暗闇の母校の教室で。 ふたりは抱き合い、身を重ねた。 欲しくて、欲しくて。一つになりたくて。 男は女の体を翻弄し、喘がせた。 快感の激しさに身を捩り、彼の下から逃れようとする体を追い上げる。 いつも彼女に囚われ、逃れられないのは彼の方なのだけど。 悠理は目に涙をにじませ、首を打ち振る。 ずり上がろうと机上を滑る体を押さえ込み。 知り尽くした体の奥に彼が身を伏せたとき、彼女が甲高い悲鳴を上げた。 「ひぃっ!」 清四郎は彼女の足の間から顔を上げた。 「・・・まだ、入れてませんよ?」 いきなり弛緩した体に、首を傾げる。 覗き込んだ悠理の顔に、清四郎は呆気にとられた。 悠理は蒼ざめ、意識を失っていたのだ。 「悠理?悠理?」 揺すっても、彼女の目は開かない。 一瞬、パニックに陥りかけた彼だったが、すぐに持ち前の豪胆と判断力で、冷静さを取り戻した。 気絶した悠理の目の前には、ガラスのビン。 中には、ホルマリン漬けの蛇。 体をずり上げた悠理は、天敵の死体と御対面してしまったらしい。 無我夢中で押し倒したものの、場所は理科実験室。あらためて周囲を見回せば、ビーカーや実験用具の他に、人体模型だの ホルマリン漬けの棚だの、あまりロマンチックな環境とは言い難かった。 「さて、どうしたものやら」 まだ熱を持った体をもてあまし、清四郎は呟いた。 男としては盛り上がったところでのお預けはつらい。 なにしろ彼女を抱きたくても抱けない状態で、お預けをくらっていたのだ。(注:たった一日) 「・・・気絶させるのは好きですがねぇ」 さすがに、気絶した悠理を犯すことは躊躇われ。 清四郎は大きく嘆息した。 裸に白衣で、股間を猛らせたまま。 悠理を抱き上げ、清四郎は教室を出た。 「帰ったら、覚悟しろ」 まだ意識を失ったままの腕の中の妻に囁く。 ニヤリと浮かべた笑みは、彼が後年身につけてしまった意地悪な笑み。 素直だった少年は、つらい恋でひねくれた男に変わった。 しかし、もう清四郎には悔いはない。 清四郎の口元が歪んで綻ぶ。 それさえ好きだと、彼女が言ってくれたから。 翌日の、剣菱邸。 「まぁ、良かったですわ。どうやって戻れたんですの?」 野梨子と魅録に、清四郎が昨夜の状況を説明する。もちろん、元に戻ったところまでを、だ。 「屋上から、飛び降りただぁ?」 野梨子と魅録は顔を見合す。 彼らにとっては、前回の人格交換の件があるだけに、他人事ではない。 魅録はともかく、野梨子は蒼白。とても、彼女には悠理のような荒事ができそうもない。 恋人を信じていることにかけては、引けをとらないとはいえ。 「う〜ん・・・でも、おまえらは心配ないんじゃないか?」 悠理はコキコキ首を鳴らす。体の節々が軋むのだ。屋上からダイブしたためだけではないものの。 「どういうことですの?」 「魅録は小さくなんないだろうってこと」 清四郎が幼い姿になってしまったのは、悠理がそう望んだためだったのかもしれないから。 「???」 怪訝な顔をする魅録に、清四郎は苦笑しつつ問いかけた。 「魅録は、いつから野梨子を意識し始めたんですか?」 「「えっ」」 いきなりに思える質問に、恋人たちの声は裏返った。 「うん、そうそれ。ガキのときじゃないのは確かだろ?いつからだ?」 友人夫婦からあっけらかんと問われ、魅録は頬を染めた。 「・・・それ、重要なのか?」 「「まぁね」」 魅録はちらりと野梨子に目をやる。 野梨子も真っ赤に顔を染めている。 魅録はごくりと唾を飲み込み、早口に言った。 「・・・清四郎が、野梨子を抱いたのを見たときだよっ」 「「「ええええええっっ?!」」」 悠理、清四郎、野梨子、三人の驚愕の叫びが重なった。 怒ったようにそっぽを向いた魅録の、なによりその言葉の内容に。 ガシッ 「ななななな、なんだよ、それーっ!!!」 悠理が隣の夫の胸元をつかみ、絞め上げた。 「ぼ、僕だって知りませんよーっ!!!」 ギリギリと絞め上げられつつ、清四郎は救いを求めるように、幼馴染に目をやる。 ふたりと同じように驚きの声を上げた野梨子だったが、あ、と赤くなった頬に手をやる。 「・・・あの時・・・ですの?」 「うわーーーーーっ!!!」 絶叫は、首を絞められた清四郎ではなく、絞めている悠理。 「ゆ、悠理、落ち着け、誤解だ!僕は無実だ!」 「ああ、ゴメンゴメン、言い方がまずかったか?」 魅録がやっと、夫婦の狂乱に割って入った。 「ほら、高校時代に野梨子がストーカーに襲われてさ。清四郎が相手を半殺しにしたことがあったろ」 お気楽な口調で魅録は悠理の震える肩をポンポン叩く。 「そのときに怪我した野梨子を抱き上げた清四郎が、『野梨子に近寄ったら殺す』とかすごい剣幕で。あのとき、 こいつが野梨子に惚れてるんだと皆、思い込んじまって。俺もだけど」 「ん?」 悠理の手から力が抜けた。なにやらその状況には記憶がある。 「そんなこと、あるはずないですわ」 野梨子が苦笑する。 「確か、あのときは清四郎は変な薬を飲んでしまったとかで、ちょっとおかしかったんですわ。 それに、あれからすぐに悠理と婚約しましたでしょう」 「んんん?」 まだ襟をつかんでいる悠理の指を、清四郎がゆっくりと解いた。 「・・・ね、僕は無実でしょう?」 それも、思いっきり。 なにしろ、あのとき野梨子を抱き上げた”清四郎”は、悠理自身だったのだから。 魅録と野梨子には、彼らの体と人格が入れ替わったときに同じ経験をしたのだと告げてはいたが、 細かいところまでは語っていない。 あの日、妙な薬のせいでおかしくなった清四郎が悠理を襲ったことが電撃結婚のきっかけだと、仲間たちは思っていたのだ。 清四郎は悠理の額を人差し指で突く。 「どこまで馬鹿なんだ、おまえさんは」 「・・・ごめん」 「僕がどうして十歳児になってしまったか、悠理だけはわかっているはずですよ?」 ずっと。 一途に、たった一人だけを、愛し続けてきた。 ほんの少年の頃から、誰を想ってきたか――――彼が言葉に出さなくても、分かっていた。 いくら悠理にだって、もう。 「しかし、せっかく作ったこれ、無駄になっちまったよな」 魅録がテーブルの上に、小型ワイヤレスマイクのようなものを転がした。 「昨日、徹夜して造ったんだぜ」 魅録が徹夜作業をしている頃には、もう清四郎は元の体に戻っていたのだが―――― 夫婦は無言で顔を赤らめる。 報告義務を怠って何をしていたのかと問われれば、『お医者さんごっこ』だと正直に答えるわけにはいかないだろう。 まだ赤い顔で、悠理は小さな機械を指差した。 「そ、それって、音声切り替え装置?名探偵コナンくんが蝶ネクタイに仕込んでるやつ?」 「そうだよ」 野梨子がテーブルの上から拾い、手にとってスイッチを入れた。 『これで、子供の声を大人に変換しますの?』 「「「わぁっ!」」」 野梨子の口調で発せられた、男の声。それは清四郎の声に酷似していた。 「き、気持ち悪〜」 悠理はうぇ、と舌を出し、清四郎は眉を顰める。 「よくできてるだろ?」 魅録は自慢気だ。 『でも、もう使い道はなさそうですねぇ』 また野梨子が清四郎の声で話す。 今度は、意識しているためか、あまり違和感がない。というよりも、清四郎そのものだ。 「使い道はいろいろあるじょ。それって、電話なんかでこいつに簡単になりすませるじゃん!」 瞳を輝かせた妻の頭に、清四郎は拳骨を落とした。 「何考えてんですか。申し訳ないが、魅録、それは破棄させてくださいよ。ろくでもない事に使われそうだ」 「へいへい」 魅録は残念そうに肩を竦めたが、清四郎に頷く。 「もったいない〜」 不満顔の悠理を制し、清四郎は野梨子に手を差し出した。 「さ、野梨子。渡してください」 清四郎の憮然とした顔を見つめていた野梨子の大きな瞳が、きらりんと輝いた。 清四郎の手に渡さず、野梨子は一歩後退する。 「野梨子?」 野梨子は微笑しながら、マイクを口に当てた。 『僕は貴女を愛しています悠理。永遠の愛を誓います』 野梨子の口から発せられた、清四郎の声。 思いもよらない野梨子の行動に清四郎はあっけにとられていたが―――― 音が立つほどの勢いで顔を赤く染めた。 「うわー、うわー、清四郎が照れてるぜー!」 魅録が心底愉快そうに、指摘する。 「清四郎って、平然と人前でも言いまくりそうなのになぁ」 「嘘ならいくらでも言えるんですわよ。ひねくれてますもの」 野梨子はジロリと睨む幼馴染の剣呑な視線にも、臆さない。真っ赤な顔で睨まれても、怖くもなんともない。 「それだけ、真剣だってことですわね、悠理には」 日頃雄弁な男が、黙り込んで赤面している様は確かに愉快だった。 先日の一件で、友人たちにも知れている。傲岸不遜冷静冷徹な態度を貫いてきた彼の心のその裏は。 嘘つきな幼馴染に対する、野梨子のそれは小さな意趣返し。 「悠理、ご感想は?」 清四郎の横では、悠理も真っ赤。 「ああもう、そんなん今さら言われなくても、知ってるから!」 「悠理・・・」 フォローのつもりの悠理の言葉に、清四郎は額を押さえた。 ゆで蛸になっている夫婦に、友人カップルはクスクス笑う。 甘い言葉はいらない。 もう、知っているから。忘れないから。 幾度運命に翻弄されても、ふたりの絆は変わらない。 ハッピーエンドのその先に、どんな人生が待っていようと。 運命の女神だって、ふたりの未来を信じてる。 当人たちには迷惑な程。 幸多かれと、L・O・V・E投げキッス♪
ごめんなさい、ひょっとして、おまけはエッチを期待させちゃいました?(笑) |