高校在学中に結婚した清四郎と悠理。 艱難辛苦を乗り越え結ばれたふたりは、ハッピーエンドを迎えた。 御伽噺のような幸せ。 しかし、御伽噺と違って彼らには続きがある。 運命の女神の気まぐれに翻弄されながら、たしかにお互いをつかまえたはずの ふたりだったが、ハッピーエンドのその先には――――。 たとえば、こんなエピソード。 飛ぶ夢はしばらく見ない〜1〜飛ぶ夢を久しぶりに見た。 以前はよく見た夢。 高い高い空を、自由になんの束縛もなく、どこまでも飛んでゆく。 それは、爽快で気ままで、心躍る感覚。 だけど、ほんの少し淋しい。真っ青な空には、雲しかなくて。 飛ぶ夢はお気に入りの夢なのだけど、なぜか最後は必ず、落下で終わる。 ぐんぐん近づく地表。恐怖と焦燥、そして諦観。 自分は鳥などではなく、人間で。 自分を待つ世界は、地上にあって。 地面に叩き付けられたりはしない。地球はやさしく抱きとめてくれる。 ふわりと包みこむように。 心のどこかで、安堵感。帰るべきところに帰ってきたのだという、確信。 飛ぶ夢を、いつから見なくなったのだろう。 きっと、温かな腕の中で、抱きしめられ眠るようになってから。 空高く飛ぶことの孤独を、知るようになってから。 爽やかな朝。 悠理は広いベッドの中で、うんと背伸びした。 今日の目覚めはすっきりしている。夢見も悪くなかった。 その理由は単純。昨夜はナニもしなかったから、たっぷりと睡眠時間がとれたのだ。 久し振りに衣服を着て寝たな、などと思いつつ、悠理は隣でシーツに包まっている男を見た。 「ん?」 すぐに異変に気づいた。 シーツの下の塊が、やけに小さい。 悠理は咄嗟に自分の胸に触って、膨らみを確かめた。 ――――ある。ささやかではあるものの。 ついでに股間を触ってみる。 ――――ない。かつては己の体にくっついていた異物が。 悠理はやっと安堵の息を吐いた。 でも、目の前にある清四郎と思しき塊は、明らかに小さすぎる。 首筋にざわざわとした悪寒を感じながらも、意を決してシーツを捲った。 「!!!!!」 いきなりシーツを捲られ、清四郎は顔を顰めながら眼を開けた。 そして、腰を抜かしている愛妻を見た。 「どうし・・・」 悠理の顔がひきつっている。 自分の声を聞いて、清四郎の顔もひきつる。 「せ、せいしろ、だよな?」 「ハイ」 変声期前の澄んだ声。 恐ろしく嫌な予感。 清四郎は彼らしくもない怯えた表情で恐る恐る自分の身体を見下ろし、そして、絶句した。 無理もない。 彼の身体は、十歳児(推定)に戻っていたのだ。 超常現象も三度目になれば流石に慣れる。 二人はベッドの上で向き合ったまま、考え込んでいた。 親子には見えないが、もちろん夫婦にも見えない。 嬉し恥ずかし新婚カップルのはずなのに、そりゃないだろう。 運命の神さまの悪戯も、ここまでくれば嫌がらせである。 「原因は・・・前と違っているのは確かですね。昨夜はお前に指一本も触れていないですし」 清四郎はブカブカのパジャマの袖をたくし上げながら、溜息混じりに呟いた。 「まあ、原因が前と同じであったとしても、この身体でお前を抱くのは無理でしょうし」 十歳児と夫婦の会話をするなんて、違和感ありまくりだ。 「あたいだってガキにやられるのはイヤだじょ。いくら相手がお前でも」 そう言いながらも、悠理の視線は清四郎の太腿あたりに注がれている。それに気づい た清四郎は、股の中心を両手で隠した。大人の清四郎がやったら気持ち悪いポーズだ が、十歳児だと可愛く見える。 「どこを見ているんですか!」 「いや、やっぱり小さくなってるんだろーなー、と思って」 「もしかしたら、ここだけ元のサイズかもしれませんよ?」 ――――それは凄くイヤである。 強張った悠理を見て、清四郎は小さく笑った。 「冗談です。この姿じゃ流石に本番は無理ですが、口と手だけでも、お前を満足させ ることはできますよ。長引いてお前が欲求不満になりそうだったら、そうしても構い ませんけど?」 つい、うん、と答えかけて、悠理は慌てて首を左右に振った。相思相愛の夫であって も、十歳児とはいくら何でも無理である。想像しただけで鳥肌が立つ。 清四郎もその姿を想像したのだろう。ゲンナリして、力なく頭を掻いた。 「とりあえず、お前のほうが子供にならなくて良かった・・・。」 清四郎の呟きには心情がにじみ出ていた。 そこで思わず、逆バージョンで考えてしまった。 大人の清四郎に組み敷かれる、十歳の悠理――――誰がどう見たって、明らかな犯罪である。 ふたたび鳥肌を立てて顔を曇らせた悠理だったが、そこで胸中に、ある疑問が湧いた。 「なあなあ、清四郎」 「何ですか?」 真顔で身を乗り出す悠理に、清四郎は少し構えた。 悠理は眉を寄せ、すこぶる真面目。 「あたいが子供に戻ってたら・・・」 「はい?」 「やっぱ処女膜も元に戻ってたかな?」 清四郎は何も答えずに、思い切り妻の頭を叩いた。 「前のときもその前のときも、原因はわかんないけど、異常のあったときと同じことをしたら、元に戻ったよな?」 「そうですね。だけど、昨夜はコレといって、特別なことはなにも」 「いいや、すごい、めずらしかったかも」 「は?」 「エッチせずに、寝た!」 原因を言い当てたかのように自慢気な悠理に、清四郎は首を捻った。 「いや、何もしないで寝たのは初めてじゃありません」 「そうだっけ?」 「毎月、アノ時はできないじゃないですか。ほら、いくらおまえが軽いといっても、2,3日は」 あ、と気づいた悠理はポカンと十歳児の頭を叩く。 「そんときだって、イロイロするじゃないかぁ!本番以外は、なんでも・・・」 「あ」 「なんだ?」 「そういえば、昨夜はキスもしないで寝ましたよね」 「そ、そーだっけ?」 「憶えてないんですか?おまえがひどくむくれていたから、人が気を遣ってたのに・・・」 清四郎は短い腕を体の前で組んだ。 難しい顔をしていると、少年の姿でもちゃんと清四郎に見える。 そう言われてみれば、昨夜は日曜の夜だというのにコンピュータ室にこもりきって仕事をしている清四郎に腹を立て、 ひどくむしゃくしゃして悠理は先に布団を被ったのだ。 清四郎が深夜になってベッドに入って来たが、悠理は夫の呼びかけを寝てるフリをして無視をした。 きつく布団を巻きつけていたため、いつもはしてくれる就寝のキスさえ、拒否した形で。 狸寝入りが本当に寝入ってしまい、すっかり悠理はそんなことを忘れ果てていた。 仕事と学業の両立に忙しい清四郎に悠理がむくれるなんて、今に始まったことじゃないのだ。 清四郎は小さくため息をついた。 「キスしましょうか。悠理」 「・・・。」 王子様のキスで目覚めるのはオーロラ姫。いや、この場合は、カエルに姿を変えた王子様を元に戻すためのキスか。 悠理は顔をしかめて、清四郎の幼い顔を見下ろした。 「・・・チューくらいなら、子供相手でもできっかな」 ふっくらした頬。薄い色の唇。通った鼻梁。さらさらの前髪。涼しげで知的な黒い瞳の、美少年。 カエルに比しては失礼というものだろう。 「これで戻れば、結構ロマンチックですよね」 にっこり微笑んで、少年は愛しい妻の頬に手を伸ばす。 細い指で頬を包まれた。 少年は背伸びし、柔らかな唇を悠理に押し当てる。 チュ、と音を立ててすぐに離れる唇。 いつもと違うその感触に、悠理はくすぐったそうに笑った。 「・・・やっぱ、いつもとなんか違うなー」 もちろん彼らふたりにそんなロマンチックな展開が待っているはずもなく。 清四郎も大して期待していなかったのだろう。 10歳児の子供の姿のまま、笑みを浮かべて悠理の頬を包む手を離さない。 至近距離の黒い瞳が、子供の目には不似合いな熱を宿し、悠理を見つめていた。 「・・・。」 悠理の胸を過ぎったのは、既視感。 うっとり悠理を見上げる少年の顔は、愛する夫よりも、初めて好きになったあの14歳 の少年の面影に似ていたから。 かつて、悠理は時を駆け、14歳の清四郎と出会って恋に落ちた。 高校三年生の悠理にとっては、まだ少年に過ぎない彼だったが、同い年の意地悪な悪友の面影を持ちながらも、 真摯で懸命な想いを悠理にぶつけてきた。 ふたたび時を越えて自分のあるべき世界に戻ってきたとき、悪友だった清四郎の屈折が、彼女との引き裂かれた恋の ためだったと知ったのだが。 今は夫となった清四郎が、悠理を心から愛してくれていることを疑ったことはない。 だけど、あの真っ直ぐな目の愛しい少年も、悠理の思い出の中で特別な宝物だった。 時おり、懐かしく思い出す初恋の記憶。 そして、大学生の清四郎よりも、今の姿はあの頃の彼に確かに近い。 「・・・これで、僕のファーストキスも悠理ですね」 「え?」 「おまえの言ってた処女膜の話。この体を見る限り、僕はたしかに童貞に戻っている ようだ」 「そ、そーなの?」 思わず、また清四郎の股間を見つめてしまった悠理の視線を避け、清四郎は股間を手 で隠した。 「見せませんよ!」 「ひとを変態みたく言うな!」 だけど、悠理はふと気づく。 「あれ?ファーストキスって・・・14のときの、アレがそうじゃないの?」 「−−−−−。」 「え?え?いつ、だれと?!おまえ、あたいをずっと好きだったって、あの時言って なかったか?!」 ヤブヘビに、清四郎は妻から視線を逸らせた。 悠理はぷっくり頬を膨らませる。 「・・・やっぱ、清四郎は清四郎だよな!」 彼女の中の清純な思い出が踏みにじられたように感じるのは我がままか。 考えてみれば、14歳の清四郎だって、いきなりその日の内に悠理を押し倒してのけたのだから、 間違っても純情だとは言えまい。 とかく、思い出というものは美化されるものなのだと、悠理は悟った。
まさか誰も続くとは思わなかっただろう摩訶不思議超常現象シリーズです。「S/O/S」に続き今回もイタズラな女神は私ではなく、原案どころか共同執筆のhachi様。
実はまたもやお馬鹿メール交換でできたお話でございます。ほとんどリレー小説。(笑) |