~その2~ 輝く太陽。萌える緑。 絶好の行楽日和ゆえ、自然公園の人気の少ないところを探すのに手間取り、六人が腰を落ち着けたときにはもう太陽は 頭上。悠理の強固な主張で、すぐに美童の母の薔薇模様のシートとピクニックボックスが芝生の上に広げられた。 さっそくの昼食だったが、可憐の腕前と開けられたワインに誘われ、悠理だけでなく皆も腹いっぱい弁当を楽しんだ。 野梨子の苦労のおむすび10人前も完食に至る。 「あー、食った食った!」 「ああ、苦しい。食べ過ぎちゃったわ」 サッカーボールと普通のおむすび7個ほどをペロリと平らげた悠理は、シートに寝転がる仲間達をよそに、ぴょんと跳ねた。 「そうだ、あっちの池でボートに乗ろうよ!」 悠理は隣の清四郎の手を引いて、起き上がらせた。 「もうちょっと休ませてくださいよ。おまえと違って四次元胃袋じゃないんだ。満腹でまだ苦しいんです」 「あたいさ、ずっと清四郎とボートに乗りたかったんだぁ!」 しかし、可愛い恋人にこう言われて応じない男はいない。苦笑しながら清四郎は体を起こした。 「あらあら、ご馳走様♪」 微笑ましい恋人達に、可憐が声を掛ける。 「じゃ、行きますかね」 「うん♪競争だぞ。負けないからなー!」 悠理に手を引かれるままボート乗り場に向いかけていた清四郎の足が止まった。 「・・・は?」 「だから、ボート漕ぎ競争!」 「競争・・・別々にボートを借りて?」 「うん♪ずっと勝負したかったんだ、おまえと」 ご機嫌の悠理の言葉に、ガックリ脱力したのは、清四郎だけではなかった。 「・・・悠理らしいといえばそれまでだけど」 「恋人同士で別々のボートに乗って競争なんて、あり得ないよね~」 「あり得ませんわね」 清四郎は意欲を失くし、悠理の手を放した。 「こんな公園で一人でボートに乗るなんて、嫌ですよ」 「えーー!」 悠理は口を尖らせたが、ポンと手を打った。 「そうだ、じゃ、おまえは・・・ええと、可憐を乗せれば?」 「「はぁ???」」 清四郎とご指名の可憐の声が重なる。 「あたいは、魅録と乗るからさ!」 「「「はぁ?!」」 今度は魅録の声も重なった。 「ハンデだよ、重量ハンデ!美童じゃ重すぎるし、野梨子だと万が一マンプクしたとき危険だし」 「それを言うなら転覆です!・・・おまえにしちゃ考えましたが、重量ハンデ付きボート漕ぎ競争なんて、僕はやりたくありません!」 「ぶーーっ」 清四郎のつれない言葉に、悠理の頬がふくれた。 「競争なら、魅録とやりなさい」 「魅録とはやったことあるもん!・・・清四郎とやりたかったのに」 悠理はふくれっ面でぶちぶち言っていたが、ま、いっか、と気を取り直した。 こんな好いお天気の野ッ原でいつまでも拗ねていられる悠理ではない。 腹ごなしに、と悠理は走り出した。 まるで水を得た魚、放たれた鹿。悠理は草地を駆け回る。 まだシートの上で満腹を抱えた仲間達はため息。 「いつも不思議に思いますわ。悠理の体のどこにあの量が入っているのかしら」 「ほんとよ、ねぇ」 可憐は悠理の締まったウエストを羨ましそうに見た。可憐は理想のボディライン維持に努力と研鑽を重ねているのだから、 実感がこもっている。 短パンから伸びたしなやかな足。夏を先取りした白いTシャツ。少年のように駆けながら、悠理は振り返ってシート上の 仲間達に大きく手を振った。 全開の無邪気な笑顔は子供のようだったが、悠理がもう子供ではないことを、誰もがもう分かっていた。 とろけるような笑みは、彼女が恋したたったひとりの男に向けて。 鮮やかに彼女は変貌を遂げる。蛹から蝶へ。少年から恋を知った女へ。 相変わらずの言動にもかかわらず、今の悠理はもう山猿には見えなかった。 生来の美貌に、生き生きとした魂。それは、初めて恋した男に愛されて、ますます輝きを増す。 悠理は綺麗になった。眩しすぎるほどに。 再び腰を下ろしていた清四郎は、悠理に軽く手を上げ応え、目を細めた。 「・・・悠理は消化が異常に早いんですよ。燃費が悪い事この上ない」 「清四郎、車じゃねぇんだから」 男たちは清四郎の言い草に笑ったが、野梨子と可憐は、おや、と目を見張った。 皮肉な口調は相変わらずだったが、悠理を見つめる清四郎の目が優しい。 こんな目をする男だったのかと、嬉しい驚きに娘達は目線を交し合う。 一方で、美童がこっそり、魅録に耳打ち。 (その燃費が悪い車に、好き好んで乗ってるくせに、ねぇ?) 「・・・・!」 魅録は本日3回目の赤面とともに、すっくと立ち上がった。 「ラジコン持って来たんだ。悠理に頼まれてたんだよな」 逃げるようにラジコンを小脇に抱えて、魅録はその場を走り去った。 「まったく、魅録が一番ガキだよねぇ」 美童はクスクス笑う。 「そうかも知れませんわね」 なぜか、相槌を打ったのは野梨子だった。 魅録と悠理がラジコンで遊んでいる様をしばらく見つめていた清四郎は、腰を上げた。 「そこの木陰で読書でもしていますよ」 後ポケットに突っ込んである文庫本を取り出し、見事な枝張りの大きな木に向って歩き出す。 その清四郎の背中を、可憐は感慨深く見送った。 「・・・ねぇ、野梨子。清四郎のアレって、妬いてるのかしら」 「悠理と魅録に?まさか。あの二人が子供みたいにじゃれてるのなんて、いまさらでしょう」 言いながらも野梨子の口調も辛辣だ。 「ボート競走にラジコン遊び。いつまでも小学生みたいですこと」 つん、とそっぽを向いた野梨子に、可憐は、まぁ、と口元を手で隠した。 「あらあらあらまぁまぁまぁ・・・そうか、そうだったの」 「?何ですの?」 「いいぇぇ」 思いきり含み笑いしながら、可憐は首を振った。 「清四郎のコトよ。あの情緒障害者が、悠理を見つめる目・・・驚いたわ。変れば変るもんねぇ」 野梨子もクスリと思い出し笑い。 「以前から、清四郎は悠理を可愛くてしかたがないといった風でしたわよ?自覚の有無はともかく」 「可愛くてしかたがない、か。それだけじゃないわね」 可憐は魅録とはしゃいでいる悠理に目を向けた。 「以前は、悠理がよくあんな目で清四郎のことを見ていたわ。泣き出しそうな顔で。好きで好きでたまらないのに、 振り返ってくれない人を追いかけている・・・切ない瞳」 「そう・・・でしたわね」 「でも今の悠理はどう?あんなに幸せそうに輝いて。愛されている喜びを全身で表現してるじゃない」 野梨子は頬を染めた。 「・・・ええ。そうですわね」 「それに対して清四郎ときたら、ずっと悠理の気持ちに気づきもしないで、いつも余裕顔で。だけど、さっきの悠理を 見つめるあいつの目ったら!」 「――――『恋する瞳』・・・」 「そう、それよ!ラブラブの恋人同士のくせに、あんな目で見つめられるなんて、悠理も大したものよね」 可憐は野梨子に笑みを向けた。 「恋愛未熟児のあんたにしちゃ、わかってるじゃない。そういえば、あんたが悠理の気持ちに気づいてたのも意外だったわ。 なんの心境の変化かしらぁ?」 可憐のからかい口調にそっぽを向いた野梨子は、草原を見つめた。 はしゃいでいる友人たちを見る大きな黒い瞳に映った人物が誰なのか。 男嫌いで恋愛未熟児だった野梨子にも変化が訪れていた。それは、情緒障害と言われた幼馴染が恋に落ちたのと無関係ではないかもしれない。 悠理が清四郎に恋していることに気づいたときに、野梨子は清四郎からの自立を決意した。 そして、ひっそりと自分の中に芽生え始めていた想いに。 季節はゆっくりと変ってゆく。 だけど、まだこちらは、進展しそうにはない。 野梨子は笑みを浮かべたまま、小さくため息をついた。 悠理がラジコンにジャンプして飛びつく。 魅録は巧みな操作で低空飛行の飛行機を伸ばされた悠理の腕から逃れさせる。 「ちっくしょー!」 かいくぐる飛行機に焦れて、悠理は駆け出した。弾けるような笑顔が眩しい。 「男山と勝負できるよなー」 取って来ーい、と木切れを放り投げたときの愛犬を連想する。 思わず呟いた自分の言葉に、魅録は苦笑した。 ”あたいのこと、女って思えない・・・?” そう言って魅録の手を取り、わずかに膨らんだ胸を触らせた女と、同一人物とは思えなかった。 いつの間にか悠理が恋する乙女に変貌していたことにとんと気づかなかった魅録だが、 ここのところ悠理が眩しいほど綺麗になっていることには気づいていた。 以前はあったコンプレックスと裏返しの攻撃的な天邪鬼ぶりが影を潜め、内側から輝いている。 それでも、魅録にとって、悠理は男友達の域を出ない。 正直、あの清四郎が悠理の稚拙な誘惑にオチたことが今でも信じられなかった。 人一倍、理知的で冷静でストイック(に見えた)な、あの男が。 「魅録ー!今度はあたいに操縦させてよ!」 悠理がついに捕らえたラジコン片手に、魅録の元に駆け寄ってきた。 「おう」 手製のコントロール装置の操作法を説明しながら、悠理に身を寄せたとき。 ぞくりと背中に悪寒が走った。 咄嗟に背後を振り返る。 もちろん、近くには誰もいなかった。 仲間達に目を向けると、こちらに顔を向けている野梨子と目があったように思った。 しかし、野梨子は隣の可憐となにか会話しているようだ。 娘達の横には、シートに仰向けに寝転がっている美童。 清四郎は――――と探すと、少し離れた木の下に白いシャツが見えた。 座って本でも読んでいるようだ。顔は見えない。 「・・・?」 魅録は自分の感じた殺気ともつかぬ誰かの視線を、気のせいだと結論づけた。 「・・・あーーー!!」 悠理の叫びに、慌てて視線を友人に戻す。 「ごめーん!」 悠理が操作を誤ったようで、ラジコンは上空から錐揉み状態で落下していた。清四郎の頭上の木の上に。 遠目に見える清四郎が顔も上げないところから、飛行機は大きな木のかなり高いところに引っかかってしまったらしい。 「あたい、取ってくるよ!」 「あ、俺も・・・」 と、駆け出した悠理の後を思わず追いかけた魅録だったが、足を止めた。 「悠理、取れなくても無理すんな!」 悠理は振り返りもせず後手にOKサイン。 「俺は、モクタイム。携帯灰皿忘れたから、貸ボート屋の辺りで吸ってくる」 そう言い捨て、魅録は悠理と正反対の方向に歩き出した。 魅録の足を止めたのは、予感。動物的本能。 なんとなく、なんとなく――――今あそこには近寄りたくなかった。 人一倍、理性的で賢明で穏やかで人当たりの良い(はずの)、信頼する友の元には。 |
ありゃりゃりゃ、どんどん話はズレて、ちょい野→魅編に。バカップルと違って、こちらは進展遅いです。悠理を見習って
押し倒せ、野梨子!さすがに野梨子には痴漢撃退スプレーをミロも噴射すまい。・・・たぶん。
六人中鋼鉄の処女は、可憐と魅録かも。野梨子は覚悟決めれば潔いので。
次回は一応清×悠編に戻ります。・・・が、ごめんなさい、ゴンタさん。リクからドンドン遠ざかる。どこに着地するやら。