「ったく、あれじゃ嫁の貰い手はねーな」
そう言ったのは、確か魅録。
「いくら財閥令嬢だからといっても、たしかにね」
呆れ声は美童。
「どこかに物好きがいるんじゃないですか?せっかくのその物好きも本人が蹴飛ばしかねないが」
そう苦笑した自分の言葉も覚えている。



剣菱家の広大な裏庭。梅雨の晴れ間の好天。
外でお茶を楽しんでいた仲間達と、会話した内容はすべて記憶している。
木登りを始めた悠理が、足をかけた枝を踏み折ったところまで。

野猿もかくや、な悠理が体重を支えきらない枝に足を乗せたとき、清四郎と魅録は走り出していた。
魅録より先に清四郎が、落下予測点に到達する。
悠理くらい受け止めるのは楽勝だと思った。
そもそも、さして高い木ではないし、落下しても下は芝生。悠理ならば少々の擦り傷で済むだろう。
案外、落ちたんじゃねーや、飛び降りたんだい、ジャマすんな!くらい言いそうだ。
そう考えた直後から――――清四郎の記憶は途絶えている。




君に、胸キュン     前編




青空を背に受けた逆光の悠理が清四郎の顔を覗きこんでいた。
腹に感じる重み。悠理は馬乗りになって、清四郎を見下ろしていた。
「悠・・・」
悠理はヘの字に口を引き結び、清四郎を睨みつけている。
「無事でしたか・・・」
不覚にも、一瞬気を失っていたらしい。
思わず呟いた言葉に、悠理はますます顔を顰めた。
「あのくらいの高さ、どーってことねーや。お前が勝手に下に飛び込んできたんだろ!あぶねーな!」
案の定、悠理に感謝の色はない。
「・・・ふむ。いいかげん、上からどいてもらえませんか」
清四郎もさすがに眉を寄せて、助けがいのない友人の体を押しのけようとした。
しかし、悠理は馬乗りになったまま、どこうとしない。それどころか、清四郎の両腕を地面に押さえつけた。
「どいてたまるか!不審者は取り押さえなきゃ」
「は?」
「お前、誰だ?こんな奥庭、簡単には入って来れねーぞ!この前、父ちゃんがセキュリティを一新したばっかなんだからな!」
「・・・は?」
誰だ、と問われ、清四郎の頭は一瞬真っ白になった。
自由になる首で助けを求めて周囲を見回す。
見慣れた剣菱家の奇天烈な豪邸が目に入る。しかし、そばに居たはずの魅録も、テラスでお茶を楽しんでいたはずの可憐や野梨子、美童たちの姿が見えない。
一瞬のことだと思っていたが、ずいぶん気絶していたのだろうか?
「なに言ってるんですか。みんなは?」
清四郎は腹筋に力を込めて、悠理を押し退けようとした。両腕の拘束は簡単に外せたが、悠理も必死の形相で抑え込もうとする。
「ふざけないでくださいよ!」
「ふざけてねーよ!」
もみ合った二人は、芝生をゴロンと転がった。
所詮、悠理が清四郎の力に敵うはずはない。体勢は反転し、清四郎が悠理を組み伏せる形となった。

もみ合う中で、つい。
清四郎の掌が、悠理の胸に触れてしまった。慌てて、清四郎は手を離す。
「悪い!」
清四郎の心臓が、ドキンと脈打った。
悠理のことを女だと意識したことがないはずなのに、咄嗟の自分の反応が面映い。
おかしなことに、鉄面皮のはずの顔面に血が上ってくる。
これでは、いくら触れてもふくらみを感知できないレベルの胸だとはいえ、殴られてもしかたがないだろう。

しかし、悠理は不審そうな顔で清四郎を睨みつけるだけだった。
「お前、ほんとに誰なんだ?」
思いのほか真剣で、怯えさえ滲んだ声。
華奢な体の上に乗り上げ、清四郎もまじまじ悠理を見下ろした。
「本気で言ってるんですか?僕を知らないと?」
コクンと頷く悠理の真面目な顔。
「記憶喪失・・・か?」
清四郎は眉を寄せ、ぽつりと呟いた。
「それはお前の方じゃねーのかよ。頭打ったんじゃねー?」
「僕の記憶ははっきりしてますよ。お前とはもうかれこれ十五年の付き合いですよ?それを忘れてる お前の方がおかしいでしょう」
「オレはおかしくなんかねーって。お前なんか知らねーよ」

悠理に真顔で”知らない”と言われ、清四郎は顔を歪めた。
ズキンと胸が痛む。
こういう冗談を悠理が真面目な顔でできるはずもないことを良く知っているから。

「・・・僕は『清四郎』です。『菊正宗 清四郎』この名にも、聞き覚えはないのか?」
「・・・セーシロォ?」
悠理の目が見開かれた。
「バッ・・・バカ言ってんじゃねーよ!確かに、親戚って顔してるけどな、あり得ねーだろ!」
「親戚?何のことです?」
「不審者扱いしたことは謝るけどさ。でもオレ、ほんとにお前みたいな親戚がいるなんて知らなかったんだもん」
悠理は頬を膨らませて、唇を尖らせた。
「だから、なんで親戚?それにさっきから、オレオレって・・・お前がそんな言葉使いしてるとシャレにならないですよ」
「シャレって?」
「どこからどう見ても男にしか見えないけれど、一応女の子なんですから」
「むっ?!」
悠理はますます口を尖らせた。
「誰がオンナだ!」
悠理はそう言うと、清四郎の手をグイと引っ張った。自分の胸に。

「!!」

先程も触れてしまった胸。やはり、掌には平らな感触しかしない。

「いやはや」
火傷したように手を引っ込めたものの、思わず呆れ声を清四郎は洩らした。
野梨子や可憐が以前、悠理の胸をナイナイと連呼していたが。まさか、ここまでとは。
しかし、平気で清四郎に触らせる神経の方が問題だろう。

「男みたいだ、とは思っていましたが、生物学上は女なんですからね。お前ももうちょっと自覚した方がいいですよ。 大体、いつも・・・」
「ええい、まだ言うかーー!!」
悠理は焦れたように、今度は股間に清四郎の手を引っ張った。

「!!」

清四郎はあまりにあんまりな悠理の行動に、驚いて体の上から飛びのいた。
しっかり、股間を触ってしまってから。

「おおおおおおだったんですか?!本当に?!」

菊正宗清四郎ともあろうものが、動揺して思いっきりドモってしまった。
全身から冷や汗が噴出す。触ってしまった手がぶるぶる震えた。

悠理は芝生の上に身を起こす。
狼狽する清四郎を、嫌悪感丸出しの顔で睨んでいる。
「真っ赤になりやがって・・・・お前、ひょっとして、男の方が好きな人種?」
「はぁ?!」
「そーいう人種もいるから、気をつけろっていつも父ちゃん言ってんだ。父ちゃんはそーゆーのに 好かれるタイプらしいけど、オレはマジもん見たのは初めてだ。・・・うわっ触らせちゃったよ、キ@タマ!」
悠理は自分の肩を抱いて、おぞましげにぶるると震えた。
「万作さんがそーいうタイプに好かれるって?!いや、それより、マジもんってどういう意味ですか?!」
清四郎も混乱している。無理やり自分が触らせたくせに、変態扱いはあんまりだ。
悠理が男言葉を使うのもシャレにならないが、清四郎が男好き呼ばわりされるのも、シャレにならない。
いや、そういう問題ではなかった。
「悠理、お前、いつ性転換を?!」
叫んだ途端、蹴りを入れられた。
「するかーー!!オレは生まれた時からだーーー!!」
その蹴りをあやうく避けながら、清四郎の頭脳は回転していた。

”パラレルワールド”
”次元転移”
”トワイライトゾーン”
”四次元ポケット”

「それに、オレはユーリじゃねー!ユーキだーー!!」
少年の回し蹴りが、清四郎の腕にぶつかった。
防御はしていたが、体が傾いだ。
「悠理は母ちゃんの名前だ!」

”時間旅行”
”タイムスリップ”

清四郎の脳裏に、その言葉が過ぎったとき。

「悠希、どうしたんだ?」
清四郎の背後の母屋から、声が掛かった。
「あっ、母ちゃーん!」
少年が、ほっと表情を緩める。

”未知との遭遇”

アドレナリン放出でズキズキ痛む頭を片手で抑えつつ、清四郎はおそるおそる声の方に振り返った。
ようやく、事態を理解し始めながら。






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有紗さま(くらら様)の222222キリバンリクエストSSでございますv ・・・しかし、あんぐり顎を外してらっしゃることでしょう・・・こんなんリクしたんとちゃうっ(なんでか関西弁)って。
いやはや、すみませぬ。シリアスの余波で、おまぬけ炸裂中。 まるで、摩訶不思議シリーズのようですが、あれと違って、エロもなければ長くもなりません。次回あっさりオチがつく予定。(笑)

ほのぼの家族


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