真夏の奇跡



本格的な夏の始まり。
期末テストも終了し、学生たちは夏休みまでの日数を指折り数えて過ごす。
今年の夏も暑くなりそうだ。
しかし、聖プレジデント学園は全教室冷暖房完備。
快適空間で、今日も閑人たちは集い、夏休みの予定に話題の花を咲かせていた。

しかし、ひとり参加せず、難しい顔をして調べものをする生徒会長。
「・・・・フム」
清四郎はノートパソコンの画面を閉じた。
「やはり、アレはそういう類の事象なんでしょうねぇ・・・」
腕を組んでひとり言。眉根には皺が寄っている。

「どうしましたの、清四郎。なにか心配事でも?」
野梨子がテーブルを囲む仲間たちに冷やしたグリーンティーを配りながら幼馴染に首を傾げた。
自分がひとり言をつぶやいていたのも気づかなかったのだろう。清四郎は、苦笑して野梨子に首を振って見せた。
「いえ、ちょっとここのところ身の回りで納得のいかないことが続きましたので、調べてみたのですが・・・」
そう言って、清四郎は言葉を切った。
テーブルを囲む仲間たちが自分に注目していることにやっと気づいたのだ。
頭脳明晰、沈着冷静、傲岸不遜、慇懃無礼――――の四文字熟語が服着て闊歩しているような生徒会長が、 なにやら思い悩んでいるふうなのは、閑人たちの好奇心を刺激したらしい。
「お前さんが”納得のいかないこと”?そりゃあ、珍しいな」
調子の悪いCDプレイヤーをいじっていた魅録が、興味を惹かれ顔を上げる。
そのCDプレイヤーのヘッドフォンを悠理は外す。
「なによ、どんなことがあったの?」
可憐も旅行雑誌を横にどけ、身を乗り出して興味津々。
美童もメールをやめ、パタンと携帯を閉じた。
「なにか、僕らで力になれる?」

「・・・いえ」
清四郎はぐるりと友人たちの顔を順に見た。
「たいしたことではないんです。気にしなければ、どうということもない。期待させて悪いですが、おもしろい事件が起こったわけじゃないですよ」
浮かんだ苦笑と、いつもの皮肉な口調。
「むしろ・・・僕としてはおもしろくない結論に至ってしまって、困惑してるだけで」
清四郎は小さくため息をつく。
「そんな言い方をされると、ますます気になりますわ」
野梨子が大きな目を輝かせた。

清四郎は仕方ないですね、と言いたげに無言で肩をすくめ。
そして、もう一度好奇心をむき出しにした友人たちの顔に目を向けた。
その視線が、ぴたりと悠理に止まる。
「・・・悠理」
「ん?」
「折り入って頼みがあるんだが」
「あたいに?!」
全員が悠理に注目する。
「ええ。おまえにしかできないことを頼みたい」
「んんん?!」
困惑顔の悠理。
ピンと来て、仲間たちは清四郎の顔と、わけのわかっていない悠理の顔を見比べる。
清四郎は珍しく、緊張した面持ちだ。心なしか蒼ざめてさえいる。たいしたことではない、と言った言葉とは反対に。

「・・・・・・・・なるほど」
魅録は頷いた。
「そういや、夏だものねぇ」
「もう風物詩だよなぁ」
「あら、でも清四郎はそういう感覚は鈍いんじゃありませんでしたかしら?」
野梨子の質問に、清四郎は頷いた。目は悠理に向けたまま。
「そうなんですけどね。だから、予兆はあったのに、気づくのが遅くなってしまったんですよ」
「え?え?」
ようやく、悠理の鈍い頭にも仲間たちがなんの話しをしているのか、わかってきたようだ。
「知ってしまえば、毒を食らわば皿まで。付き合ってもらいますよ、悠理」
逃がすか、と言いたげな清四郎の眼光に、悠理は自分が追い詰められていることを知る。
「ま、まさか・・・」
「そのまさか、ですよ」

「いやだ〜っ、オバケはいやだ〜〜っ!!」

生徒会室に悠理の悲鳴が響くと同時に。
一抜けた、とばかりに美童と可憐が席を立った。
「「今日はデートの予定があったことを思い出したから、お先ね〜」」
反射神経の差で遅れた野梨子もそそくさと退避体勢。
「わ、私では力になれそうもないですわね、失礼いたしますわ!」

部室を出てゆく仲間たちとともに、もちろん悠理も脱兎のごとく飛び出そうとした。
「こら、逃げるなっ!」
しかし、あっけなく清四郎に首根っこをつかまれる。
「カンベンしてくれ、清四郎ちゃ〜んっっ」
悠理はすでに涙目だ。
「助〜け〜ろ〜、魅録〜!」
魅録は逃げ出さないものの、気の毒そうに悠理を見ている。
しかし、抑え切れぬ好奇心をごまかすように、煙草を取り出し火をつけた。
「話だけでも、聞いてみれば?」
親友に助ける気がサラサラないことを知り、悠理は絶望した。
霊感皆無なこの男どもに、悠理の恐怖も嫌悪感も理解できるはずはないのだ。

清四郎はいつにも増して不機嫌に、悠理の襟をきつく締め付けた。
珍しく彼は余裕がないように見える。それはそのまま、災難の大きさを物語っているようで。
「だから言ったでしょう、毒を食らわば、です!だいたいなんです、オバケって?!」
「えっ、違うの?!」
「霊現象というより、超自然的、摩訶不思議なトラブルというか。天災、災難、出会いがしらの交通事故、悪い犬に噛まれたとでも・・・」
つまり、とてつもなく天中殺。なんらかの悪運に清四郎は魅入られているらしい。
霊感ゼロの清四郎は察知せずとも、悪霊跋扈の可能性あり。
「やっぱり、いやだ〜っ!」
皆まで聞く前に、悠理はふたたび、じたばた暴れだした。
清四郎に首根っこをつかまれているため、無駄な足掻きだったが。
「僕だって信じたくはない、信じたくはないが事実なんだからしかたがない!」
「あたいの知ったことか〜巻き込むな〜!」

「おまえに惚れたんだから、しょうがないでしょう!」

清四郎の怒声が生徒会室に響き渡った。
魅録の口から煙草がぽろりと落ちる。
暴れていた悠理の動きが止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・は?悪霊が?」
清四郎は眉を上げ、思い切り馬鹿にした目で悠理を睨みつけた。
僕が、おまえに、です。何を聞いてたんですか?」

悠理の顎がかっくーんと外れた。ついで目は点。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・せ、清四郎、これ何本?今何時?ここはどこ?」
悠理は清四郎の目の前に指を三本差し出し、振ってみせる。
「なにを言いたいのか、だいたいわかりますがね」
清四郎は悠理が逃げる気力をなくしたのを見て取って、ようやく吊り上げていた襟から手を放した。
腰に手をあて、胸を張る。
「もちろん、僕が正気とはいえないでしょうな。しかし、どう考えても、そういう結論に達するんだから、認めざるを得ない」
ふん、と鼻息を悠理に吹きかける。
「この品行方正文武両道謹厳実直な僕が、性別未確認生物でモンキーなお前を見ているだけで動悸息切れ不整脈、あげくに口説いたんだから、 それだけでもう正気とは・・・」
「ちょ、チョイ待て!どこが口説いて?!」

「言ったでしょう!『僕と付き合ってもらいます』って!」

ガッタン

魅録が仰向けに椅子ごと倒れた。
しかし、悠理には親友を気遣う余裕はなかった。
心霊体験に対する嫌悪感は消えても、恐怖は依然去らぬまま。

「・・・それ、決定事項・・・?」
なにしろ、『付き合ってくれ』ならぬ、『付き合ってもらいます』。
有無を言わさぬ口調がコワすぎる。
「無論!」
清四郎は重々しく頷いた。

眉根に刻まれた皺。いつもより3本ほど多い乱れ髪。
蒼ざめて見える顔の中で、目の下だけがほんのりと赤い。
いつも余裕顔で悠理をからかってばかりの男の、思いもかけぬ真剣な顔。
彼の言葉を、ようやく悠理は理解した。
清四郎は開き直っているのだ。これ以上はないほど。
そして、自分がのっぴきならぬ事態に追い込まれていることも。

天災、災難、出会いがしらの交通事故、悪い犬に噛まれた事件。
なんらかの悪運、悪霊跋扈の可能性あり。
それは、まぎれもなく、未知との遭遇。悠理にとっても超常体験。

襲い掛かる動悸息切れ不整脈。――――恐怖ゆえかも、知れないが。

誰も知らない、夏がはじまる――――。




つづく?2005.8.2



誰にも止められない真夏の奇跡〜♪とTHE BOOMの歌を口ずさんでたら、こんなお話に。また妙な清四郎くんを書いてしまった・・・(汗) 夏だからラブラブなふたりを書いちゃおうv と思って書き出したなんて、とても言えません〜(滝汗)
シリーズ化するか否かは謎。しない方が懸命かも。

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