エロティカ・セブン




〜その3〜



「せ〜いしろっ♪」
悠理が駆けてきたことには気づいていたが、清四郎は顔を上げなかった。
「今、いいところなんですよ」
そっけなくそう言って、文庫本に視線を固定させる。
「うん、あたい飛行機墜落させちゃったんだ。取って来るね」
悠理は木によじ登り始めた。
「危ないですよ!」
思わず顔を上げ腰を浮かせた清四郎だったが、頭上をスイスイ軽やかに登っていく悠理の姿に苦笑を浮かべ、座り直した。
さすが、猿系。悠理の木登りのスピードと巧みさは、清四郎もかなわないだろう。
下手に手助けすれば、また勝負♪と挑まれかねない。
清四郎はため息をついて、無理に目を文庫本に戻した。先程から、実のところ一行も文字は頭に入っていないのだが。

気がつくと、悠理ばかり意識が追ってしまう。
彼女が笑う。駆ける。はしゃぐ。
魅録に向ける笑顔にさえ嫉妬してしまう自分に、清四郎は驚愕していた。
仲間達の前からでさえ、悠理を隠してしまいたい。腕の中に、きつく抱きしめて。
悠理は清四郎のものだと、誰もが分かっているのに。

悠理に仕掛けられた恋だった。
囚われたのは清四郎の方だった。
それなのに。

清四郎を見つめる潤んだ瞳。その中に映る月光のような煌き。太陽の前からでさえ、隠してしまいたくなる。
伸びやかな四肢も瑞々しい肌も、悠理が陽の愛し子であることは明らかにもかかわらず。

急速に転がり落ちた、初めての恋。
彼女で占められてしまう意識、塗り替えられた生活、そしてそんな恋に溺れる自分に、清四郎は戸惑っていた。
自分を律していないと溢れ出してしまいそうだ。確認せずにはいられない。腕の中に、きつく抱きしめて。
悠理は清四郎のものだと、彼女も彼自身も、分かっているのに。



********




「せ〜いしろっ♪」
もう一度悠理に名を呼ばれた。
きしりきしりと、頭上の木が軋む。文庫本の白いページに、緑の葉が栞のようにハラリと落ちた。
仕方なく、清四郎は頭上を見上げる。
悠理は地上2mほどの枝に跨って、清四郎を見下ろしていた。
片手にはラジコンを持ち、清四郎の方に振ってみせる。
苦笑して文庫本を膝から下ろすと、飛行機が落ちてきた。
「魅録の手製なんでしょう。壊したらどうするんです?」
「おまえがちゃんと受け止めてくれるじゃん」
そして悠理は勢いよく身を反転させた。
悠理まで落ちてくる気かと、慌ててラジコンをどかす。
しかし、彼女は清四郎の腕には飛び込んでは来なかった。
思わず腰を浮かせた清四郎をからかうように。
悠理は両足を枝に引っ掛け逆さまにぶらさがり、悪戯っぽい笑みを浮かべた。 シャツがめくれるのもかまわず、腹まで見せて。
逆さまの笑顔。
悠理はぶらさがったまま、清四郎に両手を差し出した。
「清四郎♪」
尖らせた唇は、キスをねだる明確な意思表示。
清四郎はすばやく周囲の状況を確認する。目の端で捕らえた仲間たちは、誰もこちらを見ていない。 そもそも、悠理の姿は太い木の幹に隠されて彼らの位置からは見えないだろう。
「・・・ったく」
気のない素振りを見せながら、清四郎は目の前の逆さまの恋人に引き寄せられる自分を自覚していた。
柔らかい頬を両手で包み込む。
悠理の腕が清四郎の首に回された。
からみつくその腕から、逃れられないことは分かっている。
逆さまの唇に、清四郎は唇を重ねた。

柔らかい唇。甘くとろけるマシュマロのようだ。
上唇を噛み、下唇を舐める。
ひるがえる舌を追い、舌をからめとる。
逆さまだから、いつもと勝手が違うのだろう。悠理は深くなる口付けに、苦しげに眉を寄せた。
付き合い始めて2ヶ月と23日。もう何度キスを交わしたか、覚えていないほどなのに。
愛おしさが、奔流となって押し寄せる。
セックスもキスも、清四郎が悠理に教えた。
だけど、なによりも甘美な恋人のキスは、清四郎も悠理によって初めて教えられた。
この、胸に満ちる想いも。
そしてそれは、2ヶ月と23日の時間の分だけ、深く激しい感情になってゆく。

吸い上げからめ取り、奪いつくす。
我を忘れるほどの激しい口付け。
「ん・・・んん」
悠理が堪らず、吐息をもらした。
ぐらりと体が揺れ傾ぐ。
枝にかかっていた両足が力を失い、外れた。
清四郎の肩に回っていた悠理の手に力がこもる。
落下してくる体。
これぐらいでバランスを崩す彼ではないはずなのに、眩む意識そのままに足が乱れる。
まだ唇を重ねたまま、清四郎は落ちてくる悠理の体ごと草地に倒れこんだ。
天地が逆転する心地良い陶酔。
背中と鼻腔に感じる草と土の感触、青い匂い。彼女の柔らかな体の重みと、甘い香り。
木洩れ日が瞼を閉じても眩しく、清四郎はすぐに体勢を入れ替えた。
口付けたまま、悠理の体を草の上に寝かせる。
首の後ろと背中を支えていた手を、彼女の白いシャツの上に滑らせた。
ゆるやかな起伏をやんわりと撫でる。
もう一方の手はホットパンツから伸びた瑞々しい足のラインを辿る。
覆いかぶさり体を重ね。いやおうなく欲望は煽られる。
尚も深くなる口付けに、清四郎の腰をはさむ悠理の足が震えた。

「・・・悠理」
名残惜しげに糸を引き離れる唇。
草の上に肘をつき、清四郎は悠理を見下ろした。
手のひらを置いたままの胸が荒い息に上下している。
薄く開かれた濡れた唇。白い歯の奥に紅い舌が覗く様が情欲を煽る。
焦点の定まらない潤んだ瞳の下で、目尻は赤く染まっていた。
「せぃ・・し・」
名を呼ぼうとした言葉は、吐息となって消えた。
意識が浮遊して戻ってきていない顔。
清四郎は、ぼぅ、とした悠理から身を離し、起き上がる。
片膝を抱えるように座り、草の上にしどけなく横たわる恋人を、彼はしばらく見つめていた。
木洩れ日が悠理の体に陰影をつける。穏やかな初夏の風が、草とふわふわの髪を撫でる。

愛しくて、愛しくて。

まるで愛撫のような風の動きには、もちろん。
太陽にさえ嫉妬する。

どれほどそうしていただろうか。
清四郎は草を払って腰を上げた。
悠理を置いたまま、文庫本を拾い上げ歩き始める。
「せ、せいしろ・・・?」
我に返った悠理の戸惑う声を背中に。清四郎は振り返らないまま、軽く片手を上げた。
「喉が渇いたので、なにか飲み物を買ってきますよ」
冷静な声を出せた自分に、清四郎は満足していた。こんなに彼女を欲しくて、どうしようもない心を抱えながら。



********




身を起こした悠理は、立ち去る恋人の背中を呆然と見送っていた。
いつも通りの平静な清四郎。
ついさっきまで、情熱的なキスで心さえ溶けあえたように思えたのに。
悠理の体も心も、まだ蕩けて緩んで動けないのに。

(まさか、クールな背を向けた彼が、内心「白鹿家で@発@いてて助かった・・・」などと考えているとは思いもせず。)
悠理はガクガク崩れそうになる足を叱咤して立ち上がった。


「ワインはもうないけれど、お茶なら水筒にまだあるわよ」
「あら、でももうコップ一杯程しか残ってませんわ」
「お湯と紅茶パックはまだあるわよ」
「それは三時のお茶用でしょう。水筒のお茶は走り回っていた悠理や魅録に残しておいてやってください。 公園の入口付近に売店がありましたから、買出しに行ってきますよ。何か欲しいものはないですか」
シートに座った野梨子と可憐に、清四郎は問いかけている。
悠理は草の上を走っていた。
自分に背中を向けた恋人へ向って、転がるように飛びつく。
「あたいは、オヤツ!!」
悠理は清四郎の背中に、ぎゅ、と抱きついた。
「・・・もう、腹が減ったんですか?」
清四郎の呆れ声。
悠理は広い背中に顔を埋めて、腰に手を回す。ちょっとでも離れていたくなかった。
「オヤツならあるわよ」
可憐が傍らのバスケットを引き寄せた。
悠理が清四郎の背中に張り付いたぐらいでは、可憐も野梨子さえも、動じない。
腰の前で組まれた悠理の手を、清四郎の大きな手が包み込んでも。
可憐はバスケットからロールケーキやフルーツを取り出した。
「魅録が戻ってきたら、紅茶を入れてお茶にしましょうか。悠理には、ほらこれ。大好物でしょ」
悠理は可憐の声に誘われて、清四郎の脇からバスケットを覗きこんだ。
「あ、 バナナ♪」
抱きついたままの清四郎の背がびくんと震えた。
「?」
バナナに手を伸ばしかけた悠理は、清四郎を見上げる。
微妙に口の端が引きつっているように見えるのは気のせいか。

「・・・ふたりで買出しに行っておいでよ」
シートに寝転んでいた美童がむっくり起き上がった。
顔に伏せていた可憐の帽子をずらし、青い目を愉快そうに細めている。
「ふたりで外出するのは初めてなんだろ。ちょっとはデート気分を楽しんできたら?」
美童の言葉に、悠理と清四郎は顔を見合わせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・買出しに一緒に行きますか?」
清四郎の声はいつになく、甘く優しい。
悠理の顔が、パァァ、と輝いた。
「うん♪あたい、売店で売ってた大きくて太いフランクフルトも食べたかったんだぁ♪」
もちろん、悠理は食欲だけで喜んでいるわけではない。今日は皆と一緒とはいえ、初めてのデートなのだ。
そんな乙女心を知ってかしらずか。
清四郎の端整な顔が、またもやひくりと引きつった。今度は、はっきり分かるほど。









NEXT





ちょっとシリアスに浸ってみても、そこはそれエロティカの清四郎くん。”性知ろう”だの”性肢漏”だのに変換されてしまう悲しきヒーロー。 ほのぼのピクニック編はここらで終わりです。大方の皆様の予想通りのリク内容に忠実に、次回こそ@@で@@@!(目標)
と、いうわけで、以降はお子ちゃまは進入禁止で〜す♪ほほほ。

TOP