バレンタインディ・キッス
有閑倶楽部の部室、テーブルの上に積み上げられたピラミッド型の山が三つ。
「今年も悠理の勝ちですわね。去年より僅差のようですが」 「悠理のは、サイズが大きいから山もでかいんじゃないのか?」 「でもあの子、この山以外にももう10個近く開けちゃって消費してるのよ」 悔しげに歯噛みをするのは美童。 その隣で自分の山に手を伸ばし包装紙を開けているのは悠理。 そう、今日はバレンタインディ。 こと学園内に限れば、もらうチョコの数において悠理は連続一位の座を不動のものとしている。 エジプトのギザよろしく、悠理のクフ王ピラミッドの横は例年通り美童のカフラー王ピラミッド。 そして最小のメンカウラー王ピラミッドは魅録。 しかし例年であればその前にスフィンクスサイズ(清四郎の場合、ファンは女子より男子の方が多いのだ) の清四郎の建造物が並ぶはずだったが、今年は姿を消している。 「清四郎は今年は断っちゃったんだ」 可憐が思わせぶりに清四郎に視線を投げる。 チョコにかぶりつく悠理の向かいで新聞を広げていた清四郎は、顔を上げないまま肯いた。 「ええ、あなた方に頂いた分以外はね」 清四郎が手にしたマグカップの中には甘さ控えめのホットチョコ。野梨子が今日だけ作ってくれる特製だ。 そして、可憐自作のチョコにはでっかく『義理』とホワイトチョコで書かれてあった。 悠理の山に自分の小山を上乗せしながら、魅録は可憐のチョコを一口かじった。 甘い物がさほど得意でない彼も、例年これだけは義理で口にする。 「お、可憐、今年のは去年より旨いんじゃねぇ?」 「うふ、自信作よ。本命の彼がビター好みなのよね〜♪」 倶楽部の男性陣に渡したチョコとは明らかに包装のランクの異なる(玉の輿)本命チョコを抱きしめ、 可憐は頬を染めた。 「去年の本命彼は、甘党だったもんなぁ。来年は、さてどんな味になることやら」 美童がポツリとつぶやく。 魅録はゲンナリ疲れた顔をした。 「そういえば」 清四郎は新聞を折りたたむ。真っ直ぐ正面の悠理に話し掛けた。 「悠理からは、もらってませんな」 その言葉を聞いて。 美童と可憐はさりげなく背中を向けた。 野梨子と魅録はギクシャクした動作でテーブルから離れる。 そして、悠理はくわえていたハート型チョコをバキンと噛み砕いた。 「・・・・。」 悠理はしばし絶句していた。 19歳になる今日まで、誰かにチョコをあげるという思考は一度たりとも悠理の頭に浮かんだことはなかった。 彼女にとって、バレンタインチョコはもらうものであって、あげるものではない。 「・・・バッ、バカ」 清四郎の言葉の意味を理解し、悠理はあわてて仲間たちに視線を巡らせた。 全員、清四郎の言葉を聞かなかったように、背を向けてテーブルを離れ思い思いのことをしている。 その姿に悠理は、ホッと安堵の吐息をもらした。 そんな悠理を清四郎は笑顔で見つめる。 仲間たちが知らないフリをしてくれていることを、清四郎は分かっていた。 しかし、おめでたいことに悠理は気づいていない。 ふたりの仲が、仲間たちにバレていることに。 悠理と清四郎はまだ付き合いはじめたばかり。 もっとも、想いを伝え合う以前から、仲間たちは彼らの気持ちなどお見通しだったようだ。 お互いの心が見えなかったのは、当事者であるふたりだけ。 付き合いはじめてやっと、清四郎は皆の心遣いに気がついた。 恥ずかしがって、内緒にしたいと主張する悠理にあえて教えていないものの。 「え、えと」 皆が聞いていないのを確認し、悠理は声をひそめ清四郎を見上げた。 「ゴメン、忘れてた」 「どうせね・・・。僕は他の人間からのチョコはみんな断ったんですけどね」 清四郎が拗ねてみせると、悠理は慌てた。 「じゃ、じゃあ、こん中から好きなの選んでいいぞ!」 悠理は自分のピラミッドを指差した。 「・・・・・。」 ひくりと、聞いていないはずの野梨子のおかっぱ頭が揺れる。魅録の肩も震えている。 可憐と美童はあさっての方を向きながら、声高に天気の話。 失笑を堪えた仲間たちと向けられた背に内心感謝しつつ、清四郎は恋人を見つめた。 すまなそうに眉を下げた悠理。 大好きなチョコレートの山を両手で抱え込んで、ズズズと清四郎の前に差し出す。 「全部でも・・・いいよ?」 言いながらかなり惜しそうな表情に、清四郎はついに吹きだしてしまった。 「気持ちだけもらっておきます」 この巨大ピラミッドほどの気持ちはあると、思ってもいいのだろうか? しかし、悠理はあからさまに安堵の色を浮かべた。 それが清四郎としては少し悔しい。 恋人の幼さをわかっていてもなお。 「・・・ま、僕も甘い物は嫌いじゃない。ひとつだけ頂きます」 清四郎はそう言って、山の上に身を乗り出した。 「うん、どれ?」 「これ」 そう言って、清四郎は首を傾げた悠理の唇を自分の唇でふさいだ。 「!!!!」 悠理は目を白黒。 清四郎は悠理の甘い唇を数秒味わい、そっと離した。 先程悠理が齧った口内のチョコを掠め取って。 湯気の立つほどすごい勢いで、悠理の顔が真っ赤に染まる。 ガッタンと椅子が音を立てた。 テーブルに阻まれた清四郎は助けることもできず。 そのまま、悠理は仰向けに椅子ごとひっくり返った。 「きゃっ、ゆ、悠理?!」 「なにしてんだよ、おまえ?!」 一番近くにいた野梨子と魅録が駆け寄った。 清四郎は動かなかった。 いま助け起こしに行っても、よくて平手打ち、悪ければ飛び蹴り。 もう少し、余韻を味わっていたい。 ひっくり返ったそのままの体勢で、にょっきり突き出されている悠理の二本の足を、清四郎は ニヤニヤ眺めていた。 口中でとろける、これまで味わったことのない甘美なチョコの味を楽しみながら。 Happy Valentine 2005
ありがちですみません。なんだかいきなり書きたくなった甘いバレンタイン小話。つーても、悠理ちゃん彼氏にチョコ忘れてるし。
清四郎は転んだ彼女を助けないし。しょせん、うちのふたりで甘々はこんなカンジですじゃ。 |