悠理を囲んで、仲間たちがわいわい騒いでいる。

快晴の空には、雲ひとつない。
だけど、清四郎の輝ける雲は、そこにあった。
あの日、思わず欲しいと思った、たったひとつの宝石。
”みんなのものだから”
欲ばってはいけないと、思っていた。

悠理の背に抱きついている可憐。

頭を撫でているのは美童。
魅録と野梨子が悠理の顔を覗き込んでいる。
やはり彼女は皆のものかもしれない。
ささやかな嫉妬。
だけど、そばに居る権利はとうに得ている。

悠理に、彼の想いを受け入れる準備ができているとは思っていない。 いかに舞い上がっている今さえ。
いつでも、噛み合わないふたり。
だけど、彼女の飾らない言葉が嬉しかった。

演劇部に駆り出され、断りきれずに演じたラブシーン。
あのとき悠理が涙をみせた理由が嫉妬であれば、麻呂姿を 全校生徒の前に晒した恥も報われるというもの。
悠理は”野梨子が可哀想だ”と、見当違いに怒っていたものの。

いつも、噛み合わないふたり。
それでも、清四郎は浮き立つ心を抑えることはできなかった。

そして。

あの頃、出せなかった手紙が、胸の中で蘇る。



*****





僕を見て、顔をしかめる君。

時々さみしそうに見える君。
守ってあげたい――――なんて言ったら、
僕よりも強いんだ、って、君はきっと怒る。

友達になりたい。笑顔が見たい。
欲ばりだと、やっぱり君は怒るかな。

かみあわない、僕たち。
だけど、それでも。

君が、好きです。
とても、好きです。

たぶん――――ずっと、ずっと。





かめお様画





2005.2.20



「きみとぼく」の続きだったはずが、「君に薔薇の花束を」の続きになってしまいました。 得意の後づけ設定。(自虐) ”昔から悠理が好きだったけれど、現状維持派”が一緒だってことで。
ええもうこれ以上はシリーズ化はしないと思いますが。私のことだから、わかりません。(笑)
実は2はGacktの「ラブレター〜君に逢いたくて〜」にしよっかな、と思ってましたが、 ”おかあさんといっしょ”のお歌の歌詞をちゃんと教えていただいたら、あまりの可愛さに、やはりこれで書きたくなって。 内容は、清四郎ちゃんの冒頭のお手紙のようなカンジです。カエルは2番ね。
清四郎ちゃんが1よりもちょっと大きくなってからのワンシーンをイメージしました。出すつもりもないので、前回より漢字多し。 やはり出した手紙では悠理の学力程度を考慮していたらしい。(笑)
でも、「すき」は、平仮名で書いた方が良かったね、清四郎ちゃん。悠理(小3)には読めなかったろうから。

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